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1話

「お姉さま、どうかお願い」

「はぁ……」


 ため息まじりにでたぼやきが、

 

「え、いいんですの!? おねえさま……! だいすき!」


 妹には、肯定と取られたようだった。


「お姉さまは先日、トロング侯爵様に婚約破棄されたばかり。うってつけだと思ったんです!」


――妹、ランナが悪びれもなく言う通り。

 私、チュリア男爵家長女、ルーン・チュリアは、ついこの間、トロング侯爵様から婚約破棄されたばかりだった。


 落ち目の男爵家であるチュリア家が、必死の思いで取り付けた婚姻。それを無駄にしてしまったのは、まぎれもない自分だった。

 トロング侯爵様から最後に言われた言葉が、今も胸をズキンと痛ませる。


「ルーン。私は、君を愛そうとした。だが、君は私を愛そうとはしなかったね。残念だけれど、この婚約はなかったことにしてくれ」


 つい表情を曇らせてしまったが、ランナは気にも止めない。


「お姉さまは、トロング侯爵様を本当の意味で愛することができなかった。そう伺っています。きっと運命の相手ではなかったのでしょう」


 ランナは悲しげに瞳を伏せ、少し沈黙した後、

 

「けれども」


 と、私をまっすぐに見つめる。

 

「私ならトロング侯爵様を真に愛し、本当の夫婦になることができます」


 勝ち誇ったように、ランナが続けようとした言葉を遮った。

 

「だからつまり、ランナがトロング侯爵様と婚約するから、あなたの今の婚約者と、私が代わりに婚約すればいいんでしょう?」

「そうです、お姉さま!」


 ランナは満面の笑みを浮かべた。

 

「幸い、あの方なら、お姉さまのように人を愛することができなくても気になさらないでしょう。なんせ、死神公爵と呼ばれる恐ろしい方なのですから……」


 姉を、愛を知らない可哀想な人呼ばわり。

可愛いけれど、わがままに育った妹は、甘やかした私にも責任がある。

大きなため息をついて


「わかりました……。その方向で進めましょうか……」


結局甘やかしてしまった。



 私とトロング侯爵様は、口では婚約破棄を言い渡されたものの、幸い家同士のやり取りまではまだ進んでいなかった。

 トロング侯爵様との婚約は、そもそも身分違いだ。なぜ婚姻が取り付けられたかというと、父は王宮で働く事務官としてはとても優秀で、その上司の息子がトロング侯爵様だったらしい。父の働きぶりを認めての婚約だった。両親に代わりにランナを嫁がせてはと提案すると、父はホッとして、これ幸いと言う感じで、トントン拍子に事が進んだ。

 トロング侯爵様には、改めてよい婚約者になれなかったことの非礼を詫びつつ、妹のランナなら、あなたが望む婚約者として努めるでしょうと、手紙をしたためて送った。

 私がここまで進んで行っているのは、ランナの話を聞いているうちに、二人がお似合いかもしれないと思ったからだ。

 妹は美しい金の長い髪、白い肌に大きな緑の目を持つ、どこからどう見ても美少女。加えて、庇護欲をそそる愛らしい顔立ちをしていて、トロング侯爵様が言う理想の女性像にまさしくふさわしい。

 一方で、私はゴワゴワの茶色い髪で、髪が痛みやすいため、伸ばすことができなかった。おしゃれをするより本を読む方が好きで、そのせいで視力も弱く、眼鏡をかけているため緑色の瞳も目立たず、地味で地味で仕方がない。

 

 トロング侯爵様と私は学園を卒業前に決まった婚約を経て、それからすぐに顔合わせをした。その際、私を見て

「……地味だな、君は」


 といい放った。

 

 今思えば初対面でそんなことを言われて、愛せるかと憤りたくなる。だけど私が地味なのもまた事実だ。

 顔を合わせるごとに、

 

「僕は髪の長い女性が好きなんだ。髪は伸ばさないのか?」

「もっと華やかな服装をしてはどうだ。桃色や、黄色のドレスとか。女性らしいのが僕は好きだ」

「女性が本ばかり読む必要はないよ。もっと宝石とか、花とかに興味を持てばどうだ」


 そんなことばかり言われていた気がする。

 今思えば、その言う通りにすることが、トロング侯爵様を愛するという表明だったんだろう。けれど、

 

「髪質のせいで伸ばせないんです」

「私は青い服が好きなんです。あまりひらひらしたドレスも動きにくくて」

「本で読んだので、ある程度宝石や花の知識はありますよ。……え、そうじゃない?」


 何かがずっとずれていたんだと思う。

 ランナの婚約のために、ばたばた動きながら過去の失敗を反省している間に、トロング侯爵様からも「ランナ嬢であれば、是非」とお返事が来て、バタバタと準備を進めれば、顔合わせの日も決まり、あとはうまくいくだろうと一息ついた。

 

 一方で、ランナの方からも、婚約者の方へ手紙を出してもらった。ランナの婚約者……黒い嵐と呼ばれている恐ろしい公爵様。どの令嬢も婚約を全力で拒否し、本人も婚約に全く乗り気でないらしい。

 噂だと、王子の一人だが王宮内で事件を起こし、王宮を追い出された人だとか。

 なるほど、それなら公爵の地位であるのも納得できる。

 ランナは怯えながら手紙を書こうとして……結局まともに書けなくてわたしが代わりに書いた。

 ああ……また甘やかしてしまった。



 しばらくして、つつがなくランナとトロング侯爵様の婚約が成立した。二人は、一目見た瞬間から恋に落ち、その日のうちに侯爵様はランナを連れ帰ってしまったらしい。

 よかったよかった、と家の中も落ち着いたところで、私はそろそろ邪魔者だろう。

 父と母は王宮勤めで忙しくしているし、うちは領土なんかない弱小貴族。学園も卒業してしまったし、私も後は嫁にいくだけだ。

 ランナの元婚約者……今の、私の婚約者からは数日たって手紙が届いた。乱暴な字で「どっちでもいい。早く顔を見せに来い」と書かれており、文末に書かれた文字で初めてお名前を知った。

 

「ラウド・マキュリー様……や、やっぱり王子様よね。マキュリーって……」


 この国の王様が、ミルロード・マキュリー様。第一王子が、マレード・マキュリー様。似たようなお名前でなければ、王族の血筋だろう。

 噂は出所もわからないものだったが、本当だったらしい。王族の方なのに、誰も婚約したがらない恐ろしい男性。逆に少し興味が湧いてきてしまった。

 このことは、何となく家族には黙っていた方がいい気がして、手紙は大事なものの中にしまいこんだ。さっさと友人や知り合いにお別れの挨拶を済ませ、両親から嫁入り道具を最低限もらって、早々に嫁ぎ先に向かうことにした。

 お別れの日、馬車に荷物を積んでいると、妹とトロング侯爵様が現れた。

 

「お姉さま、行っちゃうんですね。さみしい……」


 涙を浮かべたランナを、ぎゅっと抱き締めた。

 ふわりと花の匂いがする。

 愛らしく、女性らしい雰囲気に、思わず頬がほころんだ。

 

「トロング侯爵様の、よき妻になってね」

「必ずなります。あの、結婚式には戻ってきてくれますか?」

「もちろん! ランナのためなら戻るわ!」


 ランナが本格的に泣き出したので、思わず私も涙がこぼれた。

婚約者を横取りしたわがままな妹とも取れるけれど、私にとっては愛らしい妹だ。


「ルーン嬢。あの際は、悪いことをしたと思っている。けれど君のおかげでランナに会えた。感謝している」

「ランナを泣かさないでくださいね。お幸せに」

「今君が泣かせてるだろう、ははは。君もどうかお元気で」


 遅れてやってきた父と母、そして元婚約者と妹に見送られて、私は出発した。

 

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