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ソフィーとの生活

 ソフィーがダンボールの中身を手際よく出していく。それを私はベッドに座ってなんとなく眺めていた。

 ダンボールの中には、テディベアもあった。こういうぬいぐるみのようなものは私の部屋にはないので、少し興味を惹かれる。

「そのテディベア……」

「これですか? これはわたしの昔からの宝物なんです! 部屋に置いてないと落ち着かなくて、持ってきちゃいました。あの……もしかしてこういうの嫌いですか?」

 ソフィーが不安そうに見つめてくる。可愛らしい顔が曇ってしまって、少し罪悪感が。

 私の聞き方が悪かったかな。ブンブンと手を振って否定する。

「いやいやいや、そんなことはないよ。私がそういうの持ってないから物珍しかったというか……」

「そうでしたか! やっぱりサヤカはやさしいですね!」

 そう言うと彼女は手を止め、私に抱きついてきた。その勢いでベッドに倒れ込む。


 気がつくと、彼女が私の両肩をベッドに押さえつけるように覆いかぶさっていた。

「…………」

 彼女の両目から目が離せなくなる。無邪気そうに笑う顔が眩しい。

 自分の顔が熱くなっていくのを感じる。心拍数が急激に上がったのは、彼女の行動に驚いたからだろうか。それとも、眩しい顔がすぐ近くにあるからか。

 垂れた金髪が、私の頬を触れてくすぐったい。

「サヤカ……かわいいです」

 ぼそりと呟かれたその声が、私の脳に届く。私がかわいい? いやいや。かわいいという言葉は、ソフィーのためにあるようなものだ。今までにこれほど綺麗で美しく、そして愛らしい人は見たことがない。

「ソ、ソフィーのほうが何倍もかわいいよ。目も肌も髪もきれいじゃん」

「わたしは……サヤカの黒い髪、好きですけど……」

「ソフィーの金髪の方が……」

「黒髪が……」

 顔を間近にしながら、お互いの髪を褒めあった。少し彼女の髪を触ってみたが、艷やかで手触りがよく、まるで絹のようだった。垂れ下がる金色の絹は、人の心を引きつけるには十分すぎるものだった。



 

 ソフィーの荷物整理が終わり、私たちは卓袱台で一緒に宿題をした。初日から宿題を出すなんて、ひどい学校だ。まぁ、終わっていなかった春休みの宿題が大半なのだが……

 私は国語と数学が得意で、そして英語が大の苦手。特に文法がちんぷんかんぷん。

 でも、今日からはソフィーが居る。きっと英語は大丈夫だろう。


「ソフィー、ここってwhich? それともthat?」

「そこはwhichですよ。thatだったら意味が変わって、…………って意味になっちゃうので」

「なるほど! ありがとう」

 ソフィーに教えてもらって、宿題が進む。

 しばらくすると、ソフィーが国語の教科書を見せながら聞いてきた。

「あの、サヤカ。これどういう意味ですか」

 見ると、問題は古文。確かに、日本人でも難しい古文は外国人にとってはもっと難しいのかもしれない。

「その単語は、一日中って意味だよ」

「そうでしたか……うぅ、古文は難しいです……日本人がラテン語を勉強するようなものですよ」

 ラテン語……普通の英語でさえ難しい私にとっては、拷問のようなものだ。覚える単語の数が増えると想像しただけでも嫌なのに、文法も複雑になるなんて、考えただけで逃げ出したくなる。

「それはきついね……そういえば、ソフィーって日本語上手だよね。どうやって勉強したの?」

「アニメです! 日本のアニメを見てたら、日本語勉強するの簡単になりました」

 テレビで見たことや、社会の教科書に載っていたことを思い出す。日本のアニメは海外で人気らしい。

「へぇ、例えば何が好きなの?」

「有名なのだったら……デ○ノートとか。他にもたくさん見ました」

「あー、なるほど」

 海外では奥深いストーリーがある作品が人気だと聞いたことがある。あの作品は確かにストーリーが練られていると思う。

 私もあの作品は見たことがあったので、しばらくその話をした。話をしていると、彼女が本当にあの作品が好きだということが伝わってきた。

 この情熱を原動力にして日本語を勉強したのかもしれないと思い、アニメを見ながら日本語の勉強をするソフィーを想像すると、なんとなく微笑ましい気持ちになった。




「お腹空いてきました……」

 ソフィーがお腹を押さえながら、元気がなさそうに呟いた。私もお腹が空いた。窓の外を見ると、まさに夕暮れと夜の境界の色だった。

「もうそろそろご飯だよ、多分」

 そう言うと、ちょうど階下から母に呼ばれた。どうやら晩ご飯ができたらしい。

 私たちは待ってましたと言わんばかりに食卓へと向かった。


 今日のメニューはとんかつらしい。ご飯と味噌汁と、とんかつとサラダ。

「Wow、これが噂に聞くとんかつですか」

 見ると、ソフィーは目をキラキラさせていた。

「アメリカには無いの?」

「わたしはアメリカでは食べたことないです。美味しそう……」

 とんかつって日本食だったんだ。てっきり海外にもあるものだと思っていた。


 3人食卓に座って、いただきます。ソフィーは箸を器用に使いこなし、とんかつとご飯を口に運んでいた。

「ん~、美味しい! マザー、美味しいです!」

「あら、嬉しいわぁ。食べたくなったらいつでも言ってね。作ってあげるから」

「いつでも!? じゃあ、毎日がいいです!」

 ソフィーはとんかつに感動しているようだった。サク、サクと小気味よい音が聞こえる。

 父は単身赴任であまり帰って来ず、いままでほとんど母と2人暮らしのような状態だったから、ソフィーが居ると賑やかで楽しい。もちろん母と関係が悪いわけではないが、ソフィーがこの部屋の花になっていた。

 賑やかな食卓で食べる食事は、いつもより美味しく感じた。母の料理はいつも美味しいが、それでも、だ。


「ごちそうさまでした」

「私も、ごちそうさまでした」

「はい。お皿は水につけといてね。あと、もうお風呂入っちゃいなさい」

 ソフィーとほぼ同時に食べ終わった。皿は母に言われたとおりにする。

 

「ソフィー、どっちからお風呂入る?」

 お風呂に入る順番を決めようと、質問する。私としては別に先でも後でもどっちでもいい。ソフィーが先に入りたいなら譲ろうと思ったのだ。

「えっ、一緒に入らないんですか?」

 一緒に入る? それはどういうことだろう。一緒にお風呂に入るという意味だろうか。いや、きっとそうだ。

「ええっ、それはちょっと……恥ずかしいよ」

「あっ、アメリカでは姉妹は一緒にお風呂に入るんですよ? ねぇ、お願いです……おねえちゃん」

「おねえちゃん!?」

 ソフィーが上目遣いで甘えるように聞いてくる。目がうるうるとしていて、とてもいけないことをしているような気分になってしまう。

 そんな目で見られたら、断れないじゃないか! 自分の見た目を利用するなんて、卑怯な!

「一緒に入りましょう……?」

「わ、わかった……」

「やったー!」

 そしていつものように、両手を大きく広げたかと思ったら勢い良くハグしてきた。ふわっといい匂いが鼻腔をくすぐる。母はそんな私たちを見て「ソフィアちゃん、仲良くしてくれて嬉しいわ」などと言っている。

 私も嬉しいけど、なんだか変にドキドキして落ち着かない……


 誰かとお風呂に入るのは、母と入っていた小学生ぶりだろうか。二人で脱衣所に立つと、少し狭い。

 ソフィーの肌は白くてきめ細かく、さすが白人といった感じだった。つい羨望の眼差しで見つめてしまう。

「サヤカ、そんなに見られると恥ずかしいです」

「ご、ごめん」

 ソフィーは綺麗だが、私は自分にあまり自信がないので裸になるのが恥ずかしい。それでも、お風呂に入るためには脱がざるをえないのだった。


 入る前はあまり乗り気ではなかったが、人と一緒に入るというのは良いものだ。自分では洗いにくい背中を洗ってもらえるから。

「あぁー、気持ちいい……」

 ソフィーに背中を洗ってもらい、極楽気分を味わう。ソフィーは洗うのがとても上手で、できることなら全身洗ってもらいたいぐらいだ。

 洗ってもらった後は私もお返しに洗ってあげる。背中を洗っている間、どうしても彼女の金髪が気になる。

「本当、ソフィーの髪って綺麗だよね……触っていい?」

「いいですけど、代わりにサヤカの髪も触らせて下さい」

「え、わかった。私なんかの髪を触っても面白くないと思うけど……」

 私は髪が短いので、女の子らしくないなぁと自分で思う。かといって、長い髪型は似合わないのだ。

 ソフィーが了承してくれたので、首元から髪を掬う。とてもさわり心地が良い。私のとは違う物質でできているとしか思えない感触だった。濡れている髪は、本物の金のように輝いていた、

「じゃあ、サヤカの髪も触らせて下さい」

「うん」

 ソフィーが向き直って、私の後ろ髪に触れる。優しい触り方で、触られていると心が落ち着くようだ。

「サヤカの髪は綺麗ですね……日本語で『濡鴉ぬれがらす』って言うんでしたっけ」

「なにそれ、初めて聞いた。難しい日本語知ってるんだなぁ」

「そうですか? えへへ、それほどでも」

 私の髪を撫でながら、相好を崩した。その表情を見て、きっと今彼女はリラックスしているんだろうなと思い、嬉しくなった。


 二人で一緒に湯船に入ると、結構窮屈だ。足を折り曲げて、向き合うように座った。

「アメリカでは、湯船にはあまり浸からないんですよ。だから、日本で毎日湯船に浸かるのが楽しみだったんです。それに、サヤカと一緒に入れて……嬉しいです」

 ソフィーが幸せそうにしてくれるので、私まで嬉しくなる。一緒にお風呂に入るのは恥ずかしかったが、今はこうして良かったと思う。

「私も、ソフィーと一緒に入れてよかった」

「本当ですか!? じゃあ、明日からも一緒に入りましょう!」

「うん、いいよ」

 私たちは、一緒に体の芯まで温まった。お風呂から上がるとき、ソフィーは少しフラフラしていた。身体も真っ赤になっていたので、どうやらのぼせてしまったようだ。無理をさせてしまったかもと思い、少し反省。



 ふと気がつくと、もう日付が変わっていた。もうそろそろ寝る時間だ。ソフィーはどこで寝るんだろう。

「ソフィー、布団とか持ってきた?」

「枕だけ持ってきました。日本に来る前、マザーが一緒に寝なさいって言ってくれたので」

 私のベッドは、当然ながらシングルベッドだ。どうやら母はそのことを知らなかったらしい。

「これシングルベッドだけど、大丈夫? 狭いよ?」

「わたしはそっちのほうがいいなぁ……なんて」

 ソフィーが照れたように言うので、こっちまで恥ずかしくなる。

 まぁ、ソフィーが良いなら私としても構わない。夏は暑いかもしれないけど……


 ベッドにソフィーが入ってくるのを確認してから、リモコンで電気を消す。リモコンで電気消せるのって便利だ。

 私は横向きで寝る人なので、ソフィーに背中を向ける。正面に顔があったら眠れなさそうだから。

 背中に他の人の体温を感じながら寝るのは、落ち着く感じがする。少し緊張するが、それでもよく眠れそうだ。

「くぅ……くぅ……」

 安らかな寝息が聞こえる。ソフィー、寝るの早いな。私も寝てしまおう。そう思っていると、後ろから抱きつかれた。私のお腹に手が回される。

「…………」

 落ち着かない。非常に落ち着かない。さらにその上、首筋に息がかかっている。

 どうしよう。目が冴えてきた。こんなことされたら、眠れるわけがない……!

 

 いやいや。寝ないといけないんだ。寝るぞ。頭の中で羊を数える。羊が1匹、羊が2匹……

「んん……」

 声が聞こえて、そっちに意識が取られてしまう。なんて可愛いんだ……じゃなくて、寝なければ。

 寝返りをうつと、当然のことながら目の前にソフィーの寝顔があった。暗さに慣れた目では、それがよく見える。

 分かっていたが、とても整った顔だと改めて思う。起きているときはあまり意識しなかった睫毛の長さが、寝ていると際立って見えた。

 その顔を見ていると、なんとなく頬にキスをしたくなったので、頬にかかっていた髪を掬い軽く口づけをした。

「おやすみ、ソフィー」

 今日知り合ったのにここまで親しくなれたのは、ひとえにソフィーのおかげだと思う。穏やかに眠る彼女に感謝をしながら、私は眠りに就いた。

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