「醍醐忠重」と「憲法14条」
皇位継承問題を調べてるうちに、
「皇別摂家」で立派な家を見つけました。
その家の男系が途切れてなければ、
ぜひ、その家の男子に皇位継承順位を付与したいと思います。
醍醐家という「後陽成天皇流」の皇別摂家なんですけど。
いかがでしょうか。
「醍醐忠重」さんは日本の海軍軍人でオランダ当局によって、
ポンティアナック事件の容疑者として戦犯指名され、
日本国内で逮捕、
巣鴨刑務所へ収監され、
1947年にインドネシアで処刑されました。
「醍醐忠重」さんは「後陽成天皇」の九世孫です。
「後陽成天皇」の第九皇子として生まれるた九宮は、
慶長14年(1609年)前関白・一条内基の養子となり、
兼遐と称した。
1635年名を改め
「一条昭良」と名乗りました。
「一条昭良」の次男「冬基」が1679年「一条家」から分家し、
「醍醐冬基」となり、
「醍醐忠重」は「冬基」の8代孫です。
「醍醐忠重」は1947年12月6日、
目隠しを拒否し、黒色の洋服を着用した上で、
羅沙の帽子を被り、刑場にて君が代を声高らかに歌った後に
「天皇陛下万歳」を三唱し、午前8時、
12名の銃手によって一斉に射撃が執行されました。
享年56です。
彼は自身に有利な事実があっても他に危害が及ぶ資料を取り上げることを全て拒否したそうです。
誠に立派な帝国軍人であったと思われます。
戦後、戦犯疑惑がありながら、
生きた多くの「伏見宮皇族軍人」(朝香宮鳩彦、竹田宮恒徳、伏見宮博恭、梨本宮守正等)に比べ、
「醍醐忠重」さんは「皇別摂家」ではあるものの、
他の皇族軍人より格段に宮家にふさわしいと思いました。
ゆえに「醍醐家」の男子には皇位継承順位を付与してはどうでしょうか。
ただし、現在男系男子がいるかどうかは不明です。
そもそも宮家とは天皇宮といい、元々、天皇および皇族の邸の事を指し、転じて(邸宅に住んでいる)皇族の尊称となった。
さらに、親王の身位とともに「○○宮」との称号(宮号)を世襲することが認められる例が生じ、
これが「宮家」と呼ばれるものであり、
個別には宮号に応じて「○○宮家」と呼ばれることがある。
ただし、現行法上はいずれも法的な根拠を持つものではない。
また、宮号の授与と、宮家の創立は必ずしも同時ではない(例:賀陽宮家)。
「○○宮」の称号は個人の称号であり、その家族は用いない。
宮家のうち、特に天皇の子や兄弟が創設した宮家を直宮家という。
宮家の継承・創設・断絶
江戸時代までは、
特に定められた4つの宮家(世襲親王家)(伏見宮、有栖川宮、閑院宮、桂宮)のみが継承され、
嗣子が不在の場合はほかの宮家あるいは内廷皇族(天皇の最近親)の男子が継承していた。
幕末になると伏見宮邦家親王の皇子達から
「中川宮」(のち「久邇宮」と「山階宮」)、
「仁和寺宮」(のち「小松宮」)、
「聖護院宮」、
「華頂宮」、
「梶井宮」(のち「梨本宮」)、
「高照院宮」(のち「北白川宮」)の五新宮家が新に成立し、
1889年(明治22年)に施行された皇室典範により、永世皇族制が確立された。
さらに、その後十数年の間に
「賀陽宮」、
「東伏見宮」、
「竹田宮」、
「朝香宮」、
「東久邇宮」が成立された。
これら幕末から近代に成立した近代宮家と世襲親王家が現在言われる「旧宮家」である。
(「桂宮」「有栖川宮」と「小松宮」「華頂宮」は明治・大正年間に廃絶)
基本的に、各宮家の第1男子が宮号を継承し、
第2男子以下(天皇・皇太子の第2男子以下を含む)は新たに宮家を創設するか、
あるいは臣籍降下する。
皇室典範では新旧ともに養子を認めていないため、
宮家に嗣子が不在(男子が生まれない、あるいは早世等した場合)の場合は、
他宮家の皇族への宮号継承は行えず、宮家は断絶する。
嗣子がいない場合は、
たとえ旧世襲親王家であっても、
断絶は回避されない。
また、嗣子に「不治の病」がある場合、
廃嫡が行われたが(例:伏見宮家の邦芳王)、
宮号継承後に発病した場合は弟が健在でも、
宮家存続の措置は取られなかった(例:山階宮家の山階宮武彦王)。
最後の宮号保有者が薨去後した後も、
配偶者(未亡人)や未婚の女子等が皇族として留まっている間は、宮家としては存続する。
宮家に所属した最後の人物が薨去した後、
1年後の命日に「一周年祭の儀」が執り行われる。
最後の人物に対する葬儀としては、これで終了する。
その2日後、最後の人物の御霊に通常の食事を供え、
「権舎の儀」を執り行い、皇居内の皇霊殿に霊魂を移す。
すなわち、最後の人物は、宮家の御霊舎には祀られない。
そして、当該宮家の御霊舎で、御霊舎に残っていた御霊(過去に薨去した皇族の分霊)に対し
「神昇の儀」を執り行う。
この儀式(神事)を経て、宮家は正式に絶家となる。
祭祀の継承例
上述のように、旧•現皇室典範下では、宮家自体を他家の皇族が継承することはできないが、宮家の祭祀については他家の皇族が継承した例がある。
有栖川宮家は、1908年(明治41年)、
嗣子の栽仁王が早世し絶家が確実になったのち、
有栖川宮威仁親王は伊藤博文に
「有栖川宮先代ノ系統ヲ思ヘバ、先例ニ倣ヒ、皇子孫ノ入ラセラレンコトヲ希望スル他意ナシ」
と認め、皇子孫による継承を強く希望した。
1913年(大正2年)6月、重篤となった威仁親王に、後継者問題の内諭が伝達された。
同年7月6日、大正天皇の第三皇子光宮宣仁親王に「高松宮」の称号が与えられた。
高松宮は有栖川宮の旧称であり、また威仁親王の外孫徳川喜久子と宣仁親王の婚約も内定した。
1923年(大正12年)、有栖川宮家は威仁親王妃慰子の薨去をもって断絶すると、
高松宮はその葬儀で喪主を務め、
高松宮家が有栖川宮家の祭祀を継承し、また、同家にまつわる資料を刊行した。
祭祀の継承により、宣仁親王を実質的に有栖川宮家の後継に疑したことは、
伊藤による「超法規的措置」として受け止められた。
この他、皇族男子が臣籍降下して断絶した宮家の祭祀を継承した例に、
華頂博信(侯爵、伏見宮博恭王の第3男子)や
東伏見慈洽(伯爵、久邇宮邦彦王の第3男子)がある。
私は皇位継承者の門戸を広く解放し、
天皇の子孫である男系男子には、
原則として皇位継承者の資格を与え、
皇位継承順位を男系血統の近い順に付ければいいと思っています。
しかし皇位継承の資格を神武天皇のy遺伝子保持者に限定するとしたら、
その場合、実は憲法14条違反になるのです。
『門地』って知ってますか?
いわゆる『家柄』のことなんですが、
実は日本では門地による差別を憲法で禁止しているのです。
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的関係において、差別されない」(第14条第1項)
もし仮に旧11宮家の男系男子に限定して次期天皇を選んだとしても、
旧宮家は今は皇族ではなく一般国民です。
つまり一般国民から皇族を選ぶわけで、
これは『門地』による差別が行われるという訳です。
旧宮家の中で東久邇家の男子を養子にすればいい(養子に入ってもらえばいい)、
と簡単に言う人がいますが、これは立派な門地による差別なわけです。
これが皇族の中から天皇を選ぶのなら問題はありません。
憲法第1章に基づいて、
皇族は国民とは立場を異にしていますから。
問題なのは、
桓武平氏や清和源氏といった皇統には属するが皇族ではない、
一般国民に皇族になってもらう場合なのです。
「華族類別録」を見ればわかるように、
天皇に繋がる氏族は旧宮家系に限らず数多く存在します。
旧宮家、旧華族、皇別摂家という
『門地』『家柄』で現在普通の国民として生活されている一般男子が、
皇位継承候補者に選別され、
皇族にピックアップされるということは、
憲法違反だということを日本国民はどう思ってるのか聞いてみたいものです。
2021年5月10日に開催された皇位の安定継承を目指す有識者会議第4回会合で、
皇位継承資格の拡大などについて、
4人の有識者代表が発言しています。
①「旧宮家案」、
②「皇族ではない皇統に属する男系の男子に広く皇籍取得を可能にする案」、
についてです。
国士舘大の百地章特任教授(憲法学)
岡部喜代子元最高裁判事(親族法・相続法)
京大の大石眞名誉教授(憲法)
東大の宍戸常寿教授(憲法)
この内、東大教授と京大教授の2人が、揃って憲法が禁じる「門地による差別」に当たるとして、憲法違反の疑いがあることを指摘しました。
彼らの意見を書き出しておきます。
「一般国民の間における平等原則に対して『門地』などに基づく例外を設け、『皇族』という継続的な特例的地位を認めようとするものである。そうすると…憲法上の疑念があると言わざるを得ない」(大石眞氏)
「法律(皇室典範)等で、養子たりうる資格を皇統に属する(皇族ではない)男系男子に限定するならば…一般国民の中での門地による差別に該当するおそれがある。
さらに、仮に旧11宮家の男系男子に限定する場合には、皇統に属する(皇族ではない)男系男子の中での差別に該当するという問題も生じる」
「内親王・女王との婚姻を通じた皇族との身分関係の設定によらず、一般国民である男系の男子を皇族とする制度を設けることは…門地による差別として憲法上の疑義があると考える」(宍戸常寿氏)
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現在の日本の最高学府の憲法学者の権威二人が、
揃いも揃って憲法違反だと指摘していても、
解釈が問われる問題だとなるのでしょうか。
さすがに東大と京大の権威に憲法解釈で正しいと思います。
憲法改正をすれば問題ないのですが難しいでしょう。
女性宮家創設の場合は、
もう眞子さんは皇籍離脱されてしまいましたが、
愛子さまと佳子さまは、まだ皇族であられます。
皇族の方の宮家を創設するのは問題なくできます。
ゆえに「女性宮家」創設問題が最近クローズアップされてきたのです。
これも、愛子さま、佳子さま、お二人ともご結婚なされてしまったら、
女性宮家創設も憲法改正しないと第14条違反で、できなくなってしまいます。
同じ有識者代表でも、麗澤大学教授の憲法学者に八木秀次と言う人がいますが、
彼の意見は京大の大石眞名誉教授、東大の宍戸常寿教授と正反対のようです。
他にも調べてみると、東大、京大に屈服していない法学者も多いです。
ただ、残念なことに、ここで何故かイデオロギーの違いが鮮明に出てくるのです。
つまり八木教授を調べれば、南京虐殺はなかったという方面の主張が頻繁に出てくるのです。
別に南京事件がどうとかいうのではないのですが、ざっくばらんに言うと、つまり、なんですか、なんで右翼は東久邇家から養子を入れたがり、左翼は女系天皇に移行したがるのか、ということです。
全く関係ないと思うんですけどね。
私は左翼でも右翼でもないと思っておりますが、
皇位継承に関しては「旧皇族以外からの男系継承」を望む日本人なのです。




