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第九話 頼みますよ駒井さん。気になる異名。

 ■天文一〇年(一五四一年)七月 甲斐国 躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)


 五月に行なわれた海野平の戦いの結果、信濃小県(ちいさがた)郡(長野県上田市周辺)を追われた海野棟綱(むねつな)の要請により、信濃佐久郡(長野県佐久市周辺)に関東管領の山内(やまのうち)上杉軍が侵入してきて、佐久の国人衆が山内上杉家に降服し臣従してしまった。

 その後、山内上杉家の大将である、上野国(群馬県)箕輪城の長野業正(なりまさ)は、諏訪頼重(よりしげ)と和睦すると、上野へ引き上げてしまったという。


 これまでも述べたとおり、信濃佐久郡は我が武田家が北信濃の村上義清と激しく抗争して、ようやく手中に収めた土地、武田領ともいえ、武田家は山内上杉家と同盟を結んでいた。


 山内上杉家との同盟がどのようなものだったのか、密約があったのか、不明であるが、突然同盟を破って、山内上杉家は佐久郡を掌握しただけで引き上げた。

 山内上杉家は関東で北条氏綱との争いで劣勢になっている状態なのに、なぜか我が武田に喧嘩を売るような真似をして、佐久郡を奪い取っているのだ。


 とにかく違和感があり腑に落ちない行動だ。このようなことが今後起こってもらっては困る。


 そして諏訪頼重もだ。


 信濃諏訪郡の諏訪頼重とは、度々戦もあったが、和睦をして昨年天文九年(一五四〇年)に、おれとたろさの異母妹、禰々(ねね)が頼重に(とつ)いでいる。

 つまり、おれとたろさにとっては、二六歳の頼重は歳上の義弟ということだ。

 もちろん、おれには、禰々の記憶はないのだが、政略結婚以降は、頼重と親父信虎との関係は良好で、海野平の戦いも村上義清も含めた形だが、共同出兵をしている。


 なぜ、頼重が山内上杉と和睦したかは、わからないが、海野平合戦で信濃小県に得た領土を一部山内上杉家に割譲・和睦してしまった。


 武田家としては、それこそ武田家が出兵できない佐久郡の防衛に助力してくれてもよいのではないか、という気持ちはある。


「なあ、たろさ、なぜ、上杉は佐久郡を攻めたんだ? 刑部(諏訪頼重)殿はなぜ上杉と和睦したんだ?」


 アニキは泣きそうな顔をしている。いや、別にアニキを責めているんではないぞ。おれは、両者の行動の意味がわからないので、原因を知りたいだけなんだ。


「全くわからないんだよ。だけど、わしが親父を追放してしまったのがいけなかったのかもなあ」


 親父信虎を追放したアニキに対して、不満を持ったのかもしれないし、武田の弱体化を感じたのかはわからないが、これまでの外交が変化してきたのは確実なところだ。


「たろさ、追放したことはしょうがない。問題はこれからだ。外交を任せられるヤツはいないのか?」


 おれがアニキを責めているわけではないことがわかったようで少しほっとした顔となった。


「駒井なら任せられるかも」


 誰だか知らないが、駒井さん頼みますよ。わけがわからない外交関係はもうたくさんだ。


「ああ。駒井さんを呼んでくれ」


 呼ばれて出てきた駒井さんは、駒井高白斎(こうはくさい)といって小さい坊さん。真面目そうな顔で歳は四〇代半ばぐらいかな。坊主爺ちゃんと呼んでおこう。

 身長が一七五センチで、まだ伸び続けそうなおれにとっては、この時代の人はほとんど小さいのだけれどね。

 これまで高白斎はアニキの雑用などをしていたらしい。とにかく、毎回アニキやおれが諸国を飛び回るのもきついので、駒井さんに外交関係をお願いしようか。


「頼むな、高白斎!」

「ひ、ひーっ!」


 返事が変だってば。ここでも、商人の坂田さんと同じく駒井さんが怯えているような気がするんだよ。いや、完璧に怯えているだろ。

 重臣に啖呵を切って黙らせた以降は、おれはどうやら『鬼典厩(おにてんきゅう)』『悪典厩(あくてんきゅう)』と呼ばれているらしい。どうもその異名の影響のようだ。


 うむ。悪いことはしていないぞ。この時代に『悪』というと、ものすごく強いという意味なんだって。源義平というひとがとても強くて『悪源太』って呼ばれたらしいな。

 最近は、ヒョーブ爺(飯富虎昌)との槍の鍛錬でも、パワーで圧倒できることもあるからな。まあ、ものすごく強いという意味なら当てはまるかもしれないけれど、イメージ悪くないか?


 ともあれ、佐久郡が山内上杉家の手に落ちたことと、諏訪頼重が山内上杉と和睦したことについての軍議である。


 居並ぶ重臣たちは、案の定だ。


「おのれ諏訪刑部!」

「盟を破るなど武士の風上にもおけぬ」

「御屋形様、今すぐ諏訪へ攻め入りましょうぞ」

「諏訪の弱兵などなんぼのものじゃ!」

「諏訪許すまじ!」


 期待通りの脳筋リアクションである。

 おれも、諏訪頼重の行動は納得できないよ。でも、それだけでは戦はできないでしょうに。

 なんせ、兵糧が少ないから佐久を防衛できなかったのに、諏訪へ出兵もないでしょう。名分も微妙だし、勝ったとしても、また維持ができなくて手放したら同じことだろ。


「お前たちが諏訪を攻めたい気はわかるし、おれも諏訪刑部の所業我慢ならねえ! だが諏訪攻めの名分がない。そうは思わんか?」


「ほーっ」

「確かに確かに」

「名分があればなあ」

「無念……名分がなあ」


 これまた、今わかった風のリアクションだ。

 なんだかこいつらを相手するのが呆れるを通り越して楽しくなってきたぞ。


「よおし。おれと御屋形様がなんとか名分を作るから、諏訪攻めを楽しみにしておけ! よいなっ!!」

「ははーっ」

 と、重臣たちは平伏した。


「うむ。典厩の言のとおりである。これにて軍議はしまいじゃ。みなの者、下がってよい」


 アニキが宣言して軍議が終了した。方針は諏訪郡出兵だが時期は未定ということだ。


 佐久郡が山内上杉家の手に落ちた以上、迂闊に奪還するのも難しい。

 それに引き換え、諏訪郡は交通の要衝でもあるし、甲斐からも佐久郡より攻め入りやすい。

 さて、名分ねえ。どうすればいいかな。

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