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剣豪童女の転生記 ~魔法の世界に生きた侍~  作者: あきなべ
第一章 無刀の剣豪
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プロローグ

 かつて、剣に全てを捧げた男が居た。

 幼くして剣を取る道を選んだ男は、剣の極致に至らんと一心不乱に鍛錬を続けた。

 その甲斐あってか男は壮年、師より皆伝を得て奥義を授かった。

 しかしそれでも、未だ自分が剣聖の域に立った感覚が無い。

 男は焦り、更に激しい鍛錬を続けた。

 そして病に倒れた。


「う……」


 背筋を走る寒気に目が覚める。

 視界に入るのは、頼りない蝋の灯りに照らし出された一面の岩肌。

 ここはとある山中の洞窟、かつて幾人もの大剣豪が修練を積んだと言われている場所だ。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 胸の不快感に大きく咳き込めば、血濡れの痰と引き換えに冷えた空気が肺腑を満たす。

 一つ息を付いて、ゆっくりと全身の状態を確認する。

 どうやら、仰向けに倒れたまま意識を失っていたらしい。手足の感覚はまるで無いが、代わりに心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。


「そうか……儂は……まだ生きておるか……」


 絞りだした声には、若かりし時の凶猛さは欠片も感じられない。

 晩年、病に侵された身でせめて剣の極致を悟らんと、かの大剣豪を真似て洞窟などに籠ってはみたものの、どうやら悪あがきはこれまでのようだ。

 七つの時に戦で親と故郷を失くした儂は、生きるために剣を取り、ただがむしゃらに剣を振り続けた。

 幾つもの戦場を駆け、幾人とも死合いを繰り広げ、幾たびも人を斬った。

 その結果が病に倒れ、洞窟の奥で一人ひっそりと朽ちていくものだとしても、そこに後悔はない。

 ただ一つ、心残りがあるのは、未だ剣聖と呼ばれる域に達していないことだ。

 剣聖――剣の極致を見た者。

 己が太刀の理を知る者。

 儂が、全てを賭してなお届かなかったもの。


「もはや、今生では叶わぬか……」


 最後の力を振り絞り右腕を上げる。

 骨と皮が浮き出た、剣を握ることすら叶わない、すっかり衰えてしまった己の手が見えた。

 最早明日をも知れぬ身だ。


 あまり信心深いとは言えない人生だったが、もしも輪廻転生などというものがあるのならば、次こそは剣の極致へと至るために再び身命を賭すと誓おう。


 願わくば、次も人の身で生まれんことを――






 目を開けると、視界には見慣れない白い天井が広がった。

 近年見ていた岩肌の天井でも、かつて見ていた木造の梁のある天井でもない、綺麗な石造りの天井だ。


 ここは、どこだ……?


 周囲をよく見るために頭を巡らせようとするが、生憎と首は僅かばかりも動かない。

 

 すでに首すら動かぬ身でなおも生き続けるのか……どれだけしぶといのだ、儂は。

 

 己が事ながら感心すら通り越して呆れてしまう。

 せめてもう一度、と最後の力を振り絞って右腕を上げる。

 するとそこには、赤みがかり丸々とした、小さな小さな手が見えた。

 

 これは……儂の手か……?


 驚きに思わず声を上げるが、口から出たのはまるで意味をなさない呻き声だった。

 うーだとか、あーだとか、まるでぐずる前の赤子のような声が響く。

 

 「はいはい、お腹空いちゃったかなー?」


 視界の外から響いた声に遅れて姿を現したのは、美しい金糸のようなふわふわの髪に灰の瞳を湛えた妙齢の女だった。

 儂を見下ろして微笑んだ女は、おもむろに手を差し伸ばして儂を抱き上げる。

 高くなった視界は、今まで見ることが叶わなかった様々なものを見せてくれる。

 白く塗られた石造りの壁、硝子張りの窓、敷物の敷かれた床、煉瓦で組まれた暖炉。

 目に映るすべてが、かつて日の本で見た様式と異なっていた。

 

 なんだ、これは……儂は確か洞窟に居たはず……


 動揺する儂をよそに、乳房を取り出した女が授乳させようと乳を口に押し当ててくる。

 正直全く腹など減っていなかったが、体は本能的に母乳を吸い始めた。

 それに比例するように、瞼に圧し掛かる眠気が圧を増していく。

 徐々に沈みゆく意識の中で、儂は一つの結論に至った。


 儂は……赤子に生まれ変わったのか、と。

とうとう始めてしまいました。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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