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始まり

トンボも連れていないのに展開される魔法に、先生が絶句している。高い椅子の皆も驚いている。


「僕は、僕自身が魔法を使えるんですよ。一番初めにも言ったけど。うーん、言いかえればつまり、見えないトンボがいるってことだ。それで、僕は、アイシャちゃんの願いを叶えるトンボでもあるんだ。つまりアイシャちゃんも魔法が使えるってこと。きみたちがトンボにお願いして魔法を使うのと同じ仕組みだ」


「ルルドくん、火の魔法もあったわ。眠くなる魔法も」

「分かった」

ちゃんと授業を受けていたアイシャがルルドが忘れていた初歩の魔法を思いださせる。

ルルドは頷いてその魔法を使った。全て、魔力を持つ者であれば簡単にできる程度だ。


「待ちなさい! もうあなたはトンボ無しの身分じゃない! 止まりなさい」

椅子の上から声を張り上げて怒ってきた子がいる。

この子は確か、黄色いトンボ。他の子を黄色に染めていた。


ん。あれ。

黄色いトンボじゃない。よくよく見た覚えのある虹色のトンボに代わっていた。


「あ。虹色トンボだ」

「まぁ!」

ルルドとアイシャの驚いた声に、その子は得意そうだ。

「えぇ。私がこのトンボを救い出してあげたの。私だからできたのよ。つまり私にこそ相応しいの。この子はもう私のトンボよ」


「へー。良かったね」

とルルドは感情をこめずにそう言った。他には特に言う気にならない。


「フィリアちゃん、お友達と思ってたのに・・・」

一方のアイシャは元気を無くしている。


他の子に視線を向けてみても、トンボを無くしたアイシャは受け入れない様子に見える。

あれほどチヤホヤしておいて、冷たい世界だ。


「挨拶に降りてきてくれたら嬉しいけど。僕たち、今日で学校をやめるから、今日でお別れなんだ」

「皆、いろいろと、今日まで、優しく親切にしてくれてありがとう・・・」

アイシャの言葉にも、誰も椅子を降りてくる気配が無い。返事もない。


すっかり元気をなくしたアイシャを大事に抱えてルルドは教室を出ることになった。


あれは酷い。いくらトンボ重視だとしても、あれは無い。

ルルドは心を痛めながらアイシャを励ます事にした。


「僕と仲良くしてくれた子どもたちがさ、良い子だよ。むしろ仲良くなれるのはトンボがすごくない子たちかもしれないよ。トンボ以外のものも見てくれるからさ」

「うん・・・」


「アイシャちゃんのお陰で椅子に座れるようになったって言ってたし、絶対仲良くなれるって」

「うん・・・」


なかなか元気が出て来ないほど、アイシャがショックを受けている。


一人ぐらい、トンボがいない状態のアイシャを好意的に見続けてくれる子がいても良かったのに。


***


午後まで時間があるので、アイシャを連れて、世話になった酒場にも挨拶に行った。

皆が酒を持って喜んで集まって来てくれた。

アイシャが驚いている。


オヤジたち、アイシャちゃんに酒を飲ませないで。

お酒はアドミリード家のルールで17歳からなのだ。厳密に言えばアイシャはアドミリード家ではないが。


皆が、アイシャに可愛いと感心の声を上げる。

ルルドには、からかいつつ、失恋失敗おめでとう! と祝ってくれた。ありがとう!


「学校はやめる事になったけど、国外追放にはならなかったから、またここに遊びにくるよ!」

「あぁ、是非来い!」


「僕の国の友達にも、この店を教えておくよ。お酒と美味しいものが大好きな友人たちなんだ」

「大歓迎さ!」


ワァワァ騒いで楽しかった。アイシャはちょっと怯えてたようだが、ルルドの傍でそのうち慣れ、最後には一緒に笑っていた。


ちなみに、二人の勇者はいなかった。あのパレードの後から姿を見せないそうだ。

まぁ、勇者では無く、どうも泥棒寄りだったけど。


とはいえ、とてもお世話になったし、できればまた会いたいなと思う。ムロイとは気が合わないが、それでも会いたいと思うのは不思議だ。


さて、酒場で昼食も取ってから船に戻る。

ルルドの友達5人を迎える準備をする。

そして学校の出入り口に待機。サボって抜け出す5人を捕まえるためだ。


無事、コソコソ、怯えたように現れた5人を確保できた。

皆、ルルドとアイシャを見てパァッと顔を輝かせる。

皆がサボリ成功だとはしゃぎだした。


船に向かう道、5人は特にアイシャを取り囲み、魔法のコツなんて聞いていた。

アイシャは一生懸命答えている。

とはいえ、そもそもトンボの性能が違うので、役に立つかどうか。とルルドは思うが口に出さない。


そうして、船を置かせてもらっている空き地にたどり着いた。

家とは違う雰囲気の、きっと見るのも初めてだろう空の船に、皆が目を丸くしている。


「ようこそ。これが、僕とアイシャちゃんの空の船だよ。隣のドルド国では、こういうのが当たり前に空を飛んでいるんだ」

5人を船の中に招き入れると、皆がポカンと口を開けた。


「隣のドルド国の乗り物だから、制限があって、この国では飛べる地域と飛べない地域があるんだけど、このあたりは飛んで良いんだ」


壁の一部を透明に。外の景色が見えるようにしてゆっくり浮かび上がる。


わぁ、と歓声が上がった。

大はしゃぎだ。良かった。


希望を聞いて、皆が行ってみたい、と言った場所へと空の船で移動する。


「王様の背の高い椅子より高い場所にいるわ」

とオレンジ色の髪のクエラがはしゃいでいる。


「ルルドくんすごい、トンボもいないのに凄いよ!」

と赤い髪のベルドだ。


「うん。僕にはさ、トンボはもういないけど。トンボがすごくなくても、たくさんできることがあるって、言いたかったし、見てもらいたかったんだ」

「・・・うん」

皆が神妙な顔つきになった。


おっと。そこまで真面目な顔になるとは思ってなかった。


「とはいえ、トンボは凄いんだと思うよ。アイシャちゃんも魔法が使えて嬉しそうだったし」

「うん。嬉しかった。もう私のトンボはいなくなっちゃったけど・・・」


「でもアイシャちゃんも、魔法は使えないけど例えば小さい子に船の事を教えるのが上手かったりで人気があるし、片付けるのとかも上手いだろ」

「ふふっ」

アイシャが嬉しそうだ。ルルドが褒めているからだ。

いつもなら抱き付いてきそうな雰囲気があるが、他の子がいるので自重しているようだ。


「トンボにこだわらなくて良いって、どう、そう思わない?」

「・・・うん。ありだね」

と赤い髪のベルドがすぐに頷いた。


「魔力が無くても、できること教えてよ」

「アイシャちゃん、教えてあげて。僕は勝手に魔力使っちゃうから」

「えぇ。でも何が良いかしら。えっと、ぬいぐるみは魔力が無くても作れるの。刺繍もよ」


皆でワイワイ盛り上がりながら、途中で町に降りて、一緒に夕食を食べた。

5人もいるので、色んなオススメの店やお菓子も教えて貰った。友達が出来た、とルルドもアイシャも思った。

きっと5人もそう思ってくれていると思う。


もっと早く、学校以外で遊びに出れば良かったな。

ルルドは学校が終わったらすぐ仕事に船に戻ってしまっていたのだけど。

アイシャはトンボの勉強が楽しくて、それを放課後もやっていたらしいけど。


「お別れの時に仲良くなるなんて」

と、ルルドと2人だけになった時に、アイシャはとても寂しそうに残念そうに言った。

「これが始まりになるのかしら」

「そうかも。隣の国だから、また会いにも来れるし、来てもらえるよ」

「そうね」

アイシャが少し嬉しそうに笑う。気持ちがちょっと上向いたのが分かってルルドはホッとした。


ルルドとアイシャは、惜しみながら、5人の友達とお別れをした。

きっと必ず、手紙を出し合おう。


***


再び、船で二人だ。ちなみにまだ出発はしていないので、船は空き地に降りているままだ。


「提案があります」

「はい」

ルルドの真面目な言い方に、アイシャも真顔でいる。


「本当は僕たちは、2年ぐらい学校に行くはずでした。でもまだ1年も経ってません」

一年どころか半年未満だ。

「えぇ。予想外ですわ」

なぜかアイシャがお嬢様口調できた。真面目そうに茶化してるな。


「提案一つ目。本来はこのまま家に戻るところだけど、せっかく旅もできる大きな船なので、このまま旅できるところを探して旅してから、家に戻ります」

「賛成です。可決しました」


「ただ、僕の仕事の、船の修理と改良が終わったら、その度にドルド国のお客さんのところには戻ります」

「了解です」


「提案二つ目。大人しく家に帰る」

「嫌です。却下。一つ目の提案が良いです!」


まぁ、そうだろうね。

ルルドも頷いた。


一度戻ってしまうと落ち着いてしまう。

せっかく2年のつもりで出てきたのだから、もうちょっと色々周ってから家には戻りたい。


「アイシャちゃんって、魔法はおいておいて、何かしたいこととか、なりたいものってある?」

「ルルドくんのお嫁さん」


「ありがとう」

照れるじゃないか。

「それは叶えると約束するから、他の。例えば、雲の海を見てみたいとか、お客さんに聞いた場所に行ってみたかった、とか」

「ルルドくんと一緒ならどこでも良いし、どこでも行きたい!」


奇跡かこの子。


なんだか感動したルルドの傍、アイシャが首を傾げた。

「ルルドくんは?」

「僕は、船の仕事してて夢は叶ってるし、うん・・・可愛い恋人できたし・・・」

途端、アイシャが嬉しそうに笑う。


「大好きルルドくん!」

「ありがとう。僕も好きだ」

「夢みたい!」


奇跡を連打でくれる子である。

ルルドはますます感動した。


さて一方、どこに行きたいとか、そういう具体的な憧れなどはアイシャにはない様子だ。


うーん。家にすぐ戻らないという場合、じゃあどこに行こうかという事になるのだが。


「アイシャちゃん、まだ13歳だろ」

「そうだけど」

子どもだと言いたいの、と不満そうだ。


そうじゃない。


「元々、学校って、いろんな人に会って、出会いもそうだけど、成長っていうかさ。刺激のある場所だと思ってきたはずなんだ」

ルルドの言葉に、アイシャも真面目な顔で、少し考えた。


「そうね。ドルノちゃんとノルラちゃんみたいに、色んなことができるようになりたかったの。私だけ何もできなかったもの。でも・・・」

アイシャが困った顔になった。

トンボの魔法を勉強頑張った。だけど、トンボのいない状態に戻ってしまった。


「僕も、言ってしまうと、この国の学校の勉強、正直役に立たないなぁと、思ってたんだ。トンボがいないと意味のない事ばっかりだったから。でもまぁ、こんな国や人もいるんだな、という意味では衝撃だったけどさ。でも、普通に、自分に新しいものが欲しいって思わないか? 僕の場合、船に使える発見とか新しい道具とかそいういうのを知りたいなぁ」

「うん」

アイシャが頷いた。

「そうね。私もそう思う。でも、知らない事だから、『これを知りたい』って言えないわ?」

困ったように首を傾げた。

「確かに、正論だな」


「ねぇ、ディアンお兄様に、おすすめの国を聞くのはどうかしら。リュイスお姉さまたちでも良いと思うの」

「確かにね」


考えつつ頷いたルルドを、アイシャがじっと見つめた。


「・・・ねぇ、ルルドくん」

妙に真剣な声だな、と思ってルルドはアイシャに視線を向け直した。

アイシャは言った。

「リュイスお姉さまよりも、私が好き?」


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