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第二三話 攻込む先も貧乏、同盟先も貧乏で笑えない。

 ■天文一〇年(一五四一年)八月 甲斐国 躑躅ヶ崎館


 目標としている信濃国諏訪郡(長野県)出兵の名分となり得る、伊那郡の高遠氏関連の打合せをするために、真田弾正(幸隆)さんと、できる透破の富田郷左衛門さんを呼んだところだけれど、いつのまにか女忍びの『身も心もとろかす技』に話題が行っているんですが。


「弾正、郷左衛門、身も心もとろかす技もよいが、高遠を利用して諏訪郡をいただいてしまう策をだな」


「おっと失敬。諏訪郡を得る策ですな。身も心もとろかす技も重要ですが。ぐふふ」

「典厩様は、身も心もとろかす技はお嫌いで? ふっふ」


 もちろん、興味はあるよ。でも、このお兄さんたち、おれのことを未経験のガキだと思って、面白がっている気がするんだよな。ちょっと悔しいぞ。

 エロ話にも興味はあるけれど、話を変えなければ進まないな。


「郷左衛門、おれも男であるから、身も心もとろかす技は興味はあるぞ? だが、まずは諏訪郡がらみで高遠であるな。うむ」


「まずは、高遠頼継と盟を結び諏訪を攻めて、諏訪刑部(頼重)を追い出して諏訪郡を高遠頼継と分けます。その後、頼継に攻めさせて、諏訪郡から追い払えばよろしいでしょう。ふふふ」


「弾正、高遠頼継と我らだけで諏訪刑部に勝てるだろうか?」


「高遠だけでなく下社の金刺(かなざし)も不満があるようなので引き込みましょう。ふふふ」


 また新しい名前が出てきたぞ。


「下社の金刺というと?」


 弾正さんの話を要約しよう。

 諏訪神社は、非常に大ざっぱにいえば、上社と下社の二つの神社の集合体である。上社は出雲で天照大神(あまてらすおおみかみ)に、国譲りした大国主神(おおくにぬしのかみ)の子の建御名方神(たけみなかたのかみ)を祀っている。対して、下社は建御名方神の妃八坂刀売神(やさかとめのかみ)を祀っているという。この八坂刀売神という神様はどうやら諏訪の神様らしい。


 ともあれ、諏訪神社の上社と下社は別の神様を祀っていて、神主さんも別々だった。上社大祝(おおほうり)(神主)の流れを汲むのが諏訪氏であり、下社大祝の流れが(くだん)の金刺氏だそうだ。

 諏訪神社の上社と下社の間には、たびたび政治的対立が起こり、戦国時代には武力衝突に至るまで激しく抗争して、一〇年ほど前に金刺氏は滅亡したという。

 なかなかややこしいが、滅亡した金刺氏の分家の金刺善政が、下社武居祝(たけいほうり)と称して、下社の祭祀を担当しており諏訪頼重に反感を持っているとのことだ。


 なるほど。諏訪頼重はかなり敵も多いようで、諏訪領奪取はできそうだけれど、高遠頼継はどうするつもりなんだろうね。


「なるほど。では、諏訪を攻めたあと、高遠頼継はどうしたらよいと思う?」


「頃合をみて高遠頼継と戦にすればよいでしょう。戦の際に諏訪一族のいずれかを擁立すれば、高遠頼継に味方するものは少ないはずです。金刺善政も我らの味方に付くでしょう。ふふふ」


「諏訪はわかるけれど、下社の金刺善政も武田に付くんだろうか?」

「ええ。金刺善政は間違いありません。下社金刺と上社諏訪の争いの際に、典厩様の父御の信虎様が、金刺昌春に味方して、昌春が敗れた際にも甲斐で保護していますので、善政は武田に敵することはないでしょう。ふふふ」


 なるほど金刺氏にとっては、武田家は恩人なのか。やっぱり弾正さんすごいね。頼りになるよ。


「弾正の策を採用すれば、諏訪郡をいただけそうだね。では、出兵時期はいつ頃が良いだろうか」

「本来ならば、攻め込めば当然の如く諏訪刑部を破ること(あた)いますので、明日にでもと言いたいところですが。ふふ」


 あれ? 出兵すれば簡単に勝てそうなのだが、何か問題があるのだろうか。確実に勝利するならば、虎の子の貯めておいた金山の金を使うのもアリなんだけどね。


「明日にでもと言いたいところですが?」

「諏訪郡も今年は不作の見込みでして、諏訪郡を今領有しても実入りが少ないはずなのです。しかも。ふふ」


 笑い事ではないでしょ。なるほど、諏訪郡の農民も甲斐と同じく、二年続きの飢饉で種モミを食べてしまったということだ。まったくどいつもこいつも、計画性のないやつらばかりだろうが。『しかも』ってまだあるのか?


「しかも?」

「高遠領も不作の見込みですぐに諏訪への出兵は無理でしょう。ふふふ」


 まったく、やれやれだな。武田領の甲斐だけでなく、攻め込む先の諏訪郡も、同盟先の高遠でも、種モミを食べちゃったのか。

 甲斐だけでなく、信濃の諏訪郡も伊那郡も貧乏というわけだ。世話が焼ける話だよな。


「なるほど。では諏訪出兵は来年の田植え後ということになるかな?」

「ええ。今年に出兵すると、諏訪郡でも『ほうとう』の炊き出しを行なう羽目になりそうですな。ふふふ」


 いや、まったく笑えないんだけど。


「わかった。出兵は来年田植え後でないと、兵糧が苦しくなるということだな。では、それまでは諏訪一族の調略をする動きをすればよいだろうね」

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