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ベンツの低音とフェラーリの爆音が去ったあと(ご丁寧に何度か空ぶかししてった)、庭ではハクたちが大声で話している。鴉葉のふたりについて主に罵倒。
「……こっわ! なにあの爺さん、超怖いんだけど。手下はイカれてるし! バーカバーカ!」
「あの若い人、気持ち悪かったね……」
「ロクでもないストーカータイプだなあれは」
「口臭もひどいです。香水と混ざって鼻がバカになるかと思いました」
アムと神谷と円海である。
……。
女子に言われて抗弁できない言葉NO.1の「臭い」まで動員して言いたい放題である。なおも腹立ちまぎれの会話だったが、案の定聞いていない燕。
「きたきたきたっ! 文句なしのバトルフラグっ! 結界とかすごいかっこいい!」
最も玄零に嫌な顔をしていたのだったが、今現在の空を覆う結界に、眼を輝かせて打ち震えている。
「こういうのって、だいたい空赤くなるっスね」
若葉も嫌いではないようである。
「異世界感出すとこうなるわよね。いっそピンクにしろもう」
投げやりなハク。
「うーん、エロ時空っぽくなるからダメなんじゃね?」
「幼女をピンクな結界に閉じ込めるとか、そういう発想死ねばいいのに」
「公開羞恥プレイさせて、周りの人間は記憶操作しちゃうとかなっ!」
嬉しそうな燕。
「悪いけど、正直大好きだっ! 頼むぞ作家の皆さまっ!」
ポチは最近だいぶやけくそになるまでの時間が短い。
「え? え? どういうこと?」
雫が左右を見ながら不思議そうに言うと、神谷があいまいに首を振った。
「わかんなくっていいって」
「あ、あの、その……」
「……なんかかわいいな、お前……」
真っ赤になって黙り込んだアムを見て、なぜか神谷がじわっと汗をかく。
だいぶカオスになっているヨリシローズの眼の前、縁側に高賢と蒼海が出てきた。七妖は応接間に正座したままだったが、庭に向きを変えた。
「おじい様。先ほどの方が……」
「うむ。鴉葉家当主、鴉葉玄勢よ。このご時世に、ガチな退魔師やっておるシャレの通じぬ奴らの元締めじゃ」
円海の問いに片眼をつぶって蒼海が応えた。
「ホントシャレが通じん」
「爺さんの中二病ってわけね」
ハクが口を尖らせた。
「中二病なだけならいいが、力は本物だから厄介だな」
高賢がため息まじりで呟いた。その態度からなんとなく成り行きを察したハクがぴくっと反応する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。この流れってまさか、また憑りついてどーのこーのっていうアレ?」
高賢がにやけを必死に抑えながら重々しく頷いた。
「うーむ。まあ不本意だろうが、今この場にいる者以外は結界の外だからな」
「なにそれどーゆーことよっ!」
「平たく言えば、閉じ込められているようなものだな」
「ちょちょ、バッカ! バッカじゃないの! なんでまたそーゆーことになっちゃうわけ!?」
ヤミが眉をひそめて口を挟む。
「うるさいなお前は。だいたいうるさい奴から死んでいくんだぞ、オカルト映画だと」
「映画は普通、ジョックから死ぬの!」
「待て待て、バトンってアメリカならすごいジョックじゃないか?」
神谷が頷く。
「私あっちで見たことあるけど、あいつらすげえぞ。マジクイーンだ」
「ここ日本だから! 風景とか入道雲とか部活とか水着とか見せて、淡々と日常が続くべきでしょ!」
「あだち充じゃないと無理だな」
「『そっか』で解決するかっ!」
円海が金剛杵を持ったまま観想していたが、眼を開けて顔を引き締めた。
「恐縮ですが、どうやら大群が迫っているようです」
全員が振り向く。
「東西南北、四方から雲霞の如き影が近づいております」
「はぁ!? なにそれどういうこと?」
ハクがうんざりトーンだがハイテンションで返した。
「敵が迫ってきているということです」
「敵? テキ? なにそれ? 普通日常生活で言わないよ敵って。テキヤさんくらいだよ!?」
「敵の陰陽師が攻めてきたということです。恐らくは式神でしょう」
円海はハクを無視して高賢と蒼海を向いた。
「ふむ。数は見えるか?」
「……およそ七万」
ため息とともに高賢と蒼海が肩を落とす。
「本気だな。できれば避けたかったがなぁ」
「あの鴉葉が相手じゃ。誤魔化しきれるものではあるまいよ」
「それにしても、湖緒音町ならではの数か。あいつらも調子乗ってるんだろうな」
「こっちにもあっちにもホームじゃからなぁ」
円海たちの会話を指をくわえて拗ねている燕である。
「いいなぁ……、私も数とかわかりたい……」
こちらではヤミとハクの口論がエスカレートしている。
「なんで閉じ込められた上に敵に攻められなきゃいけないわけ?」
「うるっさいな! もう来てんだからしょうがないだろ!」
「誰が来てくれっつったのよ! お呼びじゃねえのよ」
「だから現実を見ろって! もう私らが戦うしかないんだよ! あいつら私たちを潰すためにこの辺り全部ロールアウトするつもりだぞ!」
すでに、七妖の手足には拘束用の光る輪が生じていたのだったが、その輪は次々に増え、七妖だけでなく、憑代たち、ポチの家や温泉旅館たちばなから裏山のお堂に至る道まで、マーキングされつつあった。攻撃対象目標である。
「いかにもその通り」
高賢が重く言った。
「ヤミ殿、メイ殿、マナ殿、トウマ殿、カノン殿、キリ殿、アユイ殿。これは我らの力不足が招いた事態だ。すまぬ」
高賢が七妖を見渡すと、ヤミが続きを促すようにあごをしゃくった。
「本当は陰陽師界隈にもちゃんと話をつけておくつもりだったんだが、先に感づかれた上に、あの通り石頭でな。みなさんにも申し訳ない」
憑代たちにも丁寧に頭を下げる。
蒼海が引き継ぐように言った。
「ともあれ、このまま攻め滅ぼされるわけにはいかんじゃろう。申し訳ないが、力添えを願いたい」
憑代たちが黙り込んだ。
ハクの気持ちはわかるけども、あまり実感はないけども……どうやら今は命の瀬戸際らしい。空気中に悪意が満ちてきているのを肌で理解はしている。
蒼海がいたずらっぽく笑って、雑にポチと肩を組んだ。
「なぁ、婿殿。ここで死ぬわけにはいかんわな」
「え、む、婿って俺?」
うろたえるポチにサムズアップ。
「当たり前じゃろうが。安心せい婿殿。儂は妾とか割とOKじゃから。憑代の縁とはいえ、これだけ女子を侍らせておるんじゃからのう」
「あ、いやその、俺は……」
唐突にハーレム設定を許可されて、思わず円海、雫、若葉、神谷、燕、アムを見渡してしまう。そのままの勢いでハクに至ったところで、
「何見てんだゴミ犬」
肩口からまっすぐに出されたストレートが眉間に叩き込まれた。
先ほどのケガも直っていないうちに、急所に重い一撃を受けて悶絶するポチ。
高賢が呆れたようにポチの頭をひっぱたいた。
「遊んでおらんで、さっさと封を解け」
「遊んでねえよっ! ってあれ? 封を解く? 解けるの?」
「お前はアホか。こないだ法輪を着けただろうが。その封を解くんだ。お前がな」
「え、だって、いいのかよ」
「構わぬ。お前のためでもあるのだ」
高賢の言葉に、脇にいた円海が顔をそむけた。
新しい封印がどういうものかを知っているのは、恐らく高賢と蒼海、円海とポチ、四人だけである。
「え……そうなの? でもどうやってやんのそれ?」
「……おぅふ。マジ馬鹿うちの孫」
蒼海が皆からのあまりの扱いの粗末さに同情しつつ、ポチを助け起こした。
「婿殿。法術は精神によって扱う術。平たく言えばの、頭で理解するのではない“十全な理解”が大事なんじゃ」
「え? ……なんの? 術?」
「んー、術でもあるがの」
「……?」
「まあいい、いい。要は、思い込みが大事なんじゃ。真言も術も陣も、結局思い込みを強化する仕組みにすぎんのよ」
「もう何でもいいから封を解く、と念じよ」
高賢がため息をついた。
「え、えーと、そう言われても……」
後ろのほうから燕が身を乗り出してきた。
「ならポチ君、これを使え!」
メモ書きを憑代の頭越しに渡す。首をかしげながら開くポチ。
「えぇと……ワレのメイに従いて無間の奈落より姿をあらわせ? 呪われしツバサ、まつろわぬカミガミ、せぶんず・へる?」
「ちっがうよ!もっとこう、早口で呟きながら最後叫ぶ感じだよ!」
燕が地団駄踏んでいる。
「……まあノリは悪くないんだがな……」
ヤミがぼそりと呟いた。
「できるかっ!はずいわ!」
ポチがメモを破くと燕が切なさそうに身もだえた。
「あぁっ! 夜なべして考えたのにっ!」
ポチが金剛杵を取り出した。
「えーっと、……唵!?」
強い光が発せられた。
黒、青、黄、緑、朱、白、そして紫。
光が急激に収束していくと、空中に七人の美女が立っていた。
解呪されたはずだったが、大妖になっても首輪がついたままだ。ただ、姿や武器は、本来のかたちである。
「あれ、アユイお前、憑代がいないはずじゃ」
銀髪のヤミが驚いたようにアユイを見る。
「あぁ、そのはずだけど」
アユイが自分の姿を見ながら驚いたように応えた。
異装ではない。
アユイが一番長身でヤミとトウマよりもすらりとしたモデル体型だったが、肩だけを出した濃い紫のワンピースのような服とフレアスカート、全体が赤と黒の枝花で華やかに彩られているその姿は、たおやかな水辺の花のような美しさが感じられた。
沖縄風のエイサー様な紫の布を頭に巻いているが、エイサーのように全体を包むのではなくボブカットの上だけをまとめていて、左右に長く垂らしている。逆に、戦場で見るものとしてはむしろ最も異装かもしれない。
要は、奏者であり舞姫である。
もちろん葬送の曲を奏でる舞姫なわけだが。
ちら、と見やったアユイに、高賢が頷いた。
「こちらで用意させてもらった。ただの形代で、お主の本来の力は出せんだろうが、ないよりはマシかと思ったのでな」
「ふふ」
具合を確かめるようにちょっと体を動かすアユイ。
「なるほど。礼を言うよ、高賢殿」
空中で輪になるように立つ七妖。ゆっくりと回っているように見えるが回っていない。七妖の気が周囲の空間ごと歪ませているのだ。
「……久しぶりだな。七人が揃うのは」
キリが高揚を抑えきれぬように呟く。
「ポチさんの封印がかかったままみたいですがね」
メイが口元をほころばせる。
「封印そのものは強化している。代わりに、解放時はほぼ全盛時の力まで戻っていると思うが?」
高賢がエンジニアのような顔で首をつきだして問いかける。
「そうみたいね」
マナが手元の鞠を軽く弾く。
「ますます何を考えているのかわかんないな」
アユイが笛を片手で回す。
「それはこの戦が終わったらちゃんと話す。瀧夜叉姫と空賢大師のすべてを」
「そう願いたいものだ。……しかし、鴉葉、だったな」
トウマが据わった眼で呟く。
わずかの間、七妖に同じものが通り、全員が黙った。
「……要するに、あいつらが姫の仇ってことだよな」
「……向こうはこっちを討伐するつもりだよねぇ」
「……まったく、願ったりかなったりですね」
「もはや邪魔だてはすまいな?」
キリ、マナ、メイ、そしてトウマが思い思いに呟き、ヤミを見た。
「訊く相手が違うよ、トウマ」
ヤミ、そして全員が高賢とポチを見下ろした。
高賢が顔の前で軽く手を振る。
「鴉葉を相手取る限り、邪魔などせんよ。いい薬だ」
「お、お前ら、気持ちはわかるけど殺しはやめろよ?」
ポチが少しうろたえ気味に発した言葉に、七妖がきょとん、とした。
次いで、全員が静かに笑いだす。
「ふふっ。なかなか非道いことを言う」
珍しくカノンが笑っている。
「まったくだな」
ヤミもつられて笑う。
「え? なになにどういうこと?」
今度はポチがきょとん、とした。
「安心して。仇とはいえ、今さら殺すつもりはない」
カノン。
「姫様もお元気そうだったしな」
アユイ。
「姫様と同じ所へなど行かせぬ」
トウマ。
「いずれ私たちが行くんだ。誰にも邪魔させねえよ」
キリ。
「ポチくんがそういうんだったらしょうがないしね」
マナ。
「なかなか愉快ですよ、ポチさん」
メイ。
何かどうも、まずいことを言ったらしい。ポチが若干青くなる。
ヤミが七妖の頭として静かに命令を出した。
「我らは王道楽土を打ち建てるべくまかり越した瀧夜叉姫の眷属である。姫が黄泉路に去った今もなお、その意志は我らの手元にある……姫の理想の対価は、奴らに応分に払わせる。我らは下総を平らげ、安房を平らげ、民の望む国を成り立たせる尖兵である。十全に背負い、十全にすりつぶせ」
「委細、承知!」
七妖が無声のまま、同意の気合を発した。
まずは、裏山の向こうから、黒い雲のような式神の集団が見えてきた。
七妖はそれを見ながらうっすら笑った。余裕ではなく、悪辣でもなく、ただ不敵な笑みであった。
ヤミがポチを振り向いた。
「殺さなけりゃいいんだろ。つまり……」
少しだけ哀しみが残った笑顔、けれどそれに倍するほどの高揚を載せた笑顔でヤミが呟いた。
「殺してください、と言うまで痛めつければいいんだな?」
全員が、それぞれ抱えた感情に応じた笑顔で応える。
ポチは、物騒な言葉とは裏腹に、彼女らの笑顔に、今までに出会うことのなかった感情に震えた。たぶん本当に美しいものを見た時の反応、身体を動かせないほどの感動が最も近かったろう。
「行こうか」
ヤミが呟き、全員がフォーメーションをとって先鋒から順に上がっていく。
絶望に至る数、対応し切れぬと思える無数の式神に向かって、七人衆が空を上って行った。
「百億千億の星霜を超えて尚、己の心すら知り得ることはできない。心とは、卑近にして広大なる宇宙の姿。人は宇宙を内包して宇宙に生きる、根源的矛盾を抱えた不完全な存在にすぎないのか。次回『蠢く陰謀! 流れるプール? っていうかこれハレンチ学園じゃね?』無限の螺旋宇宙に未来を重ねて、少年は夜闇を切り拓く」
それでは第11話をお楽しみに!
水着回!




