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先輩からの問いかけ

「二人に質問だけどさ」

 改まった口調で先輩が言い出したのは、春くんが頼んだ『締めの焼きおにぎり』が届いたあとだった。


「家族って、何だと思う?」

「いきなりだな?」

 お皿に二つ乗ってきたおにぎりの一つを、先輩の取り皿へと渡した春くんが、怪訝な顔をしながら私の前にお皿を置く。

 置かれた三角おにぎりの、一つの角を箸で割り取って、取り皿へ。そして、春くんに残りを返す。


 それを見ていた先輩が、首を傾げる。

「ニワハル、それでいいのか? 半分ずつに、なってないぞ」

 注文を取りに来ていた店員さんが、『一皿に大きめのおにぎりが二個』と説明するのを聞いて、春くんと先輩が一個ずつ食べればいいよね、って私は食べないつもりだった。

 そんな私に春くんが、『ハルちゃん、俺と分けよう』って、言ってくれたけど。

「春くんは、おにぎりの種類で焼きおにぎりが、一番好きなので……」

 多めに食べて欲しい。私はこれで、十分だし。

 


「だったら、春にこっちを渡すからさ。ニワハル、俺と半分にするか? 俺もそんなには、食べられない気がしてきたし」

 そう言って、交換しようとお皿に手を伸ばした先輩と、両手でお皿をガードした春くんの、静かな攻防がテーブルの上で始まる。


「いや、航は、そっちを食べたらいいって」

「だから、俺はこんなに要らない」 

「食べきれなかったら、貰ってやるよ」

「春? なんか……意味が、わからないけど?」

「ハルちゃんは、俺にって分けたんだから、これは俺のもの。航には、やらない」

 春くんってば、酔ってない?


 二人を仲裁しようとして

「今ちゃん先輩。私が好きな鮭おにぎりだったら逆に、私が多めになるようにって、春くんが分けてくれるので。私たちにとっては、これが半分ずつなんです」

 って、口を挟む。

「あぁ、もう。お前ら結婚してしまえ」

「はいはい、わかったから」

 今夜、何度目になるのかわからない言葉を繰り返した先輩を、春くんが軽くいなす。どうやら、酔っているわけじゃないみたい。

 その証拠に

「で? 家族が、何だって?」

 先輩が手を引っ込めたと同時に、春くんが話題をもどす。



「結婚するってことは、家族になる。よな?」

 先輩の言葉に頷いた春くんは、

「逆は、真ならずだけど」

 理系っぽい一言をつけたす。数学的な仮定が……って説明を彼にしてもらったのも、二人でテレビを見ていた時だったっけ。

「だったらさ。考えるべきことは、結婚するかしないかじゃなくって、家族になるってことについてじゃないか?」

「家族になる……?」

 そう、呟いた春くんと目が合う。


 結婚って事柄も、色々と考えすぎたのか、クリアするべきイベントのイメージになっていたかもしれない。

 少なくとも、私の中では。

 だから

「ニワハルにとって、家族って何?」

 いきなり先輩に話を振られて出てきた答えが

「血が繋がってる?」

 なんて、成人女性としては、お粗末過ぎるシロモノで。

「だったら、夫婦は家族じゃないな」

 『はい、不合格』って、情け容赦ない評価が下される。


「春はどう? 何か思いついた?」

「生活を共に……してる?」

「ふーん? だったら、一人暮らしをしてるお前らは、家族なし?」

「世帯としての家族では、ないんじゃないか? 生計も親とは別だし」

「世帯。世帯ねえ? 単身赴任してたうちの母さんみたいなのは、どうよ?」

「あー」

 そこを『家族じゃない』と言ってしまうのは、なんだか切ないなぁ。


 おにぎりを食べながら、ああでもない、こうでもないと、家族の定義を探る。

 見つけたと思った答えは、片っ端から先輩に否定されて。

 一番大きなおにぎりを食べていた先輩のお皿が空になる頃には、私も春くんもこれ以上考えられないほど。

 そしてその夜は、答えの出ないまま。私たちはそれぞれの部屋へと帰った。



 先輩からの宿題のような問いかけは、その後も私の頭の一部に居座り続けた。


 祖父母の法事でもないと会うことのないわたしの従兄姉たちは、家族というには遠い。

 でも、春くんと血が繋がっているわけじゃない尚太くんは、従兄弟のような存在らしくって。

 そういえば、崩れた浴衣を直してくれた悦子さんのことを、春くんは『親戚のおばさん』みたいな人って、言ってたっけ。

 その春くんのお姉さんは今、北欧に居るらしくって、実はまだ会ったことがない。


 距離なのか。血の繋がりなのか。それとも、他の要素が加味されるのか。

 何が人と人を家族として結びつける?



 残業を終えて、春くんの部屋へと帰った金曜日の夜。

 テレビで懐かしい映画をしてるからって、二人で観ていた時にも、頭の片隅では考えごとが繰り広げられていた。


「春くん、この主人公にとっての家族って、誰だろうね?」

 リアルタイムで見ていて。飛ばせないCMの間に、まとまらない考えを口にしてみる。

 この時に観ていたのは、子供時代に私がハマりこんだ、あの魔法学校シリーズの一作目。


 ラグの上で胡座をかいた春くんは、そのつり気味の目で天井を眺めて

「学校に入るまで、養育してもらってた叔母さん一家?」

 自分でも納得してない雰囲気で言うから。

「血縁関係で言えばそうだけど。あの家、彼にとってはhomeじゃないよね?」

 両親の死後に引き取ってはもらったけど、"身内の恥"扱いで虐げられていたし。

 って、私の感じたことをつけたす。


 私の言葉に。うんうんって頷くと

「お互いに、家族とは思ってなかった感じはあったかな?」

 春くんも、さっきの一場面を例えに出した。

「でしょ? そこを考えると、寄宿舎の仲間のほうが家族っぽくない? 寮監の先生や住み着いている幽霊も含めて」 

 寮監の先生は、口喧しいお母さんみたいな存在だったような記憶がある。幽霊は……冗談好きな親戚のおじさんかな? そして、先輩・後輩や同級生たちは、たくさんの兄弟姉妹かも。


 そう言ってる間に、番組が再開する。

 会話の続きは、また後で。



「あれ? 私、寝てた?」 

 気がつくと、ローテーブルに突っ伏して、肩からはブランケットが、掛けられていた。

 テレビでは、レトルト調味料のCMをしていて。

「最近、疲れてるみたいだから、起こさなかったけど。そろそろ、宿敵との対決かな?」

 『いいタイミングだね』って微笑んだ春くんが、飲みかけの缶ビールをテーブルに戻した。


 私にも一本、ビールを取ってきてくれた春くんが座り直しても、まだCMは続いていて。クライマックスへの期待を煽ってるなぁ、とか思いながら、プルタブを開ける。

 その隣で、イカの燻製を摘んだ春くんが

「疲れてるなら、明日はゆっくり休みなよ。夕食くらい、俺が作るし」

 って、言ったところで、映画の続きが始まった。


 こんな風に言葉や、態度で労ってくれる春くんと居ると、仕事の疲れが解ける気がする。

 名は体を表すというけど、春の陽射しのような温もりを持っている人だよね。


 実は、けっこう好きなんだよ。

 春くんの、そんなところ。



 実際、最近の私は疲れてる。自覚、もある。

 原因は、わかっているのだけどね。職場の人手不足だってことくらい。

 ただ、わかっていたからって、どうしようもないのも事実で。

 お願いだから、二人か三人。増やしてくれないかなぁ。増えてくれないかなぁ。

 次の誰かが、辞めたり休職したりする前に。



 そんな綱渡り状態の業務をなんとかこなしているうちに、今年もハローウィンが近づいてきて。街中がオレンジと黒で彩られる季節になっていた。


「ハルちゃん。夏に航から出された"宿題"。考える余裕って、ありそう?」

 土曜日のお昼。

 カレーライスを食べている最中、春くんに言われて。目の前の仕事のことしか考えられなくなっていた自分に気付く。

「ごめん。忘れてた」

「いや、責めてるわけじゃないから」

 そう言って、麦茶のグラスを手に取った春くんは、一口飲んで。

「俺なりに答えが出た気がするから、聞いて欲しいのだけど……」

 って、私の顔をじっと見た。


 その視線に、背筋が伸びる。

 スプーンを置いて、私も麦茶を一口。

 聴く体勢を整える。


「あの質問は、数学でいうところの"解無し"じゃないかな? って思うんだ」

「解無し?」

「どんな数字を入れても成り立たない」

「えーっと。イジワル問題みたいな?」

「それとは、ちょっと……違う、かな?」

 うーん、と、言葉を選ぶような間を置いて。


「数学の話は、例えが悪かったから、忘れて」

 どうやら久々の"春くん語"的な失敗らしい。

「とりあえず、俺が言いたかったのは、世界中のみんなに普遍的に当てはまるような答えはないんじゃないか? って、こと」

「すごく、大きな話になってない?」

「逆に、俺たちが大きく考え過ぎてたんだよ。ほら、出した答えを、ことごとく航に否定されただろ? 具体例までだされてさ」

「あー。されたね。『じゃあ、うちのお母さんは?』って」

 これは! って、思った答えは常に、例外がいる。


「だから俺は……もっとミクロな視点で考えてみたんだ」

「うん。それで、春くんの考える家族って?」

「両親とハルちゃん。それからこの先、授かるなら俺たちの子供」

 うわ。すごくシンプル。そして、確かにミクロ。

「それで先輩は、納得してくれるかな?」

「ハルちゃん、この質問の本質を見失ってるよ。航がどうこう……じゃないんだ。俺たちの結婚をどうするか、なんだよ?」

 そういえば、先輩からの質問って、『ニワハルにとっての家族って何?』だった。


「なるほど……そっか」

 って呟きながら、春くんの答えに従って自分を中心とした家系図を頭の中に描いて。

「あ、でも……春くん?」

 ひとつ疑問。

「私の両親は、家族に入らないの? 春くんにとっては」 

「そこが、この答えのポイント」

 自信満々って雰囲気で、テーブルに少し身を乗り出す。

「両方のお母さんが、互いに"家族"になりたくないのが、揉めてる原因なんだからさ。ならなきゃいいんだよ」

「家族にならない?」

 うん? なんだそれ?

「俺たちが、事実婚を選べばいい」

 春くんから、驚きの選択が出てきた。


 日本でオリンピックが行われたころ……からだろうか。

 社会的・法的に、家族のバリエーションが認められるようになってきているらしい、ってことは、ニュースなんかでも話題になっていた。

 オリンピックから、干支がすでに一回りした最近では、事実婚の人達の権利保障も、両親が結婚した頃に比べたら、かなり進んだ、とか。


「事実婚……」

「親同士の関係は、今と大きく変わらないはずだよね? 俺たちが同棲するようになる、ってだけで」

「届けを出さないってことは……そうなるのか」

 事実婚が法的に、ほぼ夫婦と認められるようになってきたから。

 婚姻の届けを出すことが、家同士を"家族"として結びつける、って意味になりつつあるのかもしれない。

 なるほど。先輩に問われた『家族の意味』がここに繋がる。


「そのうえで。どちらかの親が反対するなら、そこが突破ポイントにならない?」

 『事実婚がダメなら、快く賛成してよね?』って駆け引きに持っていくつもりって。

「先輩、そこまで読んでたのかな」

「いや……そんな、まさかと思うけど」

 ちょっと、考えておいて。 

 そう言って、春くんはお皿からカレーライスを掬った。

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