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剣豪童女の転生記 ~魔法の世界に生きた侍~  作者: あきなべ
第一章 無刀の剣豪
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剣士

 騎士団の訓練場を出ると、父様は少し寄るところがあると言って再び西通りの方へと引き返していく。

 西通りを少し下ると、貴族の屋敷にも負けないくらい立派な白い建物が見えた。中央に大きな棟があり、そこから廊下を通じて左右に別棟が備えられている。


 中央の建物の正面には、水面に浮かぶ葉とその中に突き立てられた杖の印が彫り込まれていた。この印には見覚えがある。家の薬箱にも同じものが彫り込まれていたはずだ。

 つまりここは医療施設だろうか。


 勝手知ったる様子で中に入っていく父様の後に続くと、受付に居た薄い水色のローブを着た高齢の女性が驚いた声を上げた。


「まぁ先生、今日はお休み取っていらしゃったのでは?」

「いや、ちょっと近くまで来たものだからね。すまないが野暮用を済ませてる間、娘の様子を見ていてくれるかい?」

「あら、その子がいつも先生が話してらした娘さんですか?」

「ああ、イリスというんだ。可愛いだろう? それにとても利口なんだ。きちんと言えば大人しく待っていてくれるよ」


 そう言って父様は儂を手近な長椅子に座らせると、すぐに戻ると言い残して建物の奥へ入っていってしまった。


 手持ち無沙汰になった儂は、改めて周囲をぐるりと見渡す。

 入り口すぐの広い部屋には、同じような長椅子が何脚も並べられていた。恐らくここは待合所だろう。


 ふと視線を感じて目をやると、先ほど父様と話していた受付の女性が 、ガラスで出来たコップと青い宝石の付いた筒状の道具を持ってこちらにやって来た。


  彼女が持っている筒状の道具は魔道具だ。


  井戸もないこの街では、水の魔術に適性がない者は水を汲むこともできない。そのため、火を灯したり水を生み出したりといった生活に直結する事象は、適性がない者でも魔力さえあれば行使できるように魔道具が用意されている。


 女性は魔道具で水を作ってコップに注ぐと、儂に向かって差し出してきた。


「喉は乾いてないかしら? 良かったら飲んでね」

「かたじけないのう」


 受け取ったコップを一気に煽ると、女性は少し驚いた顔をしていたが、すぐににこやかな笑みを浮かべてお代わりを勧めてきた。

 それを断ってコップを返すと、代わりに気になっていたことを質問する。


「ところで一つ尋ねたいのじゃが、お父様はここの先生なのかのう?」

「ええそうよ、リヒト先生は若くして優秀な術者だと貴族の間でも評判なのよ」

「そのような話は初耳じゃな……」


 儂の答えが意外だったのか、女性は頬に手を当てて首を傾げた。


「あらそう? 平民では珍しい癒しの魔術の使い手で腕もいいから、癒術院のリヒトと言えばそれなりに有名なんだけどねぇ。先生は恥ずかしがり屋な所があるから、あまり自分から言い回ったりはしないのかもしれないわね」


 なるほど、男は黙して語らずということか。

 いつも柔和に微笑む顔しか見たことが無かったが、意外にも父様は男気のある人だったらしい。


「あれ、なんでイリスがこんなところに居るんだ?」


 暫く女性と雑談を交わしていると、突如横合いから聞き覚えのある声を掛けられて振り向く。

 すると、そこにはベックとよく似た顔立ちの、ベックよりも赤みの濃い赤茶の髪色をした少年が立っていた。騎士団寮で暮らしているベックの兄、ランドルフだ。


 今日は休みではないのか、先程訓練場で見かけた騎士と同じ制服に身を包んでいる。


「ん、おお、久しいのうランディ。おぬしこそ何じゃこんなところで――いひゃいほ」

「相変わらずその変な喋り方は直んねぇのか。少しは年上を敬え」


 呆れた顔をしながら儂の頬をつねり上げるランディの手を払い、頬をさすりながら涙の滲んだ目でにらみつける。歳のせいか、この体は感覚が鋭敏で叶わない。


 不満たっぷりの表情で睨み付けていると、ランディが頬をつねっていた手とは反対の手で布を持ち、額を押さえつけているのに気づいた。抑えた布からは薄っすらと赤い染みが広がっている。


「なんじゃ、怪我をしたのか?」

「ああこれか。騎士団の訓練でちょっとな……新しく他領から招致した臨時顧問がえらく厳しいヤツでよ、ちょっと油断したらこれだ」

「ふむ、それは油断したぬしが悪いな。訓練とはいえ実戦と同じ心持ちで当たらねば、いざ実戦となった時に体が――ってこれ!何をする!」


 腕を組んで助言をしていたら、突然頭を押さえつけられた。 


「いーや、べつにぃ」


 そう言いながら頭を押さえた手で、わしゃわしゃと乱雑にかき回す。

 ようやく解放されたときには、髪は変に絡まり、頭が少しくらくらした。

 せっかく儂が年長者として助言をしてやろうというのに何という仕打ちか。解せぬ。


 そんなことをしている間に、用事を済ませた父様が戻ってきた。

 髪の乱れた儂と、隣に座るランディの姿を見て軽くため息をつくと、今までの様子をにこやかに見守っていた女性に声を掛ける。


「ありがとうツィオーネ、僕たちはこれで失礼するよ。ほらおいで、イリス」

「あ、お父様、ランディが怪我を……」


 父様が癒しの魔術を使えるのならば、ランディの怪我も治せるのではないかと思って声を掛けたが、儂が言葉を言い切る前に父様によって抱き上げられてしまう。

 儂を抱き上げた父様は、長椅子に座ったままこちらを見上げるランディを見下ろしながら、大層優し気な声を掛けた。


「訓練で怪我をしたんだってね? 怪我は不注意から生まれるものだ、訓練中はよそ見をしていてはいけないよ。幸い大した怪我ではないようで何よりだ。唾でもつけておけばすぐに治るだろう」


 一秒の注意を怠ったことで一生ものの怪我を負うこともあるのだ。訓練とはいえ危険に身を置く者は常にその心構えを持っていなければならないだろう。父様の言葉に儂が内心頷いていると、ランディにも伝わったのか妙に蒼白な顔でコクコクと頷いている。


 聞かん坊かと思っていたが、ランディもきちんと言葉を尽くせば理解するのだな。良いことだ。



 癒術院を出て、を抱き上げたまま家路に向かおうとする父様に、ふと、先ほど騎士団で剣を見た時に思い浮かんだ質問を投げかけてみた。


「お父様、木工工房で儀式用の剣のようなものを作ってもらうことはできませんか?」


 剣があるならば、それを作った職人が居るはずだ。仮に職人が居なくとも、形だけを真似た木剣ならば簡単に作れるのではないだろうか。


 そう考えた儂の質問に暫し目を瞬かせた父様は、一度視線を外して周囲にさまよわせた後、もう一度儂を見た。

 その瞳には明らかな動揺が浮かんでいる。


「えーと……イリスは剣が欲しい、のかい? 剣のような形をしたアクセサリーではなく?」

「騎士団で見たような剣ではなく、もっと簡単な形のものなのですが……わたしは、剣が欲しいのです」


 誠意を見せるために土下座をしようとして、父様に抱き上げられていたことを思いだす。

 せめて精一杯の誠意が通じるように真剣な面持ちで父様を見つめていると、父様から予想外の回答が返ってきた。


「それは、なぜだい?」


 これは困った。

 剣の無いこの地で、剣の道を歩むためと申し上げても、恐らく理解して貰えないだろう。

 前世では、剣とは戦うための力であり、何も持たぬ儂が生き永らえるための術であった。

 しかし、今世では剣以外にも戦うための力があり、両親の庇護もある。敢えて廃れたという剣を求める理由が無い。余人からすれば儂の願いは荒唐無稽に聞こえるのも分かる。


 それでも。


 それでも儂は、剣を求める。

 血風渦巻く戦場を、鋼が奏でる剣劇を、刹那の時に潜む生と死の邂逅を、どうしようもなく求めるのだ。

 たとえこの身が知らずとも、我が魂に刻み込まれた記憶が訴える。

 死の淵で見た一刀の冴えを。

 見えているのに見ることが出来なかった、あの一太刀を。

 どんな説法よりも雄弁に語ってくれた剣聖の一振りを。

 儂は未だ、その域に至ってはいない。

 そう、生まれる前から決まっていたことだ。

 この身が鍛錬を覚えていなくとも、この世に刀が無かったとしても、

 儂の魂はすでに、剣士なのだ。


「わたしが、一人の剣士だからです」


 儂の答えを聞いた父様が、何かを言いたそうに口を開き、何も言わずに閉じる。

 儂はただ黙って、父様の言葉を待った。

 見返す父様の瞳は、真っ直ぐにこちらを見つめている。

 曇りなく、感情もなく、穏やかに凪いだ瞳はまるで、罪人の告解を聞く神父のようだ。

 せめて理解はされずとも、誠実であることは伝わって欲しいと思い、こちらも真っ直ぐに見返す。

 父様の瞳に映るイリスの表情が、不安げに揺れた。


「君は……いや、イリスは、騎士団に入りたいのかい?」

「それは……」


 どうなのだろう。


 確かに武力を求める以上、それを使う場が必要だ。

 この街では悪人を取り締まったり、街壁の外に出没する害獣の退治など、主に武力を行使する役割は騎士団が担っている。

 しかし、数は少ないが街道を行き来する商人を護衛するための傭兵なども存在するし、マギアシュタットでは聞かないが、他領では戦争をしているところもあるかもしれない。


 正直に言えば、武を行使する機会が多ければ多いほど、危険が高ければ高いほど、それは己の糧となるのだ。余計なしがらみのない、前世と同じ根無し草な生活を望む気持ちはある。

 それでも、その気持ちをそのまま父様に伝えることを憚る気持ちがあるのも確かだ。


 結局、出てきた答えは保留だった。


「それは……まだ分かりません。わたしに何ができるのか、それすらまだ分かっていません。今の状態で、何かを決めることはできません」

「それでも、イリスは剣を取ることを望むんだろう?」

「はい」


 今度は即答する。

 それは紛れもない、儂の望みだ。

 たとえ何になろうとも、剣を取らずに生きる己の姿は浮かばなかった。


 父様は黙ったまま儂を見つめている。

 真意を探るように。本質を見極める様に。

 周囲に喧騒はあるのに、沈黙がやけに耳に痛い。

 数秒が何時間にも感じられる感覚の中、やがて父様は一度深く目を閉じてから、柔らかく微笑んだ。


「分かったよ。他ならぬ可愛い娘のお願い事だ、協力しよう」

「お父様!」

「ただし」


 感謝を述べようとした瞬間、ピシャリと父様から声がかかる。

 表情を引き締めた父様が、真剣な眼差しで見つめながら言う。


「僕としては、正直に言って反対だ」


 先ほどとは正反対の言葉に、儂の動きが止まる。

 目を瞬かせる儂を前に、父様は言葉を続けた。

 

「イリスに戦う力なんて必要ない。愛娘を進んで危険な目に合わせたがる親なんて居ないからね。だから」


 そこで一度言葉を切ると、少しだけ険しい表情を緩めた。


「僕からの協力は君に手を貸すことじゃない。君に反対をしないこと、そして君を反対にあわせないことだ」

「それは――」


 つまり、たとえ母様が反対したとしても、父様は儂を肯定し、母様の説得に力を貸してくれると言っているのだ。

 自分も反対したいだろうに、儂の自由を認め、誰にはばかることなく自分の力を最大限試してみなさいということだ。

 父様の気遣いに、思わず目頭が熱くなるのを感じた。

 そんな儂の顔を見て苦笑いを浮かべた父様は、念を押すように繰り返す。


「知りたいことがあれば、いつでも聞きに来なさい。悩んだ時は相談に乗るよ。母さんも、反対はするだろうけど、それくらいは聞いてくれるさ。でも、僕は一切手を貸すことは無い。反対しないことが、最大限の協力だ。いいね?」

「――っはい!」


父様に木剣作りの許可を貰いました。

次回は木工工房へ行きます。

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