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虹色トンボ

「ん」

思わずルルドは声にかけて止めた。

あの人、あの人じゃないの。美人勇者のクライスさん。何してるんだ。


クライスのはずの真っ赤な仮面は馬車の上でまた高笑った。

「トンボ様の名前を広く呼ぶなんて! こんなうっかりさんに国宝となる虹色トンボは相応しくない! このルキア様がもらい受けたわ! ヘイ、クローズ、ロック!」

変なノリで話す仮面女性を、皆が驚いて見つめている。


なんだろう。

警備的な動きが悪い国だなぁ。

と、正体をなんとなく察しているルルドは妙に冷静にそんな事を考えてしまった。


一方、アイシャが息を飲んで手をのばした。

「マキューイをどうするの!? 私のトンボになってくれたのに!」


「残念。でもお姫様、婚約なんて、人生の大事を勝手に契約するような強いトンボ、お姫様の手に余っているわよ。つまりあなたなんかには、この素晴らしいトンボは相応しくないのよ。勿論、国王陛下の婚約者もね。だってトンボが無ければあなたはただの異国の娘。ちょーっと美人なだけのね!」

仮面女性の言葉にアイシャがショックを受けている。

ルルドはどうしていいのか困ってしまう。


「さぁこれでトンボは手に入れた! ズラかるわよ!」

手元にキラキラ光る鳥かごが現れていた。中にアイシャの虹色のトンボが入っていて、怒ったように飛び回っている。

「バイバーイ☆」


仮面が赤いマントを翻す。

そのマントの動きに視線を奪われた。


そして、マントだけが宙から落ちる。

仮面女性の姿は消えていた。


「おい、早くしろ。お前もだ」

ルルドの耳元でささやき声がした。聞き覚えがある。勇者ムロイだ。


ルルドはアイシャを抱き上げ直した。

そして、一目散に走って逃げる事にした。たくさんの魔法を使いつつ。


***


恐ろしい事に逃げきれた。大丈夫なのかこの国。弱すぎる。


色んなことを考えてしまうのは動揺しているせいだろう。


ルルドたちの前を勇者ムロイが走っていたので、ついていった。そのうち誰もいない丘にたどり着いた。


「ここまでくりゃ良いだろう。よぅ。世話になったな」

と、勇者ムロイが周囲を見回してからルルドたちに目を留めた。


さすがに息が切れているルルドは、無言になってしまったが、代わりにルルドに抱きかかえられていたアイシャが尋ねた。

「あなたたちは誰? 私のトンボをどうするの」

「俺たちは勇者だ。嘘だけどな」

「え?」

アイシャがキョトンとする。


息が整ってきたルルドは尋ねた。

「泥棒?」

「いやー、そうとも言い切れない」


まぁ、良いか。

「助けてくれたんだよね」

「利害の一致でな。で、話はついたか」

「もうちょっと」

ルルドの返答に勇者ムロイは肩をすくめて、少し傍を離れてくれた。向こうから、変な仮面を取り払った普段通りの美人クライスがこちらにやってくるのが見える。


ルルドは、作ってもらった時間をきちんと正しく使う事にした。

アイシャを地面に降ろして、改めて告げることにする。

「話が出来て良かった。アイシャちゃんと話ができないうちに、好きになってた。僕と恋人になってください。お願いします」

「!」

アイシャが飛びついてきた。


「私、嫌われちゃったと、思ってた。だって、睨んで、スマホも出てくれないし、皆が、私一人凄いからルルドくんは私が嫌いになったって」

「言ってない! そんな事実ない! 待って、スマホ、僕ずっとかけてもアイシャちゃん出てくれなかった」

「嘘。だって」

アイシャが顔を上げてルルドを見た。すでに泣きそうに目が潤んでいる。


ルルドは自分のスマホを取り出した。そしてアイシャに向けて使った。

アイシャはスマホを取り出した。


あれ。何の反応も出ない。


「ん? 壊れてるのか?」

「私からも使ってみて良い?」


アイシャがルルドのスマホを呼び出そうとする。だけど、ルルドの方に変化はない。


「壊れてる」

「嘘」


「虹色ついてるわよ、その道具」

傍に美人勇者クライスが来ていた。あの、丸い眼鏡をかけている。

そしておもむろに鳥かごを取り出した。中で虹色のトンボが飛び回っている。


「正体隠す気無いんですねクライスさん」

「えぇ。だってルルドくんには分かってたでしょ。私が誰かって」


うん。そうですが。


クライスが眼鏡をルルドにかけてくれた。アイシャが不思議そうだ。

そんな中、スマホに目を落とす。

アイシャのスマホが虹色に染まっていた。

「あ! アイシャちゃんのトンボのせいだ! え、なんで」


「この子多分、自我が強いのよ。それだけ魔力が強いってことだけどね」

「え、マキューイが私とルルドくんの邪魔をしたの? どうして?」

アイシャが泣きそうになった。


眼鏡を回収した美人勇者クライスが鳥かごを見やる。

勇者ムロイが指でトンボとケンカしていた。何をしているんだ。


「まぁ、一度は契約を結んだもの同士、穏便に別れ話をしてもらおう」

勇者ムロイが鳥かごの蓋を開ける。

するとすぐに虹色トンボが出てきて、人間に変身した。

周囲を見回してため息をつく。

面倒臭そうに。


虹色が話さないので、クライスが口を開いた。

「王様の事が大好きな、この国の偉い家の一人娘がいてね」


なんの説明だろうか。


「急にきた他所者よそものが、大好きな王様と婚約って言うので、それはそれは怒ってね。トンボさえいなければただの娘なのにって」

「ちなみにあんたたちと学校で顔見知り。黄色の、キィキィ偉そうな女だ」

と勇者ムロイが補足してきた。


アイシャが驚いて目を丸くした。


「私たちは捕まえて、このトンボを売るのよ」

勇者であったはずのクライスが笑った。

「強いトンボは高値で取引されるの。親から子に受け継いだりして、強いトンボをそれはそれは大事にしてね。だって本人が優秀かより、トンボが優秀かでこの国って扱いが天と地なのだものね」


美人クライスが悪い顔をしている。

ムロイの方が善人に見えるほどの悪人面だ。


「説明はもう良いだろ」

ムロイがどこか面倒そうに言った。

「とにかく、なぁ、アイシャちゃん。きみ、あの坊ちゃん王と結婚したくはないんだろ。きみはルルドくんが好き。でも、このトンボは、王家に取り込まれる運命だ。だからさっさとこのトンボを手放してくれ」


「売り先が王家って事?」

とルルドは聞いた。

「今は違うがな。どうせそうなる。トンボで集めた金で、トンボを買う国だ」

とムロイが答えた。


ルルドはこんなトンボ、もう手放して欲しいと思った。

とはいえ、アイシャが、魔法を使えるようになり喜んでいたことも分かっている。


「僕を選んで欲しい。お願いだ。アイシャちゃんが魔法が使いたいなら、僕が代わりに使ってあげる。アイシャちゃんのトンボに僕がなりたい」

「まぁ」

驚き、そして嬉しそう頬を染めたアイシャにルルドはホッとした。


「本当に、私の事、好きになってくれたの? 恋人よ?」

「うん。話もできなくて、アイシャちゃんが強くてかっこよくて飛び切り可愛い事にやっと気づいた。お願いだ。僕を選んで」

「大好き、ルルドくん。嫌われたと思ってた」


「僕に感謝してよ」

偉そうな声が割り込んできた。

見れば、虹色だ。

「うまくいったじゃないか。僕はきみの一番の願いを叶えたんだ。褒めてくれ。そうしたら、満足だ」

「まぁ・・・」


「具体的に何したのか言ってもらいたんだけど」

とルルドは困りつつ聞いてみた。

「ああ、言ってやろう。この子は僕に、ルルドくんと両想いで恋人になりたい、好きになってもらいたいとお願いしてきた。叶えてやろうと僕は思った。だから、きみたちを引き離してみたんだよ。恋には障害が必要じゃないか」

ニッコリと虹色が笑う。


はぁ? 迷惑だな。


「見てみろよ、結果、ちゃんと魅力に気が付いたんだ。僕はちゃんと願いを叶えた」

「・・・本当だわ。ありがとう、マキューイ」

アイシャが驚きながらも頷いて礼を告げると、虹色は満足そうに笑った。


「でもマキューイ、あなたは王家とアイシャちゃんを繋ぎたかったんでしょ。自分が凄いから。違う?」

どこか冷たい口調でクライスが指摘した。

虹色が肩をすくめる。

「まぁね。僕のアイシャは一番偉い身分になるべきだ。僕の契約者なんだから」


「じゃあ、やっぱり大人しく捕まってなさいよ。あなたは切り離されて当然よ。アイシャちゃんの願いと違う事を勝手にするんだから。でも安心して。ちゃんと王様狙いの子に売ってあげる」

「もう捕まってるんだから仕方ないよな。でもあいつ、ヒステリックで好みじゃないんだけど」


「一方的にアイシャちゃんに縁切られて捨てられるよりマシでしょ。自業自得だし、あなたの野望は叶うし良いじゃないの」

「まぁね。了解した。アイシャは、可愛かったのに。残念だよ。僕を選んで欲しかった」


「ごめんね、マキューイ。私のお願いを叶えてくれて、ありがとう。でも、私はルルドくんが好きなの。だから、マキューイとは、お別れする。魔法が使えて、とても楽しかったけど」

とアイシャが悲しそうだ。

「あぁ。分かってる」

虹色は満足そうにうなずいた。


次に、アイシャが気遣うようにルルドに言った。

「ルルドくんのトンボもとても勇敢だったわ」

「え? あ」

ルルドは周りを探した。

傍に飛んでいてくれた黒いトンボがやはりいない。


パレードの時、一瞬黒い壁が目の前に出てきたと思う。多分ルルドにとって盾になってくれた。

あれは、ルルドの黒いトンボが。


「役にたてて喜んでるさ。願いをかなえるために僕たちは生まれたんだから」


そうか。

僕が危ないと思ったから。守ってくれた。たった一枚になっていた羽の魔法で。


あそこで虹の剣に負けてたら、もう終わってた。


「・・・。名前も、知らないけどさ。あの黒いトンボがいてくれたから、僕は学校に通えたんだ。すごくあのトンボに感謝してる」


いてくれるだけだったけどそれでとても助けられてた。

助けてくれて、いなくなってしまった。


寂しくなる。


学校自体は特にいいところじゃなかったけどさ。

でも、本当ありがとう。


なんだかかなり、寂しくて悲しくなってしまった。


元気を出して、と、アイシャになぐさめの言葉を貰った。



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