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幼馴染のかくれた事情

 夏休みが終わる直前、なんとか就職が決まって。

 新年度には、私も社会人になることができた。


 勤め先となった地元密着を謳っている小規模な会社は、春くんが住む鵜宮市にあるから、卒業と同時に引っ越しをして。春くんとは駅一つ離れただけって距離に住む。

 今までよりも近くで暮らしているし、バイトがない分、互いの休日も重なるようになったしで、学生の頃よりも、ずっと春くんと居る時間が増えて。

 やがて、金曜の夜から月曜日の朝まで、どちらかの部屋に泊りがけで一緒に過ごすのが、当たり前のことになる。



 そして。卒業から気がつけば五年が経った夏。

 珠世が久しぶりに、戻ってきた。

 とは言っても、こっちに住む訳じゃなくって、ゼミの同窓会に顔を出す、って目的だけど。



「ハルミン。春くんとは……最近、どう?」 

 同窓会のあと。話し足りないって感じで珠世と二人、駅前のコーヒーショップで二次会をしていて。

 最近の出来事なんかの話が一段落したところで、内緒話のトーンに訊かれる。

「どうって……まあ、仲良くしてると、思ってるけど?」

 土曜日の今日は、こうやって私が出かけているから。春くんも一人で、ライブだかに行ってくるって、言っていた。運良く、チケットが手に入ったとか。


「そう言う珠世はどうなの? 尚太くん……就職は?」

 二人とは卒業以来、会ってなかったから知らないけど。珠世の地元で大学院に進学した尚太くんも、マスター卒なら社会人になっているはずだし、ドクターでも就職活動しているころじゃなかったっけ?


「さあ?」

 って、喉につかえたような声で、珠世が返事をした。

「さあ? ってそんな他人事みたいに」

「だって、もう他人事やし」

「またまた。そんなこと」

 尚太くん、珠世を追いかけて、大学院に進学したのに。

「この春に別れたから。連絡とか、とってないもん」

 別れたぁ?

「春くんから……聞いてへん?」

 彼の口からは、何も情報はもらってない。黙って首を振る。


「まあ、簡単に言うと、育った環境の違いやね」

 カフェオレのカップに口をつけた珠世が、少し考えながら言った答えに

「関西の薄味に慣れないとか、お雑煮が違うとか?」

 妥当かな、と思える理由をくっつけてみる。

「うん、まあ……いろいろとあったの。で、『あー、これはムリやわ』って」

「いろいろムリって……そんなに違う?」 

 尚太くんって、そんな子だったっけ?


 春くんとじゃれあっている姿の印象が強くって。珠世に『ムリ!』って言わせるほどの何かが、想像できない。

 内心で首を傾げながら飲んだコーヒーは、冷めてきたせいか、味気なくって。

 残そうかな、と思いながら、テーブルにカップを置く。


「春くんって、尚太くんと幼馴染やったよね?」

「あぁ。お父さんやお母さん同士も友達らしいね」

「春くんも、尚太くんと同じような環境で育ってきたはずやから……」 

 うん? 

「親同士が友達でも、環境は違うと思うけど?」

 祖父母や学校、本人の友人関係……って、人が育ってくる環境には色んな要素が、あるんじゃないかな?

 反論、とは言えない程度に言い返したつもりだったけど。

 珠世は焦ったように、顔の前で手を振った。

「ごめん、忘れて」

「珠世?」

「久しぶりに尚太くんの名前を聞いて、ちょっと……動揺したみたい」

 そう言って、珠世はバツが悪そうに笑った。



 『忘れて』って言われて、『はいそうですか』なんてわけには……いかないのよねぇ。人間の感情って。

 春くんに訊いてみるのが、早いのだろうけど。今夜は、実家に顔を出してくるって言っていた。

 お盆休みは二人で四国に旅行するから、その代わりの親孝行、らしい。


 明日の晩には、会えるから……って、モヤモヤした気持ちを宥めようとしたけど。

 気になって、今夜は眠れそうにない。

 モヤモヤに導かれるように、カバンからスマホを取り出す。

 ちょうど電車が駅に近づいて、高校生くらいの女の子が、目の前の席から立ち上がった。


【珠世と尚太くんのこと、知ってる?】

 膝の上にカバンを抱え直して、メッセージアプリから春くんへ、送信。

 電車が動き出すのと同時くらいに、涙を流した犬のスタンプが送られてきた。どうやら、知っていたらしい。

【理由、春くんは聞いてる?】

 次に送ったメッセージには、既読がつかなくって。待っている間に、降りる駅に着いてしまった。

 返ってこない返事は、仕方ない。って……余計に気になってしまうじゃない。

 まったく、もう。

 明日、帰ってきたら、残さずに訊きだしてやるもんね。


 一人で意気込んで、改札を抜ける。

 カバンの中からスマホが、通話の着信を告げた。

[ハルちゃん、今、大丈夫?]

 春くんの声に、なんだか違和感。

 なんだ? 何が違う?

[今、駅だけど?]

 ICカードをカバンに戻して、コンコースの柱に寄る。ここなら、他の人の邪魔にはならないだろう。と、思ったのに。

[あー、だったら。また後で、掛け直す]

[え? ちょっと、春くん??]

 待って、と言う間もなく、通話が切られた。

 まったく、もう。だから、何な訳?


 画面の暗くなったスマホに文句を言いながら、家へと向かって歩き始める。

 『育った環境が違うから……もう、ムリ』と、さっき聞いた珠世の言葉が、頭の中でグルグルしてる。

 こういった違和感の積み重ねが、彼女に『もうムリ』と、言わせたのだろうか。



 後で掛け直す、って言ったクセに、春くんはそれから三十分が過ぎても、掛けてこない。

 お風呂、入ってしまおうかなぁ。でも、その間に掛かってきたらと思うと、慌ただしいし。

 ええい、こっちから掛けちゃえ。


 呼び出し音が鳴っていたのは、わずかにワンコール分だと思う。

 スマホを手に待っていたに違いないってタイミングで、春くんの声が聞こえる。

[ハルちゃん?]

[はーい。帰ってきましたー]

 わざと冗談めかして答えたのは、私の名を呼ぶ春くんの声が、いつになく硬かったから。さっき、感じた違和感の正体は、たぶんコレ。


[ハルちゃんはさ、結婚って……考えてる?]

[はい?]

 いきなり繰り出された問いかけに、思考が一瞬、停止。思わずスマホを耳から離して、画面を睨む。

 うん。春くんとの通話で、間違ってないよね?


 手にしたスマホから、何度か私の名前を呼んでいるのが聞こえて、慌てて耳にあてる。

[ハルちゃん。聞いてる?]

[ごめん、ちょっとビックリした]

[ああ、こっちこそゴメン]

 これはまた、距離感を間違えて突っ込んできたパターンかな? 草食を通り越して草だし。春くん。

 なんて考えて、ちょっと余裕を取り戻した。

 

 このまま春くんの"間違えた距離感"に付き合っていると、珠世たちのことから話が離れていってしまいそう。

 軌道修正をしないとね。

[それで、さっき訊いた珠世と尚太くんのことだけど]

[その話の前に、俺の質問に答えて?]

 戻そうとした話題は、さらに強引に押し返された。

[ハルちゃん?]

 一度は『ゴメン』って言ったくせに、返事を急かすなんて春くんらしくない。

 やっぱり違和感。

[なんで、急にそんなこと……]

[一度、ハルちゃんには両親と会ってもらおうかな、って]

 おー? 更に急展開。

 取り戻したつもりの余裕が、あっという間に吹っ飛んだ。


[今日、実家に帰って、そんな話にでもなったの?]

[うん、まあ。そんなところ]

 お盆休みに旅行に行くことを話して、『彼女って、どんな子?』って流れかな? なんて想像する。

 春くんのお母さん、食事のこととか気を使っている雰囲気だからなぁ。遊びで付き合っている彼女と旅行なんて許さないだろうな、と思う。

 結婚なんて、まだまだ先のことと思っていたけど。年末には、私も二十七歳。そろそろ、現実味を帯びてくる年頃なわけで。

 だったら、この機会にご両親に顔は見せておくべき?


[わかった。近いうちに春くんの実家にお邪魔するって、思っておけば良い?]

[会ってくれる? じゃあ、ちょっと予定を聞いてくるから]

 保留メロディを聞きながら、結婚については何も言ってないんだけどな、と考えて。

 『春くんと結婚しない』って、選択をする理由がこれといって無いことに気づく。

 これなら"結婚を考えてる彼女"とご両親に紹介されても、構わないか。


 その場でご両親と予定のすり合わせをして。

 お盆休みの翌週、土曜日の午後にお邪魔することに決まった。

[ハルちゃんが気にしてた、尚太のことだけどさ]

 うやむやにされた気がしてたけど、春くんは覚えていたらしい。

[うちの親と会ってくれたあとでなら、話せると思うから]

[今はダメなの?]

[うん。モヤモヤと準備不足]

[? モヤモヤ?]

[ん? あ、違う。モロモロ]

 春くん、それは"諸々"ね。

 準備が、池の底でモロモロと沈んでいるみたいに、言わないで。



 翌日、お昼ご飯の頃に帰ってきた春くんは、ご両親のこととか、尚太くんのこととかは一切口にしなかった。

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