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剣豪童女の転生記 ~魔法の世界に生きた侍~  作者: あきなべ
第一章 無刀の剣豪
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両親、その夜

「お待たせ。よく眠ってたよ」

「ありがとう、リヒト」


 私に抱きついたまま泣き疲れて眠ってしまったイリスを二階の寝室に寝かせてきたリヒトは、隣の椅子に座って、テーブルに用意していたお茶に手を伸ばした。


「イリスが声を上げて泣いたのなんて、産まれた時以来な気がするわ」


 私もテーブルに置いていたカップを手に取る。琥珀色のお茶をコクリと飲むと、ふっと息を吐いた。揺れていた感情が少し落ち着いた気がした。


「あの子はずっと我慢している様子だったからね。今まで我儘らしい我儘も言わなかったし、歳の割に妙に大人びているから……久しぶりに子供らしい感情が見れて少しホッとしたよ」


 リヒトは手元のカップを見つめたまま、優し気な瞳で呟く。


 よく、男親は産みの苦しみを知らないから情に薄いなどと言われるけれど、リヒトに限ってそれは無いと思う。彼は、もしかしたら私よりも愛情深いかもしれない。私も相当イリスに甘い自覚があるけれども。


 リヒトはイリスが産まれた時、イリスを取り上げてからずっと癒しの魔術をかけ続けていた。魔術の行使は、自身の魔力を消費し過ぎて昏倒してしまわない様に注意しながら、更に魔術の制御にも気を配らなければならない、とても大変な作業だ。

 それにも関わらず、リヒトは薬で無理やり魔力を回復させながら文字通り一日中、産まれたばかりのイリスに癒しの魔術をかけ続けていた。その大変さは、イリスを産んだ苦労と比較しても劣るものでは無かったはずだ。


「一度も我儘を言わなかったイリスが、初めて言い出した我儘が剣が欲しいなんてね……イリスは騎士団に入りたいのかしら?」


騎士団にも数は少ないが女性騎士は存在する。娘はその姿に憧れたのだろうか。そう思ったが、リヒトは微妙な表情を浮かべた。


「そうと決まってる訳じゃ無いみたいだったけどね……騎士団に入りたいというより、戦う力を欲しがっているみたいだった。その結果として、騎士団に入ることになるかも知れないけれど……」


 戦う力を手に入れて、イリスはどうするつもりなのだろう。イリスのことだから悪い事に使うことは無いと信じているけど、やはり親としては不安に思う。なにより、イリスに危険な目にはあって欲しく無いのだ。


「あの子、本気で木工職人に剣を作らせるつもりなのかしら……」


 本気なのはさっきの態度を見れば疑いようも無いと思う。けれど、未だに信じられなくてそんなことを呟くと、リヒトが安心させるように笑いかけた。


「イリスにはクラウトさんの木工工房を紹介したよ。あの人は口調は荒いけどとても真摯な人だ。イリスが相手でも子供と侮らずに、物の道理を解いてくれただろう」


 クラウトさんとは、リヒトの勤める癒術院で何度か面識があった。職人の職業病ともいうべき肩こりの治療に来ていた人だ。あまり深く話したことは無いけれど、リヒトが言うなら信用できる人なんだろう。


 職人に新しい物の製作を依頼するには商業組合の許可が必要になるし、決して安くは無いお金だってかかる。その事を職人の口から説明して貰えれば、イリスもきっと、素直に納得してくれるはずだ。


「それでもイリスが諦めきれなかったとして、イリスが大きくなって、仕事に就いて、真面目に働いて、そのお金で剣を作るなら僕は何も言うつもりは無いよ。出来れば、それまでの間に考えが変わってくれる事を祈るけどね」

「そうね……」


 リヒトも、反対はしていないけれど決して賛成では無いのだ。自分と同じ思いを感じて、少し安心する。

 自由を縛るつもりは無いけれど、せめて成人する15歳までは、親の庇護下にいて欲しいと願う。


「決めたわ。私、明日からイリスにうんとお洒落を教えてあげる」

「モルトナ? どうしたんだい急に」


 私が決意を口にすると、リヒトはカップを口に運ぼうとしたままの姿勢で手を止めて、眉をひそめる。


「あの子に、剣以外にも興味を持つことが見つかる機会をあげたいのよ。お料理でも、お裁縫でも、私が出来ることなら何でも教えてあげて、その中から一つでも興味を引くことがあれば、剣を作ることを辞めるかも知れないわ。あの子はまだ5歳だもの。もっと色々経験して、それから決めても遅くはないでしょう?」

 

 名案とばかりに手を打つ私を見て、リヒトは、彼があまり乗り気ではない時によくする、困ったような笑顔を見せた。


「張り切るのは良いけど、押し付けてはいけないよ」

「あら、イリスに自分の呼び方を強制した挙句に、喋り方まで改めさせたあなたがそれを言うのかしら」


 イリスが喋りはじめるようになった頃、リヒトのことを父上と呼んだことがあった。それを聞いたリヒトは、イリスに自分のことを「お父様」と呼ぶように促したのだ。それ以来イリスは、リヒトのことをお父様、私のことをお母様と呼ぶようになり、私たちの前では風変りな喋り方をやめて、畏まったような喋り方をするようになってしまった。


 私たち以外の人には相変わらず風変りな喋り方で接しているので、きっと私たちに気を使っているのだろうと、私とリヒトは思っている。


「それは……僕も失敗したと思ってるよ。一度でいいから呼んで欲しかっただけなのに、あそこまでガラリと変わるとは思わなかった。あのちょっと変わった喋り方も、あれはあれで可愛かったんだけどなぁ」


 そんなことを言いながらリヒトは肩を落とした。

 喋り方なんて年を取れば自然に落ち着くものを、自分の一存で矯正してしまったことを彼はちょっと後悔しているらしい。


「それにしても、イリスはどこであんな喋り方を覚えてきたのかしら?」


 剣にしてもそうだ。イリスは私たちが教えていない、それもあまり聞いたことが無いような妙なことを時折口にすることがある。

 リヒトも落ち込んでいた顔を上げると、何かを思い出すように考え込む素振りを見せた。


「以前、図書館に通い詰めていた時期があっただろう。その時に英雄譚や騎士物語なんかを読んだんじゃないかな? 剣のことも、そこで知って憧れたんだと思うよ」

「そういえばそんな時期もあったわね。最近ではすっかり行くことが無くなったから、忘れていたわ」


 イリスを初めて図書館に連れて行って以来、そのあと何度も図書館に足を運んでは文字ばかりの本を取り出して、文字の読み方を私や司書のリブリーに訪ねていたのを思い出した。

 読んだ本を次々と写本していくので、綺麗な文字が書けるようになってからは、リブリーに頼まれて写本の仕事を手伝っていたとイリスから聞いた覚えがある。


 イリスに天の魔術の適性があった時は、ぜひ図書館司書の見習いに、とリブリーに詰め寄られた時は何の冗談かと思ったけれど、イリスはとても物覚えが良く、五歳の時点で既に大人が読むような本を読むことが出来るのだと聞いた時は耳を疑った。


 多くの子供たちは学校で読み書きを習うか、読み書きが出来るとしても絵本が読めたり、自分の名前を書くことが出来たりする程度だ。もしかしたらイリスは、勉強が好きなのかも知れない。


「イリスは頭が良いから、お城に上がって文官の仕事にも就けると思うのよね」


 図書館のエピソードを思い出した私がぽつりと呟くと、リヒトも首を縦に振って頷いた。


「確かに、イリスは武官より文官の方が似合いそうだね。水の魔術の適性が無くても、うちの癒術院に事務として見習い待遇で雇えないかな。他の誰を入れるより、僕の仕事の能率がぐっと上がるんだけど……」

「あなた、公私混同はダメよ」

「分かってる、言ってみただけだよ。僕にそんな権限も無いしね」


 リヒトはそう言って肩を竦めるけれど、さっきの言葉は半分以上本気だった。権限が無くても、彼はやる。

 結婚して九年目になる妻としての勘がそう告げていた。


 九年、か……


 そう、私がこの人と連れ添ってから、もう九年になるのだ。とても長かったような、あっと言う間だったような、不思議な気分だった。


「ねぇ、リヒト。来年、お祝いしましょうか」


 唐突な言葉だったけれど、リヒトは間違えることなく私の意見を汲んでくれた。


「十年目のお祝い……だね。ああ、素敵なお祝いにしよう」


 優しく微笑む彼の表情は、九年前と全く変わらない。どこか幼さを感じさせるのに、見る者を安心させる穏やかな笑みだ。


「今年はイリスの魔力登録のお祝い。来年は僕たちの結婚十年目のお祝い。再来年はイリスの七歳の入学祝い。毎年お祝い事が続くのって、とても幸せなことだよね」


 リヒトが指折り数えながら笑う。こういう時、私はこの人と結婚してよかったと心から思うのだ。


「その次は……イリスがお姉ちゃんになるお祝いかしら」


 驚いた顔のリヒトと目が合った。悪戯っぽく笑って見せると、彼もはにかみながら笑った


「それは、素敵なお祝いだ」

二人ともイリスが大切だから理解を示しているし、イリスが大切なので納得はしていません。


次回は木刀作りに動き出します

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