ブラコン兄は弟のために立ち上がる
楽しんでいただければ幸いです。
俺には血の繋がっていない弟がいる。生まれた瞬間にも立ち会ったおかげか、はたまたひと回りも歳が離れているおかげか、目に入れても痛くないほどの可愛い可愛い弟だ。
12歳という歳のわりに少しばかり無邪気というか、無垢というか……まあ若干世間知らずというか…………。
とにかく、それが弟の可愛さに拍車をかけているのも事実である。弟が生まれたとき、俺は天使が実在することを知ったのだ。すやすやとゆりかごに揺られながら眠っている天使を、俺は一生をかけて守ろうと覚悟した。
そんな天使な弟ではあるが、困ったことをやらかすこともままある。無邪気ゆえに校長先生のカツラを全校朝会で指摘しちゃったり、無垢ゆえに近所の大人を肥溜めに落としちゃったり……。またある時は一クラス全員を連れたまま裏山で野営ごっこしちゃったり、街に来た兵隊さんたち相手に野良犬(超狂暴)をけしかけたり……。
それもこれも弟のちょっと無邪気が過ぎるゆえなのだ。困ったことになってご近所さんにひたすら頭を下げるのは兄である俺の役割なのだけれど、そろそろ少しは落ち着いてくれると助かる。これから反抗期を迎えるのかと思うと、少し、本当~~~に少しなのだけれど、胃が時々不調を訴える。
今回の一連の事件の発端も、可愛く無邪気な弟が困ったことを言い出したからだ。
弟の学校で一年に一回行われる保護者参観。親たちが教室の後ろに立ち並ぶ中、両親のいない弟には代わりに俺が出席していた。普段見ることができない学校での姿。友達はたくさんいるのかな、だとか授業はきちんとついていけているのかな、だとか……様々な不安と期待を胸に待ちに待った日だった。
そんな期待を裏切らない弟は誰よりも目立っていた。それはクラスで唯一の鮮やかな赤髪を後頭部で芸術的に爆発させていたからではない。決して違う。
ところでにいちゃんは朝、クシを渡したはずなんだけれど、なんであんな跳ね方しているのかな。ああ、横と前だけ直したんだね。そうか、後ろは見えないものねぇ。
うちの可愛い弟が目立っていた理由、それは保護者参観でありがちな「将来の夢」の作文のせいだった。
周りの子どもたちが順番に、学者、教師、宮廷医師……と夢を語っていく中で、俺の天使「僕の夢は王様になることです」と爆弾を落としたのだ。
それはもう凍り付いた。教室中の空気が、それは見事に。
同級生たちは恐怖に青ざめているし、保護者たちは顔を引きつらせて奇妙な泣き笑いになっている。先生に至っては胃を押さえて悶絶していた。
……いつもお世話になってます。今度俺のおすすめの胃薬差し上げますね。
女の子の「お姫様になりたい」や男の子の「勇者になるんだ」ぐらいの無邪気な夢。そうは収まらない理由があるのだ。
俺たちが住むこの国はそこそこ中規模な国土を持つ国である。
隣国とは3つの国と国境を接し、幸いなことに国共争いこそなかったものの、現在専ら侵略の危機にある。絶対王政を敷く我が国では、現在8代目の王だが、これまでそこそこ優秀な王が続いていたため、国民も小さな不満はあれども、反乱や一揆といったような混乱はなかった。
外交もそれなりにうまくやっており、特に西側の大国とは友好関係にあり、150年ほど前に起きた東国の侵略戦争も西側が後ろ盾となったことで事なきを得た。その後の停戦以降も西との友好関係が抑止力にもなっていた。
そう、我が国はそこそこ優秀な王が続いていたからこそ平和を保っていたのだ。
ここで8代目の王の登場である。大変残念なことにこの8代目、暗愚極まりなかった。
王子時代から絵に描いたような暴君ぶりを見せ、あちらこちらで種をばら撒いては後宮の規模を拡大していた。
それでも父王が存命中はまだ抑えが効いたのだが、若くして父王が病に倒れると、直系傍系含めての唯一男子であった王子は、僅か27歳にして玉座に着いたのである。
そこからが悲劇の始まりだった。王は政治に興味がなく、贅の限りを尽くすこと、そして種をばら撒くことにしか興味がなかった。当然、耳に煩い諫言を上奏する家臣より、耳に快い甘言を上奏する奸臣の方が王にとって都合が良かった。
有能な家臣は早い段階で投獄されたり、蟄居を命じられたり、酷い者などはいわれのない罪でもって処刑されてしまったりもした。
こうなると一人一人と有能なものこそが王宮を去り、残ったのは己の利ばかりを求める者ばかりとなった。こうして王宮は代替わりから10年も経たぬうちに魑魅魍魎の跋扈する魔窟となり果ててしまったのである。
ここで本来ならば反乱だ革命だとなるわけだが、そうはできない理由が我が国にはあった。
言わずもがな次の旗頭の存在である。綱紀には「正統なる統治者は万系一世の王胤男子のみとする」という一文が存在したからである。つまり、王族の直系男子にのみ統治が赦されており、それ以外は認められないのである。
そんなもの無視すれば良いという意見がないわけではない。
しかしながら、この一文を含む10項目からなる綱紀は天綱とも言われ、その昔、初代が天から直接与えられたものであるという謂れのあるものだった。
天の実在を証明した者はかつていないし、人々の耳にその声が届いたことなど、初代の例を除けばない。
しかし、それが信じられるのには、今なお現存する綱紀が、何を原材料としたのか全く解析できない用紙に書かれているからだった。それを見たものの証言では、木よりも獣のなめし皮に近い印象だったが、触れると澄んだ泉のような水音が鳴るのだという。
このような現在も解析できない物が、我が国のみならず世界各国で幾つか発見されており、それがまた世界中で天を信じる要因となっているのである。
綱紀を無視すれば、天罰が下るのではないか。そんな懸念が、王族直系を旗頭に据えないまま王を討つことに躊躇いを抱かせるのである。
8代目の趣味は種をばら撒くことだが、妊娠が分かった女には堕胎を命じているし、万が一堕胎が間に合わず生まれてしまった場合には、誕生と同時に監視の下、産婆が間引きしていた。さすがにそのあたりは抜かりなかった。そういう所にだけ特化して知恵が働くのが王という男だった。
しかしながら仕込んでいた数が多ければ、それだけ処理が追い付かなくなるのも確かである。
王家にもっとも近い血筋と言われながら、召し上げられた高貴な女性がいた。本来一介の妃に収まるような身分ではなかったが、園遊会に参加したときに不幸にも王に目を付けられ、そのままお手付きとなり後宮に召し上げられてしまったのだ。
さらに妃にとって不幸だったのは、たった一度のお手付きだったにも関わらず、妊娠してしまったことだった。妃は身体が生来丈夫でなかった。とても出産に耐えられるような身体ではなかった。
本来それだけならば、王も望んでいるのだし、堕胎すれば命は長らえただろう話である。妃にとって極めつけだったのは、その妊娠に誰もが気付かなかったことだった。
もともと月の物も順調に来るわけではなかったから、妊娠に気付いたときには堕胎が間に合わない時期になっていたのだ。
妃は身体が弱かったが、それに対して心は並みの騎士を超えるほどに強かった。
妊娠が分かるや否や、妃は信頼できる侍女を一人だけ近くに置き、産婆と監視役を抱き込んだ。綱紀の件が脳裏にあったかは分からないが、早々に胎の子を生かす準備を整えたのだ。
問題なのは生まれた子のことだった。生まれた後、後宮に置いたままにしては早々に見つかって殺されてしまうだろう。信頼できる人間は生家から唯一連れてくることのできた侍女しかいない。生家に預けるかとも考えたけれど、あまりに王の膝元に近すぎる。
悩んだ末、当たりを付けたのが、11歳という若さで従騎士となったと少し前に話題になっていた少年だった。
本来小姓として14歳ころまでは貴族の屋敷や王宮で働き、認められれば従騎士となって見習い期間を過ごす。その後に順当に経験を積めば17~20歳までの間に騎士となるのだ。優秀と噂の少年だ。もしかしたらさらに若くして正騎士になっていたのかもしれない。
王子の件を依頼するに当たり、どう転ぶにせよ少年がその運命から外れていくのは必至だった。
妃はまずその件を詫びた。主が身重の身体で謝罪をするのに、侍女が頭を下げない通りがない。
年上とは言え、女性2人に頭を下げられて、狼狽えなかったわけではない。しかも妃に至っては、自分が騎士になって勲章を下賜された所で敵う身分の相手ではなかった。
それでも、少年は詰らずにはいられなかった。それが騎士道に反していると分かっていても、否、だからこそ絶たれた騎士の道を想って少年は涙しながら頭を下げる2人を詰った。
そんなに長い時間もかけず、少年は落ち着いた。
もともと怒ることになれていない少年だ。冷静になると、次いで自分の投げつけた言葉に羞恥を煽られた。随分酷い言葉をぶつけた気がする。
妃たちはそんな少年にもう一度謝罪を繰り返し、王子の件を頼んだ。「どうか、生まれたらすぐにこの子を連れて、王都を離れてほしい」と。「顔を見ると名残惜しくなってしまうから、どうかそのまますぐに」。そう願う妃に少年はもう否やは無かった。
ただ騎士らしく、その場に膝をついて高貴な方の願いを叶えるために全力を尽くすと、首を垂れた。
見習い騎士とは思えないほどに堂に入ったその誓いに、妃と侍女は顔を見合わせ「やはり彼に頼んでよかった」と自分たちの判断の正しさを確信したのだった。
そうして12年前に生まれた子どもは、俺の前で、今、教室の空気を凍らせている。
「将来の夢は王様です」。それが冗談で済まされない血筋なのはその通りだが、なぜ教室中の空気まで凍るのか。答えは至極簡単である。
全員が弟の出自を知っているからだ。
何も大々的に宣伝したわけではない。最初は慣れない育児に半泣きになりながら、隠そうとしていたのだ。だが所詮は12の小坊主。早々に1人きりの育児にボロが出始めた。心配した近所の人々が唐突に移り住んできた幼い兄弟を心配し、面倒を見ているうちに赤ん坊の髪色を目にし出したのだ。
この国どころか、世界どこを探したところで赤色の髪を持つのは我が国の王族のみ。決して直系以外に出ることがない髪色を見れば、その血筋がどこに連なる者か、一目瞭然なのである。
つまり、弟の将来の夢である「王様」はこの世で唯一現実の可能性を残していると同時に、イコールとして現王への反旗の印となるのだ。
俺の天使はまだ幼い。12歳という年齢以上に、その言動が幼い。いずれは……と考えていた町の人々も、まさか弟の方からそんな発言をしてくるとは思わなかったのだろう。
蒼白を通り越して土色になっていた顔色も次第に肌色を取り戻してきている。それどころか、人々の頬は期待のあまり、赤味を帯びてきている。青くなったり、白くなったり、黄色に赤……と人間の顔色は以外とバリエーションがあるものだ。
弟に出自を告げたことはなかった。弟は不思議と自分の出自を知りたがらなかった。両親がいないことも、一度たりとも疑問を投げかけたことなく、最初からそういうものだと受け入れていた。
この「将来の夢」が、自分の出自を知ったうえで言っているのかどうかは、正直半々といったところだ。
どこか知らないところで、弟に吹き込む輩がいたとしてもおかしくはない。
だが、それが弟の望みなら……。
「どう、にいちゃん! ちゃんと発表出来たでしょう。褒めて!」そんなことを言い出しそうな表情で後ろを振り返る天使。
俺は騎士だ。
そして何より兄だ。
自然と、口角が上がっていくのが分かる。きっと、これ以上ないほど悪い顔をしていることだろう。
兄ならば弟の「お願い」は叶えてやらなきゃならない。
息子を見に来ていた魚屋のオヤジが俺の肩を叩く。きっと同じ顔をしている。全員の視線が今やこちらに向いているのが分かった。
頷いてやれば、誰もが目を輝かせた。
「抵抗勢力各員に伝達」
ピリッと大人たちだけでなく、子どもたちの空気も変わった。そうだ。闘志を燃やせ。
「――辛酸はもう舐めつくした、瓶の底は既に空だ。十余年、よく我慢した。我らが戴く王は金の稲穂をお望みだ! 暗愚王を討つぞ!!」
「~~~おうッ!!」
「――――――ッッッシャァ!!!」
教室中から上がる歓声。気付けば廊下から我も我もと人が押し寄せ、全員が拳を高々と掲げている。
もはや保護者参観どころではなかった。
一言だけ言っておこう……先生ごめんなさい。
『将来の夢』
僕の将来の夢は王様になることです。
今の王国はみんなが暗いと思います。町中を歩いていても、みんな下を向いています。
友達はみんな外では遊びません。学校と家の登下校には大人の人がたくさんつかなければ道を歩くことができません。
僕はそんな国は良くないと思います。なぜ僕がそう思ったかというと、にいちゃんが、
「もっと良い国になるといいね」
と言っていたからです。
僕にはにいちゃんがいます。とてもかっこよくて、頭もよくて、誰よりも強い自慢のにいちゃんです。
この前にいちゃんと一緒に王都に行きました。王都は僕が住む町よりももっとたくさん人がいました。それなのにみんな暗い顔をしていました。
にいちゃんは、道のすみに座っている人を見て、僕の手を強く握りました。これはにいちゃんが嫌なことがあったときや、緊張しているときのくせです。座っている人は男の人も女の人も、僕より小さい子もいましたが、みんなとても痩せていました。にいちゃんは、
「痩せている人は好みじゃないんだ」
と後で教えてくれました。だけど、にいちゃんは本当は道のすみに人が座っているのが嫌なんだと思います。
だから僕はにいちゃんに聞きました。
「みんながたくさんご飯を食べて、太っている方がいい?」
「うん」
とにいちゃんは答えました。
「みんなが笑って道を歩いている方がいい?」
「うん」
とまた答えました。そして、
「もっと良い国になるといいね」
と笑いました。笑っているのににいちゃんは悲しそうでした。僕は、にいちゃんが悲しいのは好きではありません。だから、この国が「良い国」になればいいと思いました。
「良い国」とは何でしょうか。
僕は考えました。一か月以上も考えました。たくさん考えたので、しばらくぼうっとしてしまって、にいちゃんにはたくさん迷惑をかけてしまったと思います。でもその結果が見つかりました。
「良い国」とは、みんなが毎日、温かいご飯が食べられる国だと思います。
昼間は友達と学校に行きます。たまに大人の悪口を言いたいので、大人は無しで行けるようにしなければいけません。
学校が終わったら、子どもたちはお母さんとお父さんが待っている家に帰ります。僕はにいちゃんと二人でも寂しくはありませんが、お父さんとお母さんがいない友達にはにいちゃんがいない子もいます。
だから、みんな家族がいる家に帰れると良いなと思います。
春にはみんなで田植えをします。隣のじいちゃんも、三丁目の偏屈バァも一緒に、町の人みんなで田植えをします。
夏には田んぼは緑になります。雑草もたくさん生えるらしいけれど、それは頑張って抜きます。
秋には田んぼは全部が金色になります。僕は見たことがないけれど、三丁目の偏屈バァは、
「世界で一番美しい景色じゃ」
と言っていたので、きっときれいだと思います。そしてたくさん稲ができたら、みんなに食べてもらうために、国中に配ります。
国中に配れば、みんなたくさん食べて太ります。みんなが太ったら、にいちゃんの好みのぼいんな女の子が増えると思います。そしたらにいちゃんは幸せだと思います。
僕はお母さんとお父さんから幸せを貰えなかったけれど、にいちゃんからたくさん幸せをもらいました。だから今度はにいちゃんを幸せにしたいです。
だから、僕は良い国を作る王様になりたいです。
【登場人物】
兄:主人公。24歳。元従騎士。将来を嘱望されていたが、国の現状に落胆してもいたので、妃に抜擢されて結果良かった。弟は天使だし。弟に対しては「兄心>忠誠心」という感情。でも主でもオッケー。とにかく弟が幸せならそれで良い。実は弟以上に出自が謎な人。
好みのタイプはぽっちゃり系ぼいん。
弟:王家唯一の血族。王子。12歳。兄の溺愛と本人のバ……無邪気ぶりに誤魔化されているが、弟も随分なブラコン。兄には幸せになってほしい。素敵なお嫁さんを見つけてくれたら三人で暮らしたい。
自分の出自は物心つく前からその辺の人たちがひそひそするせいで知っていた。
兄が思っているほど天使ではない。
妃:弟の生みの母。美人。生まれつき身体が弱い。王家にもっとも近い一族と言われている。
鋼の精神。その辺の騎士よりも男前。出産に身体が耐えられないだろうと言われつつ、実は生きているという裏設定がある。
侍女:妃の乳姉妹。母親が妃の乳母だった。
王:18代目。そこそこ優秀な王家に表れた突然変異。すべての元凶。
趣味・特技≫種をばら撒くこと。
【世界観】
あえてカタカナ表記入れずに世界観を作っています。
「騎士」という言葉を使ってしまったのでどうしても西洋っぽさが出てしまっているのですが、「綱紀」「王胤」という単語らへんは日本・中華っぽさも醸すので、読み手によって脳内で和風・洋風・中華風……など自由に舞台設定できるように心がけています。
久々にアイデア浮かんで、小説を書けたので満足です。
できるだけ多くの人に楽しんでいただければ幸いです。