飲み会にて
今ちゃん先輩から誘われた“飲み会”に、こちらからは私を含めた七人が参加することになった。
誘うかどうかで悩んでいた瑞希には、香寿ちゃんが声をかけてしまって。半ば諦めた感じで
「颯哉くんも誘う?」
って提案をした私に、嬉しそうな声で頷いた瑞希は、その場でイソイソとスマホを取り出した。
「ねえ、ハルミン。颯哉くんも来るなら、私のカレシも呼んで良いかなぁ?」
早く来い-、ってメッセージ返信を待つ瑞希を眺めていたら、香寿ちゃんが控えめに訊ねてきた。
「えー? 香寿ちゃん?」
カレシが居るなんて、聞いてないけど?
「颯哉くんの友達を紹介してもらってね……」
「いや。聞いてへんし。何それ。ズルイ」
カレシとの馴れ初めを話す香寿ちゃんに、珠世が悲鳴をあげる。
「まあ、良いんじゃない? 友達が一緒なら、颯哉くんも気が楽だろうし」
カノジョが一緒とはいえ、初対面の同性の中で一人ぼっちってのは、アウェー感が……ね?
頷く私を軽く拝むようにして、瑞希が追加のメッセージを送る。
これで颯哉くんの背中が、押されたらしい。
あっさりと二人、男子の追加が決まった。
そうして迎えた飲み会は、ゴールデンウィークの最終日。
私達が通う大学からは電車一本。今ちゃん先輩の大学からも遠くない、西のターミナルと呼ばれる大きな駅で待ち合わせる。
【ニワハル、今どこ?】
今ちゃん先輩からのメッセージに気づいたのは、香寿ちゃんのカレシ、利弘くんが到着する直前だった。
【え? 言われたとおりに西口改札の銅版レリーフ前にいますけど?】
『悪い。遅れた』と利弘くんが謝るのを聞きながら、返信を送る。
【あー、わかった。そっちに行くわ】
【場所、違ってました?】
【いや、こっちの待ち合わせがグダグダしたから……】
待ち合わせって、グダグダするものだったかな?
ほどなく今ちゃん先輩が姿をみせて。
その隣に二人、知らない男子がいた。
「克己は、直に店に行くって」
「じゃあ、全部で……十一人ですか?」
なんか、バランスが悪いなぁ。ほとんど私の知り合いじゃない。
「克己の友達が、もう一人来るから。十二だな」
「その人も、克己さんと一緒に?」
「いや……あ、来た」
慌てる素振りもなく現れた人を見た優那が額を押さえて、ため息をついた。
「ユナユナ? 何?」
「あ。うん。知り合い」
香寿ちゃんに訊かれたユナユナが、なんとも言えない声で答えながら竦めた肩を、その人はニヤニヤしながら叩いた。
「久しぶりだな」
「なにが。先週、一緒のシフトだったじゃない」
どうやら、バイトの同僚らしい。
「じゃぁ、行くか」
そう言って歩き始めた今ちゃん先輩とその友達二人の後ろを、珠世と二人でついていく。
私たちのすぐ後ろには、ユナユナと同僚くん。
香寿ちゃんと瑞希は、それぞれのカレシたちとのんびり最後尾。
少し歩いた所にある居酒屋へと向かう。
母くらいの年頃の店員さんに案内された座敷は、掘り炬燵式テーブルが二つの半個室。
そして、一つのテーブルに六人ずつ用意された席のうち、入り口に近い端っこに克己さんが座っていた。
「お前ら、遅い」
わざと怒った顔をしているのが丸わかりの顔で、克己さんがこちらを睨む。
「また、ドラが遅れたんだろ」
「あたり」
今ちゃん先輩が笑いながら、遅れてきた男子を小突く。優那の同僚くんは“ドラくん”、らしい。
克己さんの向かいに今ちゃん先輩が座る。彼らの隣に、今ちゃん先輩と一緒に来た男子二人。
「えぇー。俺の隣、ドラぁ? 知り合い同士で固まったら、意味なくねぇ?」
その二人のうち、青いシャツを着た方の子が、隣に座ろうとしたドラくんに向かって嫌そうな声を出す。
六人分の席のうち五人が友達同士って、確かに私達が誘われた意味がないよね。そのうえ、あと一つ残った席に座る誰かが、かわいそうすぎる。
「あ? ああ。そうか。じゃあ、俺はあっち行くわ」
そう言って立ち上がったドラくんは、『優那ちゃん、こっちおいでー』って、ユナユナにも声を掛けると、もう一つのテーブルへと移動して。
今ちゃん先輩たちとは逆側になる、部屋の端っこに座る。
「尚太も、あっち」
今ちゃん先輩が、シッシッと隣に座っている青いシャツの子を追い払う。
「ここにいても、あと二人だけだぞ? 新しいメンツが入るのは」
なるほど。彼が失恋の尚太くんか。
ってことは、克己さんのサークル仲間がもう一人の方。吊り目ぎみの子かな?
その吊り目くんが
「航の言う通りだな。ほら、尚太。移動」
尚太くんを促す。
そういえば先輩の名前って、“航”だったっけ……とか考えていると、
「んーと。ハルもあっち」
って今ちゃん先輩が、隣のテーブルを指さすから。
あまりの不意打ちに、顔が燃える。
陽って。
初めて呼ばれたよぉぉぉ。
頬を両手で包んで、赤くなった顔を隠していると、
「こっちを四人分、空けた方がいいだろ? カレシさん的には」
克己さんが、颯哉くんに向かって話しかける。
ん?
「はい、ハルも席替えー」
尚太くんが嬉しそうに、吊り目くんを指さす。
「はいはい。結局、ドラと一緒になるわけだ」
「何? ハル。文句?」
「ナイナイ。文句なんて、ナーイナイ」
妙な節回しで歌っている吊り目くん。
彼が。というか。
彼も、
“ハル”らしい。
結局、ドラくんの向かいにユナユナで、その隣が尚太くん。ドラくんの右隣が珠世で、私がさらにその隣。私の向かいにハルくん。って並びで落ち着く。
今ちゃん先輩の方は、真ん中に香寿ちゃんと瑞希を挟んで、カレシたちが私たちのテーブル側。
席が定まったのを見計らったように、店員さんが飲み物の注文を取りにきた。
二時間飲み放題のコースだということで、それぞれが頼んだ飲み物が運ばれて来るまでの間。
こっちのテーブルでは、互いに名前の確認のようなものが行われていた。
「ええっと。ドラの知り合いが、優那ちゃん?」
尚太くんの確認に
「佐藤 優那です」
自己紹介をしたユナユナが
「なんで、住吉くんはドラって呼ばれてるの?」
誰にともなく、尋ね返す。
「俺はなぁ、ドラゴンマスターの“ドラ”なんだよぉ」
「はぁ?」
威張るような声で改めて名乗ったドラくんだけど。ユナユナに、『なにそれ』と冷たくあしらわれている。
「こいつ、龍司って名前なんだけど。オンラインゲームのアカウントが“ドラゴンマスター”って」
ハルくんの解説に、女子三人で顔を見合わせる。
「龍を司るからドラゴンマスターってよ。直訳過ぎて、頭痛ぇだろ?」
尚太くんが笑いながら、使っていたおしぼりをぐるぐると巻いている。
確かに。英語を覚えたての中学生がやりそうな……。
「で、優那ちゃんの隣でバカ笑いしてるのが尚太な。優那ちゃんと同い年」
「山岸 尚太でーす。来月で二十一歳になりまーす」
“ドラゴンマスター”ドラくんの紹介に、尚太くんがしなを作って応える。イタズラっ子みたいな表情が、ムードメーカーの雰囲気。
「で、その向こうが……」
「中尾 ハルトです。ヨロシク」
ドラくんの言葉に重ねるように、ハルくんが自己紹介する。
ドラくんに訊かれるまま、私と珠世も自己紹介をして。
「ハルミちゃんの“ハル”って、季節?」
克己さんの合図で乾杯をしたあと、ハルくんに尋ねられた。
「ううん。お日さまの方」
「ああ、太陽の……?」
「そう。太陽の陽に望。ハルトくんは?」
「俺は季節の春に、イット缶のト」
「it缶?」
なにそれ?
ゆずサワーを舐めながら首を傾げた私を見て、
「春、通じないって。それは」
尚太くんが笑う。
「イット缶って、あれ? これくらいの……サラダ油とかの入っとる……」
珠世が、広辞苑二つ分くらいのサイズを、手で示す。
「そうそう。よく知ってるなぁ」
「バイト先のお弁当屋で、見たことがあるから」
ああ。なるほど。ファミレスにもあるわ、確かに。それくらいのサイズで、業務用のサラダ油が。
「一升瓶で十本分やったっけ?」
「そうそう。更にそれが十個で、一石」
「日本史で出てくる、千石船とかの単位やね?」
なんか、珠世と春くんがマニアックな会話で盛り上がっている間に、こっそり手元のスマホで彼らの会話を検索する。
ほー。昔のお米の量を示す単位の“一斗”が入る缶か。一斗缶って。
っていうか。
「北斗七星の“斗”よねえ? これは」
画面の文字を眺めて、文句めいた声がでてしまって。
首を竦めるようにして、座を見渡す。斜め前に座る尚太くんと、目が合う。
「だろ? ハルちゃんも、思うよな?」
「ええっと……」
「だから春。お前の説明は、マニアック過ぎだっつってんだろ」
『もっと、一般的な例えをだしやがれ』って言いながら尚太くんが、春くんの頭をはたく。
叩かれた春くんは、顔をしかめて。ビールのグラスを半分ほど空けた。
宴会コースで頼んであった料理が、次々と運ばれてきて。
突き出しらしき鶏皮の小鉢をあける頃には、男の子たちのことがもう少し分かってきた。
克己さんと同じ、西隣の鵜宮市にある公立大に通っている春くんは理学部。
その春くんと同じく大学四年のドラくんは、私立大学の工学部で、優那とは市境のスーパーで一緒に働いているらしい。克己さんたちとは、大学同士がご近所だとか。
今夜の飲み会のきっかけになったらしい尚太くんが、最初に思ったとおり、春くんとは幼馴染で。ここから三駅東にある総合大に通う、教育学部の三年生。
「ところでさ。航の後輩って、五人のうちのだれ?」
「ハルミンが……」
大皿から自分の分のカルパッチョを取り分けていたドラくんに尋ねられた珠世が、受け取った取り箸のおしりで私を指す。
「ハルちゃん?」
「うん。高校が、今ちゃん先輩と克己さんの後輩」
行儀の悪い珠世の肩を左手で小突きながら、右手を小さく挙げる。
「克己は名前呼びで、航は“先輩”なんだ?」
尚太くんがビールのグラスを片手に、おかしそうに突っ込んでくる。
「直接の先輩は、今ちゃん先輩だし。克己さんは……先輩の友達?」
「克己がまさかの、オマケ扱いっ。しかも、航も“今田先輩”じゃなくって、”今ちゃん”って」
「やるなぁ、ハルちゃん」
尚太くんとドラくんに大笑いされて、少し居心地が悪い。
尚太くんだって、二人を呼び捨てにしてるのに。そこまで、笑わなくっても……いいんじゃない?
「航の後輩なら、テニス?」
吊り目が既に笑ってる春くんに、笑いを堪えたような声で尋ねられた。
「うん、ソフトテニス」
「……不遇の女テニ?」
「は?」
「って、航が」
何を言ってくれてるのよ。もう。今ちゃん先輩ってば。
そこから、互いの高校時代の部活動の話題になって。
珠世と春くんもテニスをしていたらしい。尚太くんはサッカーで、ユナユナはバドミントン。
「ドラくんは?」
黙って、みんなの話を聞いているドラくんに水を向ける。
「俺? 俺はゲーム部」
「は?」
「って、オフクロには言われてた」
知る人ぞ知る部活だぞ、なんて胸を張っているけど。
「ハルちゃんと同じ、不遇のテニス部。メンツがそろわなくって、部活の存在自体が怪しかったらしい」
春くんが笑いながら、ドリンクメニューに手を伸ばす。
「いや。うちはメンバー集まったし。部活として、成り立ってましたー」
口をへの字にして、怒ったふりをしてみる。
「ゴメン、ゴメン」
サラッと謝った春くんが、
「ドラは二人だけの部員で……二年間?」
話をテーブルの対角へと投げる。
それをキャッチしたドラくんは、
「二年半だな。俺たちの卒業と同時に廃部ってさ」
なんでもないことのように言うけど。
聞いているだけで自分の高校時代とは紙一重に思えて、眉間に皺がよる。
「新入生も、入らなかったんだ?」
「うーん。まあ。俺たちも、勧誘しなかったし?」
「はぁ」
「先輩が引退したら試合も練習もままならないから、心が折れちゃってさ。結局、部員二人で放課後はスマホゲーム三昧」
なるほど。それで、ゲーム部なんだ。
「それでも嫌いになったり、怪我をしたりって訳じゃなかったから。克己や春に誘われて、ラケットを引っ張り出すこともあるわけ」
そんなきっかけで、今ちゃん先輩とも知り合ったらしい。
そのままの成り行きで、『近いうちにテニスに行こうか』って話になって。
メッセージアプリのトークルームが、尚太くんの手で作成された。
互いに“『よろしくー』みたいな挨拶メッセージを送り合っていると、
「あー、春とハルちゃんが……」
塩味のきついフライドポテトを片手に、尚太くんが呟く。
「俺が、何?」
「いや、ほら」
尚太くんにスマホ画面を見せられた春くんが、『ああ、そうなるわけか』となにやら納得しているけど。
名前を出されたからには、私も気になるわけで。
尚太くんに訊ねてみると、
「ハルちゃんと春のメッセージが、並ぶと……」
って、見せられた画面には“ハル”と“ハル”の二つのメッセージが確かに並んでいた。
「あ。そうか。他の子からはそう、見えるんだ」
私自身の画面では、右側の吹き出しになっている送信メッセージが、尚太くんの画面では、左側の受信メッセージの吹き出しに書かれているせいで、前後して送られた春くんのメッセージと区別しにくくなっていた。
だったら。
アカウント名に、少し工夫をすれば……。
そう考えて、プロフィール欄を開く。カタカナの“ハル”を“HARU”に直したところで、新しいメッセージが届く。
とりあえずの修正をしておいてから、トークルームへと戻る。
【これで、どう?】
そんなメッセージに添えられたアカウント名は、“HAL 10”。
春休み帰省した時、両親がレンタルしてきてた映画に出てくる、人工知能みたいな名前。
【どこから、出てきた“10”なの?】
ユナユナが訊ねる。
【10を“とう”って、読んでみて?】
【ハル とお?】
あー、“はると”になった。
私も、“HARU 3”で“はるみ”と読ませるつもりで修正をしたのに……出遅れた。
それに、HALの方が、かっこいいような……。
春くんが名前を変えたのを良いことにして。自分の名前は戻そうかって、考えていると、マンツーマンのトーク画面に春くんからのメッセージが送られてきた。
【ハルちゃんも変えたんだ? 俺、フライング?】
困り顔のスタンプに、ちょっと笑ってしまう。
画面からチラリと視線を上げると、向かいに座る彼と目が合った。
笑みを含んだ吊り目に、仲間うちの気安さを覚えて
【HALって、宇宙船の人工知能?】
少し突っ込んでみる。
【あ、知ってる? 古い映画だけど】
【かっこいいなぁ。そんなのが、咄嗟に出てくるって】
“スゴーい”って文字の入ったスタンプを添える。
【ハルちゃんも、使う? “HAL 3”って】
【……それは、本末転倒】
数字が違うだけなら、カタカナに付け足せば済む話じゃない?
【じゃあ。SpringとSUNとか?】
【ドラゴンマスター並みじゃない?】
どこまで本気か判らないメッセージに返事を返して、トークルームを確認。
やっぱりドラくんは、“ドラゴンマスター”って、名乗ってる。
そのまま、全員へのメッセージを送る。
【私も変えてみた。どう?】
やっぱりややこしいって言われたら、カタカナに戻そう。
でもなぁ。ちょっと。気に入ってしまったのよね。この名前。
【なんだか、気が合ってない?】
キャーキャーと囃し立てるようなスタンプ付きで、珠世に突っ込まれた。
【いいんじゃねぇの。ハルハルコンビで】
【いいんだ? 気が合っちゃって】
尚太くんと珠世のやり取りに、ドラくんが
【お客様の中に、俺と気の合う方は居られませんかぁ?】
って割り込んでいく。
「お前ら、なにやってんの?」
部屋の向こう端から聞こえた克己さんの声に、ハッと顔を上げる。隣のテーブルでは先輩たちの、呆れ顔がこっちを見ていた。
「テーブル全員が黙ってスマホの画面見てる光景って、傍から見てたらシュールすぎ」
そんな指摘に気まずい思いで向かいに座る春くんを見ると、苦笑を浮かべた彼は、スマホをテーブルに伏せた。
「確かに、直接話せば良いよな」
「それもそうよね」
春くんの言葉に相槌をうったユナユナも、スマホから手を離した。
「って。こら。ドラ」
リズムよく尚太くんが、咎める。
「この会話の流れで、なんでまだスマホを握ってるよ?」
隣の珠世ごしに覗き込むと、生返事をしながらドラくんがスマホに何かを打ち込んでいる。
「なんか……ガチャイベントが……」
「だーかーら。スマホを、置けって」
「ちょっと待ってって」
「お前は。全く」
年下のはずの尚太くんからのお小言を、柳に風と受け流しながら、ドラくんは画面から目を離そうとしない。
うーん。
なんとなく、面白くはないよね。スマホに負けたような気がして。
“大人たち”のお説教が、ちょっと納得。
やっとドラくんが、スマホをテーブルに置いて、泡の消えたビールに口をつけたころ。
テーブルの上では、陶板焼きが良い感じに出来上がっていた。