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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第13話 「忠賢<ポチ>または日常について」
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 上下どころか、前後もはっきりしない空間。

 薄暮のように柔らかな明かりが辺りを満たしている。

 なんとなく浮いているような引っ張られるような中、ポチはふわふわと浮いていた。

 ポチは、と言ったが、遠目から見るとポチっぽい外見の白い塊である。ポチの自意識の名残に過ぎない。

 「あー、なんかねむ……」

 そのポチ的なものがぼそぼそと呟いた。

 と、ほわりとポチ意識の胸あたりに、焦点の定まらない映像が浮かぶ。たくさんの顔。

 高賢、蒼海、レオナルド、リックマン、十二神将、円海、アユイ、カノン、神谷、トウマ、若葉、キリ、雫、マナ、燕、メイ、アム、ヤミ、そしてハク。

 画像は次々に移り変わっていったが、最後のハクだけが長く鮮明に映っていた。

 ポチ意識が首らしきあたりを二、三度伸ばし、ほう、とため息らしきものをついた。どことなく満足げに見える。

 「……じゃあな」

 言葉にならない言葉で別れを告げる。

 白い塊がゆっくりとほどけていき、煙のように霧散していく……その刹那、

 「まあ、姉さんとみながお世話になったんですし、このくらいはしませんとね」

 唐突に面白がっているような女性の声が響いた。

 寝ぼけたように眼を覚ますポチである。

 白い塊がフィルムの逆回転のようにまとまり、ポチの形をとった。

 瀧夜叉姫がポチの左足首を取って逆さ吊りにしている。

 「あら失礼」

 「え? なんで? ってうわアタシ裸いやんっ!」

 「すごいですね、まずボケないと始まらないんですね……魂魄なので仕方がありません」

 足首をつかんだまま瀧夜叉姫が笑う。

 「え? あれ? あなたは……瀧夜叉姫?」

 一瞬ポチの下半身に眼がいってしまって、姫は頬に手を当てて顔を赤らめた。

 「ええ。乗りかかった船というか、行きがけの駄賃、ですよね?」

 姫が手を離すと、ふよふよと浮きながら、普通に立つポチ。

 「ほとんど四散してしまった魂魄を無理やり集めました。些末な記憶は飛んでいるかもしれませんが、とりあえず人格に問題はない……ですよね?」

 首を傾げる姫に、ポチは眼をつぶって少し沈思した。

 「……エロ本の隠し場所が思いだせねぇ」

 「すみません、それは新しいのを買ってください」

 しれっと言い放ち、姫は下を見るようポチに促した。

 眼下には巨大な城塞がある。

 それは見る人によって形を変えるものだが、ポチの眼からは延々と奥へと続く壮麗で巨大な建物に見えた。

 姫がポチの脇に立って言い添える。

 「現世より五百由旬。地獄の入口、閻魔庁です」

 「地獄?……やっぱり俺地獄かぁ」

 肩を落とすポチ。

 瀧夜叉姫が笑って首を振った。

 「最初はみなさんここですから心配はないです……が、いま、道理を蹴とばして無理を押し通そうとするじゃじゃ馬が揃っています。高賢さまもいらしてますね」

 「え、じいちゃんも? そうか、じいちゃんも地獄来たか。しょうがないよな……あ、でも、地獄でも修業させられそうでヤダな」

 肩をすくめて頭を抱えるポチに、瀧夜叉姫がニッコリ笑った。



     ☆



 全員がずらっと横一列に並んでいる。

 ヤミたち七人衆(解放バージョンだが、憑代は置いてきている)。

 その後ろに控えめに立っているのが、高賢、蒼海、円海である。

 彼らの前には、座っているのにだいたいビル三階分くらいの高さに見える「閻魔大王」である。ぎょろぎょろと動く巨大な眼、やけに高く大きな鼻、とげとげに生えているような口髭と顎鬚。赤い服と道教の冠をかぶったいかにもなお方であった。

 顔が異常にでかく、ビル一階分ほどもある。驚きの三頭身である。

 しかしその分だけ、そもそも迫力のある顔が余計にド迫力に見える。


 「あのさ……すっごい怖いんだけど」

 マナが胸をゆすりながらこそこそと囁いた。ゆすってるのではなく震えているのか?

 「だから言うたじゃろうが」

 応える蒼海の声も若干か弱い。豪腕なじじいらしくない感じ。

 「これはちびるかもしんない……」

 ヤミが堂々と弱音を吐く。

 「仕方ない。私も最初はちびった」

 高賢が同意して頷く。

 先の瀧夜叉姫を呼び出す時にも彼は来ているので、皆よりは多少余裕がある風だが……どのみち冥界の王を前にすれば些細な余裕などすぐに吹き飛ぶ。

 「……最悪なカミングアウトですね」

 メイのツッコミも切れ味が鈍い。

 「上には上がいるものだな」

 あのトウマが背を丸めている。

 「お腹痛い」

 カノンも小さくなっている。

 「怖くない怖くない怖くないっ!」

 キリは早口で呟きながら震えている。

 「私は木。ただそこにあるだけの木……」

 アユイまで。

 「無理を通そうというのですから、耐えてください……!」

 円海が顔を引きつらせて、小声で言い合っているヤミたちを半泣きでなだめている。

 全員が冷や汗を流しながら立ちすくみ……さすがに神様を前にすると、人は畏怖に覆われて身動きもできない。

 その上に、物理的な圧力に近い大音声がふってきた。ただの大声ではなく、何か不安をかきたてるような異様な響きだった。

 「……そなたらの請願、確かに聞いた」

 全員がビクッと身をすくませる。

 「ラーフラによる滅びを退けたるはまさしく徳行(とくぎょう)なれど、かつて大乱を起こし多くを殺生したるは紛うことなき(とが)なり」

 閻魔大王がしかめ面のまま、手元の文書を読み上げている。

 顔をしかめるヤミ。

 「重ねて、ポチなる者の反魂(はんごん)を求めるとは倨傲(きょごう)の極み。容易に聞き届けること(あた)わず」

 閻魔大王が宣告した。顔を上げて、足下の面々を睨みつける。

 その重い声に閻魔庁が沈黙した。

 ……実は獄吏の中でも、今回の請願は聞き届けられるのでは? と思っていたものも少なからずいて、余地のない判決に誰もが声を失っていた。

 七人衆、そして高賢たちも全員肩を落とした。

 重苦しい沈黙の中、ヤミも俯いている。

 そして、小さくため息をついた。

 「そうか……」

 呟きながら、視線を上げる。

 はた、と閻魔大王の視線を正面から受け止め、むしろ平静に見えるほどに見得を切った。

 「……なら、あんたをぶっ倒して言うこと聞かせるしかないな」

 ヤミの意志が七人衆に伝わると、瞬時にそれまでの恐怖を打ち捨てた七人衆がフォーメーションを取った。全力をたわめて構える。

 戦闘の直前の形、張り詰めていて、ある意味で例えようもなく美しい七人衆の姿。

 高賢と蒼海が同時に青ざめる。

 円海はけなげにも構えを取った。

 じっと見下ろす閻魔大王。

 「……片腹痛し……」

 と、エアコンの室外機並みの巨大な鼻の穴から、ばふーっとすごい勢いで鼻息が噴出した。にやっと笑う。

 「……よかろう。そなた等の天道入りを剥奪、修羅道に身を置き、現世の乱れを抑える守護の任を与えるのと引き換えに、ポチ反魂の許可を」

 ぽかんとする七人衆。

 メイもマナもキリもトウマもカノンも、全員が「え?」と口を開きっぱなし。

 「……なんと」

 高賢が声を絞り出す。

 「マジでか」

 アユイがヤンキー調で呆れたように首を振った。

 ヤミだけが口の端でかすかに笑った。

 それを見届けて、閻魔大王が音立てて立ち上がる。

 「わかったらとっとと行かんかい! 現世に体のある奴がちょくちょく来るんじゃねえようっとうしいっ!」

 再び大音声で、今度は怒鳴った。壁が震えるほどの圧力。右手をしっし、というように払いのける。

 それに合わせて蜘蛛の子を散らすように、七人衆、そして全員が出口へ走った。

 閻魔庁の補佐の一部が歓声を漏らしかけ、また違う一部は小さくガッツポーズをしかけ、そして全員それがなかったことのように取り繕ってすまし顔。

 七人衆たちの背に追い打ちをかけるように、面白がるような閻魔大王の声が追いすがる。

 「あと次来るときは幼女バージョンで来い! わかったな! ようじょだぞ!」

 走りながら、メイが心底嫌そうに呟いた。

 「実刑くらえばいいのに……これ以上落ちない地獄だからって図に乗って欲しくないですね」



     ☆



 再び、帰り道のハクとポチ。

 話を聞いて、立ち止まったハクが額に手を置いて嘆息する。

 まさか閻魔庁までがそんなか。

 「まあな、そんなわけで俺は復活。あいつらは土地神になった」

 「なんかよくわかんないけど、それって、消えちゃったってこと?」

 ハクが口を尖らせてポチを見る。

 「うーん。俺たち人間には見えない、神様になっちゃったってとこかな」

 「カミサマ、ねぇ? そんな大層なものかね、あの幼女たちが」

 ポチが両手で両手を頭の上で組んだ。

 「ほんとは神様なんてそんな大層なものじゃねえんだよ、ってじいちゃんが言ってた」

 「は?」

 「神様ってのはそこらじゅうにいて、人間を眺めてるんだとさ」

 「なにそれストーカーじゃん。神こわくねっ!?」

 「うん、まあ、そうか……。だからほら、神様は人の日常を見守ってるんだよ」

 ポチが立ち止まって夕空を見上げた。

 晴れの夏空らしく、夕焼けに赤く染まった雲が幾つも浮かんでいる。

 「あんな非日常な奴らに日常を見守られてるわけ?……なんだかな」

 ハクがつられたように見上げる。


 ハクの横顔を、ポチが少しの間、横目で見つめた(ここまでずっと残念な主人公であるが、さすがにここはハクの両肩をわしっとつかむべきではないだろうか?)。

 ハクは幼女たちの思い出を反芻(はんすう)しているのか、真面目な顔で空の向こうを見つめている。


 ――ハクもまた、ヤミを通して幾つもの想念を見つめてきた。

 ヤミは千年の恨みを飲み込みながらなお、常に先を見ようとしていた、

 自分ができることとできないことを、歯噛みしながらそれでも受け入れていた。

 あの哀しみをたたえたヘイゼルの瞳、常に皮肉な物言い、けれど仲間を大事にする意志、ハクが捨て鉢に吐き捨てた時でさえハクを救おうとした。

 ……ふうん……ちぇっ。ちょっとカッコいいじゃない。


 少し赤くなったハクの眼が視線を戻したのにポチは狼狽(うろた)えて、隙間を埋めるように早口で呟く。

 「っていうかさ、非日常があるから日常がありがたいんじゃねえの」

 ハクが真面目に頷く。

 「うん、それだけは同意だわ、ほんとに。うん……」

 再び無言でゆっくりと坂道を上がっていくふたり。

 ポチが思い直したように指摘した。

 「……っていうかお前、もう首輪とっていいんだぞ」

 「あー……、あとではずすよ。めんどい」

 「そんなもんか?」

 「そうだよ。っていうかなんかおごってよ」

 ハクがいたずらっぽく笑う。

 「え……そんな直球なカツアゲある?」

 「いいじゃん別に。慰謝料こみで優勝祝い。よこせ」

 片手を差し出したハクを見て、その掌を見て、ポチはちょっと考え、それから観念したように呟いた。

 「……これは、うん、やむを得ない、のか……」



     ☆



 坂道を歩いているハクとポチの背後にあたる空中に、幼女バージョンの七人衆が浮かんでいる。

 夕暮れの空に、ほとんど透明な状態。

 彼女らの所属する世界はもはや現世ではない。

 「く~、にやにやする! もう付き合え! そして爆発しろ!」

 これはマナである。

 「どうなんでしょうねぇ? 案外あっさりとネトラレるんじゃないですか?」

 こういうことを言うのはもちろんメイである。

 「しかし土地神とはな。地獄へ赴くにはもうしばらくかかりそうだ」

 四角四面なこれはもちろんトウマである。

 「なあ、土地神、って何すりゃいいんだ? 地主的なもの?」

 キリが言うのは。土地神ではなくどちらかと言うと祟り神である。

 「住まう土地を見守ればいい。スケールの大きい自宅警備みたいなもの」

 カノンである。だいぶ間違いである。

 「主上と同じかな? でも主上はだいぶ祟り神扱いだけど……私たちもそのうち祭りとかされるかな」

 真面目に応えるアユイ(まて、将門公のお祭りってあったっけ?)。

 「……もしそうなったら、なんか萌え祭りになりそうだな……」

 ヤミである。

 ヤミは、空中で前のめりに覗き込むようにしている全員を尻目に、大きく腰を伸ばした。両手を挙げて大きく伸びをする。

 ハクとポチの背中はだいぶ遠ざかった。もう、ふたりの別れるところ、たちばなの門とポチの家の門のところ。

 ふたりは軽く手を挙げてそれぞれの家に入っていく。

 ヤミはくすりと笑って、ふたりには見えないままに手を振った。

 「じゃあ……元気でな」



     ☆






 中部地方の忘れられた片隅にある湖緒音町は、山と海に囲まれた小さな町である。

 近隣ではそこそこ繁栄していて――三大宗教をはじめ、新興宗教の本山や準本山が目白押し、という奇妙な特色はあるが、まあ地方にある平均的な町のひとつと言えよう。

 山に向かって坂を登り切ったあたり、大井山(おそらく正式名称ではない)に入ると、登山道というには足らない感じ、「ハイキングコース」の入口近くに、祠とその脇に石碑がある。

 「月輪」と麗々しく刻まれている結構立派な石碑である。

 木漏れ日が射し、涼やかな風が吹き抜けるあたりなのだが、入り口で立ち止まる人もあまりいないので、大体の人が通り過ぎていく。実は、山の中で探すとあと六つほど似たような石碑を見つけられるのだが……まあ役所の観光案内にしか書いていないので(しかも不親切だ)、全部を見つける人はあまりいない。

 そもそも最も目立つ「月輪」の石碑でさえ、草が生い茂っているせいで見つけてもらえず、あまり管理されていないのは明白である。町内で唯一の神社の主が作ってもう十二年ほど経っていて、そいつがものぐさなのを物語っている。

 ……まあ、幾つになってもものぐさは直らないものだ。


 もしそれを見るため、それとも他の用事があって、この小さな町を訪れた時には、ひとつ提案をしておこう。

 湖緒音町の山ぎわ、美容と腰痛にきく温泉をかけ流ししていて、料理はおいしく、客室は清潔で、係員はみな美人、特にお茶がびっくりするくらいおいしい……橘栢都という女主人、そしてその姉である光蔵院円樹という美人姉妹が経営している温泉旅館たちばながある。

 大変すばらしい旅館なので、是非一度ご来館を乞うものである。






えーw、長い長い蛇足を追加します。


作中でもたびたび間違いとして言及されていますが、本作は

・10.5話(BD版のみバトル本編 VS鴉葉の軍勢。文句なしの大合戦)

・12.5話(BD版のみバトル本編 VSラーフラの軍勢。死亡フラグ。ラーフラに到達するまでの宇宙編)

という、制作と作画泣かせのめっちゃバトル満載のBD特典がありますww


そうなれば、当然劇場版もありますよねw

劇場版1st 「幼馴染に首輪をつけるのもやむを得ない・羅睺羅編」

これは12.7話。ラーフラが作る超空間内での物語。ラーフラ本体との対決。過去と現在と未来、刹那から永劫へ至る物語。意識と時間と空間に言及するハードSF。

どうしても必要と思ったので「遅すぎる幕間」でちょっと書きました。本当はひも理論の極小とガンマ崩壊を越えた球形の宇宙の極大を……書けたらよかったんだけどもww


そして、恐らく人気を集めるであろうアムの番外編。

劇場版2nd 「幼馴染に首輪をつけるのもやむを得ない・雪空星夜」

本編から五年後。湖緒音町で起こる、甘く切ない物語。本編を知らなくても楽しめる内容になっておりますっていうかキャラが同じだけのラブコメ。宿曜道のすの字も出ません。本編は全て、「ひょんなこと」と表現される。

二十歳になったハクやポチ。飲みに行ったり、映画ですしいっそベッドシーンもありかっ!? ありなのかっ!? 霊体で見守る七妖たち。昔知り合った神様、なんかいい話。ネタゼロのマジ恋バナ。

その後のヨリシローズのアニメではありえない暗いくらぁい設定が、最後の10分で全部ひっくり返りますw


本作は「日常を大事にする女の子」の物語です。そうは見えないけどもww

以下、作中では出なかったけどもヤミが言うはずのセリフ、ちょっとねじれてるこのメモに集約される作品でありました。

「中二で結構だ。いつかは誰もが卒業していくものだ。我々中二側の人間が、現実を生きる者たちを引きとめてどうする?」


どうもありがとうございました!

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