4 冬の森にて
「……何を真剣な面持ちで言うかと思えば、空に浮かぶ星だぁ? そんなもの! 夜になれば! いつでも見られる‼
ここは自然豊かなリースの森。冬の森の夜空を舐めんなよ……‼」
「本当……!? 本当に、夜空に浮かぶ星が見えるの!?」
ひまるは勢いよくソファから起き上がって、驚きと、どこか少し焦燥感のある瞳でロイを見つめました。
そんなひまるに見つめられて、ロイは『森の王』として咎め忠告します。
「もちろんだ。ただし、クッッソ寒いからな……‼ ブラン王国の真冬を舐めてたら死んだっておかしくはないんだぞ」
そう、ロイは知っています。例年の寒さに耐えている動物たちでさえ、この国の洗礼に負けて死んでしまうのを。
森の王様は手助けもします。木の実や果物のおすそ分けや森の巡回だって欠かせません。
けれど何回も何年も忠告したのに、言うことを聞かない一部の者が倒れ、寒さに眠り、事前に蓄えも取らずに飢えていくのを幾度となく見てきました。
「……動物たちでさえ死んでしまうんだ。だからヒマルは、俺の言うことをよく聞け。そうすれば死なないから」
こくりとうなずくひまるに、ロイはちょっとした贈り物を彼女に差し出します。
「特別に俺の上着を貸してやる。サイズはお前に合わせた。ただし、勘違いするなよ。俺は森の王としてお前を保護した。そのことに十分感謝しろ」
「……うん。ありがとう、ロイ」
ひまるは改めてロイに笑顔を見せました。そうして、上着を着てドアを開けたかと思うと、急に走り出してしまうのです。
「あははっ、相変わらずすごい雪! ねぇロイ、どっちが早く着くか競争しようよ、競争!」
ひまるは一度立ち止まって手を振りました。何ということでしょう、前言撤回です。
「おい!? 勝手に行くな! 先導は俺だ! 俺がいなければ迷うぞ、倒れるぞ、死ぬぞ! おい、眠たくても眠るなよ、絶対に――!」
◇◇◇
どれだけ走ったことでしょう。ひまるが家を飛び出してから森の奥……『枯れ木の深林』まで来てしまったのです。
昼でも薄暗いこの地域は、その名の通り木に枯れ葉の一つもありません。そもそも、そもそも木に花が咲いたり、実がなったりすることがないのです。
なぜなら昔、ロイがこの辺り一帯を燃やしてしまったから。魔法で燃やされた木は葉が生い茂ることもなく、花を枯らし、自然の恩恵を連れ去っていきました。
(枯れ木の深林まで来やがって。なんなんだ、あの人間は!)
今は昼なので、まだ見つけられる余地はあります。しかもひまるとは星を見る約束をしているので、どのみち夜まで待つしかありません。
『森の王』として、人間ひとりを放っておく訳にもいかないので。
「あ゛ぁ〜〜!! ふざけるなよヒマル、どこに行きやがった!」
ロイにはひまるの行動に耐えきれませんでした。森で好き勝手行動する者は例外なく、何らかの罰が下ります。それがどのようなレベルであれ、『森の意思』は罰するのです。
「俺が森の王で良かったな、ヒマル……‼ ……――同調、開始」
睨みを効かせ、ロイは『森の意思』とリンクします。要は森とひとつになるのです。これさえ使えば対象の者がどこにいるのか一発で分かる、『森の王』しか与えられない特別な恩恵です。
目をつむり、『枯れ木の深林』全体を見渡します。そして、ひまるの居場所を突き止めました。同調で見る限り怪我はなく、木にもたれて休んでいるようでした。
「――いた! くそ、無駄な魔力を使わせやがって。……まぁ、死んでしまうよりマシか」
居場所が分かれば後は移動するだけです。ロイは走らずに、転移魔法を使ってひまるがいる場所へ向かいました。
「やぁ。よくも無駄な魔力を使わせやがったな、お姫様?」
徒歩で来るロイには怒りの笑みが浮かんでいました。そんなロイの心情を察することなく、ひまるは会話を流します。
「あ、ロイ。おかえりー」
「何がおかえりー、だ。ふざけるなよ本当に。『枯れ木の深林』まで走ったかと思えばこんなところで堂々と休みやがって。俺だけに咎められるならまだしも、森自体が怒ってたらどうしようもなかったんだぞ……!」
「ロイじゃなくて森が怒ってたらわたし、どうなってたの?」
「人間たちで言う神隠しにあって、一生この森から出られなくなる。そこでは、いくら歩いても果てが見えない。終わりが無いんだ。まぁ、『一生罪を償います』とでもほざけば森の怒りは収まり、解放される。……が、その代わり厄介な役を押し付けられるけどな」
「それ……もしかして、体験談?」
「……。当たりだ」
「なんか、残念だなぁ」
「はぁ!?」
「王様のイメージダウンしちゃった」
ひまるは笑うことも慰めることもなく、ただただ深いため息を吐きました。
「おい、それはどういう意味だ。……あー、はいはい。俺はどうせ堕ちた王様ですよ。『灰被りの王』で悪かったな」
その呼び名は蔑称と呼ばれるものでした。
『堕ちた王』、『灰被りの王』はロイの陰の名で、直接は言われないものの彼は『森の意思』と繋がっているため、聞こえてしまったのです。
「灰被り、ってシンデレラのこと?」
「馬鹿、そんなきらきらしたもんじゃないぞ。自分でこの森を燃やしたから、灰を被った。そのせいで俺は『堕ちた王』……文字通り、『灰被りの王』なんて呼ばれたんだよ」
馬鹿みたいだろ、と付け足してロイは自嘲するように笑いました。
「今でもロイをそう呼ぶ人……ううん、動物たちがいるの?」
「いる。だが、お前には聞こえない。俺だけにしか聞こえない。森と意識が繋がっているからな。でも、王ってのはそんなもんだろ? 尊敬されて崇められている分、恐れられて嫌われるのも半々あるってことだ」
「……そっか。それなら分かるかも。森の王様はそうでなくっちゃ」
ふふ、と笑顔をもらすひまるを見て、ロイは『そうだな』と呟きます。
「それで、ヒマル。お前に聞きたいことがある」
「なあに?」
「お前はなんだってこんなクソ寒い国に来た? 観光か? 違うだろ。お前が住んでた所とここは異世界なんだ。別世界の国。ヒマル、ここに来る前にトラックやら通り魔におそわれてないだろうな?」
「おそわれてないよ? 本を読もうとしたら突然光がばぁーって出て、そうしたらここに来ちゃった」
「魔法使いでもない人間なのに、転移魔法が発動しただと!? いったいどういうことなんだよ……!」
本を開いただけで魔法が発動するなんて、魔法使いが読む魔導書でもない限りありえません。何か魔法の因果があったのか、それとも何か理由があってこの森に呼ばれたのか……全く見当もつきません。
「……まぁいい。今は星を見ることが最優先だが、最終的に俺はヒマルを元の世界に戻さないといけないのか」
「えっ、そこまでやってくれるの? ロイのことだから、ずっとここにいろって言って、ほうっておかれるかと思った」
「言うわけ無いだろ馬鹿! 俺はさっさと冬眠して春を迎えたいんだよ、勘違いするな!」
ロイは魔法使いであるがゆえに、魔法を利用して動物たちと同じように冬眠ができます。
春に備え、蓄え、眠りについていく――。
それはどんな幸せでも、暖かさでも、言葉にすることは難しいのです。
春のぬくもり。鳥のさえずり。花の豊かさと生い茂る葉。
どんな言葉で形容しても、やはり春ほど幸福な四季はありません。
「そんなに春が好きなんだ」
思わず笑みがこぼれ、ロイの頬は少しだけ赤らみます。
「大好きだよバカヤロー。幸せと暖かさに満ちた森が好きで悪いか。これでもリースを統べる『森の王』なんだよ、俺は」
そうして、『枯れ木の深林』で二人は夜を迎えることにしました。
――流れ星まで、あともう少し。