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「あなたは最初から――吸血鬼の呪縛になんて囚われていなかった。むしろ、その運命に抗おうとしていた」



 僕がそういうと、白炎の目にいくらか生気が戻った。



「でなければ、生きてさえいればやり直せるはず――なんて言葉が出てくるわけがない。間違っても死にたがりの吸血鬼から出てくる台詞じゃない。僕が最初に違和感を感じたのはそこだった」



「あなた……一体何を……?」



 燈火の声にも応えず、僕は続ける。



「一度そこに違和感を覚えると、次々に疑問が生まれた。そもそもあなたがここを訪れたのは、「自分の娘の魂を感じるから」だったけど――僕の口から燈火の自殺を手伝ったことが告げられると、激しく怒り狂った。それはとても、自分の娘を自殺するだけの道具として見ているようには思えなかった。燈火を、大切な家族の一人だと心の底から想っていた」



 そう――そして、その燈火の命を奪ったのは、僕だ。



 それはまだ、白炎に伝えていないことだ。



 謝って許されることではないけど――それでも、謝らなければならない。



「そんな風に家族を大切に想う気持ちと、あなたが家族の自殺に手を貸さなかった理由を考えると――浮かび上がる可能性が一つある。それは、高坂 白炎は自らの家族が自殺することを許さなかったということ」



 吸血鬼の死因の九割は、自殺。



 白炎は自分の家族に、残りの一割になってほしかったのだ。



 生きていればやり直せるはずだから――と信じて。



「だけど家族はその思想についていけなかった。吸血鬼の呪縛に囚われて――生きている限り救いはない、と信じ込んでいた。見ている方が可哀想になるくらいに――死んだ方がいいんじゃないか、と思ってしまうくらいに」



 死んでよかった、なんて家族に思われてしまうような――



 そんな生き方しかできなかった、吸血鬼の末路。



 その後の話は――燈火が言った通りだ。



「あなたは燈火にその罪を背負わせたんじゃない。あなたの家族が燈火にその罪を背負わせたんだ。そして、なんの責任を取ることもなく死んでいった。そして燈火は――」



 通りすがりの僕に殺された。


 

 きっと、それがこの物語の真相だ。



 僕は被害者ではなく、加害者だ。



 吸血鬼を一人殺した挙句、またもう一人殺そうとしている。



 そんな奴が――救いだなんだと理想を語る。



 なんて馬鹿馬鹿しい――救いようのない物語なのか。



「やはり――お前が殺していたか。どおりで吸血鬼の気配がするわけだ」



 白炎は小さく呟いた。



 その表情に怒りはなく――むしろ、どこまでも静かだった。



 謝って許さることではない。だけど、当事者として事の経緯を説明する義務がある。



 僕は、白炎に今まで起こったことを話した。殺傷症候群という症状や、魂だけの状態となった燈火と出会ったこと。そして、彼女がどんな気持ちで、どんなことを言っていたか――そして、どんな約束をしたか。



 僕の話を聞き終えると、白炎は小さく呟いた。



「燈火は今もお前の傍にいるのか」



「ああ。すぐそこにいる」



 僕の指し示した方向に視線を向ける白炎。そこには、毅然とした態度で成り行きを見守る、燈火の姿があった。



 白炎は、その空間を数秒眺めると、また僕に視線を返した。



「……全て、貴様の言う通りだ。俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかっただろう。燈火が死を意識することもなかった。そのとおりだ。……確かに結果として燈火は貴様に殺されたが、私が妻や父母を止められなかった時点で、結末は決まっていた。いずれきっかけを見つけて、燈火は自殺していただろう。それに関わったのがたまたま、貴様だったというだけの話だ。……結局のところ、俺は吸血鬼の呪縛に勝てなかった。家族を誰一人として守ることができなかった」



 白炎は、そう言って目を瞑った。諦観と絶望――そんな雰囲気が、彼から感じ取れた。



「にも拘わらず、燈火は――こんな俺を救ってやってほしい、と貴様に頼んだのだな。優しい子だな。とてもとても――優しい子だ」



 僕もそう思う。今まで生きてきて出会った中で、一番優しいのは燈火だ。



 思えば、僕は嬉しかったのだ。彼女が僕に微笑んでくれるのが。僕の存在に感謝し、僕のことをもっと知りたいなんて言ってくれたことが。



「そんな優しい子の心を、煩わせるわけにはいかない。俺のことが、生前唯一の心残りなんだろう? だったら、早く殺すがいい。燈火の望みを叶えてやってくれ」



 白炎は肢体を放り出し、とんとん、と心臓を突いた。ここだ、早くしろ。と言っているようだった。



 だけど――そうすることは吸血鬼の呪縛に対する敗北を意味する。



 血に塗れた運命に、新たな血を上塗りするだけ。



 救いのある物語には――ほど遠い。



「生きてさえいれば、やり直すことができる。それがあなたの信条なら――最後まで貫くべきだ」



「……どういうことだ」



「燈火は確かに、僕が殺してしまった。だけど、魂はまだ生きている。ここにいる。今は僕にしか見えないけれど――だけどいつか、体を取り戻してみせる。だから、その日まであなたは死んではいけないんだ。失敗したのならやり直せばいい。終わってしまったのならまた始めればいい。そんなことは、僕が言えたことじゃないけれど――」



 僕は、銀の十字架を白炎の胸ポケットに戻した。



 その瞬間――彼の表情が、固まる。



 しばらくすると彼は、力なく笑い始めた。



 僕が言ったことはすべて、口から出まかせもいいところだ。



 何もかも理想論で、戯言と言われてしまえばそれでお終い。



 燈火の体を取り返す方法なんて、検討もつかない。


 

 だけど――可能性はゼロじゃない。



 ゼロじゃないなら、手を伸ばすべきだ。



 それで「救いのある話」に手が届くのなら。



 穏やかな微笑みを張り付ける少女に、そんな話を見せられるのなら。



 吸血鬼でもバッドエンド以外の結末があるのだと、突きつけることができるなら。



 僕は、その可能性を見捨てない。



 限りなくゼロに近かろうと、諦めない。



 これが――吸血鬼の呪縛に対する、僕の答えだ。



 僕のするべき戦いだ。

 


「……馬鹿馬鹿しい話だ。青臭い。だが、お前なら本当にやってしまいそうだから不思議なものだ。吸血鬼を素手で半殺しにするような無茶苦茶な奴だ。何を成し遂げてもおかしくはない」



 白炎は人間、と僕に呼びかけた。



「一応、名前を教えておけ」



 気のりはしなかったが、僕は自分の名前を彼に告げた。「面白い名前だ」と白炎は笑う。



「お前のことを信じよう。俺の娘をよろしく頼む」



 そう言うと白炎は、自らの拳を握りしめ――そして、左の胸に押し付けた。



「な――何を」



 言いかけて、すぐ思い至る。






 銀の十字架がしまってあるのは、どこのポケットだった?

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