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吸血鬼の末裔

「吸血鬼の――末裔」



 僕は、自分の耳を疑った。



 あり得ない。そう考えるのが普通だ。



 しかし、それが本当だとすれば、彼女が生きている理由にも説明が付く――なんせ、吸血鬼は不死身の化物なのだから。



 殺しても死なない、怪物なのだから。



「だからもう死んでるんですってば。どうやらあなたは吸血鬼に対してモンスターチックなイメージを持っているようですが、末裔である私に、そこまで大仰な能力はありませんよ」



「……そうなのか?」



「ええ。せいぜい殺しても死なない程度です」



「それは「程度」で片付く問題じゃない」



 しかし――だとしても、やっぱりおかしいことになる。



「吸血鬼の末裔は、殺しても死なないんだろ? それなのに、お前は自分が死んでいるという――これは明らかに矛盾してないか?」



「それはですね、あなたが中途半端なやり方で私を殺したからです。――吸血鬼の殺し方は知っていますか?」



 僕は、思いつくものをいくつか挙げてみた。太陽の下に晒すとか、ニンニクを使うとか――あとは、銀の十字架が有効だという話も聞いたことがある。



「そうですね。特に銀の十字架を心臓に打ち込むのは有効ですが――それよりもっと簡単なのは、心臓を完全に破壊してから首を刎ねることです」



「心臓を破壊して――首を」



「そう。吸血鬼の不死性の根源にあるのは血ですから、まずはその大本を断つ。これが体を殺す過程。そうして不死性を損なわせたところで、一気に首を刎ねるんです。そうすることで、吸血鬼の精神と肉体を分離することができる――これが心を殺す過程。吸血鬼は、この手順を踏んで殺すのが最も一般的なんです」



「だとすれば――」



 先ほどの、燈火の話を思い出す。



 『――まさか、いきなり手刀で胴体を貫ぬかれるとは思ってもみませんでしたから――』



「その通り。つまりあなたは私の心臓を破壊して体を殺しましたが、首を刎ねなかったから心を殺し損ねたんです。つまり、ここにいる私は心――いわゆる魂の状態なのです」



「……」



 なるほど。一応、理由としては通るものがあるらしい。



 納得しろ――と言われても、難しいけれど。



「そして、あなたが中途半端な方法で殺したように――私も、吸血鬼としては半端者。残された魂も、実に不安定な状態なんです」



「どういうことだ?」



「一つ。肉体という依代を失った今、この状態がいつまで続くか分からない。二つ。私の存在は、あなたの認識によってのみ成立している」



「もっと分かりやすく言ってくれ」



「つまり、私はあなたにしか見えない透明人間で、いつ消えてもおかしくないということです」



「……」



 それは――確かに。



 生きている、というには中途半端すぎる。



 殺しても死なない、というより殺されても死ねない、という方が正確だ。



 その状態を作り出したのが僕だとすれば――考えるだけでも気分が悪くなる。



 怖気が走る、なんてものじゃない。



 気持ち悪くて最低で死にたくなる。



「信じられない、という顔をしていますね」



「そりゃそうだよ。……いきなり吸血鬼の存在を信じろって言われてもな。お前の説明に一応の筋が通っているとはいえ、はいそうですか、と納得するには常識的に無理がある」



「手刀で人体を貫き殺す人が、いまさら常識の話をしますか。……まあでも、その気持ちもわかります。口でどうこう説明するより、実際に見てもらう方が早いですよね」



 燈火は、がばりと大きく口を開いた。



 そこから覗くのは――鋭く尖った、太い犬歯。



 まるで人を突き殺すためだけに発達したかのような、その牙を――



 燈火は自分の手首に、思いっきり突き立てた。



「ば――馬鹿野郎、何してんだ!?」



「まぁ心配ありません。見ててください」



 もごもごと口を動かしながら、顔色一つ変えない燈火。



 傷跡からは生々しい鮮血がどくどくと湧き出て、一瞬でベッドの上に血だまりを作る。



 それから十秒ほど経つと――不思議な現象が起こった。



 まるでCG映像のように、燈火の手首の傷跡が塞がり、消えていく。



 それに呼応するように、ベッドに染みついた血も、小さな灰になってやがて消失した。



「まぁ、こんなところでしょうか。信じてもらえますか?」



 絶句する僕を面白そうに見ながら、穏やかに微笑む燈火。



「……分かったよ。お前は吸血鬼だ」



 この期に及んで、彼女が吸血鬼でないと言い張るのは無理な話だ。



 それに――もし僕がただの人間を殺したのだとすれば、今頃とっくに警察が死体を見つけているはず。でなくとも、地面に広がった大量の血は誰かしらの目に付くはずだ。



 しかし、今日になっても町中が静かだということは、そんな血は残っていないと考えるのが妥当。



 血液は、灰となって消えてしまったのだ。

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