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6 いざ大図書館へ

 翌朝。あんなに寝ていたくせにロイの体は重いままでした。かといって二度寝するような気分があるわけもなく、くたびれている体に(かつ)を入れて寝室を後にします。


 リビングに着くと、ひまるはまだ毛布を被ってソファで眠っていました。木製の時計を見れば時刻は朝の六時半。ひまるは早起きではなく、少し遅れて登校するタイプだとロイは直感します。


「俺はヒマルの母親かよ……」


 ロイが思わず呟くのも無理ありません。なんせ自分とひまる、ふたり分の朝ご飯を作っているのですから。しかも女子受けするあまーいスイーツ。


 今日はなんとなくの気持ちで、魔法ではなく手作りでフレンチトーストに挑戦してみたのです。


「甘いものは疲れによく効くからな。ヒマルのためでは断じて、ない。断じて……」


 自分のためだと言い聞かせているもの、昨夜の失敗といい今の状況といい、振り返ると恥ずかしいことばかりです。

 こんなところを動物たちや大切な人……もとい、先生に見られたらひとたまりもありません。


 ただひとつ見られているとすれば『森の意思』ですが、あれはノーカウントです。実際、今も笑われているのが腹に据えかねるのですが、立場上何も言えないところが恨めしいところです。


「……くそったれめ」


 いつか言っていた言葉を呟きます。あれは――そう、森の動物たちに言い寄られて背を向けた時でした。こうでもしないと『森の王』なんてやってられないのです。


「ん……?」


「起きたか、ヒマル。匂いにつられたか? グッドタイミングだな。出来立てが食べられるぞ」


「え、それ本当……!? やったー!」


 寝起きにも関わらず、ひまるはソファから飛び起きて食卓の木造椅子に腰かけました。眠気も吹き飛んだのか目をらんらんと光らせています。


「ほら、フレンチトーストだ。蜂蜜ならご自由にかけてくれ」


「いいの!? じゃあお言葉に甘えてたくさんかけちゃうもんね!」


 ひまるはそう言うと、フレンチトーストに余すことなくたっぷりと蜂蜜をかけました。ロイがドン引きするくらいには。


「お、お前……いくらなんでも甘党すぎるだろ」


「ちょっと多いくらいがミソなの! ロイのもかけてあげようか?」 


「いや、いい。自分でかける」


「ちぇー。じゃあはい、どうぞ」


 ロイはひまるに渡された蜂蜜を受け取ると、ちょうどいい分量でフレンチトーストにかけました。


「いただきます」


 習慣を(くち)にして、ロイとひまる、ふたりだけの朝ごはんが始まりました。



◇◇◇


「そういえば、この国って誰が治めてるの? ロイは森限定の王様だし」


 ロイが食器の後片付けをしていると、ひまるは突然そんな質問をぶつけます。


「――フロスト・フリーレン」


「え?」


「魔法使いの中でも卓越(たくえつ)した力を持つ男の名だよ。俺の昔からの知り合い……というか、俺に魔法を教えてくれた張本人だ」


「えっと……。つまり、ロイって教え子なんだ」


「当たり。ただあの人はカタブツでさ、笑ったところなんて見たことない。せいぜい頭をなでてくれたのが関の山だ」


「……と、話してみたが。今日はその国王がいる城の大図書館に向かおうと考えている」


 そう、ロイには理由があります。ただ単に大図書館へ行くのではなく、ひまるを元の場所に戻すための行動です。


「お城の大図書館!? そんなすごい施設にわたしたちが行っていいの?」


「城は誰でもというわけにはいかないが、隣の大図書館なら入れるんだ。俺なら顔パスで入れるだろうけど、行くなら行くでその辺にいる従者に入っていいか確認をしないといけないけどな」


「はへぇ……。あ、でも、お城の行き方はどうなるの? まさか徒歩で行くとか言わないよね?」


「喜べヒマル。徒歩の六時間コース、馬車の四時間コース、抱えられての二時間コース、極めつけの転移魔法一分コース。

 さぁ、どれにするお姫様? オススメは俺に姫抱っこされての二時間コースか転移魔法一分コースだ。姫抱っこなら観光がてらガイドのような役割も可能だぞ」


 ロイは自分でもハイになっているのが分かりました。慣れない手料理をしたせいか、それとも昨日の反動か。多分、どちらもきっかけのひとつなのでしょう。


「じゃ、じゃあお姫様抱っこの二時間コースで。あんまり朝早いと、国王様に印象が良くないもんね」


「なら決まりだ。――行こうか、ヒマル」


「えっ?」


 ロイがひまるをお姫様抱っこすると、軽い足取りで森を駆け抜けていきます。いつも魔法に頼っているロイとは思えないくらいの速さです。

 雪道には足跡が残り、歩んだ証拠が増えていきます。


「えぇ〜〜!? はやっ、え、すごい! すごいよロイ速い! ヤバい!」


「浮いている時はあまり喋らない方がいいぞ! 舌を噛むからな!」


「それならそうと早く言ってよ〜!」


「悪い、忘れてた!」


 そんなやりとりと観光ガイドを受け持ってはやニ時間。視界には高くそびえる城と、隣に併設(へいせつ)されている大図書館が見えてきました。


「……と、もうすぐ着くぞ。大図書館といえど気を緩めるなよ。城には国王が居座っているからな」


「わ、分かった。マナーには気をつける」


「そうしてくれ。じゃないと俺の身が持たない」


 ふたりとも城の大図書館へと向かい、ロイは見張りをしている従者に声をかけます。


「『灰被りの王』、『森の王』のロイだ。大図書館の利用を許していただきたい」


「はっ。ロイ様であれば、城へ自由に(おもむ)いても何ら問題ありません」


(今でも教え子には甘いな、先生は)


「そうか。確認のため聞いたが、やはり必要ないみたいだ。先生(フロスト)によろしく言っといてくれ」


 見張りを後にして、ロイは大図書館のドアを開けました。大量の本と階段付きでそびえ立つ本棚は、見る者を否応なしに驚かさせます。


「ここが城の大図書館だ。ははっ、懐かしいな! 幼少期の記憶が嫌でもよみがえってくるぞ」


「ねぇ、ロイの小さい頃ってどんなだったの?」


「生意気な子供だったよ。何も知らないのに知ったかぶって、国王(フロスト)に迷惑をかけさせた。あの人はわざわざ俺の家まで来てくれて、城を案内してくれた。

 厳しいけど優しい方だ。それは今でも変わらない」


「へぇ……良い人なんだね、この国の王様って」


 良い人も何も、ロイにとっては恩人であり、師である存在です。彼の献身に何度助けられ、そして彼の厳しい態度に何度反発したことか。


「当たり前だ。そうでないとブラン王国を統べるなんて到底――」


「今日はやけに素直だな、ロイ。異国の娘に(うつつ)でも抜かしたか?」


 ロイたちの目の前に現れたのは、紛れもなく国王のフロスト・フリーレンでした。ロイよりも高い身長の男性で、短く切られた髪は銀色、瞳は青くて優しい光を灯しています。


「げぇっ!? 国王が盗み聞きとは品性を問われるぞ、フロスト!」


「お前よりはマシだがな。して、その娘が異世界からやって来たという者か」


「そ、そうだが……。フロストは千里眼でも持っているのか?」


「いいや、無い。そんなもの、魔法で見れば昨夜の流れ星の件も事足りる」


 何ということでしょう。フロストは昨夜のロイの失態を安全な城からぬくぬくと見ていたようです。


「な゛っ!? アレを見たのか、フロスト!」


「見た。それより、今はこの娘……朝日ひまるとやらを元の世界に戻すのが先だろう」


 フロストはロイからひまるへと視点が変わりました。


「あ、あのっ。本当にいいんでしょうか。わたしのことより、お仕事の方が」


「この私がいいと言っているのだ。それに、書類やらは大方(おおかた)済ませてある」


「さすがは国王(フロスト)。で、何か手がかりはあるのか?」


「ある。というか、私ほどの力があれば国経由の転移魔法なぞ、まぁ今すぐにでもできる。

 だが、お前たちがそれでいいのなら、の話だがな」


 国王様は話が早くて助かります。けれど、ロイの心の準備にはもう少し時間がかかるみたいです。


「良くない。ほんっっとうに良くないぞフロスト。それだと心の準備ができない。……うん。明日まで待ってくれないか」


「わっ、わたしも同じです。帰るのはもう一度星を見てから、にしたいですし」


 ふたりの言い分を聞いたフロストは、考える素振りをしてロイとひまるに提案しました。


「なら明日もう一度、(ここ)に来い。朝までにとは言わん。朝でも昼でもいいが、日が暮れると危ないからな」


「分かってる。じゃあ行こうぜ、ヒマル」


「う、うん。あのっ、国王様、ありがとうございました。また明日」


 ロイはさっさと背を向けて手を振ります。ひまるはフロストに一礼をして、ロイを追いかけるようにパタパタと去っていきました。


「あぁ、また明日。お前たちふたりを待っているぞ」

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