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剣豪童女の転生記 ~魔法の世界に生きた侍~  作者: あきなべ
第二章 領民学校の問題児

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お母様のお料理教室 後編

 予定よりも大量になってしまった荷物を二人で抱えながら家に帰り着くと、持ち帰った食材を貯蔵室と氷室に片付けてからさっそく昼餉の支度に取り掛かった。

 二人で前掛け(エプロン)を付けて調理台の前に立つと、母様はてきぱきと料理に使う道具を取り出して並べていく。

 それを横目に儂は食卓の方から椅子を一脚運んできた。

 儂の背丈では調理台の上が見えないからだ。


「まずはカトフを蒸しちゃいましょう。イリス、このお鍋に水を張って頂戴」


 はい、と母様に二重底になっている鍋を手渡された。

 中の底には幾つもの穴が開いており、下の鍋と分離して取り外せるようになっているようだ。

 儂は中底の鍋を取り出して、一番底の鍋に給水の魔道具を使って水を入れていく。


「次にお鍋に張った水を火にかけて沸騰させるわよ。イリスはコンロの使い方は知っているかしら?」


 そう言って母様が指差した先には、平台の様な形をした表面に小さな火の魔石が何重も円を描くように敷き詰められた魔道具があった。

 全く同じものが隣にももう一つ見える。

 二口(ふたくち)コンロというやつだろうか。


「いえ、知りません」

「じゃあ説明するわね。この小さな火の魔石は魔力を込めると込めた分だけ熱を発し続けるの。魔力を込める魔石の数と魔力の量で火力と時間を調節できるわ」


 試しに母様がコンロの上をくるりと円を描くように指でなぞると、触れた箇所の魔石が赤く灯った。


 魔石には魔力を貯めておける物と貯めておけない物の二種類がある。

 前者は目の前のコンロ以外に、暖炉の薪代わりに使う暖熱の魔道具や、照明の魔道具などが、後者はよく使う給水の魔道具や、風刃の魔道具などが該当する。

 以前、風呂を温めるのに使う暖熱の魔道具も魔力を貯められるものにしないのかと聞いたことがあったが、魔力を貯めておける魔石は常時供給する物よりも高価なのだそうだ。

 恐らくこのコンロも、結構な値段がするのだろう。


「もし魔力を込め過ぎちゃったら、こっちの透明な魔石を当てて魔力を吸い出してね」


 母様は小さくて透明な魔石が先端についた棒を手に取ると、コンロの上の魔石に重ねるようにして置く。すると、触れた部分の魔石に灯っていた赤い光が消えた。

 代わりに、透明の魔石が薄っすらと輝きを放っている。


 後で聞いた話しだが、透明の魔石というのは魔力を貯めたり吐き出したりという用途にしか使えない物らしい。

 火の魔石から吸っても水の魔石から吸っても、全てただの魔力になってしまうのだとか。

 その性質を利用して、貴族が領主に献上する魔力もこの透明の魔石に込められて贈られるそうだ。


「量の感覚はやりながら覚えていくしかないけれど、今回はお湯を沸かすだけだから全部に込めれば良いわ」

「分かりました」


 儂は言われた通りコンロの上に手を置いて全体を撫でるように触りながら魔力を込めていく。


 む、結構魔力を食うな……


 全体に満遍なく魔力を込めていくと、体内の魔力残量が明らかに減っていくのを感じた。

 これは儂の魔力量が少ないせいだろうか。

 無適性は魔力量が少ないと父様も言っていたし、そうなのかも知れない。


 全ての魔石に込め終わると、その上に先ほど水を入れた鍋を置いて蓋を閉める。


「お湯を沸かしている間にカトフを洗って同じ大きさになるように切り分けましょう。切る時は指を切らない様に気をつけてね」


 籠の中からカトフを取り出しては給水の魔道具を押し当てて次々に洗っていく。

 一通り洗い終えると、今度は風刃の魔道具を使って蒸し上がり時間が同じになるよう大きさを合わせて切りそろえていく。

 風の刃は刃物と違って指を添えて切ることが出来ないが、その代わり触れさせるだけで引っかかることも無くするすると切れていくのでとても切りやすい。

 そのため、うっかり自分の指まで切ってしまいそうで怖いのだが。


 こんな切れ味で指を切ったりでもしたら、簡単に指が落ちるじゃろうな……


 儂はいつもよりも慎重にカトフを切り揃えると、穴の開いた鍋の底に重ならない様に並べて置いた。すると母様が、一枚の葉野菜を取り出して儂が並べたカトフの下に敷き始めた。


「こうすると蒸し上がった時にカトフが鍋底にくっ付かないのよ」

「おおー」


 主婦の知恵に感心してぱちぱちと手を叩くと、母様はえへんと得意げに胸を張った。

 その光景が何だか可笑しくて、二人揃って声を漏らして笑い合う。


「さ、もう一つのコンロでスープの方を作っちゃいましょうね」

 

 今度は寸胴鍋を取り出した母様は、鍋の中に水を張ってから、どこからか取り出した大量の野菜くずを入れだした。

 剥いた時の皮やきのこの石突など普段は食べない様な部分を入れているが、どうするのだろうか。


「それも食べるのですか?」

「これは旨味を取るだけよ。暫く茹でたら一度漉して、茹で汁をスープに使うのよ」


 出汁を取るようなものだろうか。

 そう考えた儂は、先ほど貰って来た食材の中に海産物の乾物があったのを思い出した。

 もしかしたら、今ある材料で茶碗蒸しが作れるのでは……


 チーズと乳と塩胡椒で味付けされた卵料理も嫌いではないが、やはり時折無性に和食が恋しくなる。

 せっかく母様監督の元で料理を教わっているのだ。母様にも協力して貰えれば、茶碗蒸しを再現することも不可能では無いだろう。

 それにもし上手く出来れば、今後も母様に茶碗蒸しを作って貰えるようになるかもしれない。


 儂は母様が取った野菜の茹で汁に刻んだ野菜とベーコンを入れて蓋をすると、スクランブルエッグに取り掛かろうとする母様を呼び止めた。


「お母様、一つ試してみたい料理があるのですが、作ってみても良いですか?」

「あら、イリスは料理初めてじゃ無かったかしら?」

「ええと……リブリー先生の所で見かけて、美味しそうだったので作ってみたかったのですが……駄目でしょうか?」


 もちろん嘘だ。が、前世で作ってましたなどと言える訳がない。

 リブリー先生の図書館に料理の本があったかは定かでは無いが、先生以外に蔵書目録を覚えている人など居ないのだ。ここは自信を持って法螺を吹かせてもらおう。

 母様もそれで納得したのか、それ以上深く尋ねることは無かった。


「良いけれど……どんな料理なのかしら?」

「茶碗蒸しという、卵に出汁と具材を加えて蒸した料理です。先ほどの乾物を少し頂きますね」


 儂は母様から了承を貰うと、乾燥した昆布を手に取って水を張った鍋の中に入れた。

 暫くはこのまま放置して出汁を取るのだ。


 そうこうしている間に蒸し上がったカトフを取り出すと、皮を剥いて木べらで押し潰す。

 潰したカトフに砂糖と塩胡椒を加えて混ぜ合わせ、更に刻んだハムと輪切りにした胡瓜の様なグーケという野菜を混ぜ合わせてカトフのサラダは完成だ。


 その間に良く煮えていた野菜スープを火から下すと、代わりに水につけていた昆布の鍋を火にかける。

 そして沸騰するまでの間に適当な魚の切り身の乾物を削って、削り節を作っておく。


 この魚がかつおかどうかは知らんが、まぁ魚なら大丈夫じゃろう。


 典型的な料理下手の人間の思考だが、かと言って確かめるには作ってみるしかないのだから仕方がない。

 一応赤身の魚を選んだので、そう酷い結果にはならないと思いたいが……

 とはいえ不味い物を両親に食べさせる訳にもいかないので、量は一人前にしておいた方が良さそうだ。


 昆布を入れた鍋が沸騰する直前に昆布を取り出してから火を止めて、少し置いてから謎の魚の削り節を加えて更に少し待つ。

 その後布を張ったざるで漉せば、出汁の完成だ。


「へぇ……海藻と魚から出汁を取るのね」


 儂の作業を興味深そうに覗いていた母様が、そんな感想を漏らした。


「はい……本当にこの魚で合っているのか分かりませんが……」

「……イリス?」


 母様の胡乱な視線が突き刺さる。

 違うのです、決して食べ物で遊んでいる訳ではないのです、和食が食べたかっただけなのです、信じて。


 母様の視線から逃れるように顔を逸らすと、器に卵を割り入れて泡立てない様に混ぜ棒で混ぜ合わせる。

 混ぜ終わった卵に先ほど取った出汁を加えようとして、儂はあることに気が付いた。


 そう言えば、この世界にはみりんと醤油が無いのでは……


 みりんを作ろうにも米の無いこの世界に日本酒などあるはずもなく、醤油に至っては原料の大豆がそもそも存在しない。

 最悪みりんに関しては料理酒に蜂蜜を交ぜて代用出来るかも知れないが、醤油ばかりはどうしようも無かった。代用品が見つからない。

 

 くうぅ、醤油! やはり醤油か! 醤油無くして和食は完成せんのか!


「い、イリス……? どうしたの?」


 突然頭を抱えて懊悩(おうのう)しだした儂を見て、母様が若干引き気味な様子で尋ねる。


「い、いえ……醤油という調味料が必要だったことを思い出しまして……お母様、うちに醤油はありますか?」

「ショウユ……? 聞いた事無いわね……とりあえず、代わりになるものが無いかうちで使っている調味料を全部出してみましょうか?」

「はい、お願いします」


 儂が頷くと、母様は棚の中から次々と小瓶を取り出しては調理台の上に並べていく。

 液状のもの、粉末状のもの、中にはゲル状で黒くて小さい目玉のようなつぶつぶが付いているものまであった。しかも何か蠢いているように見える。

 あれは本当に食べ物なのだろうか……


「イリスは、その醤油という調味料がどんな味か分かるのかしら?」

「は、はい、食べれてみれば分かると思います」

「そう。じゃあ、順に味見してみましょうか」

「そ、そうですね……」


 母様の言葉に同意しつつ、儂はもう一度ゲル状の調味料が入った小瓶を見る。

 蠢いている。間違いなく蠢いている。


 え、儂、今からあれを食べるの……?


 背中からダラダラと嫌な汗が流れ始めた。

 突然和食が食べたいなどと馬鹿なことを考え付いた数刻前の自分のそっ首を叩き切ってやりたい。

 ちらりとゲル状の調味料を窺う。

 何故だか目が合った様な気がした。


 見てる!絶対見てる!


「お、お母様……」

「どうしたの? 泣きそうな顔しちゃって」

「あ、あの……味に集中したいので、目を瞑っていても良いですか? その、食べさせて貰えると……」

「あらあら、じゃあ順番にちょっとずつ食べさせてあげるわね」


 うちの棚から出てきたのだ、今までだって食べていたかも知れない。そして母様の料理はどれも美味しかった。ならば食べても問題ない物なのは間違いない。

 要は見た目だけの問題なのだ。

 見なければ、それと分かりさえしなければ……問題無いのだ。


 女々しいと笑わば笑え! だって儂、今は女子(おなご)じゃし! 


 心の中で開き直って目を瞑って口を開けると、調味料を小匙に取った母様が「いくわよー」と声を掛けながら舌の上に垂らしていく。


 油っぽいもの、すうっとするもの、舌が痺れるもの、色々なものを味わいつつ水で流し込んでいく。

 やがて水を飲み過ぎて腹がたぽたぽになり始めた頃、儂が求めていた醤油の味が口の中に広がった。


「お、お母様、これです! これ!」

「あら、ソレイスが近いのね」


 求めていた味に興奮して目を開けると、小匙を手に持った母様の顔が正面にあった。

 その手に持たれた小瓶の中身を見た瞬間、儂は速やかに意識を失った。


 やっぱり……ゲルじゃった……



「イリス……イリス……?」

「……はっ!?」

 

 儂が目を覚ますと、目の前には先ほどと同じく小匙を手に持ったままの母様の姿があった。

 どうやら意識を手放していたのは一瞬だけだったらしい。

 儂は一度眉間に皺を寄せて考え込む素振りを見せると、ゆっくりと顔を上げた。


「お母様……」

「……どうしたの?」


 儂が真剣な顔をして母様を見つめると、母様も緊張した面持ちを浮かべる。

 少しの沈黙、やがて儂は重々しく口を開く。


「茶碗蒸しは諦めましょう」

「……え?」


 これは敗北ではない、戦略的撤退である。

 料理は茶碗蒸しだけでは無いのだ、醤油を使わない和食だってきっとあるはずだ。儂は知らないが。

 儂がそう判断して撤退を宣言すると、一瞬唖然とした表情を浮かべた母様だったがすぐに真剣な顔つきに戻って儂の両肩を掴んだ。

 目が座っている。


「イリス……あなた食べ物を粗末にするつもりじゃ……」

「ごめんなさい、何でもありません、作ります」


 母様の空模様が暗雲に包まれたのを察知した儂は、すぐさま前言を撤回した。

 敵前逃亡は即打ち首だ。一介の足軽たる儂に、母様大将軍に逆らう術などありはしない。

 ゲル状の謎調味料よりも母様の雷の方が余程怖いのだ。


 儂は覚悟を決めると、料理酒に蜂蜜を加えてみりんもどきを作り、先ほど解いた卵に出汁、みりんもどき、ソレイス、塩を少しずつ加えながら混ぜ合わせる。

 混ぜ終わったものをもう一度布とざるを使って漉して、漉した卵液を陶器の器に注ぎ込む。

 きのこや山菜を細かく刻んで陶器の中に入れたら、それを蒸し鍋の中に入れて暫し待つ。

 暫く弱火で蒸した後、陶器の器を揺らしてみて中が固まっているのを確認したら完成だ。


 出来上がった茶碗蒸しを取り出すと、恐る恐る匙で掬って一口食べる。すると、前世で食べた味とは多少異なるが、概ね茶碗蒸しだと分かる味になっていた。

 口当たりの滑らかな卵の食感と共に、出汁と醤油の風味が口の中に広がる。

 特別美味しい訳でもないが、久しぶりに食べた懐かしい味に何だか心落ち着くものを感じた。


「イリス、お母さんにも一口食べさせて頂戴」


 茶碗蒸しをつつきながら顔を綻ばせている儂の様子を見た母様が、あーんと軽く口を開けた。その中に一匙掬った茶碗蒸しを入れる。

 暫くもむもむと口の中で味わっていた母様だったが、やがて嚥下すると表情を明るくした。


「あら、美味しいじゃない。どうなるか心配だったけど、ちゃんと出来てたのね」

「はい、お母様のお陰です」


 途中挫折もしかけたが、結果的には上手く行って良かった。

 そしてもう暫くは作ることも無いだろう。

 儂がゲル状の調味料を横目で見ながらそう硬く心に決めていると、そんな儂の決意をあざ笑うかのような提案が母様から飛び出した。


「お父さんにも食べさせてあげたいし、お夕飯の時にも作ってくれるかしら?」

「え?」

「イリスが作ったって知ったら、お父さんきっと喜ぶわよ。ね?」


 純然たる善意に輝く表情で小首を傾げる母様を前に、儂は己の退路が既に存在しない事を悟った。

 もはや三十六計など何の役にも立たない。

 勝てぬ相手を前にして、なお逃げる道が存在しない場合どうするか。

 答えは簡単だ。

 神頼みである。


「ソ……ソウデスネ」


 最速で訪れた再戦の機会を前に、儂は心の中で膝を折った。

父様は食べるのが勿体なくて暫く食べられませんでした。


次回、無適性の子供たち

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