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ロールキャベツと距離感

 いきなりの『泊めて』発言を取り消した春くんと、無言のままで駅まで歩く。

 タイミングよく到着した電車に乗り込む。


 しばらく電車の揺れに、身を任せていると

「ハル、ちゃん」

 走行音にかき消されそうな声に呼ばれた。

「うん?」

「怒った?」

「……って、いうより……焦った、かな?」

「本当に、ゴメン」

 並んで座った座席で、体を縮めるようにして謝る彼に、さっきから気になっていたことを、訊いてみる。

「春くんって、意外と遊んでる?」


「ええっと。遊んではいない、つもり。だけど……?」

「そう? なんか、女の子の扱いに慣れてない?」

 さらっと送るとか、泊めてとか。

「慣れてない。慣れてない」

 隣でブンブンと手を振って否定してるのが、ちょっとかわいくて。

 分かったからって、その手を捕まえる。


「あのさ。付き合った女の子って、ハルちゃんが初めて」

 捕まえた手に、逆に握り込まれる。

「へぇ?」

「へぇって……。マジな話だから、これ」

 握られた手の甲を、指先に撫でられる。


「昔さ、ロールキャベツ男子って言葉が流行ったの、覚えてる?」

 あー、あったねぇ。十年ほど前かな?

「アスパラベーコン男子とかって?」

 肉食女子・草食男子の派生型だったと思う。

 外見肉食・中身草食がロールキャベツ男子で、アスパラベーコンはその対義語だったっけ。


 いや、違う。逆、か?

 うん、逆だ。

 ロールキャベツは、外面が草食。内面が肉食。



「うん、そう。で、あの例えで言えば、俺はアスパラキャベツ」

 アスパラガスとキャベツってことは、つまり……。

「温野菜サラダ? って。それただの草!」

 草食男子ですらない。

「あ、ハルちゃん、ナイス。草食女子に食われるのを待ってる草って、まさにそれが俺」

 肉食女子は、怖すぎて……って、苦笑いをしてる。


「そんな草っぽい俺が、『一歩だけ近づこう』って慣れないことをしようとして、距離感を間違ってしまったんだよね。さっきのは」

 ああ、なるほど。

 一歩は一歩でも、助走をつけた一歩か。 

 それで、距離感を間違えて、ぶつかった、と。

 


 なんとなく子供のころに遊んだ、“だるまさんが転んだ”の光景を思い出していると、車内に西のターミナル駅に着いたことを告げるアナウンスが流れた。



 距離感を間違えたなんて、言っていた春くんだけど。

 部屋まで送ってもらった私が玄関のドアを開けて、振り向いた瞬間。

 軽く唇を合わせてきた。


 そして、驚いて固まった私に

「じゃ。おやすみ」

 照れたような声で言う。

「お、やすみ……」

 鏡なんて見なくてもわかる。

 私の顔は、トマトもびっくりするくらい真っ赤になっている。



 だけど、絞り出すように応えた私に

 目だけで微笑んだ春くんの顔も

 私に負けないくらい

 赤かった。



 私にとっても春くんは、初めてのカレシだから。

 距離の詰め方なんて知らない。分からない。


 ただ、デートの日には部屋の片付けをしてから出かけるようになった。

 春くんがまた、距離を詰めようと突っ込んできても良いようにって。



 そんな風に、心積もりのような準備はしたものの。

 秋が過ぎて、街にクリスマスソングが流れる頃になっても、あれっきり春くんが、私の部屋に泊まろうとすることはなかった。

 本人が言うように、草だ。確かに。



「ハルミン。来週の誕生日はデート?」

 からかうように瑞希に訊かれたのは、大学のカフェテリアでレポートを書いていた火曜日の午後のこと。瑞希の隣に座っている珠世も、手を止めてこっちを見ている。

 シャーペンをテーブルに置いて、食べかけのドーナツに手を伸ばす。

「瑞希は、誕生日にはカレシと過ごすよねぇ?」

「いや、普通はそうだって」

「普通は、ねぇ」

 普通。うん。


 普通は、そうなんだろうね。



 まぶしたシュガーの歯応えを感じながら、ドーナツを齧る。

「で?」

「春くん、卒論の追い込みなんだって」

「あー」

 そっか、卒論。って、ため息のように呟いた珠世が、オレンジジュースのストローに口をつける。


「せめて、クリスマスは……って言っているけど。どうなるかなぁ?」

 指先のシュガーを舐め取って、コーヒーのマグカップを両手で包む。

 来月の末には締め切りが待っている卒論に、何らかのオチをつけなきゃならない、ってことは、なんとなく理解できる。

 そのために最近では、かなり遅く帰っているらしいってことも知っているから、わがままなんて言えないけど。


「でも、やっぱり。誕生日には一緒に居たかったかなぁ。付き合って初めての誕生日だし」

 プレゼントなんて、期待してない。

 ただ春くんに、『おめでとう』って、言って欲しかった。


「もう、クリスマスも期待せずに、珠世たちとパーッと飲み会でもする?」

 って言ったら、珠世が

「あ、えぇっと……」

 困ったような声を出して。

「珠世?」

 瑞希も、何ごとかと珠世の顔を覗き込む。


「あー……と。なんて言うか……ごめん」

「何? どうしたの?」

 いきなり謝った珠世は、尋ねた私の事をチラチラと見ながら、しばらくグラスの中をストローでかき混ぜる。

 そして、深く息を吸ったと思うと

「クリスマスの飲み会は……私と尚太くんは、パスでええかな?」

「はい?」

「実は、尚太くんと付き合っとるんよ。そやから、クリスマスは……ごめんっ」

 ゴメンと言いつつ、テーブルに肘をついて。

 拝むように両手を合わせた珠世が、照れ笑いを浮かべる。


 お? 

 おお!?

 おおおっ!


「いつの間に!」

 春くんは知っているのかな? なんて、考えながら、珠世の話を促す。

「ええっと、学祭の時」

「尚太くんの所? あれ? 一緒に行ったよね?」

 十月の学祭には、ユナユナと珠世の三人で遊びに行った。

 あの時は確か、向こうで尚太くんと落ち合って。 

 尚太くんのサークル仲間と、お昼ごはんを一緒にって。


「あの晩に尚太くんたち、サークルの打ち上げで飲んでたらしいねんけど」

 サッカーだかフットサルだかのサークルで、焼きそばの模擬店を出してたな。そういえば。

「その時に一人が、尚太くんにハルミンのこと聞いたんやって」

「もしかして、眼鏡の子?」

「そうそう。で、春くんと付き合っとうからって、尚太くんがストップをかけたら、『じゃあ。あの小さい子は?』って」

「はぁ? 何、それ」

 黙って聞いてた瑞希が、呆れた声を上げる。


 あの眼鏡の子。

 何度も目が合うなとは、思ってたけど。

 そういう意味だったのか。


 って。気付かない私も問題があるかもしれないけど。 

 『じゃあ。珠世で』って展開も、問題じゃない?


「それで、尚太くんが」

 言いかけて、モジモジとストローでジュースをかき混ぜる珠世に、瑞希と二人で焦れる。

「珠世ってばぁ」

 早く続き、って瑞希がテーブルを指先で叩く。

「『タマちゃんもアカン』って言うたらしくって」

「おおー」

 で、その場の勢いで、告白って流れになったらしい。


「尚太くんと珠世が抜けて、春くんも……だったら、飲み会をしても、盛り上がらないか」

 ユナユナとドラくんはバイト仲間だからか、入りにくい空気を感じることがあるし。  


 あー。もう。

 春くんさえ居れば、全ては丸く収まるはずなのに!



 そんな私の心の声が聞こえたように、春くんからメッセージが届いたのは、翌週の水曜日。休講になった二限目が終わる頃のこと。

【ハルちゃん、クリスマスって予定入れてる? 】

 今更……って、思わなくもないけれど。クリスマスデートだ、と浮き立つ気持ちがあるのも、事実な訳で。

【一応、空いてるけど?】

 正しくは、空けてあるんだよ? イブも次の日も。

【会えるかな?】

【卒論は?】

 顔を合わせていたら、きっと拗ねてしまっただろうやりとりが、メッセージアプリのおかげで、スムーズだ。

【なんとか、メドがついた】

 『疲れたよー』って、ぐったりした犬のスタンプが二つ重ねて送られてきたから。

 こちらからも『お疲れさまー』のスタンプを挟んで。

【イブでいいの? お昼?】

【ハルちゃんは、どうしたい?】

【どうしようかなぁ?】

 改めて訊かれると、悩んでしまう。

 

【イブならよる】

 あ、途中で送信してしまった。

【昼間、予定があるなら、次の日にしようか?】

 いや、そんなつもりでは、なくって。 

 イブなら夜の意味になるよね、って程度の雑談を挟もうとしただけなのに。

【いや、べつに予定はないけど。春くんは?】

 まあ。いいか。このまま、進んじゃえ。

 草食を通り越して草な春くんのことだ。ここで訂正したら、何も進まないような気がする。

【俺は……むしろ、次の日の夜、かな?】

【次の日でも夜?】

【うん。親がその夜は、家に居ないから】

 ご両親もクリスマスデートだな。さては。

 仲の良いことでって、つぶやきながら『了解!』のスタンプを送って。 

【ご飯、何にする?】

 更に少し話を進めてみる。

【肉が良いな】

【春くんから、まさかの肉食発言】

【そう "意味"で、肉食しようか?】

 ここで距離感を詰められるとは……少し、期待していたかもしれない。


【父さんは仕事で泊まりだし、母さんも悦子さんと出かけるらしくってさ】

【へー】

 意味深なメッセージ……と思うのは、考え過ぎ?

【ハルちゃんの所。泊まらせて?】

 考え過ぎでは、なかったみたい。

 とはいえ。こういう場合、どう返事をするべきなんだろう。

 顔の見えないメッセージアプリを通じての会話が、恨めしい。

 目の前に彼が居れば。黙って頷くだけで良いのに。


 しばらく迷った末に私は、素っ気ない『OK』のスタンプを送った。



 クリスマスデートの相談をした翌朝。

 スリープを解除したスマホの画面には、受信を知らせるメッセージアプリのプレビューがあった。

 送り主は、春くんで。

【誕生日、おめでとう】

 受信時刻は……日付が変わってすぐ。


 誰よりも早くに祝ってくれた春くんのメッセージに、知らずと頬が緩んで。ハートを飛ばすシロクマのスタンプを送る。

 朝食にコーヒーを入れようとお湯を沸かしていると、メッセージアプリが着信を伝える。

 『おはよー』から始まったメッセージは、いつもどおりの他愛ないやり取りで。合間に食事をしていると、春くんから『行ってきまーす』と、敬礼しているタヌキのスタンプが送られてきた。

 さすが。早いなぁ。自宅生。



 そうして迎えたクリスマスは、なんとなく。そう、なんとなくの流れで、私の手料理を……ってことになった。今夜のメニューはハンバーグ。

「ハルちゃんは、目玉焼きを乗せる派?」

 二人で買い出しに出かけたスーパーで、買い物カゴをぶら下げた春くんに訊かれる。

「好きだけど、家ではわざわざ乗せないない、かな。春くんは?」

 バイト先では、高校生に人気のメニューだけど。フライパンを一個しか持ってないから。作っているうちに冷めてしまう。

「うーん。憧れはあるけどさ。自分では、生焼けが怖くって」

「生焼け、関係ある?」

「ハンバーグの生焼けを防ぐには煮込め! って、言われたことがあるから、自分で作る時には煮込みハンバーグ」

「春くん。自分でご飯、作るの? 自宅生なのに?」  

「まあ……たまに? 母さんがフルで働いてるし、父さんは……」

 言い淀んだ春くんから目を逸らすように、売り場のアスパラガスを手に取る。

「生きていく力の弱い人?」

 待った果てに出てきたのはまた、予想外の言葉で。

「身体が弱いとか?」

 いや、春くんより大柄だって、聞いたことがあるから、それはないか?

「なんて言うのかな。衣食住に関心が低いっていうか、仕事しか目に入ってないっていうか」

「ワーカーホリック?」

「うん。まあ、そんな感じ。姉さんも、どちらかといえば……だから、母さんが作れない日は必然的に、ご飯当番は俺、みたいな?」

「いや、春くん? 当番って、何人かで分担することだからね?」

 一人が請け負うのは、当番とは言わない。


 結局、煮込みハンバーグの付け合わせに温野菜サラダ、それから缶詰のかぼちゃスープなんてメニューになって。

「俺、もしかして……共喰い?」

 フォークを手に春くんが、微妙な顔をする。

 あ。"アスパラキャベツ男子"で、草食を通り越して"草"なカレシに、私ってば。


 キャベツとアスパラ、人参って組み合わせでサラダを作ったのは、失敗だったかも? って、反省していたら、

「まあ、いいや」

 気を取り直したようにキャベツを口へと運んだ春くんが、

「ハルちゃんに美味しく食われるとしよう」

 ふざけた事を言うから。

 口へと運んでいたスプーンがブレて、アゴへとかぼちゃスープが伝い落ちる。

「もう。春くんっ」

 『美味しく食べられる』なんて意味深な事、言わないでよね。



 草食だの、草だのと言ってはいても。春くんはやっぱり男の子で。

 その夜、私は春くんの、温もりと呼ぶには熱すぎる熱を知った。

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