高い椅子、低い部屋
翌日の入学式で。
会場に到着したアイシャはあっという間に注目された。
トンボに皆が見惚れている。
そして手を引くようにして、
「あの椅子にどうぞ」
「一番高い椅子です」
とアイシャを連れて行く。
アイシャが戸惑ったが、学校に従うべきだろう。
不安そうに振り返るアイシャに手を振って見送る。ルルドに対してはそのような出迎えは無い。
大きな会場は、いくつかの部屋が繋がっている場所だった。
奥に行くほど一段高くなっている。
最も高い場所に、背の高い椅子が置かれていた。
荷物を取る背の高い脚立に、背もたれや座るためのクッションをつけたような椅子だ。
勿論、脚立では無いので装飾が施されているが、長い脚は明らかに梯子状態である。
アイシャは促されるまま、その長い脚の梯子を登って上に座る事になった。
皆が注目している。
「凄い」
「一番背の高い椅子よ」
サワサワと称賛の声がする。
さて、ルルドについては誰も来ないが、ルルドも入学する者だから、座ろうか。
そう思って一段進んで、置いてある小さくて低い椅子に腰かけようとしたところで、激しい制止がかかった。
「駄目駄目駄目! 駄目だよ! 止めなさい!」
5人も集まってきた。
「僕も入学者なんですが・・・」
「きみは一番低い部屋だよ! トンボが1つの羽しかないとは! 見たことが無い」
「降りて! 厚かましい!」
メチャクチャ怒られた。
ルルドは戸惑いつつも周囲に従い、追い払われるように入り口付近、一番低い場所に戻った。
ここには椅子が一つもない。
だからこそ、椅子のある場所に行ったのだが。駄目だったようだ。
ルルドを叱ってきた5人が、一段上から嫌そうなものを見るようにしている。
初日から心が折れそうだなー。
ルルドは自分の傍、黒いトンボを無言で見つめた。
そしてすぐに視線を外し、諦めた。
間違いなく、トンボで格差がある場所だ。
ただ、ルルドはこのトンボを大事だと思う。
この1匹がいなかったら、ルルドはこの場所にいる資格さえ無かったから。
さて、ルルドは周囲を見渡した。
すると同じ場所に、アイシャと同じ年頃の少年少女が立っていた。
様子から見て、多分、自分やアイシャと同じように、今日入学する子たちだろう。
ルルドは声をかけた。
「どうも、はじめまして。僕は隣のドルド国から来たルルド=アドミリードです。慣れないから色々教えて欲しいんだけど、良いかな?」
「へ、あ・・・」
話しかけた赤い短髪の少年は驚いてルルドを見上げ、そしてすぐに黒いトンボにも驚いた。
「1枚羽だ」
「すごいの?」
「僕より下の人がいるなんて思わなかった」
そっちか。
ルルドは頷いた。
探してみれば、少年には1匹の赤いトンボが張り付いていた。羽は2枚ある。
「トンボの羽の数が多い方が凄いって事だよね」
「そんな事も知らないの」
少年は悪気なく純粋に驚く様子で、ルルドは素直に頷いた。
「うん。隣のドルド国から来ていて、全然この国の色んなことが分かってないんだ。色々教えてくれたらうれしいんだけど、良いかな」
「ふぅん、そっか。うん」
少年は素直な様子で頷いてくれた。
「ありがとう。すごく助かるよ。あのさ、さっそくだけど、背の高い椅子って、何か良いことがあるの?」
「高い椅子は皆の憧れで目標だよ」
キョトン、とされる。
説明が続くのを待ったが、それで終わりのようだ。
ん?
「どうして目標なんだ? 高い椅子の方が何かできるとかかな」
「凄い人が、高い椅子に座るんだよ」
おっと。話がかみ合わない感じがする。ルルドはそう思った。
高い椅子に座ること自体が憧れになっている?
ただ、背の高い椅子ってだけ?
ルルドには情報が少なすぎて、どう聞けば良いのか。
まぁ、ちょっとずつで良いよね。
「きみ、名前は何ていうのかな。その、僕はルルド=アドミリードなんだ」
「あ、うん。僕はベルド。そこにいるのはクエラ」
ベルドと名乗った赤い髪の少年は、オレンジ色のおさげの女の子を呼んでくれて紹介してくれた。
オレンジ色の子は、小さく会釈を向けてくれた。親しみやすそうな小柄な子。
クエラという少女には、オレンジ色のトンボがいる。2枚羽。
結果的に、ルルドは同じ場所にいる5人と紹介し合う事になった。
皆それぞれ髪色と同じトンボを連れていた。2枚羽だ。
ルルドの1枚の羽のトンボを見て、嬉しそうにした子もいた。
自分より下がいることを喜んだ様子。
馴染むのに時間がかかるかもしれない、とルルドは思った。
根底に持っている感覚が違うから、理解していくのに一つ一つ手間取りそう、というか。
***
さて。
学校生活が始まって2週間が経った。
アイシャとルルドの格差は開くばかりだ。
ルルドがアイシャと話ができないぐらい。
授業の部屋も、部屋の中に段差と、高さの違う椅子が置いてある。
ルルドたちがいて良い部屋は、一番低い場所。椅子は無し。
ルルドは床に真っ先に座った。床に座る事に慣れていて抵抗は無いし、立ちっぱなしは辛い。
ルルドと同じ場所にいる少年少女たちは驚いたようだが、結局ルルドと同じように床に座る事を選んだ。
授業だが、高い椅子に座っているメンバーを褒め称えて彼ら中心で進められる。
椅子さえないルルドたちには話を振って来ない。
全員で一人一人魔法を使ってみる時だけ、披露の時間が回ってくる。
それで分かったが、ルルドの傍にいる子たちは、魔法が基本的に使えない。
トンボの羽1枚で1つの魔法が使える。たまたま彼らが使える魔法があった時だけ、成功する。
そんな時は、
「あぁ、あなたのトンボは明かりの魔法は使えるのですね」
と先生から言われるだけだ。
対応が冷たい。
ちなみにルルドは、自分のトンボに魔法を期待していない。いてくれるだけで充分である。
そもそも自分が魔法を使えるのだ。だから自分の魔力で魔法を使ったら、思った以上に周囲が混乱してしまった。授業が進まなくなったほどだ。
この国の人は魔法と言えばトンボが使うもの。
自分に魔力があるので、と言っても、この国の人には理解してもらえないのだ。
あまりの混乱ぶりにルルドは自分の魔法を使うのを止めた。
この国はトンボの国だから、ルルドもトンボの魔法を学ぶべきだろう。
それに、授業でやっているのは、ルルドには出来て当たり前の初歩的な魔法ばかりという事もある。
自分の魔法は使わないことにしたルルドは、この学校一番の落ちこぼれになった。
一応、トンボの魔法の勉強を頑張ろうかと思った時も一瞬あったりしたが、正直なところやる気になれない。
トンボやその魔法について勉強しても、ルルドにとって役に立たないから。
***
さて。
ルルドとアイシャは空の船でこの国に来た。
事前に相談もしていて、寝泊まりを空の船でするつもりだった。
しかし、アイシャからその話を聞いた周囲がアイシャには学校の寮に入るようにと勧めた。
落ちこぼれルルドと一緒に暮らすなんてとんでもない、と思われている様子だ。
アイシャはすっかり人気者で、アイシャがルルドに話しかけようとしても難しいぐらいだ。すぐに取り囲まれてしまう。
ルルドの方は、遠くから呼びかけるか待つかしかできない。
一度、面倒くさくて、ルールをすべて無視し、高い椅子の上、他の人たちとの会話を打ち切れないでいる様子のアイシャの元に行ったことがある。
結果、ものすごく非難を浴びた。そして、学校全員から口を聞いてもらえなくなった。
さすがに学校生活に支障がでるほど困ったので、それ以来は止めている。
つまり、アイシャから来てもらう以外ない。
だけど、アイシャの方も身動きが取れない様子なのだ。
そんなアイシャとの連絡は、スマホが多くなっている。
「どうしよう、寮に入った方が良いって勧められるの。でもこれ以上ルルドくんに会えないのは嫌なの」
「うーん」
そうだよなぁ。
ただ、アイシャは、同年代の友人を作りに学校に来ている部分がある。
そして、トンボの魔法に面白味を感じている事もルルドは知っている。
「アイシャちゃん、魔法使うの楽しそうだし、せっかく来たから、寮に入るのも良いとは思うよ」
「でも・・・」
「実はさ。船の仕事が順調で、早く完成しちゃったんだ。そろそろ1度ドルド国に戻らないといけなくてさ」
「え、あ!」
「僕は学校を休むつもりだ。でも、2週間ぐらい休む事になるかなぁ。アイシャちゃんは勉強頑張っているし、2週間休むのはどうかなぁと思ってたんだ」
「2週間・・・」
アイシャが戸惑っている。
アイシャには、魔力があまりない。ルルドの家族もアイシャの家族も、女性は皆そうだ。
だからこそ、アイシャは魔法が使えるようになったのが楽しくて嬉しいのだ。
皆に注目されているのもあるだろうけれど、自分が楽しくて一生懸命勉強している。
ルルドはトンボの勉強はどうでも良いので、2週間休んでも良いが。
「アイシャちゃんは勉強を頑張っているから、僕につきあって休むのは勿体ないと思うんだ。寮に入った方が良いかもしれない。僕がドルド国に戻ってもアイシャちゃんは大丈夫になるからさ。それに、学校の友達と住むってことだろ、楽しいんじゃないかな」
「そっか・・・」
結局、アイシャは学校の寮に入る事になった。
***
ルルドは2週間学校を休んだ。
その期間、修理と改良を頼まれていた船をドルド国に戻ってお客さんのところに届け、家に立ち寄り、そして次のお客さんの船を受け取りに行った。
気になっているので、毎日スマホで連絡した。
ただ、休んで1週間目の日、こちらからの連絡にアイシャは応答しなかった。そしてアイシャの方からの連絡も無かった。
忙しいのだろうか。
結局その日から、連絡がつかない。
気にしながら、できる範囲で急いで隣の国ハイジリニの学校に戻った時だ。
アイシャは変わらず元気そうだった。友達に囲まれて笑っている。ホッとした。
ルルドは久しぶりなので、大きな声を上げて手を振ってみた。
だけど気づかれない。
その場でスマホを取り出して使ってみた。
だけど、アイシャは気が付かないのか、ただ友達に囲まれて楽しそうに笑っていた。
***
アイシャに気づいてもらえないまま、戻った初日の授業が始まった。
やはり授業は変わりない。
アイシャたちを褒め称えつつ、ルルドたちを無視して進んでいく。
先生に指名され、アイシャが見事な魔法の花を宙に咲かせた。
「すごい」
ルルドも呟いた。
あんな魔法は、ルルドも使った事が無い。
どう組み合わせればあんな魔法ができるだろうか。
「さすがですわ! 国王陛下の婚約者になられたのですもの、出来て当然ですものね!」
ん?
国王陛下の婚約者?
ルルドは周囲の声に耳を澄ませた。




