表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣豪童女の転生記 ~魔法の世界に生きた侍~  作者: あきなべ
第一章 無刀の剣豪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/113

モルトナの想い

 夜の鐘がマギアシュタットの街に鳴り響く。

 日は沈み、辺りは一層暗さを増していく。

 窓の外に映る南通りには、家路を急ぐ人々の姿が見え始めた。しかし、そこに娘の影は無い。


 木工工房へ行く途中で何かあったのかしら。

 

 心配しすぎだ、とは思うけれど、昼間に森で起きた出来事を思い出すと、嫌でも不安な気持ちが胸に広がった。それでなくても、子供が夜に一人で出歩くのは危険なのだ。いくらマギアシュタットが治安の良い街だと言っても、犯罪や事件が全く無いわけではないのだから。


 夕飯の支度を終え、不安な気持ちを紛らわせるために繕い物をしていると、玄関の扉が開く音がしてハッと顔を上げた。


「ただいま、モルトナ。イリスはまだ帰っていないのかい?」


 そこには、仕事から帰ってきたリヒトの姿があった。いつもの様に笑顔で迎えるけれど、少しだけガッカリした気持ちになる。


「昼中の鐘が鳴った頃に一度戻ってきたんだけど、その後すぐに木工工房の方へ出掛けちゃったのよ。なんでも、森に魔獣が出たことをクラウトさんに伝えに行くって」

「魔獣!? イリスは無事だったのかい!?」


 薄水色のローブを脱いでいたリヒトは、目を見開いて私に詰め寄った。


「ええ、ランドルフが一緒だったから無事に追い払えたみたい。今、ランドルフが騎士団に討伐依頼に行っているって聞いたわ」

「そうか、ランドルフが……明日にでもお礼を言いに行かないといけないな」


 リヒトは一瞬ほっとしたような表情を浮かべたが、またすぐに険しい顔つきになる。


「それで、今度は木工工房から戻ってきていないのかい?」

「ええ……ちょっと伝えてくるだけって言っていたけど、話が長引いているのかしら」


 それにしたって遅い。普段は夜の鐘が鳴る前に戻るように言い聞かせているのだ。今までだって、一人で出掛けてこんなに帰りが遅くなったことは一度しか無いし、その一度だってイリスに言い聞かせる前の話だ。

 否が応でも心配が募る。


「クラウトさんが一緒なら大丈夫だとは思うけど、念のために木工工房まで迎えに行ってあげた方が良いかもしれないな」


 そう言ってリヒトが、脱いだばかりの薄水色のローブを再び着ようと手にしたところで、玄関のノッカーが叩かれる音がした。

 イリスならわざわざノッカーを叩くことは無い。こんな時間に一体誰だろう。


 マギアシュタットにおいて、夜は家族の時間だ。夜の鐘が鳴った後でも来訪があるのは、酒場か癒術院か騎士団詰所くらいしかない。珍しい来客に一度顔を見合わせた後、リヒトが玄関の扉を開けて迎える。


 扉の奥には、濃い緑のローブを着た礼服姿のクラウトさんと、彼に手を引かれたイリスの姿があった。


「夜分にすんませんね、先生。ちぃっとお宅のお嬢さんをお借りしたもんで、その説明と、遅くなっちまったんでその謝罪にね」

「クラウトさん、こちらも丁度お訪ねしようかと思っていた所でした。立ち話も何ですから、どうぞ中へ」

 

 リヒトが中へ入るように促すが、クラウトさんは代わりに連れていたイリスの背を叩いて、私の方へと押しやった。


「いえ、すぐに失礼しますんで。奥さん、お嬢さんを見てやって貰えねぇですか? 疲れちまったみてぇでして」

「ただいま戻りました、お母様。遅くなってごめんなさい」


 私の前に歩み出たイリスは、いつもの様に笑顔を浮かべる。一見いつも通りに見えるけれど、その表情にはどこか陰りが見えた。疲れているというのは本当なんだろう。


 私は事情を問い質したい気持ちをぐっと堪えて、出来る限り優しく微笑んでイリスを迎えた。


「お帰りなさい、イリス」

 

 そのままイリスの手を取ると、リヒトとクラウトさんを玄関口に残して家の中へ戻る。


 ひとまずイリスを居間のソファーに座らせると、大きなため息を一つついた。この様子では、早く寝かせてあげた方が良いかもしれない。


「イリス、あなたお夕飯食べずに寝ちゃう? お昼遅かったし、あんまりお腹も空いてないでしょう?」


 私が声を掛けると、少し驚いた様子でお腹に手を当てて考え込んだイリスが、申し訳なさそうに言う。


「そう……します。せっかく用意して頂いたのに、ごめんなさい」

「良いのよ。それじゃ、先にお風呂に入っちゃいなさい。今お湯を張ってくるから」

「あ、それならわたしが……」

「疲れてるんでしょう? 用意してあげるから、少し休んでなさい」


 立ち上がりかけたイリスを制止すると、私は居間を出て廊下の奥にある浴室へと向かった。


 一面が無地のタイルで覆われた浴室に入ると、大理石で作られた浴槽の縁に備え付けられている筒状の水の魔道具に手を振れる。すると、魔道具の先から浴槽の中に向かって水が注ぎ込まれ始めた。


 ある程度水が溜まるのを待ってから服の袖をまくり上げると、今度は水の中に手を入れて、浴槽の内側に埋め込まれている火の魔道具に触れる。すると、火の魔道具を中心に浴槽に張られた水が徐々にお湯へと変わっていく。

 

 寒い時期になると、張った水を温めるまでが辛いのよね。


 そんなことを考えながら、水が温まるのを待つ。

 魔道具を使うだけならば魔術制御の必要が無いので、それほど大変な作業ではない。それでも魔力を消費する以上、多少なり精神的な疲労感は感じる。


 疲れた様子のイリスにやらせるのは可哀そうだと思って世話を焼いたけれど、お節介だと思われていないだろうか。

 あの子は自分のことは自分でやろうとする子だから、どの程度までなら過保護にならないのかの見極めが難しい。

 だから私は、なにかと理由を付けてはイリスを甘やかしていた。


 大変だった時くらい、甘やかしても良いわよね。


 今日だって森で魔獣に襲われるような怖い目にあったのだ。きっと、怖くて、心細くて、泣き出したくなるような思いをしたに違いない。


 うん、よし、今夜は目一杯甘やかそう。


 そう心に決めて、お湯が温まったのを確認してから浴室を出ると、脱衣所には着替えを抱えたイリスが立っていた。その瞳が、申し訳なさそうに私を見上げている。


「あの、お母様、ありがとうございます」


 わざわざお礼を言うためだけに、脱衣所で待っていたのだろうか。そう考えると、なんだかとても悔しい気持ちになった。

 イリスを休ませるつもりが、逆に気を使わせてしまっている。これでは意味が無い。


 私は少し屈んでイリスと視線を合わせると、殊更優しく微笑んでみせる。


「ねぇ、イリス。お母さんも一緒にお風呂に入ってもいいかしら?」

「え……お母様も、ですか?」


 突然の提案に、イリスは目を瞬かせた。


 イリスが一人でお風呂に入れるようになってからは、本人が望んだこともあり一緒に入ることは無くなっていた。でも、この子の「一人で出来る」は、半分以上が「私たちに手間を掛けさせてはいけないという意味」だということを私は知っている。


 今日は、とことん甘やかすと決めたのだ。

 

 ややあってから、イリスは小さく頷いて、はい、と答えた。


 私は先にイリスをお風呂に入れると、着替えを取りに二階の私室へと向かう。その途中、クラウトさんとの話を終えて居間に戻ろうとしているリヒトと出会った。


 イリスに何があったのかを聞きたい気持ちはあったが、なんとなく今のあの子を一人にするのは良くない気がして、私はリヒトに尋ねるのを我慢する。


 代わりに、先にイリスとお風呂に入ることを伝えると、リヒトはとても羨ましそうな顔をしていた。


 イリスならお願いすれば一緒に入ってくれると思うけれど、万が一にも嫌われるのが怖いらしい。

 まだそんな年頃じゃないと思うけれど。

 

 着替えを置いて脱衣所で服を脱いでから浴室に入ると、イリスは桶にお湯を張って熱心に髪を梳いていた。

 前はいきなり石鹸で髪を洗い出していたので、見かねて正しい洗い方を教えてあげたのだけど、ちゃんと教えた通りにやっているようだ。


「お待たせ、イリス。髪、お母さんがやってあげるわ」

「あ……」


 驚いているイリスの手からブラシを取り、桶のお湯に洗髪油を少し混ぜると、軽くブラシを浸してからイリスの髪を丁寧に梳いてあげる。

 初めは少し硬くなっていたイリスも、徐々に体の力を抜いてリラックスしていくのが分かった。

 

「イリスは本当に綺麗な髪をしているわね」


 子供特有の、柔らかくて細い金糸の様な髪を梳きながらぽつりと呟く。


 私は子供の頃、自分のあちらこちらに跳ねる癖の強い髪があまり好きではなかった。

 近所の男の子に鳥の巣といってからかわれたこともあって、イリスやリヒトの様な癖のないストレートな髪を常々羨ましいと思っていた。


 大人になった今では、自分の癖の強い髪も個性として受け入れているけれど、それでもイリスの様に、真っ直ぐで掬い上げれば水の様にさらりと落ちる癖のない髪には、一人の女性として憧れてしまう。

 

 本当は腰のあたりまで伸ばした方がもっと可愛いと思うのだけれど、イリスはそれを頑なに嫌がった。

 確かに髪が長いとその分手入れが大変なのでイリスが嫌がる気持ちも分かるけれど、一度で良いから長い髪とスカートを翻して、くるくると回るイリスの姿を見てみたいと思ってしまう。

 

 ……私が子供の頃に憧れて出来なかったことをイリスに求めるのは、やっぱり押し付けなのかしらね。


 リヒトに言われたことを思い出して、私は自嘲気味に笑った。


 一通り髪を梳かし終わると、桶でお湯を掛けながら頭皮を揉み解すようにして洗う。

 何度もお湯を掛けながら全体を洗っていると、イリスから心地よさそうな吐息が漏れて、少し笑ってしまった。

 ちょっとは、心の疲れが解れただろうか。


 頭を洗い終える頃には、こくりこくりと船を漕ぎ始めてしまった。よっぽど疲れていたのだろう。

 私はイリスを抱きかかえるようにして浴槽に浸かり、体を温めてから浴室を出た。


 夢現なイリスを手早く寝間着に着替えさせて、濡れた髪をタオルで丁寧に拭き取ると、自分もさっさと着替えてからイリスを抱き上げて二階の寝台へ連れていく。

 

「おやすみ、イリス」


 腕の中で眠るイリスは、とても安らかな寝顔をしていた。

甘えて欲しいモルトナ。

甘え下手なイリス。


次回、新しい協力者

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ