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開戦

 それからは、全てが一瞬の出来事だった。



 窓際の壁が、轟音と共に崩壊した。



 そして瓦礫を蹴散らしながら、一人の男が現れる。



 深緑色のローブで身を包んでいるが、とてもなく体格が大きい――二メートルを悠に超えるであろう体格。ローブの隙間から窺える肉体は、衣服を着てなお、隆々とした筋肉の存在を主張している。



 鷹のような鋭い眼光が、僕を見下す。男の顔には大きな傷が、右目から鼻、唇を横切るように刻まれていた。



「逃げてください!」



 という燈火の悲鳴も虚しく、いつの間にか僕の肉体は宙づりになっていた。



 彼は、万力を思わせる強力な握力で僕の首を締め上げた。



 ――いや、万力という表現ではまだ可愛い。なんせ彼は、首ごとねじ切らんとする勢いで、今なお力を込め続けているのだから。



 さながら、ギロチンと呼ぶに相応しい。



 このままでは──窒息死どころか、首をねじ切られてしまう。



 どうにか彼の腕を振り払えないか、抵抗を試みるが全く話にならない。力の次元が違う。



 このままでは――死。



「あなた! 大丈夫ですか!?」



 燈火が男に近寄り、どうにか僕を解放しようとするが――彼女の腕は、すり抜ける。魂だけの存在であり、僕にしか認識できない彼女は、他人に接触することができない。



 そんな僕の視線を感じ取ったのか、男の目線は、僅かに燈火の方へと向けられた。



 その一瞬のスキを、僕は見逃さなかった。



 首を掴んでいる手に両腕でしがみ付いて、逆上がりの要領で体を思いっきり回転させる。それに釣られる形で、男の腕も追従するように回転した。



 無理な方向に手首が回ったことで、拘束がいくらか緩む。全身を使って抵抗して拘束から脱し、転げるように距離を取った。



 必死で呼吸を整える。燈火が心配そうに駆け寄るが、それに応える余裕はない。



 なんて奴だ。



 本当に――殺されるところだった。



「あれは、私の父です」



 と、燈火が僕の耳元で囁いた。



高坂こうさか 白炎びゃくえん。私と同じく、吸血鬼としての能力は末裔レベルですが――特殊な能力スキルを持っています。何にせよ、あなたの勝てる相手ではありません。早く逃げてください」



 そうしたいところは山々だったが――足元が縫い付けられたように動かない。



 恐らくそれは、根源的な恐怖に支配されていたからだろう。



 ヘビに睨まれた蛙――この膠着状態を表現するなら、他に相応しい言葉はない。



「人間か」



 白炎が、ぽつりと呟いた。ずっしりした重みのある声。それだけで僕は、背筋に冷たいものを感じてしまう。



「僕に何の用だ」



 震える唇でなんとかその一言を絞り出すと、白炎の鋭い眼光が僕を捉えた。



「匂うのだ、貴様から───我が同族の血、そして魂の痕跡が。……私の子供が昨日からずっと行方知れずなのと、何か関係があるのではと思ってな」



 一歩、白炎は僕に歩み寄った。



「返答次第ではただで済まさんぞ人間。なぜ貴様から血と魂の香りがする? 私の子供をどうしたのだ?」



「……」



 答えれられるわけがない。



 あなたの娘は、昨日僕が殺しました、などと――



「あなたの娘さんなんて知りません。人違いではありませんか?」



「娘? いま、娘といったか」



 白炎の表情が、険しくなった。



「私はさっきから「私の子供」としか言っていないのに――何故、女子であると分かったのだ?」



 しまった、と思っても今更遅い。



 こんな簡単なミスディレクションに引っかかるようでは――



 最早、言い訳のしようがない。



「口を閉ざすか。言えないほど後ろめたい理由があるのだな?」



 白炎は、決意に満ちた眼光で僕を射抜いた。



「どうやら。正直なところを話してくれるまで訊ね続けるしかないようだ――」



 吸血鬼 対 僕。



 それはどこからどう見ても、絶望的な図式でしかなかった。



「あなた。……ひとつ、提案があるのですが」



 僕の耳元でこそり、と囁く燈火。



 それは果たして、起死回生の策になるのだろうか――

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