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下士官候補生は約3ヶ月に渡って課題をこなし、それを終えるとようやく兵長へと昇格する。
兵長は雑兵と小兵を従うことができ、小隊までなら指揮を執り戦うことができる。雑兵とは訓練を受けていない素人のことで小兵とは戦闘経験のある素人のことである。
上仕官への道のりは兵長から部長へ、その後軍長を経て少尉になることで達成される。が、上仕官は少尉から中尉、大尉、少佐、中佐、大佐とその道のりは長い。
大佐以上は将軍となるわけだが、将軍になるには条件が課せられている。王に選ばれし家柄の者で家督を持っていること、加えて紋章を"必ず"所持していることである。
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異世界生活―――43日目―――
候補生となって一月ほど経過し、ボクは日々課題や任務をこなしていた。
そして、最近感覚が麻痺してしまったのか――アイナの下着姿を見ても鼻息が荒くなることがなくなった。
同室ということでそういう機会が日々の日課のようにあった所為で免疫というのができてしまったのだろう。当の本人が隠さないのが結果的に早く慣れた原因かもしれないけど。
アイナ曰く、「どうせハグレは手を出さないでしょ?意外と紳士だから――」とのことだが、ただの草食なだけなのだ。
そんな風にアイナとの仲もそれなりに好調だった。ただクラレスとはあの討伐戦以降会っていない。
なぜなら彼は西へ、ボクとアイナは南の街で日々を送っているからだ。
南はやや温暖でこの季節でも長袖を着ていると熱いと感じるほどだ。
そして南は農業が盛んで、モンスターを追い払うためにしっかりとした防御拠点が街を中心にある。
男は兵士になるより農家を選択し余程良い紋章でないとその道を進む。逆に女は農家では居場所が少なく他家に嫁ぐのも難しいらしく、紋章があるものは雑兵へ無い者は兵士に嫁ぐために酒場で男漁りをするのだそうだ。
南の農家に嫁ぐのは貴族の次女以下の令嬢たちで、それが農家の家の誇りでありブランド品を身に着けたり高い絵画を飾って自慢するようなものだそうだ。
その所為か男漁りの女たちも、「どこに実家が?お家柄は?紋章は?」と兵士に聞いて回る。
もてるのは殆ど有名な家柄か将来有望な紋章の持ち主…つまり、紋章も無い家柄も不確かな下士官候補生はもてず、クラレスのような奴こそもてる。
「つまりクラレスが西へってのはそういう事だね」
そう呟くボクは酒場にいるけど周囲に誰もいないボッチ――なんか懐かしい…。
下士官で名のある家の次男坊が今の所はモテモテで両手に花ではなく花束状態だ。
「あら今日も一人?相変わらずハグレって寂しい食事してるのね」
唐突に話しかけてきた肌を焦がして長い髪を束ねた女性、彼女はメイリーという酒場の従業員で実家は農家。
「一人なのはボクの勝手でしょうに」
「ねーハグレはどうして兵士になろうと思ったの?」
どうして兵士に?その質問の答えをボクは用意していなかった。だから"ん~え~っと"と歯切れの悪い事しか言えなかった。
そんなボクに彼女は、「まーどーでもいいけどね」と言って別のテーブルへと向かっていった。
ま、毎日顔を合わせているからそれなりに知り合いにもなりますわな。
「メイリーと仲良いよねハグレくんは――」
さらに唐突に話しかけてきたがたいがよく表情の緩い男は先輩の兵長であり、出身はこの街でメイリーとは幼馴染だけど好きと言うわけでなく、もう一人の幼馴染で現在モテモテ花束男にぞっこんの女に片思い中なのである。
「私も小さい頃はセナリーと毎日一緒に遊んでいたんだ――お互い将来を誓い合ったりもした…子どもの頃の話だけどね」
この人はボクの飯時に一人で寂しくしているのを分かっているのにもかかわらず、このつまらない話をしてさらに食欲を減少させるのだ。
ま、ボクの食事の量が変わらないのは言うまでもないけど。
「私が長男だったら実家を継いで彼女を妻に迎えることもできたんだけどね…、兄とは仲が悪くて"お前は出て行け"ってさ――」
あぁ~鬱陶しい、たしかに地元の人間にそんな話はできないからボクに話すのは分かる、でもせめてアイナ――とは言わないけど他にもっと相応しい人間がいるだろうに。
「キミには話しやすいな…誰にも――」
彼の"誰にも"の後の"話さないだろうし"にはさすがのボクも"ムっ"とした表情を浮かべる。
たしかにボッチであるところのボクに話しても誰にも広まらないだろう。だからといって"話しやすい"というのはまったくの別だろう。
「はぁ~セナリーにはもう振り向いてもらえないんだろうな」
…知らん、あんたの人生相談垂れ流し放送など金を貰っても聞かんわ。
にしても、彼の言うとおりセナリーは色白でこの街では一番の美女かもしれない。
そんなことを考えながらジーとセナリーを見ていると、「…まさか、キミもセナリーが気になるのかい?」と先輩はハッとした表情でボクを見る。
「…でも無理だよ、彼女の理想は2等星以上の紋章を持つ下士官らしいから候補生のキミじゃね」
2等星とは紋章のランク的なもので、簡単に説明すると一番上が1等星でクラレスのような特殊な紋章で2等星が戦闘に特化したもの、3等星は平均的な紋章、4等星は身体のどれかの強化、5等星が一番下で戦闘に使えない紋章となっている。
紋章を持ってない者は――"紋無し"と呼称されよばれているらしい。
「ま、ボクはこの街に恋愛をしに来たわけじゃないからね」
と捨てセリフを吐いてボクは酒場を後にした。昼食後アイナと訓練に関して話をする予定だったけど、待ち合わせの街外の拠点になかなか現れない。
そして、ようやく現れた彼女は既に疲れた表情をしていて、第一声が「なんなのこの街!」という愚痴だった。
「聞いてよハグレ、朝から私に面会人が13人もいて全員が軍に支援してくれている農家の長男だったのよ」
ま、軍閥である彼女が農家の長男にとっては魅力的な物件なのだろうしね。婚約者がいることを言えば間違いなく身を退くだろうけど。
「花や高価な食材や宝石を目の前に置かれて…侮辱されているとしか思えなかったわ」
ふ~ん、意外と軍閥としてのプライドがあったのか。
「農家と結婚すれば半日寝て半日遊んでってのもできるのに勿体無い」
何気なくボクがそう言うとアイナは真剣な面持ちで、「たしかに――」と呟いて何かを考え始める。
彼女は現状長女であり、姉妹しかいないゆえに家督のため義務的に下士官になろうとしている。
そんな彼女なら農家に嫁いで楽な暮らしをするのが彼女の性分にあっているような気がする。
「…でもだめ!妹たちに負担はかけない!」
「だからってボクに負担をかけていいとでも?」
現状彼女はボクの前では本音で話し行動する。二人共同の部屋で入った瞬間、「服脱がせて~」だの「足が疲れた~揉んで~」と言う彼女にはもうボクも慣れた。
「あら負担をかけてるつもりはないわよ、それよりも訓練の話をしましょうか」
訓練とは南の街の周囲の拠点へ行き、そこで実際に兵長として小隊を指揮モンスターとの戦闘や他国の兵との戦闘を想定した訓練を行う。
「たぶん中隊規模の戦闘訓練で相手は現役の兵長の率いる小隊でしょう、私たちは多分ハグレと他にもう二人の現役兵長との混合部隊になるはずだからあまり気負わないでね」
南はエメラルド大国との国境を護る将軍が一番でかい拠点にいて、ボクらが行く拠点はそれとは違う西側に近い拠点で南の小さな魔領近くの拠点で訓練が行われる。
温暖で湿地帯であることから亜熱帯雨林として植物も平原などとはまったく違うらしい。
昆虫が嫌いなボクとしては不安なのはそれぐらいだろうか。
「あの辺の訓練場はないはずだから現地の気候や地形の把握はしとかなきゃだし…ハグレも知らないんでしょ?」
もちろん知りませんとも、でも勝たなきゃいけないわけでもないでしょうに。
「勝つ必要はないわけだから気軽にやろうよ」
ボクのその意見に、「でも少しは指揮ができることを見せておかないと」とアイナは言う。
でも張り切りすぎてここに配属されたら――なんて考えるとボク的にはないな。
そんな会話をした次の日その拠点へ向かった。
現実とかけ離れた景色、まさに幻想的な光景が広がっていた。
どの木も実を付けていてグロテスクな色や綺麗な色普通の色の果実などがある。水に浮かぶ花も色鮮やかで眼を奪う。
そして食事を作るために募集した女性たちが着いて早々水着に着替えて、1日おきに降る雨でできたただの水溜りなんだけどそこで遊び始めたのにも眼を奪われた。
ジッと見ているとアイナに小突かれて、気を巡らしていなかったボクは久しぶりに痛いと口に出してしまった。
ボクが痛がっている間に、「私の下着姿には何も言わないくせに」と呟いたんだけどそんな言葉は一切聞こえてなかった。
しかし、東と違ってここはピリピリしてない。それはすなわち平和ということだろ。気候や将軍が常駐しているのもそれに繋がっていることだろうけど。
さすがに将軍はその拠点に顔を出さなかったけど、やけに下士官が多かった。
下士官が多い理由はその日のうちにアイナが得た情報を聞いて理解した。
魔領の瘴気が濃くなっていて、強いモンスターがその領内に移動してきたのが原因らしく、その結果普段は大隊ほどしかいない拠点に旅団規模の兵士がいるため下士官も多いという訳だ。
例の両手に花束男も来ているため手伝いの女性も多く付いてきたのだとか。
メイリーやセナリーもそれに当たる。
しかし、ボクは少し嫌な気配を拠点に来てから感じていたから、二人がいることより魔領の方を視界に捉えてその気配の要因を探していた。
今日17:00にも上げます。明日から17:00に固定します。
理由はなんとなくです。