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伏見宮と天皇家  作者: やまのしか
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宮家の謎




幕末から明治時代にかけては新しい宮家が続々と新設され、

それまで出家していた皇族が、

還俗して天皇の藩屏としての役割を担うことになった。

1863年、中川宮、

1864年、山階宮、

1870年までに、梨本宮、聖護院宮、華頂宮、東伏見宮、の各宮家が設立された。

1889年、皇室典範の制定。

これによって永世皇族制が確立され、これにより、皇族の家格は廃止された。

皇室典範の制定後、

1900年、賀陽宮が諸王家に列せられ、

1903年、東伏見宮、

1906年、竹田宮、朝香宮、東久邇宮、が設立された。

賀陽宮邦憲王への宮号の授与自体は、

1892年12月17日。

竹田・朝香・東久邇の各宮家は、

いずれも明治天皇皇女を妃に迎えての新宮家創設であった。

その後、大正天皇の3皇子のうち、

1913年、宣仁親王(のぶひと)が、

断絶した有栖川宮の祭祀を継承のために8歳で高松宮の宮号を賜り宮家を創立した。

また、20歳で独立したのを機に、

1922年、雍仁親王が秩父宮の宮号を、

1935年、崇仁親王(たかひと)が三笠宮の宮号を賜り、

それぞれ宮家を創設した。

旧皇室典範は当初は永世皇族制を本則として採用する一方、

1907年、皇室典範増補が公布。

王が勅旨、または情願により華族に列せられると定めた。

1920年「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」が制定。

天皇から5~8世王は請願の有無を問わず賜姓降下することとされた。

以降、12人が降下し、

華族(次男は侯爵、三男は侯爵又は伯爵、四男・五男は伯爵)に列せられている。

第二次世界大戦敗戦後、

GHQの指令に基づいて、皇室財産の国有化、皇族の財産に関する特権の停止などが決定され、

敗戦後の窮乏した国家財政では従前の規模の皇室を維持できなくなったことから、

秩父宮、高松宮、三笠宮の三直宮家を除く11宮家51人が皇族の身分を離れることとなったとされるが、

実際は新憲法下で国会の承認があれば、必要な歳費は十分支出される制度であった。

また、皇籍離脱一時金は当時としては莫大な額であり、また、邸宅もそのまま所有することができたゆえ、皇籍離脱によって困窮するようなことはなく、後世の脚色である部分が大きい。

現在の皇室典範は昭和22年(1947年)5月3日に施行され(日本国憲法施行と同日)、

同年10月14日に11宮家51名(いわゆる旧皇族・伏見宮系皇族)が、

形式上は自発的な意思によって臣籍降下(いわゆる皇籍離脱)した。

現代では、宮家創設は、

当主を引き継ぐ最年長の男子以外の男子が、

結婚や独立を機に行われてきた。

昭和39年(1964年)に「常陸宮」、

昭和59年(1984年)に「高円宮」、

昭和63年(1988年)に「桂宮」の、各宮家が創設されたが、いずれも嗣子がいない。

1988年(昭和63年)、三笠宮崇仁親王の第二王子の「宜仁親王」が新宮家を創設し、

同名の桂宮を称した。

現皇室典範の下、独身で宮家を創設した最初の皇族である。

1988年(昭和63年)1月1日に、昭和天皇から「桂宮」の称号を与えられ、

独立の生計を営むようになった。

宮号はお印のカツラ(桂)に因んだもので、

かつての四親王家の一つである旧桂宮家とは無関係とされているが、

区別をする必要がある時は、おのおのに「新旧」をつける事がある。

系統としては高松宮家から引き継いだ物が多いため、

祭祀などについては有栖川宮家に系統が近い。

1990年(平成2年)に「秋篠宮家」が創設された。

平成18年(2006年)に「秋篠宮文仁親王」に悠仁親王が誕生した。

それ以外の宮家(常陸・三笠・高円)については、

昭和29年(1954年)の「高円宮憲仁親王」以来、

宮家を継承する、あるいは新たに宮家を創設することができる皇族男子は誕生していない。

よってこの3宮家は、現在の規定では、将来の絶家が確実である。

伏見宮系皇族(旧皇族)が皇籍を離脱した

昭和22年(1947年)10月以降、

宮号保持者の子女に宮家を継承できる男子(若宮)が存在したのは以下の2例しかない。

三笠若宮:「寬仁親王」(平成24年(2012年)に薨去)

秋篠若宮:「悠仁親王」

このうち寛仁親王は、父の三笠宮崇仁親王よりも先に薨去したため、

宮号が次代に継承された例は、戦後1例もない。

皇族男子の著しい減少による皇位継承問題と共に、

宮家の存続も危機的な状況である。

(1)「岩倉宮」(2)「四辻宮」(3)「早田宮」(4)「五辻宮」(5)「常盤井宮」(6)「木寺宮」(7)「花町宮」

(8)「土御門宮」(9)「聖護院宮」(10)「玉川宮」(11)「小倉宮」(12)「小川宮」(13)「八条宮」

(14)「有栖川宮」(15)「常磐井宮」(16)「京極宮」(17)「桂宮」(18)「聖護院宮」(19)「華頂宮」

(20)「東伏見宮①」(21)「小松宮」(22)「伏見宮」(23)「閑院宮」(24)「山階宮」(25)「北白川」

(26)「梨本宮」(27)「久邇宮」(28)「賀陽宮」(29)「東伏見宮②」(30)「竹田宮」(31)「朝香宮」

(32)「東久邇宮」(33)「秩父宮」(34)「高松宮」(35)「桂宮」





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