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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第10話 「鴉葉家<カラスバケ>または噛ませ犬について」
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 湖緒音高校の正門では、ただいま虐殺が起きていた。

 虐殺されるのはポチひとりであるが、なんというか、これはもう虐殺以外に呼びようがない気がする。

 キラキラッと何かを輝かせて、いい笑顔のハクが振り返った。手と頬には返り血がついている。虐殺の片方の当事者なので当然である。

 足元では原型をとどめていない顔のポチがびくびくんっと痙攣している。

 哀れな主人公である。

 「それで? えっと、誰が何のなんだって?」

 凄惨な状態なのに明るく問い返すハクに、他の憑代たちはさすがにドン引きしている。

 その中で円海だけは沈着冷静、微笑みで返した。

 「私が、忠賢さまの、許嫁だと申しました」

 アムが狭心症を起こしかねないほど顔を赤くして、小刻みに震えながら、最初は呟くように、最後は叫ぶように声を上げる。

 「ぃぃぃいいいぃぃいいいななずずっずっけけけけえええええー!」

 だが、憑代たちの関心はほかにあるようであった。

 「えー」

 首をかしげる神谷コーチ。

 「ちゅうけん?」

 「ポチくんの本名っスか?」

 雫と若葉である。

 全員がハクを見る。


 十年ほど前の話。

 温泉旅館たちばなの前のひと幕である。

 幼稚園児と思しきハクとポチ。

 「あんたちゅうけんっていうの? 犬なの?」

 「へ? いや、あの」

 「じゃあポチね! はい!」

 「え?」

 ハクがポチの首に縄をかけ、得意げにリードのように持つ。


 秘められたエピソードにぽりぽりと頭を掻くハク。

 「安易すぎないっスか?」

 若葉はネーミングにはうるさいほうである。

 ハクが若干逆切れ気味に応えた。

 「ん、んなことどうだっていいでしょっ! つうか何アンタ! 今さら後付け設定とかいい加減にしてよ!」

 「ふふふ、幼馴染キャラの地位が盤石だと慢心していらっしゃるようですね」

 含み笑いをする円海。

 「待て待て、今確認しておくべきはポチくんに生き別れの妹がいるか否かじゃないか?このあと出てこられたら面倒だぞ。キャラデザとか」

 もちろんこういうことを言うのは燕。

 「どーでもいいわあっ!」

 一瞬皆を見渡して両手を挙げて叫ぶハク、だいぶキレている。

 「えっと、じゃあなんで暴行したの?」

 何となく合いの手が必要そうだったので、雫が小首をかしげて質問した。柚子乃葉看板娘のコミュ力は相当高いのである。

 「ぬむむ、条件反射だった! 今ちょっと後悔してるわ。危うくラブコメルーチンに組み込まれるとこだったなこれ」

 「んー、それにしてはやり過ぎな気が」

 「はっはっはっ、話が進まないなほんとに!」

 流れをぶった切って燕である。どうもこの子はあえて空気を読まないのではなく、本当に空気を読めないようである。先が思いやられる。

 「大体燕ちゃんきっかけっスよ」

 「そうです。燕うざいという声がちらほら……」

 若葉が素の顔でツッコんだところに、円海が真面目な顔で畳みかける

 「あー! あぁー! きこえない、きこえなーいっ! ばーかばーか! 便所の落書きで吠えてろ厨房!」

 燕が両耳を手で塞いで大声を上げる。見かけよりこたえてるのかもしれない。

 後ろのほうでぼそっと神谷がアムにささやいた。

 「なあ、帰っていいか?」

 聞きつけた円海が手を挙げる。

 「あっ、ちょ、ダメですダメっ!」

 「はぁ? 結局なんだってのよアンタは!」

 ハクが円海に向かって渋面。

 「みなさんには忠賢様のご実家に来ていただきます」

 円海がハクに向かって渋面。

 成り行きにしては、円海は真剣そうである。


 と、変わらずカオスじみたヨリシローズの面々が騒いでいる前に、真っ赤なフェラーリがゴキュ、という音と共に止まった。トルクが大きい車だと、ゆっくりと進んで止まった時に、ブレーキディスクの摩擦が思ったより大きい音を立てる。

 必要以上のアピールをしたいのか、軽くクラクションを鳴らした。窓がゆっくりと下がり、中から雰囲気イケメンが顔を出した。


 ――えー、ここでちょっと言っておきたい。雰囲気イケメンとは、実際のイケメンと似て非なるものである。

 少々はっきりさせておきたいのだが、イケメンを構成するユニット、大きなor鋭い瞳、すっと通った鼻筋、スムーズな輪郭と首すじなどなどには、すなわち、眼の辺りには隠れそうで隠れない長い前髪、鼻筋には彫りの深い陰、輪郭と首すじには少し長めの襟丈の服、などの属性が必須である。ポジティブフィードバックとでも言おうか、相互に良い影響を与え合って、イケメンが成立するのである。

 その一方、雰囲気イケメンとは、それら元がないままに、属性だけ存在する人物を指す、と思っていただきたい。すなわち、そこそこ細い眼をべっとり隠す長い前髪、鼻筋には昨今流行らない濃いノーズシャドウ、ちょっと細すぎる鎖骨などなど。

 このあたり間違えてはいけない。雰囲気イケメンというものは、いやに意識の高いイケメンぽい何かというか、属性を刈り取ったら大体サッカー部で十二、三番目の選手になる感じなのである。

 切にわかってもらいたい。

 で、その雰囲気イケメンがばさりと前髪を振った。

 「君が円海くん?」

 いやもう、見かけ通りというべきか、ヘンに高いトーンの声である。しかも薄ら笑い。

 「……そうですが、それが何か?」

 すでに半眼で白眼になりかけた円海が応えた。

 「ふーん、そっかそっか~」

 にやにや笑いながら、ハクたち憑代を見やる雰囲気イケメン。

 ちょっとマジで雰囲気イケメンヤバい。周囲のヤツ誰かこれ止めてやれよ。かわいそうだろ。

 「憑代さんたち美人ぞろいだねぇ。このあと食事でもどう?」

 ハクが雫にささやきかける。

 「わかりやすくムカつく雰囲気イケメン出てきたな」

 燕がまた空気読まずに大声でツッコむ。

 「その前髪、前見えなくないか?」

 雰囲気イケメンが一瞬ヤンキー化する。

 「何者ですか、あなた?」

 白眼のままの円海の問いに、思い直してにっこり笑う雰メン(略し過ぎ)。

 「俺? 鴉葉玄零。よろしく~」

 訊いてない。

 ヨリシローズと円海が全員、白眼になる。



          ☆



 ポチの家は古い家なので、縁側から廊下がU字形に走り、囲まれた二部屋は応接と床の間、廊下の右側が元の居間と納戸になっている。昔は囲炉裏の間だったところが改築してあって、大きな居間になっている。古式ゆかしい大邸宅。

 元の居間は仏間になっていて、かなり大きい十二畳ほどの部屋に、三人の人物が座っている。テーブルはなく、座ったじじい三人の前に、お茶のペットボトルが違和感を醸し出している。

 玄勢は正座、胡坐をかいているのは高賢、蒼海である。

 「久しぶりでございますな。玄勢殿」

 ため息を隠そうともしない。うんざりとした顔で口火を切る高賢。

 「儂は二度と会いたくなかったがな」

 玄勢がにべもなく無表情で応える。

 「はっはっはっ、相変わらずツンデレじゃのう」

 蒼海がふたりの空気を気にしないで笑うと、玄勢が蒼海を睨んだ。

 「なぜ儂が出向いたが、わかっておろうな?」

 重々しく高賢が応えた。

 「……前にもらったデラぺっぴんなら、返す気はありませんが?」

 「ページがカッピカピにくっついたエロ本など返されてたまるか。とぼけるな」

 「そうでありましょうな。私も返すのは忍びない。デラべっぴんは私のコレクションの中でも墓まで持っていきたい逸品でしてな」

 「エロ本から離れろ。七妖のことじゃ」

 見た感じよりノリがいい玄勢だったが、唇を引き締めて真剣な眼に変わると、高賢と蒼海が真面目な顔になった。

 「お主ら、七曜封縛を解き、大妖どもを現世に解き放ったそうだな」

 玄勢の眼の色が深くなった。そのまま高賢を見据える。

 「彼の者どもを解き放つことがどういうことか、わかっておるのか?」

 「西国にて陰陽道の裏の業を取り仕切る、鴉葉家現当主の御言葉とは思えませぬなあ」

 高賢が玄勢の視線を避けるように軽くとぼけた。

 「だからこそ言うのじゃ。大乱を引き起こすような妖を放っておけるはずがなかろう」

 玄勢は一瞬口元に苛立ちを見せたが、そのまま平静に応える。

 「なに。大妖とはいえ、いざとなれば現代の警察や自衛隊ならば何とか滅ぼせるじゃろう。心配性じゃなお主は」

 蒼海が気のない風に半畳を入れた。

 玄勢が鼻で哂う。

 「筋肉馬鹿が下手な芝居をするでない。法術と科学は根本原理が違うとお主がわかっておらぬはずがなかろう。なればこそ我らのような者が未だ存在するのじゃ」

 探るように二人を見る玄勢。

 「……貴様ら、まさかとは思うが……あの大妖どもを利用しようというのではあるまいな?」

 わずかの間、首をかしげて考えた高賢だったが、軽く笑った。

 「利用など考えてはおりませんよ」

 「では何を以て解放した?」

 「……さて、ここで問題です。七妖を解放して、阿鎖奈祇流は何をしようというのでしょう、か?」

 「不思議を発見してる場合か。真面目に答えんか」

 ふたりの会話に、軽い調子で蒼海が口を挟む。

 「今さらではあるが、お主らのやり方はいささか乱暴ではないか?」

 玄勢が横目で蒼海を見る。

 「お主に乱暴と言われるとは心外だが……しょせん人と妖は共に生きられぬ」

 「大妖とはいえ本来は人。人である以上、真っ当に生きる機会があってもよかろうよ」

 「……やはり阿鎖奈祇流は甘いのう。開祖の甘さは時を経てなお健在か」

 交わされるやり取りにはそぐわない張り詰めた空気だったが、玄勢が薄く笑った。むしろ緊張が高まるような笑い。

 「奴らめの主、瀧夜叉姫を討ち滅ぼした我が祖、鴉葉玄照の名において、大妖の跋扈ばっこするを座視するわけにはいかぬな」

 高賢と蒼海の眉根にぎりっと皺が刻まれた。

 「儂らは儂らの生業を行うのみ」

 むしろ静かに言った玄勢がゆっくりと立ち上がる。

 急に玄勢は後ろを振り返り、眼で気合を通すと、応接間のふすまが吹き飛んだ。

 そこにはヤミたち、七人の幼女が端然と座っている。

 「ふふ、はっはっは、めんこいのう」

 声だけで笑った玄勢だったが、眼が笑っていない。

 「だが、見た目が女童じゃろうと妖は妖。人の世にあってはならぬもの」


 と、その言葉を合図に、縁側から障子を突き破り、様々な形をもった式神がヤミたちに殺到した。

 何かを急に閉じたような音と共に、障壁が展開される。式神が弾き飛ばされた。

 蒼海が印を結んでいた。

 「……だから乱暴だというのだ」

 縁側の障子が破れて吹き飛び、仏間から応接間、庭まで見渡せるようになっている。

 「あれ? 防がれちゃったかな?」

 チャラい声がした。

 庭に玄零が薄ら笑いを浮かべて立っていた。先ほどの式神を放ったのは玄零であったようだ。片手で印を結んだ姿がそれを証明している。

 傍らにはポチ、円海をはじめ、憑代たちがそれぞれのしかめ面で見ていた。

 気を取り直したのはポチである。

 「あ、あんた何やってんだよ!?」

 思わず玄零につかみかかるポチ。

 「邪魔すんなよガキ」

 チャラく哂った玄零が、つかんできたポチの手首を返して無造作に投げ飛ばす。

 合気道の段持ちといった風。恐らく若葉よりも上手であろう。

 「いたっ!……くそう、この雰囲気イケメンめ!」

 「死なないだけで何にもできない奴が吠えるな」

 倒れたままのポチに吐き捨てる玄零。

 蒼海が仏間から声をかけた。

 「何じゃ、貴様は」

 玄零より早く玄勢が応えた。

 「鴉葉家次期当主、玄零じゃ」

 「初めまして、蒼海さん」

 先ほどの感じ悪い雰メンから打って変わって、笑って会釈する玄零を見て、蒼海もしかめ面になった。

 高賢は片眼をつぶって座ったままだったが、玄勢に向き直った。

 「玄勢殿。大妖とはいえ、魂魄のみの幼子を討つ道理がおありか?」

 「なら聞くが、生かす利があるのか?」

 じじいたちの応酬を無視して、土足のまま応接間に玄零が上がってきた。ヤミたちの前でしゃがみこみ、まじまじと見つめる。

 「へぇ、話には聞いてたけど本当に子供の姿なんだぁ。かわいらしいねぇ。お名前言えるかな?」

 昨今では気遣いさえも事案扱いになるものだが、猫なで声で問いかけながら女児のほほを突いている姿は間違いなく事案であった。眼がヤバい。

 無表情に見返すヤミ。

 動かないヘイゼルの瞳にぶるっと軽く震える玄零である。若干嬉しそう……もしかしなくても、日本の限られた一部に属する様子である。明らかに先ほどより今のほうが弾んでいる。

 「いいね、その感じ。この子らの主を殺したってのが、我らのご先祖なんでしたっけ、お師匠?」

 顔を振り向けた玄零に、玄勢が頷く。

 「いかにも」

 「ふーん。この子たちはなんで見逃したんですか?」

 「そこな七妖も討ち滅ぼすはずだったのを、空賢が勝手に封をかけてしまったのよ」

 「あらら~。そりゃふざけた話だわ。馬鹿じゃないのそいつ」

 そこにいる全員が無表情で黙り込んだ。玄勢と玄零のみが薄ら笑い。

 「玄照大師もさぞ口惜しかったであろう。我らがその無念を濯いでくれようぞ」


 庭先では燕がハクにささやいていた。空気を読まない特権。

 「……なんかさ、じじいキャラ出てくると、私みたいなのすごい薄くならない?」

 「心配しなくても先輩もとからぺらっぺらですよ」

 ハクはにべもない。


 座敷では玄勢が湖緒音町の地図を広げていた。国土地理院謹製、かなり大きめの等高線だけを引いた白地図である。

 玄勢は手早く太い鉄製の針のようなものを八本ほど湖緒音町全域に刺した。印を切って呪をかける。

 「……衆俗禁足陣閉結、急々如律令……」

 玄勢を中心にして、霊力の結界が張られた。

 一瞬で皆を通り過ぎ、ポチの家から町の四方へ広がり、瞬く間に湖緒音町全体を覆っていく。街中にいた人々は“界”を別にし、結界の中からは締め出されて姿を消した。結界の中である証拠に、ポチたちのいるここは、全ての音がやみ、空が赤くなっている。

 蒼海が窓の外を見て軽く息を吐いた。

 「随分と大きな結界を張ったもんじゃな」

 「何。儂らが動く時はいつもこんなもんじゃ。霊だの呪いだの妖だのは、衆目に晒していいことなぞありはせんからな」

 眼だけを高賢に向ける玄勢。

 「……我が鴉葉の総力を結集して、七妖どもを滅ぼしてくれよう。邪魔だてするというならしてみるがいい。命の保証はできんがな」

 「大仰なことだの」

 高賢が鼻を鳴らした。

 「いっそ挨拶などせず、はなからこれで攻め込めばいいものを」

 「鴉葉の流儀よ。正面から布告せねば大義が成り立たん」

 「ほほ。人と妖しとであるを問わず、敵とみれば手足を封じて式神で圧殺して嬲り殺しする流派が大義とはな」

 面白くもなさそうに高賢が吐き捨てると、玄勢の眉根に癇が走った。

 「そうじゃの。鴉葉は遠くから獲物をいたぶって楽しむだけ、と評判悪いぞい、おぬしら」

 蒼海が畳みかけると、玄勢の顔が赤くなる。

 「まあまあ、怒らない怒らない」

 玄零が進み出て、玄勢を抑えた。

 「おっしゃる通り、俺らは遠くから七妖を潰すよ。合理的だからね。で、おっしゃる通り、遠くからその様子を楽しませてもらうけど」

 だいぶ気味が悪いセリフを言いのけたその瞬間だけ、チャラ男の顔の裏に潜んだサディストの顔がのぞいた。ぬめぬめとした印象の生理的嫌悪を催す嗜虐の顔。

 「ま、頑張ってあがいてみてよ」

 幼女好きはまあいいとしても(よくない)、それをいたぶって楽しもうとする――雰囲気イケメンあらためクソ野郎が、楽しそうに呟いた。






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