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たゆたうもの ~泡沫の召喚士~  作者: くちゅくちゅ
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第7話 それぞれの思惑

医務室を出て教室に近づくにしたがって足が重くなるのを感じる。思考が鈍くなった状態では望みを持っていなかったので、その状態が苦しみの底でそれ以下にはならなかった。


しかし僕にとっての家族のような大切な存在ができたのに傷つけられる可能性があること、一度上向きになった気持ちがまた落ち込んでしまうかもしれないという恐怖が僕を苛んでいた。


ジェレミーの気持ちに寄り添って今後の物事を考えていたが、ただちに報復される危険性は少ないながらあるのだ。


心は拒否しているのに体を前に運ばなければならない拷問じみた状況に、行き場のない過剰な負荷で一度粉微塵になり部品が足りずに無理やり修復したような魂から、この世界への怨嗟の声が湧き出てくるかのようだった。


今のこの想いを詩にでもしたためて僕が消え去ったら元々の家族はどう思うだろう?と思ったがこの過酷な世界では一笑に付されてすぐに記憶から消え去るだろうな、と考えてこの世界への言いようのない憎悪が増していくという負のスパイラルが完成していた。


教室に入りたくない。可能ならずっと家で寝て散歩でもしてクラゲと戯れていたい。

僕とジェレミーと愉快な仲間たちと愛しいクラゲの美しい学生時代の記憶を模造しながら、僕は何とか教室まで重い足を引きずっていった。


精神的に疲労しながら教室に着いたが、教室に入る前に目的のジェレミーの取り巻きを探した。ここからでは見えないな・・・。

仕方なく教室に入るとクラスメイトが僕に気づき、雑談が響いていた教室は静まり返ってしまった。


視線が僕に集中し嫌な汗が出てくる。どういう意味で僕に無遠慮に視線を送ってくるのか今は考えることができない。人混みでも辛いのに注目されるのは耐え難い苦痛で腕や背中が痒くなってきた。クラゲに注目されたくないので撫でて安心することもできない。


なまじ心が癒され普通の人のような思考をしているのが災いして、頭が回ってしまうのがつらい。

軽くパニックのようになり頭が回らなくなってきたのでシミュレーションしていた通りに表情、足の運びを意識して平静を装い自分の席に着いた。


余裕がないので周りの状況や取り巻きやジェレミーの姿は見ることができなかった。


                 ※※※


「ジェレミー、本当に痛めつけなくていいのかい?今までのよりもきつい奴をやってわからせてやれば二度と歯向かわないんじゃないのか?」

「ああ、今はこれでいいんだ。」


ジェレミーと取り巻きの一人、サンドロは教室に入ってきたヨハイムの姿を見て小声で話をしていた。

普段なら彼に関する話は彼に近い距離で本人に聞かせるようにしていたが、そうしていない今の状況はヨハイムが立場をわきまえていないとサンドロには感じられて元の状況に戻したかったのだ。



――ジェレミーは貴族よりも一段劣る豪商の家の生まれだった。両親は極悪人とまでは言わないが多くの闇を見てきたこと、生き馬の目を抜くような生業をしてきたことで二人とも倫理観は薄く、感情の振り幅が激しく、物事の基準は金だった。


ジェレミーは魔法の才能を持って産まれてきたことで、そんな両親に家業のノウハウを教わりながら儲けられる召喚士になるよう教育されてきた。

母親は若い男と関係を持ち、父親は大酒飲みで酔うと蹴落としてきた者への侮蔑を聞かせられた。

彼らを心底軽蔑しながらも金が全てという考えは気に入っており、利害が一致する間は彼らの思惑通りの人物になろうと決めていた。


                 ※※※


俺はこの学校に入学する時には貴族が同じクラスに入るので、取り入るか、家との関係次第では叩き潰せと言われてきていた。

実際に目にした貴族の息子ヨハイムは魔力の才能がなく、内気で運命に抗えず小さく縮こまっている脆弱な男だった。

ヨハイムは弱弱しく人間の悪意にも慣れておらず、簡単に家との関係や才能の話を友人を見つけた顔で伝えてきた。彼を初めて貶めた時の歪んだ表情は愉快で嗜虐心が刺激されて思い出すと笑いが出る。


昨日も今まで通り、覆らぬ暗黙のカーストにより変わらぬ日常が送られるはずだった。

新たな力、ウルフィの名をあたえた狼の従魔は誇り高い振る舞いと力強い意志を感じさせた。

ヨハイムの奴は儀式に時間をかけた挙句気絶し、召喚したものはスライムのようなもので負ける要素は無い筈だった。


だが倒された。

奴の従魔は一撃で俺の意識を奪い、奴自身はウルフィが壁に叩きつけられるほどに蹴り飛ばしたそうだ。


許すわけにはいかない。

普段から足並みを乱す愚図の意志薄弱なあいつが一時でも俺の支配から解放され、しかも衆人観衆の前で俺に醜態を晒させたのだ。


だが制裁は今ではない。外部にいつでも助けを呼ぶことができる状況は本気でわからせてやる制裁には環境がよくない。

クラスメイトの視線も無い方がいい。共犯者は居た方が色々と都合がいいが多すぎるのは俺の求心力に影響する。

遊びがない本気のショーは物見遊山で集まった連中を遠ざけてしまうからな。


取り巻きのサンドロは典型的な強者に付くタイプの男だ。

自分の意思のなさという点ではヨハイムと並ぶクズだ。こういう奴は都合がいい。

友人扱いしてやればその時には喜んで協力するだろうから似たような奴を2、3人集めればいい。

メンバーが決まれば後は決行するタイミングと内容を詰めるだけだ。



――ジェレミーは頭の中でヨハイムを追い詰めながら不満を言うサンドロに適当に話を合わせるのだった。


                 ※※※


ジェレミーたちにまずこの場では手を出されないとは思っていたが実際に手を出されなくて安堵した。

彼は傍にいる取り巻きのあいつがやりそうな、衝動を小出しにするようなこの状況でのマウンティングはしないだろうと思ってはいたが恐ろしいものは恐ろしいのだ。

僕の心の清涼剤と化したクラゲを撫でることも許されず、人に囲まれ不定期に視線が集まるこの状況はあまりにも苦痛だった。


思考が冴えているこの精神状態がよくないと思い、先生が来るまでは紙で作った耳栓で音をある程度シャットダウンした。うん、これはいいな。

そうこうしてるうちに先生が来て授業を受けた。授業中は静かで、視線も集まらず苦痛から解放されて内容も頭に入ってきた。


授業の終了後先生に呼ばれて1対1で話をしたが、昨日の件はお咎めなしと言うことだった。拍子抜けだったが、ジェレミーが被害を訴えていないし本人から嘆願があったということだった。

ジェレミーの静かな怒りが伝わってくるようで憂鬱だが、悩んでもどうにもならないと思いジェレミーが仕掛けてくると思われる時までは気にしないことにした。

人が近くにいるとか視線を感じるとか以外ではだいぶポジティブになってきたと思い嬉しくなった。


ついでにジェレミーとよく一緒にいるあいつの従魔を聞いてみたところ、彼の従魔は猿の一種らしい。

ジェレミーの狼の従魔のついでに調べて対策を考えなければならない。


先生と別れた僕は書庫に行くことにした。

窓のある校舎から窓の無い書庫に近づくにつれ気分が軽くなった。

日常と非日常の境を視覚的に感じることができて、やはり適度な閉塞感が人間関係に疲れた頭と心には嬉しかった。

なにより、ずっと空気と化して僕の服の中でぷるぷるしていたクラゲと触れあえるのが嬉しい。

クラゲは若干不機嫌そうに見えたが、僕の顔を見てすぐに頭に乗ってきてくれた。


司書さんに会釈して目的の本のおおよその場所を聞いた。

・・・行ってみると、やはり本の数は膨大だった。海の魔物、水棲生物の本も多いと思ったがむしろ少ない方だったらしい。


とりあえず魔物が載っていそうな本と狼、猿の従魔が載っていそうな本を適当に選んで調べることにした。

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