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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第2話 「冥<メイ>または縛り方について」
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 地上ではポチが真言を唱えていた。

 身体に力が満ちるのが分かる。

 禁縛きんばくの儀式をひとりでやるのは初めて、対象がいるのも当然初めてだ。

 シミュレーションしかやったことはなかったが、今までと違った力が感じられて、えていた自信がちょっとだけ戻ってきた。

 大丈夫、できる。

 「あと……二十秒」

 宿曜計のベゼルを微調整、三十六きんを合わせる。

 陰行と水行、焦らず順番にやればできるはず。

 「…………」

 遠くから叫び声が聞こえた。大妖たちが戦っているのだ。

 彼女らに恨みはないが(いやあるか。さっきボコボコに蹴られた)、これが自分の務めなのだ……それにしてもなぜ、ヤミは俺たちを助けたのだろう?

 「…………!」

 先ほどより叫び声が近い。

 ポチは顔を上げて、ビクッと震えた。

 ささやかな自信が消し飛ぶ。

 「やめんかーっ! 小僧っ!!」

 「それはっ! その術はっ!」

 大妖がふたり、こちらにものすごい勢いで飛んでくる。切羽詰った形相。

 「おおおおおおおっちょっ、早く早く早くっ!」

 あまり意味がないが、ポチは宿曜計に叫んだ。

 顔を上げると、ふたりはもうすぐそこだ。

 視線が大妖と宿曜計を切ないくらいに往復、ポチはそれはもう悲しそうな声で宿曜計様にお願いする。

 「たのむうー!」


 カチリ、と宿曜計が時を告げた。

 キリキリとバネを引き絞る音と共に、文字盤の内周から月縛が中心に寄り、ベゼルと隣り合った文字盤の外縁に黄道こうどう白道はくどうを描き出す。

 一瞬でポチは「宿」を見て取った。

 宿曜計が星を描き出す音でポチのスイッチは入る。先ほどまでのおどおどとした高校生はどこにもいなかった。

 大妖に向かって助走をつけてダイブする。明らかに自殺行為だが、ギリギリでふたりの飛ぶその下をすれ違った。考えてみれば、ふたりを避けるにはその方法しかない。

 ポチは前回りで受け身を取り、片膝立ちで振り返った。

 ヤミとメイが慌ててターンをして戻ろうとしている。

 ポチは宿曜計を再び、今度は内周に水曜を寄せ、「宿」を確認した。

 「陰行! 水行!」

 ヤミとメイが何かに引かれたように急停止する。

 ポチが金剛杵を持った右手を高く差し上げた。

 「陰行! 室宿しつしゅくに発し、豺宮さいきゅうを経て、翼宿よくしゅくに至り黒月こくげつ天破てんはを縛として禁ずる!」

 「水行! 精は辰星しんしょう柳宿りゅうしゅくを発し、井宿せいしゅく鬼宿きしゅくとして禁ずる!」

 驚くべきことに、ポチはふたつの禁呪を「同時」に発音した。

 「おい! 小僧! やめろ!」

 「ちょっと! お願い!」

 ポチが金剛杵をまっすぐに振り下ろす。

 宿曜計が動いてからここまで、ポチに似つかわしくない滑らかな動きだ。修業をした甲斐があろうというものである。

 ポチの金剛杵が、空中を打った。

 何もないはずの空中で何かを穿ったような音がした。黒い光と青い光の奔流ほんりゅうが生じ、ポチに必死に手を伸ばしたヤミとメイを見る間に飲みこんでいく。

 「おい! 小僧!」

 「ちょ! いやん! やめてええ!」



          ☆



 光の奔流には物理的な反作用があるらしく、ポチは吹き飛ばされた。

 そしてあおのけにヘッドスライディング。

 今度は後頭部が半分埋まった。

 「むぎゅぎゅっ!」

 起き上がって頭を振る。

 盛大に泥をまき散らした。

 「やった、のか……俺…………ってうわあっっ!」

 座ったまま、ポチはずりずりと後ずさりした。

 「またこれかっ! くそっ! お前も変態坊主かっ!」

 「ちょっと、ほんとに……もういやぁ……」

 「小僧! お前、封縛はできぬと言ったろうがっ!」

 ヤミが怒りの叫びをあげ、メイが涙声。

 ふたりは、ちょうどポチの眼の高さくらいの空中に浮いたまま、光の縄に捕えられていた。

 ヤミの姿は……光の縄が、全身を六角形の結び目で覆い、腕の具足をつなげて後ろ手に縛りあげ、ふとももと両足を引き絞っている。すなわち「亀甲観音縛りM字開脚版」であった。

 どういうことになっているのか、ヤミの脇には「旭日きょくじつ双葉ふたば」という豪勢ごうせいな筆文字が浮いていた。角度を変えても文字は正面になっていて、そう読める。

 両足を開き、恥ずかしげなヤミの顔がのぞいているその様は、まさに双葉の向こうより昇りくる朝日のようである。

 うむ。

 メイの脇には「下弦かげん弧月こげつ」の文字。

 光の縄によって両手両足を拘束され、少しきつめの逆海老縛りに締め上げられている。下弦の月のごとくに身体は反り、つんと生意気そうな双丘がぐいぐいっと張り出している。

 うむむ。

 衣服が計算されたかのごとく微妙にはだけ、むしろ裸であるよりもエロエロい。なんというか、「まー、エロっていうかさー」などと思わず照れ隠しに呟いてしまうレベルである。

 「見るなっ! ばかものー! 殺すぞっ!」

 ヤミの顔が真っ赤だ。

 「こ、こ、これは……すげえ……」

 「だから見ないでくださいっ!」

 ポチの凝視に涙声で訴えるメイ。

 「あいっかわらず、くだらない術を使いおって! 空賢の血筋は法力を無駄にするばっかりのバカどもか!」

 空中でヤミがもがき、胸元がはだけそうになる。

 「いや、あ、あんまり動くと……」

 と言いながら眼をそらせないポチ。

 「ぎゃああ! み、見るなっバカっ!」

 「ごごご、ごめんなさいっ!」

 ポチは思わず背を向けた。

 どうやら自分のせいで役得、いや違う、辱めを与えていることに申し訳なさを感じる。どうしたら役得、いや違う、事態を収拾できるだろう。

 ふと、先ほど外した法輪が眼に入った。

 ハクの制服とともに無造作に落ちている。

 「くっそ、もうやだこれっ! いっそ普通に封縛しろ。さあ今すぐしろ! なんで禁縛だけできるんだバカっ!」

 「は、は…‥恥ずかしい……! これだから許せないんです……空賢め……! その子孫も……!」

 ヤミとメイは、もがきながら真っ赤になって恨み言を重ねた。

 なるべく見ないように、その実チラチラと見ながら、ポチはさりげなくヤミの後ろに回った。

 「だいたい、空賢てのは…‥ん? お前、ちょっと! お前!」

 ポチは法輪を開き、ヤミの首筋にあてた。

 「(すごいな、F? それ以上?)これはほら…‥その……えっと……うん、やむを得ない」

 「くそ! くそおっ! 覚えていろっ貴様!」

 カチンと法輪がはまった。

 ふっ、とヤミの姿がハクに入れかわり、ハクが地面に倒れ伏した。

 「つっ、いたたた…‥」

 頭を押さえて身体を起こすハク。

 「ハク、大丈夫か?」

 「んー、て、あ、ああっ? ポチ、ってなにこれ!?」

 全裸である。

 こちらもFかそれ以上である。

 しかも首輪である。

 破壊力抜群である。

 ……何かこう、その場にいるだけで「やり遂げた」感の溢れる光景であった。

 「何なのよこれ!」

 両手で色々と隠しながら丸まったハクに、ポチは手早くシャツを脱いで投げた。

 「そ、それ着とけよっ」

 やむを得ないとはいえ、薄手のシャツ1枚が「全裸で首輪」に加わった場合、むしろ破壊力が増すばかりである。

 とは言え他に選択がないのでハクはシャツを身に着け、ポチを監視しながら自分の制服のところに横移動していく。

 「向こう向いてて!」

 「お、おお」

 ポチは、ハクが持ってきてくれた自分のカバンを見つけ、その中からもうひとつ法輪を取り出した。水曜の法輪だ。

 メイに向き直る。

 「なんですか変態」

 「へ、変態って……」

 がっくりと落ち込んだポチだったが、気を取り直して立ち上がる。

 「さっさと封印すればいいでしょう変態」

 「え、そん……」

 「法力を変態、自分の趣味に使うような輩には変態、地獄に落ちればいいんです変態」

 「ぐぐ……俺じゃないのに」

 最後は口の中で呟き、ポチはメイの首筋に法輪を結んだ。

 メイの姿が女子高校生に入れかわる。

 若干肉感的だが鍛えられた肢体、穏やかで優しそうな表情。

 とりあえず上下を身に着けたハクが、遠目から驚愕の叫びを上げた。

 「あ、アムっ!」

 朝川歩が全裸で首輪で倒れていた。

 ポチが驚きのあまり口を開けたままハクを見る。

 ハクも驚いたままポチを見て、我に返って叫んだ。

 「いいから向こう向いてろ、ポチ!」

 「はいっ!」

 美しく素早い、回れ右であった。



          ☆



 温泉旅館の「たちばな」の大浴場。

 午後二時であれば、お客さんはちょうど谷間である。

 そのゆったりとした大浴場に、首輪をつけた女子高生がふたり、脱力した状態で唇の下まで温泉に浸かっていた。

 「封印……大妖……はぁ」

 「うん……アムもその子孫で、ヨリシロ?とかってやつなのね。なんだろうその設定、って感じだよね……」

 ふたりは盛大にため息をついた。

 「もうね……」

 「うん……」

 そのふたりの前を、すいーっと泳いでいく幼女。

 ヤミである。

 「お前ら、眼の前の現実を受け入れた方がいいと思うぞ?」

 「あんたが現実とかいうなっ!」

 ニヤニヤと笑うヤミに、思わず立ち上がって気色けしきばんだハクだったが、肩を落として再び浴場に沈み込んだ。

 「もうね……」

 「うん……」

 と、がらりと入口の引き戸が開いた。

 幼女がもうひとり立っている。

 年相応の子と違うのは、キチンと前をタオルで隠しているところだ。

 「メイ」

 ヤミが面白げな調子で声をかけた。

 「どうだ、魂魄の姿は」

 「え? メイってこいつ? あいつ?」

 幼女はまるっきり無視して、カランからお湯を注ぐ。

 二回ほどかけ湯をして温泉に入ってきた。

 ハクを興味なさそうに一瞥して口を開いた。

 「そうですよ。いから騒がないでください」

 ツンとした幼女。

 日本の一部限られたところに需要がありそうである。

 女子高生ふたりが浴縁側、幼女ふたりがもう一辺の湯船のふち、何か微妙な沈黙が湯気と入り混じった。

 「……あ、あんた、何でここに……?」

 「別に。行くところがないもので」

 ツンツンで素っ気ない幼女。

 一部限られたところの、更に特別な方々に需要がありそうである。

 面白くなさそうにメイが付け加えた。

 「しばらくはこうして現世にとどまるしかないようです……」

 ……。

 ……。

 ややあって、ぶるぶるメイは震えだした。

 「……まったく……まったく、七曜封縛ができないとか、何なんですか。なんで禁縛だけできるんですか……っ!」

 「阿呆なんだろ、あれは」

 ぼそりとヤミが呟いた。

 全員が眼を逸らして、

 「うん……」

とうなずいた。



          ☆



 「ぐしゅっ!」

 ポチの盛大なくしゃみである。

 「あー、ちきしょー埃がすげー」

 ポチは、古文書をめくりながらはなをすすっている。

 七曜について詳細に書き記した文書であるが、正直じじいがいないと古いものは残念ながらポチには読めない。

 高賢は海外出張中で明日帰ってくる予定だ。仕事でいったはずなのに、SNSで送られてくるのは観光地まわりしている写真ばかり。

 「……全然読めねえ……」

 ポチは深々とため息をついた。






「人はあやまちを繰り返す。幾度となく繰り返された争いと悲劇。不幸の連鎖は時代を超えて受け継がれ、決して止むことはない。人は生きるに値する種なのか。人ならざる者はそう人に問いかける。次回『マナ登場!バトン部存続の危機?戦う理由は憂さ晴らし?』人は問いに応えられるのか」


それでは第3話をお楽しみに!

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