表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

心残りと約束を

 時は少しだけ遡り――暴風が晴れる、その少し前。


 

 燈火は自らの手首を切り、血を流す。



 彼女はその血を――僕の口元へ運んだ。



 吸血鬼の血。



 その効果は諸説あるが――その中で最も有名なのが、「飲むと吸血鬼の眷属となる」というものだろう。



 眷属――お互いの血と血で繋がる縁と縁。



 紅い楔、二重螺旋。


 

 それはまさに、僕たちの関係を象徴しているようだった。



 出会った瞬間から、血まみれの関係を築いた僕たちのような。



「――とはいえ、既に私は死んでいますからね。肉体としての血は既に滅び去っています。この魂の血が、一体どこまで影響を及ぼすか分かりませんが――試す価値はあります。というか、もうそれしか手段がありません」



 燈火は、そう言いながら血まみれの手を僕の口内に突っ込んだ。



 ――温かい、燈火の血液がゆっくりと喉を通る。普通の人間の血の味と、何も変わらない。



「後悔してませんか? 私と関わったせいで、こんなことになってしまうなんて」



「そんなことはない」と言おうとしたが、口に指が入っていたので、もごもごしか言えなかった。それでも、燈火には伝わったようだった。



「そうですか。では、その優しさに付けこんで、もう一つだけお願いがあるのですが」



 燈火の指を噛まないように、僕はゆっくり頷いた。



 彼女の血を受け入れた時点で、僕の覚悟は決まっている。今さら望みが一つや二つ増えたところで、何も変わらない。



「もしあなたが、私の血で復活できたら――そして都合よく、吸血鬼の力とか、殺傷症候群の力を解放することができたら――私の父を殺してあげてください」



 ――息を呑む。



 もしかすると彼女は、やはり父を恨んでいたのだろうか。



 いや、恨んで当然のことを強要されていた。僕はそう考える。だから、燈火が父の死を望むのは何もおかしいことではない。



 ただ、いつも穏やかな笑顔を浮かべていた燈火。



 彼女が腹の底でそんなことを考えていたのかと、勝手に驚いただけ。



「それは違いますよ、あなた。別に今さら、父を憎んでいるわけじゃありません。……死にたがりの母や、祖父母の自殺を手伝わされたのも、それほど恨んでもいません。見ている方が辛くなるくらい、どうしようもない人達でしたから。だから――言い方は悪いかもしれませんが、私は彼らがしっかり死ねて、よかったなと思っているくらいなんですよ。……ただ一人、父だけ残してしまったのが心残りなんです」



 それだけで、燈火の言わんとしていることが伝わった。



 吸血鬼の死因の九割は、自殺。



 さらに彼は、既に自らの父母、妻、そして娘を亡くしている。



「もし、撃退や説得なんて方法で父を生かしてしまったら――後々、父は激しい無力感と喪失感に襲われるでしょう。家族は既に一人残らずこの世を去り、自殺を手伝ってくれる人もいない。――死ぬ方法を求めて、彷徨うことになるでしょう。吸血鬼である以上、父もその呪縛に囚われているんです。いくらどうしようもない人であるとはいえ、そうなってしまうのは、あまりにも「救いのない話」だと思いませんか?」



 燈火は、穏やかに微笑みながら、言った。



「どうか、私の父も救ってあげてください」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ