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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第1話 「椰魅<ヤミ>または橘 栢都について」
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 「ちょっ、なにすんのよっ!?」

 ハクが赤くなって少女から離れる。

 眉根に皺を寄せて、引き戻した手を少女は握ったり開いたりしている。

 「ちょ……? なんだこれは? 霊穴がふさがれている?」

 眼を見開いていぶかしげな風で、少女は再び顔を上げた。

 ハクを視界にとらえて、ずいずいと向かっていく。

 「ぎゃあっ! なになに、なんなのこの子?」

 ハクは立ち上がったポチの後ろに隠れるが、意に介さず少女はなおもハクに迫ろうとする。

 ポチが立ちふさがった。

 右左右、左右右。

 ポチがおっかなびっくりの割には、ナイスディフェンスで進路をふさぐ。

 「邪魔だっ! どけっ!」

 少女の気合にビクッと動きを止めたポチが、ごくりと喉を鳴らし、少し震え声で問いかけた。

 「お、お前……まさか、大妖だよな?」

 「……貴様?」

 少女はまじまじとポチの顔を見上げた。

 一瞬少女の中を何かが通り過ぎたようだったが、気を取り直して胸を張った。その悔しそうだった顔は、す、と悪辣あくらつな笑顔に変わる。

 「ふん。大妖とはまたずいぶんな物言いだな。我が名は椰魅やみ

 「ヤミ……やっぱりそうか」

 少し距離を取ったハクが双方をのぞき見る。

 「あの……なんなのこれ? ちょっとさ、ポチ?」

 ポチはハクを軽く制して、上ずった声で叫んだ。

 「残念だったなっコノヤローっ!! むはは! ハクの霊穴は法輪でふさいだからな! 憑りつこうったってそういかねえぞ!」

 ヤミはわなわなと肩を震わせる。

 「この……人間風情ふぜいが……!」

 「なんで七曜封縛が解けたのかしらねーけど、憑代がなきゃ大妖だって手も足も出ないだろ!! むはは!」

 「貴様……この小虫が……!!」

 ポチとヤミは睨みあったまま少し品に欠ける罵り合いをしている。

 幼女を本気で罵倒ばとうしている幼なじみ(男子高校生)は、なんというか、こう、哀しいものがあった。

 「ちょっとさ、ねえ、なにこの展開?」

 ハクはどちらにともなく言ったが、どちらも聞いてないのを見て、「帰ろうかな」と呟いた。

 一方、膠着こうちゃく状態に脂汗をかいているポチが、ゆっくりと、じりじりと、上着のポケットに右手を伸ばして、鈍色のものを取り出した。

 金剛こんごうしょ

 ビクッとするヤミ。


 ん?

 あれは……。

 あれは確か、まだ小学校六年だったポチが、自慢げに学校に持ってきて先生に取り上げられたヤツだ。先生に拳骨を食らい、どうやら家でも持ち出したことを叱られたらしく、翌日のポチは顔が二倍になってた。

 それ以来、ポチはそういう「イケてる」ものを持たなくなったのだったが……まだ持ってたんだ。

 うわあ。

 マジか。

 マジだ。

 なんかあれ。

 超合金で遊んでいるオトナというか。

 ああ。

 痛い。

 痛いよポチ。

 痛すぎる。

 なんでこう、男どもはああいう武器っぽいもの好きかね?

 むしろ、マテリアはめたロングソードじゃないだけいいんか?

 ……うーん。ねえ、やっぱりアタシ、帰っていいかなこれ?


 そういうハクの脱力と関係なく、ポチとヤミの戦いの火ぶたは切って落とされた。

 「おとなしく封印されやがれっ!」

 「小賢しいわっ! 身の程を知れ!」

 叫ぶなり、ヤミはポチに踊りかかった。

 「えいっ! てりゃっ!」

 「……ん」

 「でぇいっ! くぬっ! このっ!」

 「……」

 ポチに殴る蹴るの暴行を加えるヤミだったが、いかんせん四、五歳児の身体ゆえ、ポチの足をぺしぺしぶっているようにしか見えない。

 「ふーっ、ふーっ、はぁ……はぁ」

 ひとしきりやってみたものの、なんら痛痒つうようを与えられないことに気づき、ヤミはポチから離れる。

 ポチがおずおずと声をかけた。

 「あの……大妖なんだよね?」

 「うる……さい……。暫時ざんじ……待て……」

 ヤミは息を整え直して、それからラジオ体操的な深呼吸をした。ポチとハクは呆然とヤミを見ている。

 と、ヤミが向き直ったのを見て、ポチが金剛杵を構え直した。

 「と、とにかく封印してやる! 悪く思うなよ!」

 体力回復がまだできてないらしく、少しよろけながらヤミはポチを睨みつけた。

 ……。

 …………

 ポチが動かない。

 「ポチ、どうしたの?」

 ハクが気遣わしげに声をかけた。

 「どうすりゃいいんだ……?」

 「は?」

 ポチはさっきの倍ほどの汗をかいていた。

 「封印とか、習ってないし……」

 ハクはポチを見て、それからヤミを見て、またポチを見て。

 愕然がくぜんとした声で呟いた。

 「……ここは中二病ばっかりか?」

 ポチはガックリうなだれる。

 「ホントやめてくれ……」



          ☆



 湖緒音商店街。

 地方の小都市にありがちなシャッター商店街だが、駅からつながっているここは歩行者専用、高い天蓋てんがいおおっている。この天蓋はなぜかステンドグラスで組まれていて、お天気の日は鮮やかな影を歩道に落とす。

 もともと盛んだった林業が落ち込んだ時期、商店街の会頭が一念発起して作ったそうだ。当時有名だったスペイン人作家・フェリペ・ロドリゲスを招き(日本人だったら鈴木一郎くらいか?)、名古屋あたりからも取材に来るなり結構にぎわったとか。


 そのシャッター商店街には不釣り合いに豪華なアーケードの真ん中、ポチとハク、ヤミの三人が歩いていた。

 ポチは先頭、ハクはそっぽを向いて続き、最後にヤミが怒った猫のように肩をいからして歩いている。

 通行人はこの時間ほとんどいないが、わずかばかり遭遇する客、そして商店街の人々はのきなみ二度見して、次いで眼をむいていた。

 ……。

 ……。

 ヤミがなわとびの縄でぐるぐる巻きにされている。

 その縄の片方をポチが持って、いやがるヤミを力ずくで引っ張っていた。

 4、5歳児を縄で縛って引きずりながら、首輪をつけたキレイな女子高生を脇にはべらせ、人目も気にせず薄ら笑いを貼りつかせた男子高校生(そう見える)。

 これはもう、週刊誌が「日本の地方の闇」的なタイトルで短期集中連載するべき事案である。中吊りに載せれば、部数も一割増くらいいけそうである。


 「ほんとにもー、なんなのよ……」

 ハクが何度目かの深い深いため息をついた。

 「封印でも何でもいいからとっとと解決してよマジで」

 「わ、わかってるよ」

 「頼みますよ霊能力少年ポチ。ご町内の平和守ってくださいよ」

 「うっせーなもうっ!」

 さすがにポチも若干気色ばんでいる。相当ハクに言われ続けたのだろう。

 「怒んないでよ。そんなんで正義の味方がつとまんの?」

 「だー! うっせえっ! あと霊能力少年やめろ」

 「なんでよ。そーゆー設定なんでしょ?」

 「設定とかゆーなああっ!」

 ポチがうんざりした顔で振り返ると、ヤミと眼が合った。

 ヤミはその姿であっても眼の力は強い。

 睨まれて、ポチは思わず首を引いた。

 「ふん。ひとりでは封印術もできん未熟者め」

 「く、くっそ」

 「まったく忌々しい。小僧、貴様、空賢くうけんすえだな?」

 ポチは首をすくめた。返事はしない。

 「は? 誰それ?」

 ハクが面倒くさそうに訊く。

 「千年前、私を封じた変態坊主よ。一寸刻み五分試しにしても飽き足らんわ」

 「ふーん、アンタ、子どもなのに難しい言葉知ってんのね?」

 「……子供ではない! 憑代がないから、この姿にとどまっているだけだ!」

 「設定盛ってるわね~」

 「お前、私のことをただの子供だと思っているな?」

 ハクはちょっと考えて首を振った。

 「いや、ヒーローショーと現実の区別がつかない子供だと思ってる」

 「んむうう」

 ヤミが地団駄じだんだを踏んだ。

 何だか可愛らしい。

 見守っていた商店街の人たちが、腕を組んでうんうんとうなずく。

 「なんか、イメージしてたのと違うんだよな……」

 ポチがしかめ面で頭をかいた。

 「もっとこう、さ、何て言うか、大妖だろ……それなりに俺も覚悟をね……」

 合点がいかないといった顔のポチに、ハクは気だるげに声をかける。

 「あのさあ。いつまで付き合えばいいのこの遊び。アタシ部活行きたいんだけど」

 「遊びって……まあいいや。えっと、ウチの蔵に行けば、こいつの封印の方法が分かる、と思うから、それまではちょっと頼む」

 「封印……? って監禁するとか? 蔵に? マジで?」

 ハクは自分で言っておいてドン引きする。

 さっきまで幼なじみだった高校生が、ロリコンの性犯罪者に豹変ひょうへんしたのだからしょうがない。しかも監禁である。哀れ、社会復帰はほぼ不可能だ。

 「ポチ」

 ポチがうんざりした顔で上目づかいにハクを見た。

 「あのな」

 「いくらなんでもそれはダメだよ。ヒーローごっこはまだいいけど、監禁はマジ犯罪。ね? わかる?」

 「ちげえよっ! 誰がするかそんなことっ!」

 「しかも幼稚園児じゃん。ロリコンにもほどがあるよね? クジラックス作品のような結末を迎えたいの?」

 「本気で言うな! いちいち傷つくわっ!」

 ポチがわなわなと震える。

 「だからさ……」

 なおもハクは言い募る。


 「君、ちょっといいかな?」

 制服を着たにこやかな男性がふたり、ポチたちの間に割って入った。

 「わ、あの、え、その」

 「うんうん、ちょっとね、お話しさせてもらいたいんだけどね」

 警官である。

 にこやかだが、眼が笑っていない。

 めったに事件も起きない地方の小都市に、突如とつじょ高校生が幼女を縛ってひきずっていく事案が発生。挙動不審の男子高校生と、無気力な女子高校生と、縄でぐるぐる巻きにされた女児。

 これはもう、おまわりさんの力の見せ所である。

 たまには活躍したいのである。

 不審者をふんじばって、署長賞などをものしたいのである。

 「とりあえず、名前と学校と住所、教えてくれる?」

 警官ふたりは友好的ながら一行を眺めまわし、そしてポチから眼をそらさずに手首をつかんだ。

 「え、ええと、その、違うんですこれ……」


 突然、大音響と共にステンドグラスが天蓋から落ちてきた。

 割れた破片が地面に落ちて、透明な音を響かせる。

 一拍遅れて皆が見上げる。

 視線を一身に受けたまま、彼女は降りてきた。

 重力加速度が嘘のように、ふわりと地面に降り立つ。

 そして、ポチを見つめ、小首を傾げるようにして華やかに笑った。

 「見つけました」

 少し異様な和装だ。

 薄く蒼をいたような着物、たすきがけにして袖丈をくくり、足元はたくし上げて、帯は綺麗な片蝶結び。若い娘のスポーティな着物姿である。

 が、手足、肩、腰には――明らかに具足がついていた。谷間を流れる清い渓流のような、寄せて返す激しい波のような、精緻せいちな水の意匠が施されている。

 それが、割れた天蓋から差し込む日光を反射した。

 「見つけましたよ」

 ポチが声を絞り出した。

 「お、おまえ……」

 「めいと申します」

 「……え?」

 「冥です」

 微笑む彼女。

 輪郭は細いが少し垂れ目で、こういう状況でなければ「ゆるふわ」と言っていいかもしれない、柔らかな微笑をたたえたかわいらしいメイは、面白そうにポチを見つめる。

 ポチの視線がメイを、そしてヤミを往復する。

 「空賢の裔、さん。見つけましたよ」

 言った途端、彼女は一転して、笑顔を悪辣な色に染め直した。

 ちりん、と鈴の音がした。






「なにこのタイトル? 幼馴染に? 首輪をつける? 馬鹿じゃないの。は? 内容を見てもらえれば? 何甘ったれたこと言ってんの? 見なくったってゴミカスだってわかるでしょ。はい規制規制。とにかく規制。次回『メイ強襲!宿曜道の奥義炸裂!? 括目かつもくせよ七曜封縛!!』単純所持で捕まれよお願いだから」


それでは第2話をお楽しみに!

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