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約束の日は、晴れ

 二週間後の土曜日。

 皆には内緒で行った、春くんとのテニスは、呆れるほど良いお天気で。こまめに休憩しないと、倒れそうなくらい。


「絶対に、日焼けしちゃう」

 念入りに塗った日焼け止めクリームも、あっという間に汗で流れてそう。七月に入ったとはいえ、この暑さは……。

「熱中症も、ヤバそうだな」

 今も一勝負を終えて、コート横に設置されたテント下での休憩タイム中だった。


 こんな見事に晴れたってことは。

 尚太くんが雨男なのは、

 本当なのかもしれない。



「高校時代は、これくらい平気だったのになぁ」

 スポーツドリンクのペットボトルから口を離した春くんが、顔をしかめて太陽を睨む。

 吊り目が、眩しそうに細められる。

「卒論で研究室に篭もってると、弱ってくるのかも……」

「忙しいんだ?」

 春くん、理系だし。

「就活が終わって、実験浸りの生活だから。朝しか太陽を拝まないんだよね」

 『それはそれで、楽しいけどね』って笑っている春くんは、大学のある市内で、化学薬品メーカーに就職が決まったらしい。   


「うちの父も、医薬品メーカーで働いてるんだ」 

 父の会社名を出すと、

「あー、もしかしたら取り引き先だったりする、かも?」

「取り引き先?」

「うん。俺が就職するのは、原材料とか試薬のメーカーだから」

 父から詳しい話を聞いたことは無いけど。薬を創るのにも、スタート材料があるとか。


「そっか。ハルちゃんのお父さんと、仕事中に逢うこともあるかもしれないんだ」

 似てる? って訊かれて。

 複雑な気分で、頷く。持っていたお茶のペットボトルを飲み干す。

「父親似の女の子は、幸せ者なんだってさ」

「え?」

「って、尚太のお父さんが言ってた」

 そう言って覗き込んできた春くんに、なんだか照れくさくなって。

 ベンチに置いてたタオルで、口元を隠す。    


 歳をとっても化粧映えのする華やかな顔立ちの母と比べて、化粧下手が目立ってしまう気がするような彫りの深い自分の顔が、あまり好きでは無いと思ったこともあるけど。

 “幸せ者”なんだ。私。


 嬉しくなるようなことを、言ってくれた“尚太くんのお父さん”に、興味がわく。

「尚太くんとは、幼馴染みって聞いたけど。幼馴染みのお父さんと会ったり話したりってするの?」

 私自身にも幼馴染みはいるけど。高校生になった頃から、互いに顔を合わせることも減ったし、そのお父さんとなんて更に話すことなんてないから。

 どんな感じなのかな? って。



「あー、俺の両親と尚太のお父さんが、高校の同級生で」

「へぇぇ」

「尚太の両親と俺の父親は、一緒に仕事もしてるから」

「それはまた。濃い関係ねぇ」

「尚太とは、幼馴染みっていうより……ほとんど親戚みたいな感じかな?」 

 互いに従兄弟のいない境遇だとかで、歳が近いことと相まって、仲が良いらしい。


 そんな話をしているうちに、少し汗も引いてきた。

「もうちょっと、やる?」

 ゲームをしようと、誘う。

「じゃあ、勝った方に後でアイス」

 軽くボールをラケットで打ち上げながら、春くんが賭けを唆す。

「駅前のショップのやつ?」

「まさか、コンビニアイスとは言わないって」   

 よし、その勝負。乗った。



 そして、休み明けの月曜は、二限目の講義から始まる。

「おっはよー」

「あれ? ハルミン、焼けた?」

 大教室、後ろよりの窓際。私たちが定位置にしている三人掛けの机にリュックを置くなり、珠世に日焼けを指摘されて。

 隠しきれず、春くんとテニスに行ったことを白状させられた。

「え? 何? ハルミンに彼氏?」

 前列の椅子に座ったまま体を捻った瑞希が、楽しそうに話によってくる。

「いや。別にカレシとか……」

 そんなのじゃないし。 


「ハルミン的には、春くんって……カレシとして、ありなん?」

 珠世に尋ねられて。手にしたペンケースが、リュックの中へと戻っていく。

 そんなこと、考えたこともなかった。

「……珠世は、どう思う?」

「珠世に訊くことじゃないと思うけど?」

 カレシ持ちの瑞希に、遠慮なくツッコミを入れられる。


 答えに困った私は、さっきのペンケースを探すふりをして、リュックの中へと視線を向ける。

 春くん、ねぇ。

 悪い子じゃないんだけど……。



「じゃあ、あの三人の中やったら、誰が良いと思う?」

 追い打ちを掛けてくる珠世に、『勘弁してー』って思う頭の逆側で、春くんたち三人の事を思い比べてしまう。

 うーん。

「……春くん、かなぁ。一番、話をしたりしてる気がするし」


 ハルハルコンビって括られるせいかもしれないけど。

 心理的な距離感は、一番近いところに春くんがいるような気がする。



「最初の合コンから、気が合ってたみたいやし。良いんと違う?」

「珠世ったら、そんな無責任に……。春くんにだって、好みもあるだろうし」

「普通、好みじゃない子と二人で、約束はしないと思うけど?」

「もう。瑞希まで、そんなこと……」

 ニヤニヤ笑っている瑞希の肩を、小突く。


 それでも、ほんの少しだけ。

 嬉しくなってしまった気持ちは、

「……もしかしたら、彼女とか……居るかもしれないじゃない?」

 なんて、足掻いてごまかすけど。

「あ、それは大丈夫みたいよ? 合コンの時、今田くんが言ってたから。そっちのテーブルは、彼女無しで固めてあるって」

 あっさりと瑞希に否定されてしまった。


 そういえば、あの日の席を割り振ったのは、今ちゃん先輩だったっけ。 


 って。何が、ただの飲み会よ。

 真剣に合コンだったわけじゃない。


 言葉に出せない文句を、心の中で先輩にぶつけていると、 

「ねぇ、それって……瑞希の方のテーブルは、彼女が居った(おった)ってこと?」

「うん、2人目とも、彼女が居るっぽいことを言ってた」

 驚きの事実が、出てきた。


 へぇ。克己さんも今ちゃん先輩も、彼女居るんだ。


 あれ? でも。

 驚きはしたけど。

 ショックは受けてない、かな?



 ショックを受けてないことに、ちょっとばかり焦っていると、講師の先生が教室へと入ってきた。

 どうやら今日は、ユナユナと香寿ちゃんは自主休講らしい。

「珠世、代返って頼まれてる?」

 コソコソと隣に座った珠世に尋ねると、その向こうの席に前の列から移動してきた瑞希が、

「さっき、香寿ちゃんからはメッセージが届いてた」

 って言うのを聞いて、机の下でスマホを操作する。


 あら、本当。

 トークルームに、香寿ちゃんからのメッセージが届いていた。


 ユナユナの分も、とりあえず

 代返しておくか。



 珠世と瑞希に言われたから、なんとなく。

 春くんと、“そうなる”のかな? なんて、思わなくも無かったのだけど。

 そのあとしばらく、彼らとのメッセージのやり取りが止まってしまって。

 やっぱり、思い過ごしよね、って思うようになった頃には、夏休みが始まっていた。



【久しぶりです! みんな、元気?】 

 午後からのバイトに入る直前。バスの中で、スマホにメッセージが着信した。

 トークルームへの送信元は、尚太くん。

 春くんは就職が決まったって、テニスの時に本人から聞いていたけど。

 ドラくんも無事に、県外の大学院への進学が決まって。

 お祝いに集まろうって、男の子たちの間で盛り上がったらしい。

 そこまでの内容を読んだところで、バス停に着いてしまったので

【ごめん、今からバイト。みんなで決めておいて】

 って、メッセージだけを残して、スマホをリュックへとしまう。

 背中で着信を告げる音が気になりはするけど。

 返信をしていてバイトに遅れるのは嫌だし、そもそも、歩きスマホは……ダメだよねぇ?


 バイト先のファミレスで、ロッカーにリュックを片付ける前に、チラリとスマホを確認。

 お。

 来月の夏祭りに行こうって、盛り上がってる。

 既読だけをつけて。マナーモードにしたスマホはリュックごとロッカーへ。



【ごめん。バイト、やっと終わったー】 

 疲れたよーってスタンプと共に、トークルームへと顔を出したのは、バスの待ち時間。

【お帰り。お疲れ】

 春くんからの労いのメッセージが届くと同時に、ユナユナからもニャンコがお茶を差し出すスタンプが送られてきた。

【話、すすまなかったんだねぇ】

 ざっと流し読んだところ、私がバイト先でチェックしたすぐ後くらいに、ドラくんも用事があるからって、外れたみたいで。

 残りの四人でワヤワヤしてたものの、夏祭りと飲み会とで、意見がまとまらなかったらしい。

 そのまま、私達が戻ってくるのを待つような流れになってた。



【ハルミンは、どっちが良いと思う?】

 珠世に尋ねられたけど。

【選びにくいよ。これは】

 五分五分って、難しい。

 ドラくん待ち、かなぁ。


 そろそろバスが来るって頃。別件でのメッセージを知らせる着信が鳴る。

 新着情報は……普段、瑞希たちと使っているトークルームの方。


【夏祭りの方にして、浴衣着よ?】

 珠世は、夏祭り推し、か。

【暑いと思うけど。浴衣かぁ】 

 ユナユナが乗り気になってる?


 と思ったら、尚太くんからのメッセージと同時に、バスもやってきた。

 良い具合に空いていた席に座ってから、男の子たちと共有のトークルームへと画面を切り替える。

【もうちょっとあとに、花火大会ってのもあるらしいけど?】

 このあたりで花火大会っていったら……

【お盆のころに、ターミナルの近くであるやつ?】

【ハルちゃん、知ってる?】

【バイト先の先輩が行くって】

 聞いたのは、去年だったかの話だけど。


【花火大会なら、絶対に浴衣!】

 ユナユナが、バンザイしてるクマのスタンプを連打して

【花火大会と夏祭り。どっちもって、アカンかなぁ?】

 珠世は、欲張りなことを言い出す。

 女子ルームが、浴衣テンションで盛り上がる。



 トークルームをあっちこっちと行ったり来たりしながら、話をしていて。

 夏祭りに行こう、女子は浴衣ね。って、女子の間での意見がほぼ決まった感じになってきた頃。


【私、浴衣って、持っていたっけ?】 

 さっきからちょっと心配になってたこと。

 昔、父方の祖母が『高校生くらいのお姉さんになったら、作ろうね』って言ってくれてたけど。

 あれって、どうなったっけ?

【ハルちゃん、浴衣って?】

 春くんからのメッセージに、スマホを落としかけた。

 なんで、春くん?   


 うわ、間違えたぁぁぁ。

 実家の母に送ったつもりのメッセージが、春くん個人に届いてるぅぅぅ。


 焦った私に追い打ちをかけるように、降りるバス停に近づいたとアナウンスか流れる。

 スマホを握りしめたままステップを降りて、息を整える。

【ごめん、春くん。送り間違い】

【誤爆った?】

 短いメッセージに、吊り目を笑みに細めた彼の顔が浮かぶ。

 ああ。穴があったら、入りたい。 



 とりあえず、灯りに照らされているバス停のベンチに腰を下ろして、気持ちを落ち着かせてから、やりとりを再開する。

【で、ハルちゃん、浴衣着るの?】

 改めて尋ねられていたから、

【珠世たちが、夏祭りにって】

 内緒にしなくってもいいかと、女子ルーム(こっち)でのやり取りの要点を話す。

 それが見えたかのように、ユナユナから【男の子には、内緒。当日、驚かせよう!】って、メッセージが届く。


【春くん。さっきのは、忘れて!】

【え?】

【当日まで、内緒って】

 『怒られる-』『ごめんなさい、ごめんなさい』って、ペンギンのスタンプを重ねて付ける。

 ついでに、“極秘事項”についてのメッセージを削除する。 


【フラゲ情報でしたー】

 送られてきたニヤニヤ笑いのスタンプに、こちらからは握り拳のスタンプで応える 

【それはともかく】

 仕切り直すような言葉に続けて

【俺のお母さんか姉さんの浴衣、借りる?】

 って、びっくり提案。


 お母さんは年の割に高めの身長だし、お姉さんも標準的だとかで、サイズ的には問題ないと思うとか言ってるけど。


【それは、ナシじゃない?】

【そう?】

【春くんのカノジョとかなら、ともかく。お母さんにとっては、会ったこともない女の子相手に、貸したくないと思うけど?】

 ましてや、お姉さん。日本に居ないとか、言ってなかったっけ?


【じゃぁさ。カノジョに、なる?】

【は?】

 何を言い出す、春くん。

 大丈夫か?

【ごめん。調子にのった】

 即、って感じで打ち消されると、それはそれで……傷つくじゃない? 



 春くんと密かなやり取りをしている間も、数件の着信があったことには気づいていたから。

 とりあえず春くんとは一時休止、とトークルームへと戻る。

 へぇ。決まったんだ。夏祭りに。


【待ち合わせは、駅?】

 トークルームから離れていたことを隠すように、話題をふる。

 既読が、瞬く間に五件。

 五件?


 あ。いつの間にか、ドラくんが帰ってきているけど。今それに触れると、やり取りを追ってなかったことがバレそうだし。

 ここは、スルーが賢明。


【ドラ? 戻ったんだ?】  

 スルーしなかった人が現れた。

 春くんったら。もう。

【春くん、気づいてなかった?】

【ちょっと、ヤボ用で離れててさ】

 ユナユナのツッコミに、しれっと答えているけど。

 ふーん?

 ヤボ用だったんだ? 



 調子に乗って『カノジョになる?』とか言っておきながら、ヤボ用、って。

 ちょっと、面白くない。


 “ヤボ用”扱いの私は、一度やり取りから離れましょうかね。

 スマホをスリープモードにして、ベンチから立ち上がる。


 続きは、家に帰ってからで。

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