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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第2話 「冥<メイ>または縛り方について」
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 穏やかな午前中の商店街に、時ならぬ不穏な空気が流れている。

 着物姿の柔和な印象の若い女性が立っているだけなのに、そこを中心に同心円状に“圧”が感じられて、居並ぶ店主までもが立ち尽くしていた。

 メイが見つめているのは、おどおどしている男子高校生と、怪訝けげんそうに見つめ返している女子高生と、なわとびの縄でぐるぐる巻きにされてふてくされている幼女。

 彼女が水仙をあしらった裾を軽くはたくと、びくっとポチが反応した。

 「お、お前、いつの間に……封縛は……だって」

 「月縛が解ければ、順次解放されていくんですよ? 知らなかったんですか?」

 「……知るわけないだろう。封印だって……」

 「なんですって?」

 メイは美しい柳眉りゅうびを片方だけひそめて嘲笑した。

 「準備ができてないのはそちらの都合。私はただ空賢の裔を」

 圧力がわからなかったのか、静かな応対に耐えきれなかったのか、署長賞手前だった警官が慌てた声で割り込んだ。

 「な、なんだっ君は!」

 警官は頑張るものである。

 日本のおまわりさんは不思議事にもじない。

 だが、メイを指差して進み出た彼は、二歩と進まぬうちに彼女の腕のひと振りで、ふわりと宙に舞った。ちりりん、と鈴の音。

 警官は放物線を描いて、三軒隣の電気屋の店先に積んだ段ボールに頭から突っ込んだ。周囲で悲鳴ともつかぬ驚きの声が上がる。段ボールの山の上から、ぽかーんと両足が突き出ているあたりが、なんというか、芸が細かいというか、「わかってる」感じ。

 メイはやれやれといった風情ふぜいで警官を見送ると、縄でぐるぐる巻きにされた幼女に気づいて面白そうに見つめた。

 「あら、ヤミじゃないですか」

 「……久しぶりだな、メイ」

 「千年ぶり、て、一緒ですから当然ですね。それにしても……なんですかその有様は」

 文字通り鈴を転がすようなたおやかな笑い声。

 それに対して、ヤミはぶすっとした顔のままだ。

 「ほっといてくれ」

 「ん?」

 メイが女子高生が着けている首輪に気づいた。

 「あぁ、霊穴を封じられて憑依出来なかったんですか? ヤミ?」

 ヤミは仏頂面をしたまま応えない。

 「あははははっ! してやられましたね。さすが空賢の裔ですかっ! あはははっ!」

 「うるさいっ! 笑うな!」

 ヤミが地団駄を踏み、商店街の人々は今さっきの出来事を忘れたかのように、再びほわりとなって笑う。


 ハクが怪しい雲行きをくぐるように、小声でポチに囁いた。

 「ねえ、このヒトって……」

 「……ああ。大妖だ」

 ポチが生唾を飲みこんで応える。

 「そう……そっち。まだそっち?」

 ハクがため息と共に呟いた。


 「はいはい。あはははっ! ごめんなさいごめんなさい」

 よほど愉快だったのか、メイは笑い涙まで出して笑っていた。ヤミは仏頂面のまま。

 「じゃ、空賢の裔を殺すので。そしたらその法輪も解けるでしょう。好きに憑依してくださいな」

 ちょっとそこまで、とエチケット的笑顔で言うような調子で、“殺す”をさらりとメイはいいのけた。

 優しそうな笑顔のままポチに視線を移し、すっと右手を挙げる。

 ポチは言い知れぬ悪寒に、思わず金剛杵をかまえて両手を交差した。

 メイが手にした鈴が、澄んだ音を発する。

 同時に――物理的な空気の塊が、轟音と共に一瞬吹き過ぎた。

 颱風たいふうを超える風速。

 あわれ、もうひとりいた警官は逆側に吹き飛ばされ、両手を揃えたままきりもみで回転、街灯脇にくくられているパチンコ屋の看板に頭から突っ込んだ。

 ドリル的回転を経て、看板に頭だけ突き抜けて気絶……こちらの警官もまた「わかってる」感じ。

 残念ながら、警官たちの芸達者ぶりにはみな興味がないようで、危険な匂いに後ずさりを始める者もいる。

 「あらら?」

 メイが面白そうに笑った。

 ポチが空気の塊による一撃を防いでいた。右手に持ち左手を添えた金剛杵から、結界が生じている。

 もちろん通常、結界は見えるものではない。

 だが、この世にある“力”は物理的な制約を受けるわけで、生じる根源が分からなくても、結果として何らかの相剋があるならば、それは眼に見える現象を生む。

 すなわち、いまポチの周りに生じているヴェイパーコーンのような水蒸気がそうだった。ポチとハク、ヤミを円筒形に囲んで霧のような膜が生じ、緩やかに消えた。

 「いい反応で……んー、反応したわけでもないか。さすがに人には無理ですよね」

 メイがほがらかに笑う。

 「でも結界が張れるってことは、少しは心得があるみたいで、安心しました」

 ポチは金剛杵を握り直した。

 ヴェイパーコーンらしきものが生じた、ということは、考えたくもないが金剛杵の先端において、風の強さが「音速を超えた」ということだ。

 指向性の鋭さはポチに向けられていたようで、ポチの後ろ左右の商店街の看板にはそれほど被害は出ていない……が、あくまで度合いの問題で、すぐわきのパン屋のショーウィンドーには大きな亀裂が走っている。

 金剛杵を握る手に力が入らない。

 怖ろしい大妖、と聞いていたが、具体的に何なのかは聞いてない

 じじい……くそう。もっとちゃんと教えとけよ。聞いてねえぞこんな桁違い。

 足が震えている。

 「安心ってなんだよ?」

 声も震えている。

 「安心ですよ」

 「だから何が?」

 「弱いものいじめになっちゃうと寝覚めが悪いじゃないですか」

 メイに応えず、ポチは振り向きざまハクの手を取って、一目散に逃げ出した。

 「え、ちょ、ちょっと!?」

 ハクがいきなりの展開で足をもつれさせる。

 「いいから、逃げるぞ!」

 「戦うんじゃないの!?」

 ポチは一瞬ハクを振り返ったが、何も言わずに商店街を抜けて行った。


 メイは何を思ったのか、人差し指を顎に当てた姿勢でふたりを見送り、変わらずほがらかにヤミを覗き込んだ。

 「んー、なんかちょっと面白いかも。私行きますね?」

 「縄ほどいてけ」

 「あー、はいはい」

 メイはヤミの後ろに回って、堅く縛った結び目を斬りおとした。

 「あの女の子は、貴女の憑代ですよね?」

 「それがどうした?」

 捕縛を解かれたヤミが、両肩を回しながら応える。

 「結構かわいいなーと思って。どんな風に泣き叫ぶのか見てみたくなりました」

 「私の憑代に手を出すな」

 「大丈夫ですよ。手足落としたりしませんから」

 「メイ、お前」

 ヤミがぎろりとメイを睨む。

 「ああ、首落としたりもしませんよ。とんちではないです」

 「……」

 「そんな怖い顔しないでください。じゃ、また」

 メイは来た時と同じようにふわっと浮かび上がり、そしてその姿は瞬きの間にかき消えた。鈴の音の余韻。

 「あいつめ……」

 ヤミは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。


 ぜいぜいと息をつきながら、ポチとハクは商店街を走り抜けていた。

 「な、なによあの人……?」

 「だからぜい、大妖だったいってんぜい、だろ」

 体育会系のハクと比べて、持久力に難点があるポチのほうが、かなりへばっている。

 「あんたの脳内設定じゃなかったの、それ?」

 「だからちげぇんだよっぜい、マジなの! ぜいぜい」

 商店街が終わるあたりに差しかかった時、鈴の高い音色がふたりの会話をさえぎった。

 ポチが反射的に見上げる。

 轟っ!

 幾つもの空気の塊が上空から降り注いだ。

 動物的な勘で、ポチがハクを引っ張り右側に身を躍らせる。

 通路中央から左側にあったクリーニング屋までが、ひしゃげるように潰された。

 「うひゃああああっ!」

 「ちょっちょっちょっとお!」

 コンクリートの破片と看板のプラスティックが吹きあがって、伏せたふたりのまわりに落ちる。ハクの眼の前に、頭ほどの大きさのコンクリート片がごとんとん、とはずんだ。

 「むっ! ムリムリムリ! もう意味わかんないっ!」

 ハクが泣きそうな顔でわめく。

 ポチは起き上がってハクの両肩を掴んで揺さぶる。

 「落ち着け! とにかく逃げる! 逃げて隠れる! いいなっ!」

 ハクはこくこくこくと小刻みに頷いた。

 ポチが気を取り直して、再びハクの手を取って走り出した。

 「早くっ!」

 ふたりの行先は、ポチの家だ。

 大妖の封印を記した古文書が蔵にある。

 実際、もはや大妖だとかなんだとかどうでもいい。

 眼の前に迫りくる暴力に対抗するためには、ポチはあのかわいらしい女性の姿をした死の予感を封印(どうするのか実際にはよくわかっていないが)するしかないのだ。

 「こっちだっ! 抜けるぞ!」

 ポチは、圧力を見定めるように空を見上げ、右側の小道に走り込んだ。

 後方で再びごおっと音がして、ガラスの割れる音が響く。

 「見境みさかいないのかよ、くそったれ!」


 商店街は当然のことながら、長く続くわけではない。

 シャッター商店街なのだし、差し渡し二百メートルほどしかなく、健全な高校生が全力ダッシュしたらすぐに抜けられる。

 抜けたところにあるのは片側三車線の国道、中央分離帯にはこれまた広い植込みがあり、向い側には「道の駅」がある。この時間はそれほど車も走っておらず、ちょっとした広場のようだ。

 地方のインフラ整備の結果と言えばいいのだろうが、ポチはこの道路が渋滞しているのを見たことがない。この町には明らかにオーバースペック、道路行政のなんとずさんなことか。

 というあたりの不満はおいといて、ふたりはまろび出るように歩道に出ると、車が走っていないのを見て取って、道路を斜めに渡り切った。

 さすがに息を切らせたふたりが少し立ち止まった。

 「って隠れるとこないじゃん!」

 「ぜいぜい、う、うっせーなぜいぜい。探せよぜいぜい」

 「はいはい、慌てない慌てない」

 メイが中央分離帯のあたりにふわりと降り立つ。

 後ずさるポチとハク。

 「ぜいぜい、あ、あんた、大妖だよな」

 「ええ。メイと申します。って名乗りましたねさっき」

 「ぜいぜい」

 「そもそも空賢の縁者ならご存知のはずだと思うんですけど」

 メイが小首を傾げる。

 「ぜいぜい。なんで俺を殺そうとするんだぜいぜい」

 ポチの息は整わない。

 やはりじじいの錫杖を逃れるために白筋だけを鍛えると、持久力に欠けるようだ。

 「なんでって……やだ、知らないんですか?」

 メイが心底驚いたように眼を丸くした。

 困ったような顔で軽く肩をすくめると、人差し指を軽く振った。ちりりんと鈴の音。

 空気が斬り裂かれ、ポチの制服が吹き飛び、上半身があらわになった。

 「ポチ! 大丈夫!?」

 ハクが思わず声を上げる。

 「あ、ああ……なんだこれ?」

 ポチの上半身には、宿曜を示す七つの丸い文様が浮き上がっていた。自分でも不思議だったらしく、ポチは自分の胸をまじまじと見ている。

 「えー、それがつまり、七曜封縛の呪印ですよ。空賢は己の命をかてに封縛を行ったのですから。当代の宗主にも当然受け継がれているわけです」

 メイは呆れたようにポチを見ていたが、若干解説する必要を思ったのか、付け加えた。

 「まったく、大した念の入れようです。子々孫々に呪印じゅいんを刻んで、生きた魂を封印の柱石ちゅうせきとする。イカれた一族ですね」

 「なんだそれ……じいちゃんそんなことひと言も……」

 「封印もできないってことは、まだそれを告げる段階ではないのでしょう。残念でしたね」

 にこやかに終了宣言をするメイ。

 「まあ、そうだろうなあ」

 いつの間にかガードレールに座ったヤミがぼそりと呟いた。

 「封縛のかなめになるお前を殺さない限り、我らは常に封縛の脅威にさらされる。我らにしてみれば、まずはそれを取り除かなければ安心できぬわけだが……人の身にしてみれば、それが可能になるまで生半可では至らぬことであろうよ。残念だが、本人に告げる前に、時間切れだな」

 ポチは衝撃からか、まだ胸の文様に見入ったまま、聞こえていないようだ。

 メイは、す、と腕を上げて、ひときわ優しそうに言った。

 「そういうわけで、貴方には死んでもらいます。それでは」






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