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両家の顔合わせ

 互いの両親の顔合わせは、二月末の土曜日。

 交通の便を考えると、楠姫城市役所の近くが良いかな? ってことになって、春くんのお父さんの馴染みらしい和食のお店を予約してもらった。

 こういうことはやっぱり、"事情"を知っているところに、お願いするのがベストだろうってことで。



 当日は、現地集合。

 互いに面識のない両親同士が先に着いてしまわないようにって、私と春くんは約束の三十分前にお店の前に到着していた。

 先に着いたのは、私の両親で。

「俺が待っておくから、ハルちゃんはお父さんたちと先に入ってて」

 春くんからの勧めに従って、先に店内に入ることになった。


 案内された座敷には、テーブルを挟んだ奥二つの席が同格の上座になるように、手前から奥に向かって縦に長く席が設えられていて。

 床の間に向かって左側の上座に父が、腰を下ろして。私は、その隣で両親に挟まれるようにして座ることになった。


 私たち三人が席につくのを見ていたかのように、テーブルの上でスマホが、メッセージの着信を告げる。

 『もう十分くらいで着きそう』って春くんからの、メッセージ内容を両親に伝えると

「じゃあ、その間にちょっと、お手洗いを借りて……」

 と、母が席を立つ。

 その後ろ姿を見送った父が、

「お母さんも、緊張してるな」

 呟いたのが聞こえた。

「お母さん”も”?」  

「実は……お父さんも、ちょっと緊張している」

 そんなことを言いながら、口元には苦笑が浮かんでいる。

 父でも緊張することってあるんだ、って、変な感心をしつつ、テーブルの上のお茶に口をつけた。 


 『あと十分』と言いながら、春くんの一家は、それから間もなく店員さんに案内されてきて。

 軽く右足を庇うような歩調で春くんのお父さんが、座敷奥まで進んで。上座となる父の正面に座る。


「遅くなって、すみません。中尾です」

「初めまして。丹羽です。ちょっと家内は席を外していて……すぐに、戻ると思いますが」

 お父さんの挨拶に応じた父が、対角に座った春くんのお母さんにも頭を下げる。

「失礼ですが……柳原西高でバレー部のエースだった丹羽さんでは……?」

 お母さんからの問いかけに父が、怪訝な顔で頷いた。


「ご無沙汰してます。”中村 由梨”です。マネージャーをしていた……」

「……まさか、あの"ゆり"?」

「はいっ」

 うわ、びっくりした。とか言いながら、父と春くんのお母さんが笑いあう。 

「陽望さん、丹羽さんの面影があったから。名前もそうだし、もしかして……とは思っていたんですよ」

 そう言って、お母さんがにっこりと私を見てほほ笑む。

「ええ? 知り合い?」

 春くんが訊ねたところで静かに障子が開いて、母が座敷に戻ってきた。



「失礼しました」

 全員がすでにそろっていることに対して、だろうか。

 一瞬、戸惑った顔をした母は、それでもにこやかに席へとついて。春くんのご両親に会釈をすると

「陽望の母の、登美です」

 と名乗った。 


「登美……さん?」

 戸惑いが混じったような、春くんのお父さんの呟く声に

「MASA? 織音籠の……」

 小さな悲鳴を上げた母は、両手で口元を押さえている

 そのやり取りを目を細めるようにして眺めていた春くんのお母さんは、春くんを間に挟んだ状態でお父さんと、ピアノを弾くような仕草と口パクでのやり取りを交わして。何かに納得したような雰囲気で、改めて母に向き直った。

 

 そして。

「お久しぶり、と言うべきかしら? 元カノさん?」

 冷たい声が、母に話しかけた瞬間。

 座敷の空気が凍りついた。気が……する。

 元カノ? 母が、MASAの?

 何、その三角関係。 


【ハルちゃん、オリオン籠のこと、言ってなかった?】

【ごめん。忘れてた】

 テーブルの下で、春くんとメッセージを交わす。テーブルから上は、ブリザードが吹き荒れていて。とてもじゃないけど、内緒話すらできない雰囲気。春くんだって、動揺しているのだろう。”織音籠”が誤変換して、一部カタカナになっている。


 忘れていたっていうか。

 母は、織音籠のファンだから。言わなくっても反対はしないだろうって、軽く考えていたのよね。 

 父は、そんなことにこだわる人じゃないかなって、気もしていたし。

 現に、さっき挨拶を交わした時にも、別に反応しなかったしね。 

 

 私が脳内で言い訳がましいことを並べていても、コースの最初の料理が運ばれてきても。座敷の空気は凍ったままで。

 昔から父が言ってたように、人生って一寸先は闇だ。『これくらい、いいかな?』が、重大な事態を招く。


 とはいえ。

 どうしようかしら、これ? この雰囲気。

「ゆりと登美さんって、実は知り合い?」

 父が開けようとした突破口に

「ええ。学生のころに……ちょっと」

 春くんのお母さんが、含みを持たせた答えをする。

 それに今度は、母が肩をこわばらせて。

「慎之介さんこそ、知り合いなの? ”ゆり”って何。どういうこと?」

 って、父を問い詰める。

 両親が互いを名前で呼ぶところを、初めて目にしたかも。


「高校時代、部活の後輩だったんだよ。春斗くんのお父さんとも、会ったことがあるんじゃないかな」

「ああ。ある、かもしれませんね。よくバレー部の部室には、お邪魔していたので」

 そうか。織音籠と同じく父も、私にとっては高校の”大先輩”。年齢的に言えば、在学が重なっていてもおかしくないわけだ。

 父親同士が、この空気をどうにかしようとは、してくれているみたいだけど。

「まさか、こんな形でお二人に、お目にかかるとは思ってませんでしたけど」

 父と再会を喜んでいた人とは思えない、春くんのお母さんの声で、再度、座敷が凍る。

 怖い怖い怖い。どうするのよ、これ。



「とりあえず、食べない?」

 って言ったのは、春くん。静かに睨みあいをしているよりは……と、それぞれが箸を手に取る。

 ポツリポツリって感じで父と春くんのお父さんが、世間話をしてる。どうやら、織音籠のボーカルも父の後輩らしくって、当たり障りのないところで……って、彼の近況なんかが話題らしい。そこに時々、春くんのお母さんが言葉を挟む。

 母は、ただ黙って。ゆっくりと箸を動かしていた。



「お母さん、さ」

 向かいに座る春くんのお母さんに聞こえない程度に小さい声で、母に声をかける。

 冷ややかに時間が過ぎた食事会も、終盤をむかえていて。コース料理は、締めのデザートを待つだけ、って感じになっていた。

「春くんに会ったときには、気づかなかったの?」

 元カレの息子かもしれないって。

「気づくわけないじゃない。MASAとは、雰囲気が全然違うし」

 ああ、まあね。付き合っていた私が気づいてなかったわけだし。

「でも、元カレのバンド、追っかけてたわけでしょ?」

 って訊いた声が少々、大きすぎたらしい。


「追っかけてた? 織音籠を?」 

 春くんのお母さんが、反応した。  

「あ、いえ。追っかけ、っていうわけでも……」

「ふーん? そんなに未練があったの?」

「単純に、ファンとして、だけど?」

 おっと。母が開き直った。

 もともと、負けず嫌いだし。

「CDを買う程度で、とやかく言わないで欲しいわ」

「それでも、未練じゃないの?」

「だから。別れてから十年以上、関心もなかったわよ」

 第二ラウンドのゴングが鳴ってしまった。


「織音籠が活動休止とかって、新聞広告出さなきゃ、思い出しもしてなかったわ」

 活動休止? って、何?

 母の言葉の意味がつかめなくって、スマホで春くん相手に情報収集。

「え? 春くん、生まれてすぐ、そんなことがあったの?」

 『平成の半ば。メンバーの病気療養で、二年間ほど活動休止してた』って文面に、思わず声がでてしまって。正面に座った春くんから、コラって感じの視線に怒られる。

「生まれてすぐ、じゃなかったわね。産休はあけていたし」

 春くんのお母さんが、そう言って湯呑みに口をつけた。  

「……むしろ、ほかのメンバーのところが産休中だったり、結婚前だったりしてねぇ。大変だったと思うわ」

 ため息交じりの言葉に、母が

「そういう年ごろ、だったのよね。陽望もちょうど、お腹にいたし」

 昔を思い出すように応える。

 【尚太が生まれてすぐ、かな?】って、春くんからメッセージが届く。そうか。私と同い年だし。


「その節は、あっちこっちにご迷惑を」 

 春くんのお父さんが真面目くさった顔で、頭を下げる。

「でも、再開できて良かったと思いますよ。かつての先輩としての、贔屓目とかじゃなく」

「ありがとうございます」

「これからも頑張れ、と……あいつらにも」

 父が託したのは、かつての後輩へのエールだろう。


 母たちの第二ラウンドは邪魔が入ったような形で不発のまま、デザートが運ばれてきて。やがて、お開きになる。


  

「今日はごちそうさまでした」

 店を出たところで父が春くんのご両親に改めて、頭を下げる。割り勘にするのしないので、少しもめたけど。先手を打つ形で、支払いを済ませていた春くんのご両親に父が折れた。春くんのお父さんにとって馴染みのお店だし、ってことも理由ではあるみたいだけど。 


 ここからだと春くんは、実家の方が近いから、今日は泊まると、前もって聞いていた。

 私は自宅に戻るつもりだったけど。

「お母さん、このままそっちに泊まっていい?」

 店の前で春くん一家と別れて駅へと向かう途中、母に訊ねてみる。

「帰ってくるなんて聞いてないから、お布団の準備をしてないけど?」

「シーツくらい、自分でするし」

 お正月に明けに干したっきりなのに……と、ブツブツ言ってる母の言葉は、聞かなかったふり。


 だってねぇ。結局、結婚の話題にならないままで終わってしまった"顔合わせ"を、どうするかって話をしないと。



 その夜。父がお風呂に入っている間に、母に事情を訊く。いや、問い詰めたと言うべきかもしれないけど。

「お母さんが付き合ってたのは、MASAじゃなくって、RYOよ」

「え? じゃあなんで、今夜のあの雰囲気になるわけ?」

 母の元カレは、尚太くんのお父さんだったわけで。春くんのお母さんが、あんな反応する理由がわからない。

 うーん、って言い淀んだ母が、ストレッチなんか始めて。誤魔化されないようにって、顔を覗き込む。

「ねぇ? お母さん?」

「……」

「あのー。私の人生が掛かってるんですけど?」

 すごく嫌そうにため息をついた母が、

「仲が悪かったのよ」

 小学生みたいな理由を言って。

「はぁ?」

「お母さんと、MASAのカノジョ。仲が悪かったの」

「そんな理由?」

 春くんのお母さん、学生の頃に面識があったように言ってた。ってことは、三十年くらい前の話をじゃない?

 いくらなんでも、引きずりすぎ。


「MASAのカノジョに、なんていうか……こっちの劣等感を刺激されたのよね。『生まれた時から、MASAのカノジョしてます』みたいな雰囲気で」

 そういえば、幼稚園からの付き合いだとか、言ってたっけ?

「織音籠のメンバーからは、特別扱いされてたし」

「へぇ」

「こっちは、必死で"カノジョ"やってるのに、って思ったら、『居なくなってくれないかなぁ』って。ちょっと、子供じみた嫌がらせも、したかなぁ」

 したかなぁ、じゃないよね? 春くんのご両親のあの感じだと。

 って、思いながら見た母の表情は、かなり落ち込んでるようにも、見えて。

 母にとっても、あまり思い出したくないことだったのかもしれないと、思い至る。


 これ以上、過去を掘り返しても仕方ないし。ちょっと、話を前へと進めようか。

「お母さんとしては、春くんとの結婚、どう思う?」 

「……反対は、しないわよ」

 うわ、なんか微妙な返事。

「あちらのお母さんと仲が悪かったのは、あなたたちには関係のないことだし」

「じゃぁ、賛成してくれるのよね?」

「……だから、反対はしないわ」

 つまり、賛成でもないってことか。


 そのあと、お風呂から上がった父の意見も聞いたけど。

「お母さんの意思は、尊重するよ。お父さんとしては」

 って。こちらも、微妙な返事。


 春くんの家では、どんな話になっただろう。



 翌日、帰りの電車の時間を合わせて、途中の駅で落ち合って。

「春くん。ご両親は、何て?」

「ハルちゃんと俺の決断次第かな? って」 

 お昼ご飯には、まだ早い時刻。春くんの実家の最寄り駅近くのコーヒーショップで、昨日帰ってからのことをお互いに話したけど。

「決断?」

「二人が決めたことには、反対しないって」

「春くんのところもなんだ……」

 どちらの家でも、微妙な返事になっている。



「これは、お父さんから聞いたんだけど」

 春くんが、マグカップの縁を左人差し指で辿りながら言うには。

「ハルちゃんのお母さん、悦子さんとも仲が悪かったらしくって」

「悦子さんとも?」

 数年前の花火大会で、ものすごくお世話になった悦子さんは、織音籠のドラマーの奥さんだと、春くんのご両親と初めて会った時に教えてもらったけど。

 学生時代の母は、いったい何をしてたのやら。

 頭、痛いなぁ。



「具体的に何があったのかは、お父さんも知らないみたいなんだけど」

 テーブルに肘をついて、頭を抱えていると、春くんが言いにくそうに続けて。

「お母さんには、訊いた?」

「いや。これでもし、お母さんが知らない事だったら、火に油だし」

「それも、そうか」

 体をおこして、コーヒーを一口飲む。

 うわ、なんか。胃にしみる。


 この日、初めて。私はコーヒーを飲み残した。

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