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梅雨のさなかに

 カラオケから三週間後。

 仕切り直しのつもりだったテニスの約束は、またもや雨で流れた。


「今回の雨は、俺だけのせいじゃねぇって」

 ボーリング球を手にした尚太くんが膨れる。

 テニスの代わりに今回は、ボーリング場に行くことになって。

 それぞれがボールを選ぶかたわらで、ドラくんが尚太くんの雨男ぶりをからかっていた。


「そもそもさぁ。梅雨時にテニスやろうなんて言い出したヤツが悪いだろ。誰だよ言い出したのは……」

 本気で拗ねたような尚太くんからの責任追求に

「ゴメン、私」

 小さく手を上げる。

 ペコリと、頭を下げる。

「ハルミンと尚太くんの連単責任!」

 隣にいた珠世が、私たちを指さして笑う。 


 ゴメンって繰り返した私に、尚太くんは

「んー? ハルちゃん……じゃなくねぇ?」

 ふりあげた手の下ろし処に迷ったような顔で春くんに訊ねて。

「俺、かも? ああ。うん。俺、だな?」

 少しの迷いを含んだ声で答えた春くんと、

「ほら見ろ。俺だけのせいじゃねぇぞ」

 ボールを持ってない方の手で、ガッツポーズをしてる尚太くんだけど。



 カラオケのあの日。

 春くんと二人で、ドラくんを待っている間に『テニス、できなくって残念だったね』『近いうちに、行こうよ』なんて会話を交わした。

 私にとっては、社交辞令半分、本気半分って気持ちだったのだけど。

 そのまま春くんは皆に話を通して、数日後にはコートの予約も済んでいた。


 ただ、彼自身の就職活動とか、それぞれのバイトとかの都合を合わせたせいで、こんな梅雨の真っ只中になってしまった訳だけど。

 そもそもの言い出しっぺは多分、私。



 濡れ衣を着せてしまった感じに、そろっと春くんの顔色を窺う。

 うわっ。

 なんで、眼があってしまうかな。

 

 抱いてた小さな罪悪感が

 胸の底に、焦りを呼ぶ。



 内心で慌てた私に、眼だけで笑ってみせた春くんは

「ボーリングをしたことがないからってさ。そんなに棘らなくっても良いと思うぞ? 尚太」

 そう言いながら、尚太くんの肩を揉み揉みしている。

「いつものネタだろ? お前が雨男なのは」

「別に棘ってねぇよ」

「棘るって言葉、あったっけ?」

「春の造語」

 珠世のツッコミに、肩を揉まれながら尚太くんが答える。


「珠世ちゃんも、棘ってるって思うだろ? 今日の尚太って」

「いや、だから。棘は動詞やないと思うの」

「ニュアンス、ニュアンス」

 うん、まあ。

 春くんの言いたいことは、判らなくもないけど。

 珠世の指摘に、私も賛成。



 尚太くん同様に初めての私も、“棘ってる”ように見えるのかな? なんて考えながら、みんなと並んでベンチへ腰を下ろす。

 春くんやユナユナにアドバイスしてもらって、なんとなく決めたボールも、みんなのと並べて置いて。

 ドラくんが仕切って、投げる順番も決まった。


「春くんって、言葉を作っちゃう人なんだ?」

 最初に投げる事になった春くんを眺めながら、隣の尚太くんに訊いてみる。

「作るっていうか……。アイツは脳内辞典がヤバい」

「脳内辞典?」

「さっきの棘るって、普通なら“ささくれる“じゃねえ?」

 あ、春くんってば、凄い。

 一投で、全部倒した。

 意識をあっちとこっちに向けながら、尚太くんの言葉に頷く。


「子供だった春の頭の中じゃ『笹をくれる? もらう?』って混乱したらしくってよ」

 尚太くんの話を聞いた頭の中で、パンダが嬉しそうに笹を受け取っているけど。

「笹、関係ないよね?」

「だろ? で、『ささもらう』じゃ周りに伝わるわけがねぇから、棘るって言葉を作り出しやがった」

 “ささくれ”って言葉自体を使わずに過ごしてきたらしい。

「名前に使われてる“斗”の文字を説明するのも、アレだったじゃねえ?」

 ああ、最初の飲み会。一斗缶、か。



 尚太くんと話している間に、スコアの画面上。

 “HAL”の欄にバツマークが出ていた。

「全部倒したのに……バツ?」

 素朴な疑問に

「次の回まで、スコアが保留になるんだよ」

 春くんの声が答えてくれた。


 投げ終えてベンチへ戻って来ていた春くんをハイタッチで迎えたドラくんは、

「おーい。一発目からストライクとかってさぁ」

 『やりにくいなぁ』って、笑いながら文句を言っている。

「お先にぃ、ストライク頂きましたぁー」 

 それを軽く躱した春くんは、ユナユナや珠世、それから尚太くんとも次々とタッチを交わして

 ベンチの端に座っていた私にも、視線でタッチを促す。


 男子とハイタッチなんて、初めてだよ。

 試合の後の今ちゃん先輩とも、したことがない。


 『意識しすぎないように』って、思いながら打ち合わせた春くんの掌は、意外なほどにゴツゴツとしていた。



 春くんに続いて、ユナユナが二投目で全部倒して。

 ドキドキの初投げ。

 うわ。重たい。これ、指三本で支えて投げるって……。


 改めてボールの重さを感じながらの一投目は、あっさりと右の溝に落ちた。

「あー、落ちたぁ」

 空しく転がるボールを眺めて、しゃがみ込む。 

「ハルミン。ざんねーん」

「ドンマイ、ハルちゃん」

 後ろから聞こえる声に励まされて。

 よっと声を掛けて、立ち上がる。振り返ると、春くんとユナユナが手を振ってくれたので、右手を挙げるように応える。


 続く二投目。

 さっきは右に行ったから……って、考えて投げたつもりだったのに。

 レーンの真ん中を超えたあたりで、また。右の溝に呼ばれて行った。


「くーっ。ダブルフォールトだぁ」

 そりゃぁね。初めてでそれなりの点数が取れるとか、思ってないけどさぁ。

 なんか、悔しい。

「ダブルフォールトって……ハルちゃん……」

 テニスじゃないよ、って笑っている春くんの隣に腰を下ろす。入れ替わりで立ち上がった尚太くんが、

「さぁて、じゃあ俺も頑張ってこよう」

 肩を軽く回して。


「なぁ、春。狙い目って、どの辺り?」

「狙う以前に、まずはガタらずに転がせ。初心者」

「ガタるって……お前なぁ。ガーターは、溝のことじゃねぇ?」

 『初心者でも判るぜ、それは』ってツッコミを入れた尚太くんがレーンへと向かった。



 結果は……尚太くんもガタってゼロ点。

 その後も。私と尚太くんの二人で『一本、倒れた!』『また、ガタった……』って、レベルの低い戦いをしている間。

 春くんとドラくん、それからユナユナの三人は、『二本残ったぁ』『おー。スペアとったじゃん!』って、競り合いを繰り広げて。


「珠世ちゃん、退屈してねぇ?」

 あと二回ずつ順番が回ったらゲーム終了って頃に、尚太くんが珠世に声を掛けた。

「え? 私? なんで?」

「上と下のレベル差が酷すぎてねぇ? 珠世ちゃんと良い勝負になる相手がいないだろ?」

 あ……つい、自分の勝負だけに夢中になってしまっていた。


 マズイって、感じたその時。

 なぜだろう。


 春くんと、目が合って

 瞬き二つ程の間、無言で視線が交わる。



「じゃあ、次のゲームはペア戦でやろうよ」

 ユナユナの提案で、我に返る。

「それがいいな。このゲームの成績で、ペアを決めようか?」

 暫定一位の春くんが賛成すると、ドラくんは組み合わせた両手の指を鳴らして

「よっし。最後までやるからには、春を追い越すぞ」

 気合いを入れ直しているし。

 ユナユナまでが、春くんを追い越すために必要な点数の計算をしている。

「なんだか、必死で逃げなきゃいけない気がしてきた」

 そんな二人に苦笑している春くんに、尚太くんが何かを耳打ちして。

 軽く頭を小突かれている。    



 最初のゲームは結局、ドラくんが一位で、僅差で春くん。ユナユナ、珠世と続いて、私と尚太くんが同点の最下位で終わった。  


「最下位の尚太は、優那ちゃんとペアな」

 そう言ってドラくんが、スコア画面を指さす。

「よろしく、優那ちゃん」

「打倒、ドラくんよ。尚太くん」

「ガタらないように……努力します」

 ユナユナと握手をしながら尚太くんは、空いた左手で敬礼をした。


「で、次に春は」

「俺はハルちゃんと、ハルハルコンビでいいかな?」

 ドラくんを遮った春くんに驚く。

「ええっと。私も最下位だから……」

 順当に考えれば、私のペアはドラくんだ。

「ハルちゃん、マジで勝ちに行こうとしてる?」

「春くんは?」

「珠世ちゃんに勝たせてあげても良いかな? くらいの感じ」

 ちらりと珠世に目をやった春くんの顔を見て、『珠世ちゃん、退屈してねぇ?』って、さっきの尚太くんの言葉を思い出す。

 なるほど。確かに。

 せっかくなんだから、珠世も楽しい方が良いよね?


 二ゲーム目は、ユナユナ・尚太くんペアから初めて。珠世・ドラくんペア、ハルハルコンビの順番になった。

 最初に投げた尚太くんが、右側の四本を倒して。ユナユナがスペアをとる。

「優那ちゃん、ナイス!」

 尚太くんが立ち上がって、ガッツポーズをする。振り返ったユナユナもVサインで応えて。

「ユナユナたち、倒しにきとるねぇ ドラくん」

 珠世が笑いながら、次の投球に向けて立ち上がった。


 あれ? これって。

 珠世は勝てるのか?


 なんて無駄な杞憂だった。

 あっさりとストライクを決めた珠世を、

「タマちゃん、サイコー」

 ドラくんが褒めたたえる。

「こら、ドラくん。勝手に“珠世”を省略しない!」

 ユナユナの指摘に尚太くんが

「タマとドラなら、こっちはニャンコペアじゃねぇ?」

 って、ゲラゲラと笑う。


 『スコア画面の名前って、書き換えられたっけ?』『本気でニャンコペアにする気?』って、ユナユナとドラくんの掛け合いを聞いている間に、

「ハルちゃん、頑張って」

 隣に座っていた春くんが私の肩を叩く。

 よっし、頑張ってこよう。


 ってまた。

 ガタったぁぁぁぁ。



 終わってみると、意外と点差は開いてなかった。

 私のガタりまくった後始末を春くんが卒無く決めてくれた一方で、珠世の後をうけたドラくんの成績が伸びてなかった。

「ゴメンね? 投げにくかったんと違う? 両端の三本残しとか……」

「いや、縛りプレイっぽくて、おもしろかったぁー」

「……」

 ドラくんの笑顔に、珠世が軽く身を引く。


「珠世ちゃん、ドラが変態なわけじゃなくって。上手い奴らは、やるらしいよ。そんなゲームも」

「はぁ……」

 ドラくんをフォローした春くんの話によると、『一投目では、このピンを残す』とか、オリジナルルールで楽しむ人達もいるらしい。

 私には縁の無い世界だけど。



 楽しく過ごした初ボーリングを終えた、その日の夜。

 スマホにメッセージが届いた。

 差出人は、春くん。


【雨男に邪魔されずに、テニスしない?】

 アプリの画面は、マンツーマンのメッセージであることをしめしていて。

【尚太くん、仲間はずれ?】

 それはちょっと……どうなんだ?

 お風呂上がりのぬれ髪にドライヤーを当てながら、返事を送る。

【いや、ドラも呼ばない。ハルハルコンビで、どう?】

 間を置かずに返ってきた返信に、思わず画面に向かって、変な声を上げてしまった。

 ドライヤーのスイッチを切る。

 肩に掛けていたタオルの端を握る。



 ハルハルコンビでってことは……。

 ユナユナたちにも内緒?


 つまり、

 春くんと、二人っきり?

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