祭の後に
予想はしていたけど、突然の告白に
私は、ただ頷くだけの答えを返す。
繋いでいる春くんの手に、再び力がこもる。
「春くん、痛いっ」
「あ、ゴメン」
ゴメンと言いつつ、うれしそうな笑顔が、夜店の灯りに照らされてる。
「痛いってことは……夢じゃない」
って、あのね。
「確かめるなら、自分のほっぺをつねったら?」
「ハルちゃんがつねる?」
なんて、ふざけた彼の手を、私も思いっきり握る。
『痛い、痛い。実感した』って笑い声をたてる春くんに、私も吹き出す。
二人で笑いながら、目の前にあった鯛焼きの店に並んで。
チョコ味と抹茶味の鯛焼きを、一つずつ買った。
「この前、皆でさ」
抹茶味の鯛焼きを真っ二つに割った春くんが、片割れを差し出す。
真似して私も、チョコ味を半分こ。
互いに交換して、両手に鯛焼きを持って。人の流れから離れた銀杏の根元に、移動する。
「花火大会の話、してただろ?」
チョコ味の方にお腹から齧り付いて、ちょっと考えて。
「お盆の?」
「そう、それ」
お盆には、西のターミナルから少し南へ歩いた辺り。市内で一番大きな楠姫川を会場にして、花火大会が行われる。
「あれ、二人で行かない?」
さっそく、デートだ。
「皆で行こうって話にならないかな?」
皆で行ってもまあ、ハルハルコンビでくっついていたら、一緒かな?
「そこは……尚太の舵取りしだい」
右手に持っていた方の鯛焼きをペロリと食べ尽くした春くんが、なんでもないことのように言うけど。
尚太くんまかせ……って、大丈夫?
待ち合わせの時刻が近づいて、鳥居前の信号を渡る。一ブロック先の目的地、角の交番前で
「ハルハルコンビ、早いな」
後ろから聞こえた声は、尚太くん。その隣に珠世も居て、『迷子にならずにすんだ』と言いながら、ラムネ片手に笑っている。
「後はドラたちか」
また遅れるのかな? それともユナユナが引っ張って間に合わせるかな?
「店の予約に遅れないと、いいけど……」
尚太くんの言葉に、この後の予定が心配になってつぶやくと、春くんがジーンズのポケットからスマホを取り出した。
なにやら入力しているのは多分、ドラくんへの連絡だろう。
「うん?」
首をかしげた尚太くんも、スマホを手にとる。
着信があったらしい画面に目を落として、小さく口笛を吹いた。
そして彼の口元がおかしそうにつり上がったかと思うと、春くんの脇腹を軽く小突いたのが見えた。
あ? これはもしかして……?
【根回し?】
時刻を見るふりで春くんにメッセージを送ると、Yes!とペンギンのスタンプが来た。
さすがは幼馴染み。冷やかすわけでもなく、そんなやり取りが成り立つんだなぁ。
そんなことを思いながら、尚太くんの隣でラムネを飲んでいる珠世を眺めて。
ここで『実は、春くんと!』って、打ち明けたら……って考えたけど、止めた。
どう考えても、この後に行く晩御飯の店で、二人まとめて肴にされるオチしか見えない。
背後から、いきなり破裂音がした。
「うわっ」
春くんの叫び声で、かき消された私の悲鳴。交番からお巡りさんが、顔を出す。立ち番をしていたお巡りさんも、こっちを睨んでる。
振り返ると、クラッカーを手にしたユナユナとドラくんが『やっちゃった!』って表情で、首を竦めている。
『悪ふざけも、ほどほどに』と軽いお小言を、立ち番をしていた若い方のお巡りさんからもらって。
「すみませんでした」
謝る春くんの後ろで、ドラくんとユナユナが頭を下げた。なんとなく、私たちもそれに続くように頭を下げて。
お巡りさんたちがそれぞれの持ち場へと戻る。
「で? 何がしたかったんだ? ドラは」
腕組みをした春くんが、怖い顔でドラくんへと問いかける。吊り気味の目が、凄む。
「いやー。祝砲? ちょうど夜店でクラッカーを見つけたからさぁ」
「何の祝砲だよ」
「ハルハルコンビがついにまとまったかな? って」
悪びれる風でもないドラくんの言葉に、ユナユナまで
「ハルミン、さっきドラくんと手を繋いででしょ?」
うわっ。さっそくバレた。
春くんと、視線が絡む。
『バレたね』って、彼の目が語り掛けてきて。
『バレちゃったね』って、私も目で応える。
「じゃあ、ドラと春の合格祝いは止めて。今夜はハルハルコンビへのお祝い会に変更!」
尚太くんの宣言に、
「ええぇ。それは、ヒドイ」
ドラくんが泣き真似をする。
うん。それはちょっとかわいそうだし。私も恥ずかしい。
「そんなの、良いよ。最初の予定通りにしようよ。私も春くんたちをお祝いしたいし」
進路が決まった二人の分の会計を、四人で割り勘しようってことになってた話を、こんなに急に変えるのは、気が引ける。
「え。いや。別にハルちゃんのお祝いが嫌だとかじゃ、ないからね?」
「あ、いやいや。そんなことは気にしてないから。心配しないで」
慌ててフォローするドラくんに、こっちも慌てる。
そんな私たちのやり取りを、隣で見ていた春くんからの
「じゃあ、俺がドラを祝うから、ドラはハルちゃんを祝う。で、ハルちゃんは、俺を祝って?」
って提案に頭の中で、ペットボトルのリサイクルマークみたいに、矢印が三角を描く。
「春、意味分かんねぇ」
尚太くんが、顔をしかめて。
しかめっ面のまま、指先をちょいちょいと動かして、通りへと皆を促す。
「祝ってもらう三人で三すくみをしてたら、俺達の入る隙間がねぇだろうがよ」
先頭を歩く尚太くんが、軽く振り返って春くんに文句をつけた。今は、ドラくんとユナユナが一番後を歩いてる。
「えー? あ、そうか。尚太達には普通に祝ってもらえばいいし」
「普通って、なんだよ?」
「何をしようと企んでた?」
「祝いを企むとは、言わねぇ」
それは、そうだよねぇ。
店に着くまでの間に、相談をして。
「じゃあ。お祝い三すくみグループは割り勘の半額、お祝い企みグループで残りを出すってことで」
って、尚太くんが結論を出した。
なんだかんだと言いながら、春くん語に影響されてるあたり。彼らの付き合いの長さを、実感する。
まあ、ツッコミすら入れない私たち四人も、同じようなものかもしれないけど。
この日の飲み会も、チェーンの居酒屋で。
最初に合コンをしたときみたいな並びで、座敷のテーブルに着く。
あー、下駄を脱いだ開放感が心地良い。
男の子達はビール、私たちはウーロン茶で乾杯をして。
お箸を手にした途端、珠世が
「やっぱり、ハルハルコンビは最強やねぇ」
って言い出した。
「最強?」
「たぶん、一番につきあい始めるやろなーって、思ってた」
あー。これ、突っ込んで訊いたらダメなやつだった。
顔が火照るのが分かって。突き出しのタコキュウを食べて、ごまかす。
「あ、タマちゃんも、思った?」
「思うやんねぇ? 気がついたら『ハルハルコンビで~~』って、一緒に居ったし」
ドラくんが『仲間ー』と言いながら、珠世と握手なんかしてる。
「俺の雨乞いも、応援になっただろ? 春が得意なボーリングとかカラオケに持ち込んだし」
「尚太くん、尚太くん。コノヒトたち、晴れたら晴れたで、テニスに行ってたって。二人で」
「マジ?」
雨男が良い仕事をしたみたいなアピールしていた尚太くんが、ユナユナからの暴露話に、臍を曲げたらしい。
隣でビールを注ごうとしている春くんに、体当たりをして。春くんの手許が、狂う。
「尚太、お前なぁ。零れるだろ」
「零せ、零せ」
「溢れた分、お前の方に流すぞ?」
ギャーギャーと言い合いながら、お手ふきにビールを吸わせる二人から、ユナユナが軽く身をひく。
「ちょっと。私の方に流さないでよ?」
浴衣が汚れるもんね。
危険、危険。
春くんたちの就職活動の話なんかも聞きながら、箸を動かして。
「そういえば、今度の花火大会。行く?」
ユナユナが、誰にともなく尋ねた。
春くんと目を見交わして、尚太くんの出方を伺う。
「あー、俺はパス」
「え? 行かないんだ?」
驚いたのは、ドラくんだけじゃなくって。珠世も、大皿のエビシュウマイに伸ばした手を止めた。
そんな二人に、自嘲気味の笑みを浮かべた尚太くんは
「俺が行くと、雨になるぜ?」
って。またもや、雨男っぷりをアピールする。
「あー、それもそうやねぇ」
納得している珠世に、
「せっかく春に恩を売ったのに、借りを作ったらつまんねぇし」
なんて言いながら、尚太くんが春くんのグラスにビールを注ぐ。
「借り、か?」
「借りだろ? ハルちゃんとの花火デートをぶち壊したら」
「確かに。十一くらいの利子をつけないと、割に合わないな」
「お前、それは暴利じゃねぇ?」
なんだか、話が脱線してきた気がする。
「ハルハルコンビがデートで、尚太くんが来ないってことは……」
白身魚のフライを囓りながら話を聞いていたユナユナが、何やら考えながら口を開く。
「ドラくんと、私たちの三人で行くことになるのね?」
「両手に華!」
ドラくんが、テーブルの向こう端でバンザイをしている。
「大学最後の夏、良き思い出!」
『県外の大学院に行っても、これで寂しくない』とか言って、珠世に笑われるドラくん。
「仕方ないなぁ。付き合ってあげようか? ね? 珠世」
ユナユナは、ため息交じりに言っているけど。目が笑っている。
「その代わり、浴衣は着ないからね?」
珠世が釘を刺す。ドラくんが何度も頷く。
私たちのことは、そっちのけで話がまとまった。
これで、安心してデートに行ける。
私の向かいに座っている幼馴染み同士は。
泡の消えたビールで、小さく乾杯を交わしていた。