隣の国ハイジリニ
隣の国ハイジリニの学校には空の船で4日でついた。入学式は明日。
前日手続きに行った窓口で、最終確認があって、こういわれた。
「では念のため、お持ちのトンボを見せてください」
「トンボ?」
「トンボ?」
ルルドとアイシャが揃ってキョトンと復唱したのを、学校側の人がキョトンとした。
「トンボをお持ちでは無いのですか?」
「はい。トンボって。昆虫の?」
実物を見たことは無いが、家の図鑑には載っていた。
ルルドの答えに、学校の職員の女性は迷惑そうな顔をした。
奥から別の女性が出てきた。
「まぁまぁ。トンボは存在するのはこの国だけですもの。大丈夫ですよ、まだ1匹も持ったことないのでしょう?」
「はい」
「まぁ! そうでしたわね! 良かった!」
はじめの女性が明るくなった。
「でしたらここに行って、トンボを連れて返ってきて下さい。式は明日ですから、今これからすぐ行ってきてください」
「はい」
貰った地図を見る。
ここの近く、空の船でいける地域。とルルドは記憶と照らし合わせた。
とにかく指示に従おう。
***
空の船ですぐだ。
白いフワフワした穂先のついた草ばかりが生えている広い原っぱ。
船から降りて、ルルドとアイシャとで周囲を見回す。
離れた場所に人影がポツポツと見えた。あの人たちもトンボを探しに来たのかも。
「トンボ・・・」
アイシャが呟くと、サァッと草が揺れた。そして、アイシャの前に1匹のトンボが飛んできた。
「まぁ、見て! トンボってこれよね!」
「あ、うん?」
ルルドも実物を見るのは初めてだ。「そうだね」と言えるほどトンボを知らない。
図鑑で見たトンボってこんなだっただろうか。
アイシャが嬉しそうに手を伸ばそうとした。
すると、他のトンボがスイッと宙を泳いできて、アイシャの前にいた1匹を押しのけた。そしてアイシャの方に擦り寄ってきた。
「まぁ、意地悪ね」
アイシャが驚いて手を止める。
また風が吹いた。5・6匹が急に現れる。
そして、皆が体当たりして相手を弾き飛ばそうとしはじめた。アイシャの前を争うようだ。
「えっ!? 何!? これ、どうしたらいいの?」
「なんだろう」
ルルドもどうしたら良いのか全く分からない。
「トンボって色々いるのかな。羽の大きさとか数が違うな」
とルルド。
「本当ね。大きくて羽の多い子の方が強いみたいだけど、ケンカしてるの、どうしよう・・・」
手の出しようが分からずに戸惑っている中、どんどん数が増えていく。
「どうしよう。どうしよう、ルルドくん」
「ここから1匹捕まえてしまおうか。これ以上ケンカが大きくなる前に離れよう」
退散を選ぼうとした時だ。
パァッとあたりが明るくなった。
ルルドもアイシャも驚いた。ケンカ中のたくさんのトンボもピタッと全て動きを止めた。
眩しくて少し目を細める。
目の前に1匹、光を放つトンボがいた。
キラキラ光る胴体に、背中、数えるのも難しい程の数のキラキラ透明で大きな羽がついている。
驚いているアイシャの前にそのトンボが寄ってくる。
すぐ傍に迫ったトンボにアイシャが手を伸ばすと、トンボはその手に止まった。
途端、アイシャの身体が輝いた。
「あっ、この子が、私のトンボになったのですって!」
アイシャが驚きのままにルルドに教えてくれた。
「私の力になってくれるんですって!」
「へぇー」
アイシャの身体の周りが、トンボと同じようにキラキラしている。
「これで入学できるのね、きっと。ルルドくんもトンボを捕まえなきゃ」
「あ、そうだ。うん」
良く分からないが、そういうことか。と納得した。
ルルドは、キラキラ光るアイシャから少し離れてみた。近くからトンボがいなくなっていたからだ。
「おーい、トンボー」
呼びかけてみた。
反応は無い。
「どうしたら良いのかな」
「来てくれないのかしら・・・」
全然現れない。さっきは争いながらたくさんいたのに。
「トンボー、トンボー、出てきてくれ。1匹でいいからさ」
全然いない。
心配したアイシャが近寄ってきて、
「トンボさん、ルルドくんのトンボさんになって」
と草原に向かって声をかけると、一瞬だけトンボの姿が現れる。
だけどその度にアイシャのトンボがキラリと光を放つ。すると慌てたように姿を隠す。
「そのトンボが眩しいのかもしれない。ちょっと離れてみるよ」
「うん。でも・・・一人は嫌」
「大丈夫、見えるところにしかいかないよ」
「うん」
ルルドはアイシャから少しずつ離れながらトンボを探した。
いない。
草に隠れているのかと草を揺らしてみたり覗き込んだりしてもいない。
どうも、まだ離れた場所で、トンボはルルドから逃げていく様子だ。
困ったな。
トンボがいないと入学できないはずだ。
「あ! ルルドくん、そこに1匹いるわ!」
離れているアイシャが声を上げた。
「え、どこ」
「ルルドくんの目の前! 白いところの中、隠れてる!」
「え。本当だ」
白いふわふわの穂先の中に、真っ黒いトンボが入っていた。
「隠れてたのかな。ごめんね。見つけちゃったよ」
ルルドは詫びつつ、トンボを白い穂先からそっとつまみ出した。
黒いトンボはされるがままだ。飛ぶ様子が無い。
「なんだかこのトンボ、弱ってるみたいだ」
「まぁ」
ルルドの手のひらに乗せてみても、少し身体を丸めてジッとしている。
ちなみに羽は2枚。真っ黒でしおれている。
「大丈夫かなぁ。元気出せよ」
声をかけると、トンボがキョロッとした目をルルドに向けた。
「僕のトンボにしていいかな。入学に必要でさ・・・」
トンボはルルドの言葉に反応した。
細い前足を一本動かして、ルルドの手のひらにペソッと触れた。
「あ。僕のトンボになったぞ」
なぜだかそう分かった。
「良かったぁ」
アイシャもホッとしたようだ。
ルルドは自分の身体を見る。
「アイシャちゃんの時は身体が光ったんだけど、僕も何か変わった?」
「え? ううん」
「あ!」
ルルドは驚いて声を上げた。手のひらのトンボがヨロヨロと立とうとしている。
その過程で、2枚のうちの羽1枚がポロンと取れた。
慌てるルルドの前で、黒いトンボはよろよろと落ちた羽をクシャクシャと丸めてしまう。
「大丈夫か。しっかりしてくれ!」
トンボがフルフルと身体を震わせた。
そして、残されたたった1枚の羽が、少しピシッとなった。皺がのびて張りが出たのだ。
丸まっていた羽はどこに? なくなった。
そしてルルドの手のひらからフワッと浮いた。
棒のような体に、一枚だけになった羽。
羽ばたく事なく宙に浮かんでいる。
ちょっとは元気になった気がする?
黒いトンボを連れて、ルルドは離れていたアイシャのところに戻った。
「ルルドくん、トンボが精霊さんみたい。お父様たちが、精霊さんの力を借りて魔法を使う国だって言っていたもの。このトンボさん、名前を教えてくれたわ。名前を呼んでお願いしたら、たくさん魔法を貸してあげるって言っているわ」
「あー、そうか、なるほど。でも、僕のトンボは飛ぶので精一杯かもしれない」
そもそも名前を言うどころか、会話すらしていない。
できるのかなぁ。
「羽が大きくて多い程、できる魔法が多いのですって」
「おっと・・・」
アイシャから伝えられた知識に、ルルドは思わず呻いた。
ルルドのトンボは、1枚の羽。
アイシャの言葉通りなら、なんとか1つの魔法が使える?
その前にヨロヨロしている。魔法なんて使っている場合だろうか。
「よく分からないけど、とにかくこれで入学できるし、良いよね。弱っているから大事にしないとなぁ」
「そうね。・・・あのね、ルルドくん。トンボって、一人1匹しか持てないって」
「え、そうなの」
「入れ替わりはあるけど、0匹になったら終わりって」
「僕たち、持ってなかったけど」
「私もルルドくんもこれが初めって。一番初めは良いんですって」
「ふぅん・・・」
だから受付でトンボがいるとかいないとかで、あんな態度だったようだ。
まぁとにかく、トンボは入手した。
「僕のトンボ弱そうだから心配だ。学校に見せて手続きを済ませてしまおう」
「うん」
「大事にするから頑張ってくれよ」
とルルドが言うと、トンボの飛ぶ高さがちょっとだけ高くなった。
***
アイシャのトンボを見て、学校側は浮かれたような声を上げた。
「まぁああ! 素晴らしい才能ですわ! アイシャさん!」
「これで入学できますか」
「当然ですわ! 一番高い椅子に座れますわね!」
「高い椅子?」
学校側の人たちは浮かれていて、アイシャ本人の疑問に答える余裕が無いようだ。
「あの、僕の方のトンボも確認してください」
ルルドが声を上げ続けたら、やっと、ルルドに地図を渡してくれた女性がルルドをマジマジと見た。
「え、あ。まぁ」
驚いたようだ。
「トンボがいるから、僕も入学できますよね」
「えぇ。そう、ですわね・・・」
不思議そうに見つめられる。
それから、どうしても聞かずにはおれない、という風にこう言われた。
「他のトンボは出て来なかったのですか?」
「はい」
「まぁ・・・」
その職員に、可哀想なものを見る目で見つめられた。
「あの。心配なので先に聞いておきたいのですが」
「はい」
「トンボって、死んだりしますか?」
「・・・えぇ。消えますし、逃亡もあります」
「トンボがいなくなったらどうなりますか?」
「途中で消えても退学にはなりませんわ」
「そうですか。あと、トンボを元気にする方法は?」
「ありません。人よりトンボの方が強いですもの」
「・・・このトンボ、僕より弱そうですが」
「そのトンボよりあなたの方が弱いものですわ」
職員の人は残念そうにルルドの黒いトンボを見つめ、ルルドには辛そうに言った。
「ルルド=アドミリートさん。あなたは、一番低い部屋にしか座れませんわ」
「一番低い部屋」
「どれほど頑張っても、あなたは高い椅子には座れませんわ」
「高い椅子・・・」
職員は悲しそうだが、ルルドには事の重大さが分からない。
窓口を後にしてから、ルルドとアイシャと話す。
「高い椅子って何かしら」
「背の高い椅子って意味だけじゃないのかな。まぁ入学したら分かるだろうけど」
「トンボも、高い椅子の意味は分からないって言っているわ」
「そっかぁ」
ルルドとアイシャは二人揃って首を傾げた。
「隣の国なのに、文化ってこんなに分からないんだなぁ」
「うん・・・。調べたけど、来ないと分からないって、こういう事なのね」
「まぁでも心配はしなくて大丈夫だよ。アイシャちゃんのトンボ、すごいみたいだ。アイシャちゃんは快適に過ごせると思う」
「ルルドくんも一緒に快適に過ごすのよ」
「うん。そうだね」
心配そうなアイシャに笑って答えながら、ルルドはどうだろうな、と内心で思った。
まぁでも、ルルドはトンボに頼らずに自分で魔法が使える。
だから多分大丈夫だろう、とは思っている。
とはいえ、なんだか色々ありそうだ。




