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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第11話 「紳士等<シンシドモ>または夏のプールについて」
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 石段を駆け下りていくハク。スニーカーが二段抜かしで飛んでいく。

 今日は休日なので、制服ではなく最初から体操着だから身が軽い。伸びやかな足先が石段を蹴って、見る間に湖緒音高校への一本道に入った。

 汗ばむハクの顔のアップ。


 ――この時、すでに計画は始まっていたのです。というより、いつから始まったのか、誰が始めたのか、後になってもわからないほどでした。あんな狡猾で浅ましい、けれど大掛かりな計画が、この湖緒音町の裏で密かに進められていたなんて……。


 少し先にバトン部の集団が見えた。

 ハクは大きく手を振る。

 バトン部の面々の中、アムとノアが手を振り返す。



          ☆



 湖緒音商店街の一角である。

 集会所の扉が大きく開けられている。その前に長机が並べられ、福引を開催している模様。「湖緒音商店街夏の大感謝祭!」と横断幕が集会所のひさしの上にかかっている。

 こう言っては何だが、湖緒音町、湖緒音商店街は今の地方全般から考えると、かなり活性化していると言えよう。ついこの間開催された「湖緒音音楽祭」は結構大きなもので、近隣の町からも人々がこぞって参集してきていたし、商店街にはしじゅう客が求める人気の名物が幾つもあるし、間髪を入れず商店街の夏の感謝祭まで。

 住む人にとって退屈しないで暮らせるいい町と言えるのではないだろうか。

 さて、「柚子乃葉」看板娘の雫が、ちょうど福引券を五枚差し出したところである。感謝祭の人出を予想して、出店用の発泡スチロール容器を買ったところ、福引券をサービスされたのであった。

 雫は少しの期待に微笑みながら、福引のガラガラを回す(ちなみにあのガラガラの正式名称は「新井式回転抽選器」と言う。たぶん新井さんが作ったと思われる)。

 ころん、と転がった玉は銀色をしていた。

 係員が大仰に声を上げて、手持ちベルをカランカランと大きく鳴らした。

 「おめでとーございまぁす! なんと! 二等賞です!」

 「ええっ! ホントに!? やった!」

 片手で小さくガッツポーズする雫。可憐である。胸元が重量感あふれた震え方をするのに、係員が眼を奪われている。

 「えー、それではこちら賞品です!」

 雫の手にチケットが渡される。

 「なに?」

 言いながらチケット袋を開いて、雫は首を傾げた。

 「……湯~とぴあご招待券? これって今度オープンする?」

 笑顔で声をかけると、係員が説明を始めた。

 ふんふんと頷く雫。

 ふたりの後ろにいた荷物を運んでいる係員、商品を並べている係員、そのほかの人間たちの口元にうっすら邪な笑いが浮かんでいたが、ちょうど死角になっていて、雫からは見えなかった。



          ☆



 呼び鈴で出た神谷の姿は、休日とはいえ、正直美人の無駄遣いと言っていい有り様であった。上下スウェットはいいとしても、ウエストがだるんだるんでずりおちそう。髪はぼさぼさで、寝ぐせがすごい。

 「ふあうい」

 配達員の青年はどぎまぎしながら、ドアの脇から二歩下がった。女性の部屋を訪れるときは、近づきすぎて警戒させてはならない、と戒められているのだ。神谷さんは神経質ではないけれども、マナーは大事にしなければ。

 「朝早くすみません、あの、先日、新聞の契約なんですが」

 「ああ? あれ、延長しただろ?」

 神谷があくびを噛み殺しながら腰のあたりをかく。

 青年はあまり見ないようにしていたが、説明のために顔を上げると、整った顔が眼に入る。起き抜けなのにすっきりと美女である。

 こういう無防備な人を見ると、男どもはたいてい「俺の愛で何とかしなければ」と思うわけだが、まあできるわけがない。できるわけがないが、思ってしまうのが男の哀しい性である。反省。

 「いえ、違うんです。延長いただいたサービスをお渡ししてなかったもので、お届けにあがりました。こちらどうぞ」

 青年が渡した封筒を受け取りながら、神谷が礼を言う。

 「へー、わざわざありがとう」

 「是非、楽しんでください」

 青年は頭を下げ、ドアを閉めた。

 「楽しんで? えーと、湯~とぴあご招待券? へえ?」

 チケットを見て首をかしげる神谷だったが、バトン部の練習に行くために起きだしたことを思い出し、チケットをテーブルの上に放った。そのままスウェットを脱ぎ散らかし、シャワールームに入っていく。少しして鼻歌が聞こえてきた。

 「ふんふ~ん、ゆ~らゆ~ら、湯~と~ぴ~あ~、ふふ~ん」

 一方、配達の青年は、神谷の住むコーポの階段を降りて、配達員御用達のスーパーカブに乗り軽快に去っていく。

 その口元には、どういうわけか、「達成感」にあふれる笑みが浮かんでいた。



          ☆



 湖緒音セフレマートである。

 今日の演目は「宇宙教師コーネイザー」のスピンオフ、「宇宙司書シスタームーン」である。名の通り、コーネイザーの同僚で、いつもは穏やかで物静かな司書として愛を説くシスターであるが、一旦ことあらばコーネイザーと協働して、敵を愛で打ち倒す恐るべきヒーローである。

 変身シーンはコーネイザーと同様「鋼・着」であるが、コーネイザーと違って全身が覆われるわけではない。顔を出した状態の頭部、両肩と腕、ミニスカ的腰回り、両足のブーツのみ鋼着される。

 ……要は、胸周りと太もも周りは丸出し状態である。どう考えてもお父さん向けサービス設定。若葉ははつらつと動いてサービスしまくっているので、とりあえず否やは言うまい。

 ちなみにこの「シスタームーン」の必殺技「ネイビールーレット」は、出た目の罰を自動的に与えるという恐るべきもので、明らかにコーネイザーより強いような。ちょっとウケたので調子に乗ると、設定がすぐグダグダになる典型と言えよう。まあ、サービスだからいいのか。

 「うふー、疲れたっス」

 「あぁ、若葉ちゃんお疲れ」

 店長が冷たいドリンクを控室に差し入れにきたところである。今日は一条寺も本郷もいないので、出演者のケアが届かない日なのだ。

 「あ、お疲れ様っス。お、すいません店長」

 差し入れのスポーツ飲料を顔に当て、冷たさに息をつく若葉。

 「若葉ちゃん、これ社員厚生でってもらったんだけど、予定が合わなくて。よければ持っていく?」

 店長が若葉にチケットを何枚か差し出した。

 「はい?」

 若葉が受け取って軽くひらひらと眼の辺りで振った。

 「湯~とぴあ? いいっスね。最近疲れがたまってるっスからね!」

 「それはよかった。じゃあ片づけお願いするね」

 「はいっス!」

 明るく応える若葉に背を向けて、店長がふと邪な笑みをその口元に浮かべる。



          ☆



 湖緒音高校の生徒会室では、夏休み前に始まる各運動部の遠征申請の処理を片っ端から行っているところであった。

 と言っても、有能な後輩たちがわしわしと片づけてくれるのを、燕は確認してハンコを押すだけであるが。

 と、申請書類の間に挟まっていたチラシがふわ、と落ちる。

 「ん? なんだこれは?」

 拾い上げて、小首をかしげて読み込む燕である。温泉とプールのテーマパークの概要。

 後輩の男子役員が顔だけ向けて解説してくれた。

 「ああ。近々オープンする予定ですね。とっこっなっつ湯~とぴあ~て、最近バンバンCMやってるじゃないですか。湖緒音町の新名所にして盛り上げたいみたいですよ」

 「ふーん?」

 残念ながら、「常夏湯~とぴあ」のチラシはCMと同様、ちょっと評価に困る出来ではあったが、「グランドオープン!」を前面に出すことで、まずは勢いを出すことだけは成功していた。人によっては楽しそうに見えるだろう。

 「あ、そだ。会長、商工会から招待券もらってますから、いります?」

 「ふむ? どれどれ?」

 興味深そうにチケットを受け取る燕である。彼女は新しいものはひとわたり試すほうである。

 男子役員は忙しく手を動かしながらも、一瞬ドアのほうを向くふりをして顔をそむけた。

 その口元には、「にやり」と形容する以外ない笑いが貼りついていた。



          ☆



 休日の教室はとても解放的に感じられたりはしないだろうか。

 いつもならば授業を受けるために座っている場所なのに、休日であればその機能がゼロになっていて――時間が少し遅く感じるほどの不思議な場所ではないだろうか。

 ノアは、自分の教室に置きっぱなしだったティップの重りを取りに来ていて、しばし人のいない教室の空気を堪能して、練習に戻ろうとしたところだった。

 「うーむ、参ったな」

 「でももったいないよなぁ」

 何か大声で話している男子生徒ふたりが通り過ぎていくのに鉢合わせする。

 「あれ、松本くん? どうしたの休みなのに?」

 ポチの友人の松本と石川であった。

 「ああ、咲本かあ。なあ、おまえコレいる?」

 松本がチケットの束を取り出した。

 「なにこれ。ああ、温泉とプールのテーマパーク、湯~とぴあ?」

 「最近よくわかんないレベルでCMしてるだろ? 俺たちオープニングの手伝いのバイトすんだけどさ」

 「へー」

 「これ役得なんだかノルマなんだかわかんないんだけど、チケット結構渡されちゃってさ。たぶん最初だから取材とかも入るし、満員にしたいらしいんだよ」

 松本がそこそこ鮮やかな手さばきで、カードのようにチケットを広げた。

 「うわっ! 多っ!」

 「そーなんだよ。これやっぱノルマだよなあ。咲本さ、いつも橘とか朝川とかつるんでるだろ? 三人で行ってくんないか? 必要ならバトン部の子たち分もあるぞ?」

 「え。ふーん。くれんの?」

 松本の困ったような顔に、アヒル口でノアが笑った。

 「そりゃな。っていうか、はけさせないとそれはそれで問題な空気だった」

 「そうなんだ。じゃあもらっておくね。ありがと松本くん」

 「おー、行ってくれるか。なんか助かった気がする」

 「なんか逆転してるよな」

 石川も笑いながら軽口を入れる。

 「じゃ、バトン部の子にも聞いてみるね」

 「じゃあこんだけ渡しとくわ。頼むな」

 ノアがねぎらうように笑ってチケットを受け取り、手を振って去っていく。

 拝みながら見送った松本と石川は、ノアの姿が見えなくなると、抑え切れない風に邪悪な笑みを浮かべた。



          ☆



 体育館では、バトン部の練習が始まっている。

 今日は各部午後からなので、午前のうちは全面が使えるので、全体の流れのチェックである。

 幾つかの難所をおさらいした後、所定の位置につくバトン部の面々。曲がかかり、演目が最初から始まる。神谷コーチはじっと全員の動きを見つめている。

 と、不意に神谷の携帯が鳴った。

 演技を見ながら電話に出る神谷。

 「ん? ……もしもし。なんだ雫か。何? うん……え? マジで? 私もだ」

 なおも相槌を打ちながら話しているうちに、曲が終わる。

 「あいよー、了解了解」

 電話を切る神谷。その前には最後の決めポーズのままのバトン部員。

 「コーチ! 演技見てました今っ!?」

 思わずツッコみを入れるハクである。

 「んー? はっはっはっはっ……。B-6からCへのつなぎが汚い。ラインどりが全部甘い。前半の入れ替わり、トスからのカウントはぱんぱんぱぱぱぱんっ!って何べん言わせんだコラァっ!」

 リズムを叩いて怒りをあらわにする神谷である。

 「うひゃっ! ごめんなさいっ!」

 思わずすくみあがるバトン部の面々とハクである。さすがのコーチである。

 「十分休憩! もう一度流れを頭の中で作れ! イメージを固めないまま演技するな!」

 レギュラーでもそうだったが、控えの側でもアムがため息をついている。アムにしても、まだ動きを全部つなげられていない。

 少し難しい顔で考え始めたアムの肩を、ちょんちょんと突くノア。

 「ねえねえ、アム」

 「ん?何?」

 小首をかしげるアムに、ノアはニッコリ笑った。






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