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剣豪童女の転生記 ~魔法の世界に生きた侍~  作者: あきなべ
第一章 無刀の剣豪

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マギアシュタットの冬

 イリスに剣を習い始めてから一年近くが経った頃。

 温暖な気候のマギアシュタットにも、徐々に肌寒い風が混ざり始めてきた。

 本格的な冬の到来だ。

 

 マギアシュタットを巡る季節は、一年の内に二つある。

 一の月から八の月まで続く春と、九の月から十の月まで続く冬の二つだ。

 冬になると、マギアシュタットの街やその周辺の街道は深い雪に覆われるため、行商人の出入りが全くと言っていいほど無くなる。

 そのため市場は立たなくなり、かといって森へ狩に行くことも出来ず、人々は各々の家に食料を溜め込んで、冬籠りをしなければならなくなってしまう。


 しかし、騎士団にとっては冬こそが一番忙しい季節だ。


 マギアシュタットの領地はその多くが丘陵地帯だが、西の方の端の一部に山脈を含む部分がある。

 冬になるとこの山脈も雪化粧を纏うため、山に住む魔獣が食料を求めて近隣の街へと下りてくるのだ。

 山近くの街を治める封臣貴族も私有の騎士団で防衛に当たっているが、それだけではとても防ぎきれないため、毎年マギアシュタットの街から多くの騎士が討伐隊として派遣されることになっていた。

 通称、冬の遠征だ。

 これこそが騎士団で最も大きな仕事であり、一人前を夢見る見習い騎士たちにとって、まさに憧れの任務だった。


 

「うぅ~、さみ」


 詰所の上に用意された騎士団寮の男子棟の一室。

 二人一組で押し込められた部屋の二段ベッドの下で、俺は布団に包まれながら、迫りくる冬を肌身で感じていた。

 朝の鐘が鳴る前の、まだ周囲が薄暗い時間に目を覚ました俺は、体に纏わりつく眠気を振り切ってベッドから降りると、騎士団の制服に着替えてから木刀を持って部屋を出る。

 薄明りに照らされた廊下はしんと静まり返っており、人の気配は全くない。

 皆、まだ寝ているのだろう。


 音を立てないように気をつけながら廊下の奥にある階段を下りていくと、やがて下りきった先にある食堂から明かりが溢れているのが見えた。

 食事の時間はまだまだ先なのだが、既に寮母達は朝食の準備を始めているらしい。

 騎士団寮には食べ盛りの男が多いし、用意をするのも大変なのだろう。


 俺は朝食のメニューに思いを馳せながら、一階の廊下を進んでいく。

 途中、食堂の隣にある詰所の中で、夜番の同僚が待機しているのが見えたが、声をかけるのは止めておいた。

 どうせ暇つぶしのお喋りに付き合わされるだろうし、何より朝稽古の時間は貴重なのだ。


 そうして詰所の脇から伸びる渡り廊下を抜けると、騎士団寮に併設された訓練場に出る。

 日中は多くの騎士たちが集まって訓練をしている場所も、この時間なら誰も居ない。

 そんな貸し切り状態の訓練場に立つと、俺は持ってきた木刀を構えて早速素振りを始めた。


「一、二、三、四……」


 前後への送り足を繰り返しながら、黙々と木刀を振り続ける。

 最初のうちは素振りをする度にイリスに口うるさく注意されたものだが、最近では指摘されることも随分と少なくなった。

 一緒に習い始めたベックよりも早く素振りの許可が下りたのは、俺の密かな自慢だ。

 あいつには魔術の才能があるのだから、わざわざ剣なんて持たずにそっちの方を伸ばせば良いのに、といつも思う。

 

「五、六、七、八……」


 目の前に居る、想像のイリスに向けて木刀を振るう。

 剣を教わる中で何度かイリスと寸止めで地稽古を行う機会があったが、どうやっても三合以上は持たなかった。

 その三合も、俺に力の流し方を教えるためにわざと受けたのだと言うのだから、全く憮然とする。

 

 あいつも、こうして早起きして素振りしてんのかな……


 少しでも追いつきたくて始めた朝練だが、いつまで経っても追いつける気がしないのは、あの稽古狂いの剣バカが木刀を置いて寝こけている姿が想像できないからだろうか。

 木刀を作ってからのイリスは、本当にいつ会いに行っても何かしらの稽古をしているのだ。

 その熱量を少しでも女らしく振舞うことに費やせば、もう少し見た目とのギャップも減るだろうに。とは思っても言わない。

 どうせ言っても無駄だ。


「今日も熱心だねぇ、ランディ君」


 突然後ろから声を掛けられて振り向くと、訓練場の入り口に誰かが立っているのが見えた。

 やや寝癖の付いた茶髪を掻き上げながら眠そうな垂れ目を更に細めたこいつは、俺の同期でルームメイトのキンブロンだ。

 いつからそこで見ていたのか、腰に手を当てて呆れたような感心したような、曖昧な笑みを浮かべている。


「キンブロン。悪ぃ、起こしたか?」

「いいや、腹が減って勝手に目が覚めただけさ」


 そう言ってキンブロンは自分の腹に手を当てる。

 つられて俺も腹に手を当ててみれば、ぐぅと腹の虫が鳴く音がした。

 集中していて気付かなかったが、結構な時間が経っていたようだ。


「もうじき朝の鐘が鳴るだろうし、そろそろ切り上げたらどうだい?」

「ああ、そうする。ちょっと木刀置いてくるから、先に行って席取っといてくれ」

「ついでにシャツも替えた方が良いんじゃない? 女性陣にまた臭いって言われるよ?」


 キンブロンに言われてシャツを摘まんでみると、すっかり汗で濡れてしまっていた。

 貼り付く感触はやや不快だが、火照った体には濡れたシャツの冷たさが心地良い。


「どうせ訓練後には全員汗臭くなってんだから、一緒じゃねぇか……まぁ、風邪ひきそうだから着替えてくるけど」


 自分たちだって汗まみれになるくせに、なぜ他人の汗だけ臭い臭いと騒ぎ立てるのか。

 相変わらず女の考えることはよく分からない。そう考えて、一人だけ例外を思い出した。

 

 そういやイリスは、一度も汗臭いとか言わなかったな……



 自室に戻って着替えを済ませると、丁度朝の鐘が鳴り響いた。

 廊下に出れば先ほどと違って、俺の他にも食堂に向かう顔がちらほらと見える。

 俺も階段を下りて食堂へ入ると、二人分の席を確保していたキンブロンが、俺に気付いてカウンターの方を指さした。

 先に取って来いと言うことだろう。


 騎士団寮の食堂はビュッフェ形式だ。それも作り切りで補充は一切無い。

 食べ盛りの男たち相手に、リクエストなど聞いていられないということなのだろうが、そのせいで肉類や人気料理は売り切れるのが早かった。


 俺はカウンターの横からトレーと食器を手に取ると、全ての大皿から一掴みずつ取っていく。

 厚切りベーコンだけ二掴み取ってからキンブロンの所に戻ると、その頃には食堂も混み出しており、大皿の前には既に人集だかりが出来ていた。


「悪ぃ待たせた。交代な」

「良いさ。もし売り切れてたら、そのベーコン一つくれるんだろう?」


 キンブロンは俺のトレーに乗ったベーコンを指差してニヤリと笑うと、カウンターへと歩き出す。

 元からそのつもりで二掴み取ってきたのだが、見通されているようでなんだか癪だ。先に食べてしまおうか。

 そんなことを考えていると、暫くしてキンブロンが戻ってきた。

 ベーコンは無事に確保できたようだ。


 がやがやと雑談が飛び交う中で、二人向かい合わせで食事を始める。

 最近の話題は専ら、冬の遠征に関してだ。

 今年の遠征隊は誰が選抜されるのか、様々な憶測や噂が飛び交っている。


「ランディもやっぱり冬の遠征には参加希望かい?」

「そりゃあ、騎士団に居て冬の遠征に参加したがらない奴は居ないだろ。お前みたいな例外は別として」


 騎士団に集まるのは、どいつもこいつも戦うことが好きだったり、強くなることに喜びを感じたりするような奴らだ。

 もちろん、街の治安を守るために入団する奴も居るには居るが、実際の所はそれほど多くない。

 キンブロンは、そんな少数の一人だった。


「そもそも俺みたいな見習い一年目は選考外だろうけどね。ランディはこの前森に出た、はぐれ魔獣の討伐任務にも参加してたし、候補くらいには入ってるんじゃない?」

「あぁ……」


 キンブロンに言われて、俺は森にイェグタンを討伐しに行った時のことを思い出す。

 あれは初めての討伐任務で、初めての失敗を経験した、苦い思い出だ。



◆◆◆


 はぐれイェグタン討伐隊は、五人一組の班が十組の計五十人が編成された。

 俺は初参加ということもあり、その当時、騎士団の臨時顧問として他領より招致されていた、シュテルバート顧問の率いる第一班に加わることになった。


 事前に顧問から説明された作戦はこうだ。 

 まず目撃位置を知っている俺が一班を先導し、イチェの木の場所へ辿り着いたら他の班に合図を送る。

 それを受けた他の班は、一班の周囲を取り囲むように広く展開する。

 後は一班が包囲網の中を索敵しつつ、周囲の班はイェグタンが包囲網を抜け出さないように警戒する。というものだった。


 討伐任務を行う部隊は、それ専用の装備を身に纏うことが許されている。

 普段はチェインメイルの上に直接着ているサーコートの下には胴鎧(ブレストプレート)を装着し、両腕には厚革の上に板金を貼り付けた肘までを覆う腕甲(ヴァンブレイス)を嵌め、手指には革で出来た手袋(グローブ)を嵌める。

 両足は太腿をズボンの腰紐から吊るした大腿甲(キュイス)で覆い、膝から脛まで覆う脛当て(グリーヴ)を嵌め、足先は金属板を貼り合わせた鉄靴(サバトン)を履く。これらも板金の下には厚革が貼られているため擦れて痛くなる様な事はない。

 最後に大聖堂の女神像が抱えている杖を模した長杖を持てば、準備は完了だ。

 

 初めて着る討伐用装備に感動していると、同じように討伐用装備に着替えた顧問が俺の肩を叩きながら言った。


「ランドルフ、初任務で緊張するだろうが落ち着いていけ。君は、我々を目撃場所へ連れて行くだけでいい」

「え、でも……」

「討伐は我々が行う。良いな?」

「……はい」


 顧問の言葉に、俺は内心で不満を感じていた。

 イリスだって恐れずに立ち向かっていたんだ。俺だけ他の騎士の後ろに隠れてじっとしているなんて出来るわけがない。

 なにより、イェグタンは火の魔術を恐れていた。ならば、俺だって戦うことが出来るはずだ。

 イリスと二人だけで撃退出来たことに気を大きくしていた俺は、そう信じて疑わなかった。


 森に到着すると、俺は他の騎士を連れてイェグタンを目撃したイチェの木の場所まで進んでいく。

 暫く進めば、昨日イリスと訪れた時と何も変わらないままのイチェの木が姿を現した。根元に置いてある壊れた石斧もそのままだ。


「ここか?」


 顧問の短い問いかけに俺は頷いて答える。

 

 イチェの幹についたイェグタンの爪痕を見た顧問は、顎に手を当てて何かを考えた後、少し離れた場所で待機していた他の班の元へ向かった。


「当初の予定通りニ班から十班はこの木を中心に展開しろ。敵はさほど大きい個体ではないが、発見したら単独での交戦は避け、必ず発煙の魔道具を使うように」

「はっ」


 顧問の指示を受けて、他の班が周囲へと散開していくのを見送る。

 他の班が展開し終わるまでその場で待機した後、俺達もイェグタンを探すために行動を開始した。


 俺たちの隊列は、俺を中心に先頭を顧問が、左右と後ろを他の隊員が固めるという、どう見ても俺を警護している様にしか見えないものだった。

 見習いとはいえ俺だって騎士だ。だが、顧問は俺を騎士としては見ていなかった。

 そのことが更に俺を苛立たせた。

 

 索敵をしつつ森の奥へ進むと、イェグタンの爪痕が刻まれた木を何本か見つけた。

 顧問が言うには、これはイェグタンの群れが縄張りを示すために付けるものらしい。

 しかし、群れにしては爪痕が付けられた木がまばらなことと、刻まれた爪痕の癖がどれも同じようなものであること、そして本来この時期に群れは居ないことから、今回のイェグタンがはぐれの一匹だと判断したのだと言っていた。


「近いぞ、気をつけろ」


 先頭を歩く顧問が注意を促すと、他の騎士達も緊迫した空気を纏う。

 

 俺は辺りを注意して見回しながら、ふと、昨日イェグタンに襲われた時の事を思い出していた。

 あの時イェグタンは、木の上から降りてきてイリスに襲い掛かっていた。もしかして今回も樹上に居るのではないか。


 そう考えて視線を上げれば、少し離れた所に立つ木の枝葉の影に、白い毛皮が潜んでいるのが見えた。


 居た!


 そう思った時、俺は咄嗟に魔術を発動する準備をしながら、攻撃できる位置まで走りだす。

 

「――ッ!? おい! 待て!」


 突如走りだした俺の後を顧問が追いかけるが、俺の視線の先にあるものに気付いたのだろう。すぐに顧問も魔術の準備をするのが分かった。

 それと同時に、樹上に居たイェグタンも魔力の反応に気付いたのか、こちらに視線を向けて飛び掛かってきた。


 しかし、遅い。


 既に狙いを定めた俺は、流した魔力を発現させるために詠唱を紡ぐ。


『勇猛なる炎よ 我が手に宿りて敵を撃て 我に害成す不逞の輩を 灼熱の顎にて貫かん』


 詠唱を終えると俺の手を伝って長杖の先に赤い光が灯る。それをイェグタンに向けると杖の先端から鋭く尖った炎が三本現れ、イェグタンに向かって射出された。

 炎の牙は三本ともイェグタンに直撃し、俄かにその身を炎で包む。

 

「よしっ!」


 俺は手応えを感じて拳を握ると、どうだと言わんばかりに後ろに居る顧問を振り返った。

 俺が後ろを向くのと、駆け出した顧問が俺の横をすり抜けるのは同時だった。


『風よ 刃となれ』

 

 背後で顧問の短い詠唱が聞こえたかと思うと、突然生暖かい雨が背中に降り注いだ。

 慌てて向き直ると、俺の目の前には、右腕を大きく振り上げたまま固まっている首の無いイェグタンの姿があった。

 断ち切られた首の断面からは、噴水の様に血しぶきが吹きあがっている。

 どさり、と遠くで首の落ちる音がした。

 

「う、うわぁ!」


 驚いた俺はその場に尻餅をついて後退った。

 そんな俺を冷たく見下ろす顧問と目が合う。すると顧問は、顔を忌々し気に歪めて吐き捨てるように言った。


「なぜ、先行した」


 顧問の右手には、先ほどイェグタンの首を斬り飛ばした風の刃が宿っている。それが、返答次第では斬ると言っているように見えて、俺は乾いた喉を鳴らした。

 答えなければ。それは分かっているのに、ひりついた喉は声を上げることを許さない。

 暫く俺を見下ろしていた顧問は、俺が答えられないことを悟ると興味を失くしたように視線を外した。

 

「答えられないならいい。任務は終了だ。第一班、今すぐ街へ帰還しろ。後は私と他の班だけで十分だ」


 そう言い捨てて、顧問は残敵の確認のために索敵を再開する。

 俺は他の騎士に支えられながら、街へと帰還することになった。

 事実上の解任宣告だった。


 イリスの話を聞いて、恐怖を理解した気でいた。

 イェグタンが火を恐れると知って、炎の魔術なら倒せると思っていた。

 注意されていたのに、勝ったつもりで目を離した。

 

 その結果がこの様だ。


 俺はなによりもまず、自分の弱さを理解しなければならないと痛感した。


◆◆◆



 任務途中で帰還させられた悔しさと、当時の己の無謀さを思い出し、俺は苦笑を浮かべながらキンブロンに答える。


「いや、俺は候補には入ってないよ」

「……例の、特別訓練の件か? 噂じゃ懲罰訓練なんて言われてるけど」


 キンブロンは俺の変調を察して、声を潜めてそんなことを言った。

 確かに、見習い一年目が討伐任務に参加したと思いきや、任務途中で早々に帰還し、次の休息日にいきなり特別訓練を課せられたのだから、懲罰訓練と思われても仕方がない。

 顧問は明言しなかったが、特別訓練の後から顧問の俺に対する対応が目に見えて厳しくなったので、皆の言う通りあれは懲罰だったのだろう。


「罰も罰。大罰さ。何度死ぬかと思ったか分からねぇよ」


 俺が努めておどけて見せると、キンブロンも俺が大して気にしていないと察したのか、少し肩の力を抜いた。


「でも、顧問はもう居ないんだし、ランディにもチャンスはあるんじゃない?」

 

 そう言ってキンブロンはもう一度詰め寄る。

 確かにシュテルバート特別顧問は先月任期を終えて自分の領に帰っていった。しかし、顧問が残していった評価は今の騎士団長にもしっかりと受け継がれている。

 それを差し引いたとしても、今の俺の実力で冬の遠征に選抜されるとは、到底思えなかった。


「おい、冬の遠征のメンバーが張り出されたぞ!」


 突然、食堂の扉を勢いよく開けた騎士が、大声でそんなことを叫んだ。

 がやがやとした雑談の声が一瞬だけ静まり、すぐに今まで以上の音量で賑わいだす。

 そのうちの何人かが食堂を出て行く姿が見えた。


「待機所前の廊下に張り出されてるらしい。見に行ってみよう」


 周りの会話から情報を拾ったらしいキンブロンが席を立ったので、あまり気乗りはしないが俺もその後に続く。

 廊下に出ると壁の掲示板に、冬の遠征に参加する者の名前が書かれた大きな紙が張り出されているのが見えた。

 そして俺の予想通り、そこに俺の名前は無かった。

 そのことに気付いたキンブロンが気遣わし気な視線を向けてきたので、俺はひらひらと手を振って、当たり前だと言わんばかりに答える。


「分かってたことだろ。そもそも俺だってまだ見習い一年目なんだ、前回が特別だったのさ。……ただ――」


 分かっている。選ばれないのは仕方がないことだ。

 前回の任務では失敗したし、上官からの不評も買った。

 前回の特別扱いのせいで、周囲の評価が微妙なものになっていることも知っている。


 ただ、それでも。

 それでも訓練は真面目にやってきたつもりだ。

 イリスの厳しい稽古にも耐えてきたし、顧問の地獄のような懲罰メニューにも歯を食いしばって耐え続けた。

 その努力が、苦労が、認められなかったように感じてしまうのは、俺の甘えなのだろうか。


「――俺、強くなれてんのかな……」


 知らず、零すつもりのない弱音が零れる。

 ハッとして咄嗟に口元を押さえると、そんな俺の様子を見ていたキンブロンが、胡散臭い笑顔を浮かべていきなりこんなことを言い出した。


「ランディ、久しぶりに模擬戦をやろう」



 キンブロンに連れられて訓練場に戻ってきた俺達は、適当に空いている一角に陣取って、互いに向かい合う。

 イリスとの稽古とは違うので、今回は俺も無手だ。


「いきなり模擬戦なんて、一体どういうつもりだ?」

「いやぁ、一人でむっつり訓練してたってつまらないだろう? 食後の運動と思って、偶には俺に付き合ってくれよ」

「付き合うも何も、お前自主練なんてしてねぇじゃんかよ……」


 突然似合わないことを言いだしたルームメイトに戸惑いながらも、俺は久しぶりの模擬戦に心を躍らせていた。

 最近は木刀ばかり振っていたせいで、あまり魔術の訓練をしていなかったのだ。


「ルールは先に一撃当てた方の勝ち。攻撃は非殺傷で使える属性は一つな。俺は地だ」

「俺も地だ。合図は?」

「早いもん勝ち! 『地よ 穿て!』」


 フライングで詠唱を終わらせたキンブロンがこちらに向けて手をかざすと、薄黄色の魔力光が衝撃を伴って襲い掛かってくる。


「『地よ 盾となれ』キンブロン! おま、きったねーぞ!」

 

 咄嗟に目の前に薄黄色の魔力光で盾を作り出すと、衝撃とぶつかり合ってどちらも霧散した。

 散り散りとなって消える光の向こうに、次の攻撃態勢に入ったキンブロンが見える。

 

「ハハハ、戦場に待ったは無いのだよランディ君! ほらどんどん行くぞ!」


 立て続けに繰り出される地の衝撃を、こちらも地の盾で受け止めることで相殺していく。

 魔術による模擬戦は、基本的に先手を取った方が有利だ。

 それというのも、途中で違う魔術を使おうとすると、どうしても詠唱を挟まなくてはならなくなるからだ。

 今回の場合、既に攻撃権はキンブロンが握っているため、キンブロンは俺に対して一撃を加えるチャンスがある。

 しかし俺は防御しかしていないため、どれだけ攻防を繰り返そうとも、キンブロンに一撃を与えることが出来ない。

 魔力切れまで粘るという手もあるが、二小節で低威力の魔術など、一体どれだけ打たせれば魔力が切れるというのだろうか。

 まず間違いなく相手が魔力切れを起こすより先に、こちらの方が集中力を欠いて防御を失敗するだろう。


 どこかで盾の魔術を衝撃の魔術に切り替えなければ。


「どうしたー? 木偶人形相手じゃ模擬戦にならないぞー?」


 時折挑発を挟みながらも、キンブロンの攻撃に緩みは無い。

 訓練嫌いのキンブロンだが、魔術の才能は一級品だ。

 今だって出鱈目に撃っているようで、全て俺の盾が無い位置を狙ってきている。


 待てよ……狙いが分かっているなら、何とかなるんじゃないのか?


 俺は一度冷静になって、キンブロンとの距離を測る。

 その距離、約10メートル。剣で言えば遠間だ。

 継ぎ足では届かない。歩み足で近寄りつつ、開き足で捌くしかない。


 俺は覚悟を決めて前へと踏み出す。

 直後、踏み出した足を狙って衝撃の魔術が襲い掛かった。


「くっ!」


 踏み出した足を横にずらすと、軸足を変えて回り込むように衝撃の魔術を避ける。


 一歩、二歩、三歩。

 

 衝撃の魔術を避け、時には防ぎ、着実に互いの距離を詰めていく。

 五歩目を踏み出したところで、キンブロンが後ろに下がるのが見えた。

 その機を逃さず、俺は猛然と駆け出す。

 虚を突かれたキンブロンが甘い狙いのまま衝撃の魔術を撃ちだすが、俺の体を掠めただけで、そのまま後方へと消えていく。

 次の魔術が飛んでくる前に足を継いで一足飛びに間合いを詰めると、俺は魔術で作った盾を構えてキンブロン目掛けて突き出した。


「ぐえっ」


 盾に押し潰されたキンブロンが、尻餅をついてそんな声を上げる。

 慌てて盾を解除すると、尻餅をついたままのキンブロンが俺を見上げて楽しそうに笑いだした。


「まさか盾で攻撃されるとは思わなかったよ。今までのランディだったら、先手取られたら大体負けてたのにな」


 よっという掛け声と共に立ち上がったキンブロンは、汚れた尻をはたいてから腰に手を当てて、皮肉気な笑みを浮かべる。


「強くなってんじゃん」


 俺は驚いて目を見開いた。

 まさか、それを言うためだけにこのルームメイトは模擬戦を仕掛けてきたというのか。


 なんて回りくどい奴だ、と思う。


 俺は呆れて溜息をつこうとしたが、顔が勝手に笑ってしまって上手く呆れることが出来なかった。

分けるに分けられず随分長くなりました…

次回はもっと長くなったので前後編に分けました。


次回、イリスの企み 前編

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