初恋は実らない
父に秘密を教えて貰ったことで、ルルドは落ち着いた。自分が大人になったと認めてもらった気分。
だけど、そんな時間の後。その日の事だ。
ルルドが父の秘密を聞いていた時、兄とリュイスは仲良くお菓子のパイを焼いていた。
出来上がったパイは家族に振る舞ってくれた。
ルルドも食べる。美味しい、嬉しい。
けれど、そこで兄は爆弾発言をしたのだ。
「僕はリュイスちゃんと結婚したいので、婚約させてください」
両方の家族が驚いた。
リュイスの父が猛反対した。
一方、ルルドの両親は、兄の発言を受け入れた。むしろ褒める雰囲気だ。
「絶対嫌だ!」
と激しく怒るリュイスの父を、リュイスの母が別室で話そうと引っ張っていく。
そんな中で、ルルドは立ち上がった。主張しなければと思ったのだ。
「僕も嫌だよ!」
いつも兄はルルドからリュイスを引きはがす。
自分だって、リュイスが好きなのに!
ルルドは泣いた。
あまりにもひどい。
だったら、ルルドもリュイスと婚約をしたい。婚約する。
***
結果として、駄目だった。
ルルドだけが言っても駄目なのだ。リュイスも、ルルドと結婚したいと言わないと駄目なのだ。
リュイスは兄とセットなのだ。
ルルドは元気を無くした。
ぬいぐるみが心配して慰めてくれた。
日中、普段はぬいぐるみは話せない。だから、一生懸命、手をバタバタしたり、撫でてくれたり、踊って見せたりしてくれる。でも元気になれない。
両親も気にかけてくれたが、両親とも、兄とリュイスの事、そしてもっと幼い妹たちの世話で忙しい。
ルルドは一人拗ねる時間も多い。寂しい。
週に1度の、湖の底の部屋に行ってもいい夜が来た。
だけどリュイスがもう行かないから、ルルドだけだ。もちろん、ぬいぐるみたちはいるけれど。
寝ていたルルドを、まだ話せない状態のぬいぐるみが起こしに来て、誘ってくれたが、ルルドは首を横に振った。
ぬいぐるみたちは、それでも一生懸命、誘ってくれた。
でも、ルルドは結局行かなかった。
リュイスもいない。行っても楽しくないと思ったのだ。
次の週。
やっぱりぬいぐるみたちが一生懸命誘いに来た。
今度は、行く事にした。ルルドのために、たくさんのぬいぐるみが迎えに来て、ルルドを囲む。
だけど、それでも寂しくて、向かう途中で涙が出てきた。
ぬいぐるみが慌てて、手足をバタバタしたり、ポンポンと励ましてくる。
黄色いインコのぬいぐるみが、滑り台の時にルルドの膝に乗ってきた。一緒に行こうよ、ということだろう。
キイロちゃん、とリュイスが名付けていたそのぬいぐるみを抱え、長い滑り台を滑って降りた。
湖の底の部屋に行くと、ぬいぐるみは座り込み、ぬいぐるみの中から抜け出た白い人影が部屋に溢れる。そして、話ができるようになる。
人影は皆、ルルドの事を心配していた。
日中、ぬいぐるみとして一緒に過ごしているので、彼らは家の出来事を基本的に知っている。
「元気出して、ルルドくん。躍って歌おうよ」
「そんな気分じゃないよ」
とルルドは正直に話した。
「もうちょっと待てば、リュイスちゃんの弟のディアンくんが5歳になるよ。そしたらここで一緒に遊べるでしょ。もうちょっと頑張って!」
「うん・・・」
今、ルルドは7歳。
年下は、上から、リュイスの弟のディアンが4歳。ルルドの妹のドルノが3歳。リュイスの弟のイーシスが2歳。ルルドの妹のノルラが生まれたばかり。
今まで、ルルドは、3歳年上の兄と1歳年上のリュイスの後をついていた。
ディアンは、『下の小さい子たち』グループにいた。
つまり、ルルドは今まで、特にディアンとは遊んできていない。
だから、あまり楽しみでもない。
「・・・ルルドくん。あのさ」
クマのぬいぐるみに入っていた白い人影が、ルルドの反応を気にするように言ってきた。
「元気出して。あの、空飛ぶ船の操縦、教えてあげようか?」
「え?」
ルルドは顔を上げた。
「ルルドくん、陸の船の運転、すごく頑張ってるし、楽しそうだからさ。空の船はまだ早いって言われているの知ってるけど、僕、ちょっとぐらい教えてあげるよ」
クマのぬいぐるみは、空飛ぶ船の運転ができる。
湖の底に行く時は長い滑り台。帰る時は、空を飛ぶ船に皆乗って、湖の底から自分の部屋まで戻るのだ。
その運転はクマのぬいぐるみがしている。リュイスの父の運転を見ていて、マネたらできるようになったらしい。クマは、空の船に乗る時も、リュイスに連れてもらっていたから。
「じゃあ、僕が運転できるようになったら、リュイスちゃんを船で迎えに行っても良い? またここに来れるよ」
「うーん。それは・・・。それ、クロルくんもお迎えする事になると思うよ。リュイスちゃんだけって無理だと思う」
「・・・」
ルルドはムッとした。
ちなみにこのぬいぐるみたち、兄のクロルよりも年齢が高いらしい。
「あとねぇ。説明が面倒で今まで言わなかったけど、僕、ここまでの運転はしたことがないよ」
「え? どういうこと?」
「ここから、家までは運転できるけど、逆はしたことがない。『格納』ってボタンを押して船を戻しているだけから」
「じゃあ、それを押せばここに来れるよ?」
「駄目だと思う。『格納』って、皆が降りた後でしか動かないみたいだから」
「・・・」
「どうする? 空の船の運転、別にいらない?」
「・・・教えて欲しい」
「うん。じゃあ元気出す?」
「うん・・・」
なんだかんだ、励ましてもらった。
***
そんなある日。
父が、ルルドを仕事場に呼んでくれた。
父は、前に見せてくれた、ガラス板と金属の板の合わさったようなものをまた見せてくれた。
「少し前より育ったよ」
と。
とはいえ、ルルドには前との違いが全く分からなかったけど。
その秘密の話の後で、父はルルドに、しみじみ言った。
「ごめんね。ルルドの周りにはリュイスちゃんしか、女の子はいなくて、ごめん。お父様の仕事の都合でここに引っ越してきて、お父様たちはそれで良かったんだけど。元の国はね、もっと狭いところにたくさん家があって、人で一杯なんだ。子どもも一杯。だけど、ここに引っ越してきたことで、ルルドには他の子と会う事が無くなってしまった」
ルルドへのお詫びみたいだ。
「クロルとリュイスちゃんの結婚は認めている。あの2人は仲が良くて、それで良いと思うからだ。だけどルルド。お父様も、初恋は全然相手にしてもらえなかったんだよ」
「そうなの?」
「うん。とても綺麗で可愛い女の子。でも私なんて相手にしてもらえないって初めから分かっていてね。でも仲良くしてもらうだけで嬉しかったよ。まだお父様が小さい時だ。それから、お母様と会ったんだ」
「ふぅん・・・」
「お母様と会えて、本当にお父様は幸運だったよ。ルルドも絶対そういう人が見つかるよ。ただ、この家にいると、全然、他の人と会う事がないよね」
「うん・・・」
「だから、もうちょっと大きくなったら、他の国にルルドを行かせることも考えている。例えば、子どもばかり集めて、皆で一緒にお勉強するところがあるんだ。もうちょっと大きくなったら、そういうところに行くのも良いと思っている。アドミリード家はイツィエンカの貴族だし、屋敷もイツィエンカにある。お祖父様たちもいるから、ルルドは一度、イツィエンカに戻って過ごすのも良いかもしれない」
「お父様とお母様は?」
「その場合は、ルルドだけ戻る事になる。でも、その場合、14歳になった時だ。14歳だったら、1人で行けるんじゃないかな」
「ふぅん・・・」
父がルルドの頭を撫でる。どうも悲しんでいる気がする。
「もうちょっと先の話だから、話し合っていこう」
「うん」
***
元気を取り戻したころ。
ルルドは8歳。誕生月が同じディアンも5歳になった。
夜、ルルドは、ぬいぐるみたちと一緒に、眠っているディアンを起こしに行った。
ディアンは目を覚まし、ルルドとぬいぐるみたちをキョトン、と見てから、頷いて、ついてきた。
そして、初めて見る、初めて訪れる場所に驚いた。
「すごい! すごいよ! ありがとう、ルルドくん! ぬいぐるみたちも!」
「へへ」
ルルドは、喜んでお礼の言葉を繰り返すディアンに照れつつも、少し驚いていた。
自分は、「ズルイ!」ばかり言っていたのになぁ。
ルルドはこんなディアンに思った。
ルルドは、兄とリュイスばかりが仲良くしていたのを酷いと思ったし、今も思う。
だからこそ、ルルドは良い兄になりたい。されて嫌な事を、ルルドは体験済みで、してほしい事が、ルルドには良く分かっていた。
***
ルルドは、3つ年下のディアンと、あっという間に仲良くなった。
ルルドも親切になろうと思ったし、ディアンは、そんなルルドを慕ってついて回るようになった。
遊びに誘うと、ものすごく喜んでディアンはついてくる。
父と一緒ででないとまだ駄目だけど、陸の船の運転で、スピード競争も楽しんだ。
ディアンは物覚えが物凄く良い。運動神経も良い。ついでに、美人の母に似て顔も良い。
ルルドはディアンより運転が上手いのは当たり前なのだけど、時々ディアンに抜かされそうで驚くほどだ。
他の、色んなことも、競う事を楽しんだ。
走ったり、食べる速さや量。重いものを持ち上げたり。
毎日が一気に楽しくなった。
しかし、問題が起こっていた。
ディアンと湖の底で遊べるのに、ルルドはもう滑り台につかえそうなのだ。
兄クロルは9歳でつっかえた。ただ、兄クロルは母ににて普通より細い。
だけどルルドは父に似た。小柄で、ややぽっちゃり。
ディアンに打ち明けると悲しませることが分かって辛かったが、ルルドは打ち明けた。
「ごめん。ディアンくんに教えて、まだ1ヶ月ちょっとなのに、僕はもう湖の底の部屋に行くのは無理かも」
えっ、とディアンは顔色を悪くした。
「どうして無理なの」
「滑り台に、つっかえたら、あの長いのを、にじり降りるしかない。あの滑り台、物凄く長いから、つっかえる前に諦めなきゃ」
ルルドの告白に、ディアンは酷く悲しそうに目を伏せた。
「ごめんね。僕もまだ、一緒にあそこで遊びたい気持ちで一杯なんだけど」
「船で行くのは無理かな」
「無理なんだって。クマに言われた」
余談だが、クマには運転を教えてもらい、陸の船のテクニックに活かしている。
「・・・じゃあ、僕ももう行かない」
とディアンは言った。
「ルルドくんがいないと面白くない」
「でもさ、ドルノたちが5歳になったら、ディアンくんが連れて行ってあげなきゃいけないしさ」
「じゃあその時だけ連れて行く。後はぬいぐるみたちがいるから、僕はその時だけでも良いと思う」
「・・・」
「昼、たくさん遊ぼうね、ルルドくん」
「うん。良いよ」
「ありがとう!」
ルルドは驚きつつ、ちょっと感動していた。
湖の底の部屋にいくより、ルルドが良いなんて、嬉しかった。




