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プロローグ



「でね、美沙の彼氏は言ってくれたの。君よりも綺麗な人や優しい人や、強い人、明るい人。いくらだっている。でも君は一人しかいない。僕はその君が好きなんだよって!本当マジちょーかっこいいんだよねー」

 美沙からこういう話を聞くの何回目だろう。

 美沙は未だに一人称が自分の名前で「ちょー」とか「マジきも〜」とか連発する26歳キャバクラ嬢であり、数少ない私の高校の友達でもあり、仕事仲間でもある。

 週に1、2回仕事終わりに私たちの仕事場、『ジークス 池袋店』から徒歩1分の距離にある居酒屋チェーン『磯丸水産』で仕事の愚痴を言ったり、こうして美沙の色恋沙汰を聞くのが習慣になっている。24時間営業しているこのチェーン店はキャバ嬢にとって利用機会が多い。周りを見渡すと金髪や茶髪に激しくカールされて盛り上がった髪型に厚化粧の女が目に入る。

「あのさー美沙。すごくいいづらいんだけどさー」

「なにー?」

「それさ、窪塚洋介が20歳の時に出したエッセイ集みたいなのに書かれてたセリフ丸パクリしてるだけじゃない?」

「えーうそ。そんなことないって」

 私は忘れもしない。高校の卒業式で、誰からも卒業アルバムの最後のページの空白部分に「なんか書いてよ」って言われることなく終わろうとしていた時。同じクラスの中川駿介に窪塚洋介の『20』というエッセイ集を渡されたこと。そしてそのエッセイ集を読み進めていくと、美沙がさっき言っていたポエムが書かれているいるページに大きく書かれた「好きです」の文字。

「残念ながら本当なの。てかさなにその彼氏。キザすぎない?まあでもみんな恋してる時は周り見えなくなっちゃうんだよねー」

 そう言いながら泡がなくなりかけた生ビールを飲み干す。

「スイマセーンおかわりくださーい」

 はい、かしこまりましたー!っと元気のいい声が聞こえる。もう5時だっていうのに元気な店員さんたちだ。

 長いネイルを邪魔そうにしながら美沙もカシスオレンジを一気に飲みし、おかわりを頼む。

「夏子はさーどんな人がタイプなの?てかもう何年彼氏いないのよ。そーやってカッコつけてる男の人の皮をすぐはがそうとするからいけないんだよー」

 いつもこう。美沙は自分から男の話をしておいて、私が少しでもチャチャいれるなら不機嫌になって反論してくる。いつも同じ方便で。

「好きなタイプなんていないよ。好きな人がタイプなの」

「夏子だって今相当キザっぽいこと言ったよー」

 ああもう。うるさいなと思いながら二杯目のビールを待ち焦がれる。

「早っ」

 美沙がくるっと店員に目をやる。いいタイミングで大学生くらいの男性店員さんが右手にトレイを乗せてやってきた。

「お待たせしましたー。こちら生ビールとカシスオレンジですね」

「ありがとう」

 お互い今来た飲み物を半分ほどグイッと飲みきる。美沙がテーブルにある唐揚げを一つ取りくちに入れる。そしてまだ唐揚げが口の中にある状態で口を開く。

「今は?この人いいなーとか思ってる人いないの?」

「今はいないかな。正直今更なんだよねー」

「今更?」

 そう今更なんだ。今更好きな人ができたところで私には関係ない。美沙には言ってないけど、私は病気でもうそんなに長くない。まさか26で死ぬなんてとはもう思ってもいない。高校に入学する前の春休みから分かっていたことだから。 

 確かに最初は悲しかったけどここまでくるとどうってことはない。こんな風にお酒を飲んでいる時なんかは自分が長くはないってことだって忘れられるときだってある。私の病気は長くても30までしか生きられない病気で歳をとるごとに発病する可能性は上がっている。25歳で約50パーセント今年で27になる私はいつ死んでもおかしくない。このことを知っているのは家族を覗いたら右手で数えられるほどだった。別に美沙を信用してないってわけじゃないけど。言ったら大事にされるだろうし、そういうのは本当勘弁ってだけだから。 

「ねー夏子。どうしたの?今更って何?歳をとりすぎたってこと?そんなことないよ。今の平均結婚年齢って知ってる?」

「え、知らないよそんなの。幾つなの。25くらい?」

「違う違う!全然もっと遅いんだって。29歳なんだよ!まだ二年もあるよ!頑張ろうよ!」

 29歳か・・・

 何パーセントの確率で生きていられるんだろう。数パーセント。いや0.1パーセントでも可能性はあるのかな。

「そうだね。まだまだ頑張んなきゃね」

 そういうと美紗は綺麗なオレンジ色のグラスをコツンとジョッキに当ててきた。

「未来に乾杯!」

私はグイッとビールを飲み干した。


 イライラした様子で仕事をしている美沙に飲み行こうと誘われてのはその三日後だった。今日はいつもより厚化粧をしている。分かったといい仕事終わりいつものチェーン店で待ち合わせした。

 とりあえず生ビールとカシスオレンジを頼み、おつまみにタコワサと焼きハマグリを頼んだ。飲み物とお通しが運ばれてくると小さくグラスを合わせた。

「それで、どうしたの随分イライラしてるみたいだけど」

 その質問待ってましたと美沙が喋り始めた。

「彼氏がね、別れたいって。ずっと好きでいてくれるって言ったのに。もう別れたいって」

 やっぱりな。そんなような気がしていた。3日前までちょーかっこいいーって思ってた人に振られるってどんな気持ちなんだろ。

「それでなんて言ったの。ちゃんと嫌だって言った?」

「言うわけないじゃん。もーあんな人とは美沙付き合えないから。第一、私よくよく考えればそんな好きじゃなかったし、あんなチャラい男」

 悲しい人たち・・・別れた途端好きだった人を悪く言う人を見るとそんなふうに思ってしまう。

「じゃーよかったじゃん別れられて。なんでそんなイライラしてるのさ?」

 正直美沙の色恋話にも飽きてきた。私はテーブルに置かれたトングを取り、お通しのよくわかんない小さい魚の開きをテーブルの中央に置かれた網の上に乗せた。

「それがね。美沙が振られたのが一昨日なんだけどさっき仕事前にやっぱりより戻したいって電話きてさ。うざいからずっと電話もメールも無視してんだけどずっと鳴りっぱなしでさ」

「あーそれは面倒くさそうだね。でも美沙が電話出るまで鳴りやまないと思うよ。思い切ってかけてみれば?」

 それが一番手っ取り早いなと思っていた。ここでケリをつけずに先延ばしにしていると、このどうでもいい色恋話も終わることはないだろうし。

「いま?なんてかけんの。より戻すつもりない。電話かけてこないでって?」

「そんなんでいいんじゃない。それで諦めるかどうかはわかんないけど、ずっと電話なりっぱなしよりはマシでしょ」

 そういうと美沙はブランドバックからスマホを取り出した。ほら見てと画面を見せられると鈴木悠太という男からの不在着信が36も入っていた。美沙が発信ボタンを押すと、すぐに鈴木悠太という男に繋がった。美沙はスピーカーホンにしてテーブルの上に置いた。

「美沙?やっと出てくれた。お願いだから話を聞いてくれよ」

 なに?と美沙は冷たく言い放った。

「俺さ色々疲れてておかしくなってたんだよ。美沙がいないとダメなんだ!お願いだからもう一度やり直してくれ!」

 美沙がいつになく真剣な顔で答える。もちろん電話越しの鈴木悠太にはこの真剣な眼差しは届いていないけど。

「今から美沙の好きなところ10個言って」

 は?いきなり何を言い出しているのか、一瞬分からなかった。たぶん鈴木悠太という人物も困惑しているだろう。

「10個言ったら許してくれるのか?」

「だからその許すか許さないかのテストだよ。10個言い切れればよりを戻す。でも二つ気にいらない回答が出たら、その場で電話切るから。それでもう二度とかけてこないで。分かった?」

 分かった分かったと促す鈴木悠太という人物。なんだか変な緊張感が走っている。私まで変な汗が出てきた。

「早く言わなきゃ切るよ」

 電話越しでも鈴木悠太という人物が相当焦っているのが伝わって来る。電話越しの男が大きく息を吸い込んだのがわかった。

「まず、優しいところ。失敗とかしても許してくれるところが好き」

 はあーと美沙が大きく溜息を吐き、冷たい声を出す。

「はい。まずバツイチ。あんた本当つまんない男だね。なんかもっと私だけっていうのないの?」

「声が誰よりも透き通っている。美沙の声は世界一だよ」

 美沙が胸の前で腕を交差させバッテンを作った。はあ確かに私が聞いていてもつまらない回答だった。

「次が・・・」

 そこまで声が聞こえて美沙が割って入った。

「あ、もういいよ。終わりだから。電話番号も消しとくから。これ以上しつこくされても警察行くから。それじゃさよなら」

「ちょっとまっ・・・」

 ツーツーツー、とスピーカーホンに遠く消えていく鈴木雄太という人物の悲しい音だけが流れる。

「あーすっきりした。さー夏子!今日も飲むよー」

 一仕事終えたかのようにグググッとグラスを空ける。

 美沙はいいなー呑気というか大雑把というか。すぐ切り替えができて。最初はあり得ないと思っていた美沙の性格も最近では羨ましく思うときさえある。スイマセーンと大声で店員さんを呼ぶ美沙。カシスオレンジと生ビールを注文する。急かされるように私はジョッキを空にした。1分もすれば飲み物が届く。

「これ結構いいんだよ」

「これって?」

「だーかーらー。さっき悠太にやった10個質問するやつ。あれ男が自分の事どんだけ大事にしてくれるか結構分かるんだよ」

 確かにさっきの鈴木悠太の答えは、二つともなんともフォローすらできない答えだった。

「でも私そもそもそんなの聞く人いないからさ」

「何言ってんのいるじゃん。中川がさ」

「中川って駿介のこと?駿介はありえないって」

 駿介は私の病気を知っている数少ない高校の同級生。1年前までたまに会っていたけど、今ではめっきり会わなくなっていた。

 最後にあったのはちょうど一年前くらい前だった。二人で飲みに行ったが、酒を飲み過ぎて歩けなくなった駿介を抱きかかえながらホテルに直行した。やらしい意味じゃなく酒が抜けるまでの間、体を寝かせに行っただけだった。そこで酔っている駿介に思わず病気のことを言ってしまった。やっぱり心の底では私も誰かに頼りたかったのかもしれない。駿介はそれを聞いていきなり酔いが覚めたようだった。それでもいいからと何度目か分からない交際を申し込まれた。   

 私はその時、これ以上駿介を繋ぎとめてちゃダメだと思った。それだけはできない。ごめんなさいと断った。

 そして私たちは最初で最期のセックスをした。それっきり私は彼に会うことはなかった。

「ね!いいじゃん中川に電話してみようよ」

「いいって。それに今、朝の5時だよ寝てるから出るわけないって」

「中川は絶対出るって」

 さっきまで不機嫌だった美沙の顔にもう暗い表情はなかった。それよりも駿介がもし電話に出てきてどんな反応をするのかという興味と期待に満ちあふれた顔を見せてくる。

「わかった。かければいいんでしょ。その変わりもし出なかった今日の飲み代美沙がおごってよね」

 ウンウンと首を縦に振る美沙。

 私は机に置かれたスマホを手に取り電話帳から駿介を探した。一年も連絡を取っていないのに駿介は出てくれるのだろうか。もしかしたら電話番号も変わっているかもしれない。なぜかそんな不安を抱えながら恐る恐る駿介に電話をかけた。5回ほど着信音が鳴った後、彼の声が聞こえてきた。

「もしもーし」

 久々に聞く駿介の声にドキッとした私は小さな声で返事を返した。

「久しぶり。ごめんね寝てたよね?」

 そう言うと向かいにいる美沙がスピーカー!スピーカー!といってきたので私は電話をスピーカーにして、机の上に置いた。

「うん。寝てたー。いきなりどうしたの?」

 寝ぼけたような声。それでも優しい声だった。

「いや、これといって用事はないんだけどさ・・・」

 ん!ん!と声を出さないように美沙が顎をしゃくっている。

「いや。あのーいきなりなんだけど・・・。あのさ駿介ってさ、私の好きなところ10個言える?」

 私は自分で何を言っているんだろうと思い顔を赤らめた。

 電話越しの駿介は一瞬静かになり、そしてその次の瞬間また声が聞こえてきた。

「右のほっぺたにあるホクロとか可愛いと思うよ」

 ホクロ?ホクロって・・・そう思いながら右手で右のほっぺたを触った。美沙も私のほっぺたを凝視している。

「あ、本当だ。右のほっぺにホクロある。確かに可愛いかも」

 美沙が不意にボソッと声をあげた。

「ねえ。駿介ふざけてるの?」

 私は怒ったように声を上げる。

「ふざけてないよ。好きなところって言われたから、それが頭に浮かんだから言っただけだって」

 ふざけてないはずがない。普通は性格とか褒めてくれるのに。さっきの美沙の元彼の答えが随分まともに思えてきた。

「わかった。でもこれでバツ1個目ね。バツが2個出たらおしまいだから!わかった?」

 わかったわかったと電話越しにケラケラと笑う駿介。

「じゃあ二つ目ね。二つ目は左手の中指の付け根にあるホクロ。あれもなんか可愛いんだよねー」

 もーいい!と通話終了ボタンを押した。

「あ、なんで切っちゃうの。面白かったのにー」

 美沙が面白くても私は全然面白くない!心の中でそう叫んだ。生ビールに手をかけ一気に飲み干す。スイマセーンと大きな声を出すも店員は私の声に気づかない。なんなのよどいつもこいつも。

「まあまあそんなにカリカリしないでよ」

 そう言い美沙が可愛い声で店員を呼び止め、冷たい日本酒を二合頼む。

「え、どうしたの美沙日本酒なんて飲めるの?」

 きょとんとした顔で首を横に振る。

「違うよ。がんばった賞として美沙からのプレゼントです」

 そう言いニコッと笑顔を作る。こういうところがあるから美沙との友情が崩れることなく続いてるのかもしれない。

「ありがたく努力賞いただきます」

私たちはこの日も学生やサラリーマン達を横目で窓越しに見ながら酒を飲み明かした。

読んでくれてありがとうございます。

続編は出来てるので、みなさんの期待に応えて投稿できるように頑張ります

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