7 昔話と最後の流れ星
国王と城を後にして、ロイとひまるは『枯れ木の森林』へと向かいます。曇り空から顔を覗かせる太陽は、いつか見た光のカーテンを作り上げていました。
ロイはひまるを抱えることなく、ふたり横に並んで雪の道に足跡を残していきます。呼吸するたびに白い息が漏れ、嫌にでも冬を感じさせます。
「本当に寒いんだね、ここって」
「バカ言え、事実を口走るな」
「だって言葉に出さないと寒さで変になりそうだもん。ねぇ、魔法でなんとか出来ないの?」
「出来るが今はあまり魔力を消耗したくない。つまり、今は魔法を使う気分じゃないってことだ。お分かりになったか、お姫様?」
「ちぇっ、ロイのけち。『省エネモードの王』に改名したら? きっと環境にも優しいよ」
「な゛っ、なんてこと言うんだお前は。そんな二つ名が知れ渡れば一生の恥になる。あーくそ、ヒマルが変なこと言うから『森の意思』にも笑われたぞ。どうしてくれるんだ……!」
全てはロイのひまるに対する扱いが悪かったせいでしょう。『森の王』ともある彼がお姫様を無下にするなんて、王様失格です。
「じゃあ魔法を使うか、わたしをお姫様抱っこして『枯れ木の森林』まで連れて行ってよ。ロイってば、最低限の礼儀や品性しかないのに偉ぶるんだもの」
「ぐっ……くそっ、分かりましたよお姫様。そこまで言うなら『森の王』として恥じないエスコートをしてやる……いや、してやりますとも。
――さぁお姫様、俺に体を預けて。『枯れ木の森林』までひとっ飛びと行こう!」
そう言うと、ロイはとびきりの笑顔でひまるをお姫様抱っこします。そして、有無も言わさず『枯れ木の森林』へと駆けて飛んでいくのでした。
◇◇◇
「さぁ『枯れ木の深林』に着いたぞ、ヒマル。俺の導きはここまでだ」
ロイが森を駆けて飛んで約二時間。彼が『灰被りの王』、『森の王』と呼ばれたきっかけの森に着きました。ロイ本人にとっては特に思い入れもない、自分が燃やしたという事実が残った哀れな森――。
「もう爽やか王様モード終わってる……。お詫びになんか面白い話してよ、ロイだけに」
「はぁ? まぁ面白いかどうかはわからないが、滑稽な昔話はある」
「じゃあ話して」
「はぁ……分かった。昔々、あるところにひとりの魔法使いが森に迷い込みました。魔法使いはまだ幼く、未熟で半端で魔法の制御ができません。それに寒くて仕方がありません。指は寒さでシワができ、とっくにかじかんでいました。体の芯まで寒くて凍りそうで、おかしくなりそうでした。いえ、とっくにおかしくなっていました。幼い魔法使いは無意識に暖を求めて泣きながら言います。『寒いのは嫌だ、暖かいのがいい』と」
「すると、幼い魔法使いの心に炎しか映らなくなってしまいました。心のキャパシティは限界を超え、ついに弾けきったその後に――――。……気がつけば、周りは炎と朽ちた木の枝が。空から降ってくるのは火の粉と灰でした。逃げようとしても、森からは逃げられません。どれだけ走っても同じ場所に戻るのです。そうして、幼い魔法使いは言いました。『ごめんなさい、一生罪を償います。もう悪いことはしません。だから、この森から出してください』」
「その後、幼い魔法使いの元に国王様がやって来ます。国王様はまず彼に家を与え、『森の王』の称号を与え、正しい知識を与えました。魔法の使い方と、衝動を制御できる方法を」
「国王様は時間を縫っては何度も家を訪ねてきました。そのたびに魔法と、魔法以外で生きる術を叩き込むように教えてくれました。教え方は厳しかったけれど、最後まで面倒を見てくれる優しい人でした。……最終的に彼は『森の王』として森の信頼を得て、動物たちと仲良く過ごすようになりましたとさ。おしまい」
これまでの語りと疲れで、ロイは長いため息を吐きました。
「どうだったかな、お姫様? なかなか滑稽な話だったろう」
「これ普通に良い話のやつじゃん……」
ひまるの目には涙が溜まっていました。ほとんど半泣き状態です。
「そ、そこまで泣ける要素あったか? まぁ、何かしら感動してくれて良かったが」
「うん……ロイも苦労したんだね」
「あぁ、それなりに苦労したぞ。ヒマルが思っているよりもな」
ロイはへたくそに笑い、そんなロイをひまるは笑い飛ばします。
話をして、ご飯を食べて、なんだかんだで時間を潰して夜を迎えました。
今日の夜空も晴れており、いつもより星が輝いて見えるようです。
「きれいだね」
「あぁ、きれいだ」
思い思いの感想を連ねた後、手持ち花火が燃えるような音が聞こえました。あの時ひまると見た大きな流れ星、もとい彗星です。
「見てよロイ! 前に見た流れ星と一緒だよ!」
「そうだな。せめてお前の健康でも願っておく」
「何それー。まぁいいけど。むしろありがたいし? じゃあ、わたしは代わりにロイを願うよ」
「どういう意味だよ、それ……」
「見てて。素敵な願い事を言ってあげるから」
すると黄金色の目をまっすぐ見つめながらにこりと笑ったひまるは立ち上がり、手を合わせて口を開きます。
「――お星さまへ。ロイの平穏と、この国の平和を。あと、ロイに輝きを灯してあげてください」
「おい。本当にどういう意味だ?」
「どうも何も、わたしの心からのお願いだよ? だってロイっていつも影のある顔してるもん」
この数日間過ごしただけで、ひまるはロイの素を暴き出してみせました。ひまるは底なしの明るい性格ですが、その分相手を見る大人びた、見据えるような心を持っているのです。
「いっちょ前に言ってくれるじゃないか。あぁそうだよ、俺はどうせ『堕ちた王』。動物たちの声もうざったいと思えてくる最低の王様だ」
「もう〜‼ そんなこと言うから、根底が暗くて自虐的な王様になるんだよ。このままじゃ一生変われないままだよ!? 直そうとは思わないの?」
「思ってるよ。むしろ、いつまでも変わることが出来なくてハラワタが煮えたぎっているところ」
「なら……!」
なおさらなんで変わろうとしないの、という続きの言葉がロイには分かりきっていました。
「もうこれは俺の性分なんだよ、ヒマル。だから俺はいつも裏では苛立たしくて仕方がない。『森の意思』も、動物たちも結局、俺を助けようとは思っていないからな。自分のことしか考えてないんだよ、あいつらは。それに何より――うるさい」
「……そっか。なら、無理なことは言わないよ。ロイは良くも悪くも色んな声を聞きすぎて、壊れちゃってもおかしくないのに。それでも森の王様としていようとするんだから、すごいよ、ロイは」
「はっ、今更何を言うかと思えば。俺を褒めても何も出ないぞ」
「よしよし」
ひまるは何をするかと思うと、ロイの頭をなでました。優しく、温かい眼差しで。
「…………はぁ?」
「ロイはすごく頑張ってるよ。とてもすごい王様なのはわたしが一番良く分かってるもん。魔法が使えるし、わたしを抱えてお城まで運んでくれるし、わたしのためにフレンチトースト作ってくれたりとか、すごいよ」
「……それはどうも、お姫様」
ロイはその後黙りこくって、少しの間だけまぶたを閉じました。
しばらくして、ロイは開口一番に言います。
「よし、帰るぞ。もうここに思い残すことはないな?」
「うん、もう十分すぎるほどに満喫したから」
「なら帰るぞ。転移魔法を使うから、俺の隣にいろ」
「分かった」
言って、ロイが指を鳴らすと一瞬にして『枯れ木の深林』からロイの自宅へと帰ってこれました。
「おかえり、だね」
「あぁ、そうだな」
ふたり玄関まで歩いて、ひまるがドアを開けました。ロイは暖炉に火をつけて晩ご飯の準備をします。準備と言っても今夜は手作りではなく、魔法で調理するので楽ちんなのです。
「わぁ、いい匂い! ビーフシチューにじゃがバターとパンって最高の組み合わせじゃん、ロイ!」
目を輝かせるひまるとは対象的に、ロイは仏頂面で料理をこなしていきます。
「そりゃあ、ヒマルと過ごす最後の夜だからな。ある意味最後の晩餐ってやつだ。ほら、出来上がったぞ」
「うわぁ……! いただきます!」
「いただきます」
ロイとひまるは食卓の木造椅子に座って、器に盛られたビーフシチューを食べました。
「美味しい!」
「自分で言うのもなんだが、確かに美味い」
「さっすがロイ! もしかしたら料理人になれるかもしれないね」
「その道は極めたことがないから、暇つぶしにでもいいかもしれないな。国王直属の料理人でも目指してやるか」
なんて割のいい冗談でしょう。もしこれが実現できたのなら、毎日城に通えてハッピーライフを送れること間違いなしです。
「ロイって、本当に国王様のこと好きだよね。やっぱり助けてもらったから?」
「確かにそれもあるが、フロストなら信頼できるんだ。そりゃあこの国を治める王様だからっていうのもあるが、あの人は見ただけで良い人って分かったからな。直感レベルでそうなるのなら、もう信頼するしかないだろ?」
「そうだね。わたしも見ただけで、なんとなくだけど優しい人だなって分かったもん。国王様のことをまったく知らないどこぞのわたしでも分かったんだから、そういうオーラがあるかもしれないね」
話しているうちに食は進み、ふたりとも晩ご飯を平らげました。パンとビーフシチューだけでも美味しいのに、じゃがバターを食べた事実だけでも幸せになれます。
「食器洗いは俺がやる。お前は適当に休憩でもしておけ」
「はーい」
そうして、ひまるはソファに座って本を読みます。内容はロイが自分で書いた、『ブラン王国について』の書籍です。
「ロイって作家さんなの?」
「いや、そんな大層なことはしてない。それに……その本は一冊しかないぞ」
「じゃあ自分だけのオリジナルなんだ」
「そういうことになる。余裕があれば先生に見せて大図書館に寄付するのもありだな……」
なんてことを呟きながら、ロイは食器洗いを終わらせます。そして、ひまると語らいながら少しばかりの幸福感とともに眠りにつきました。