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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第7話 「阿結<アユイ>または早過ぎる中二病について」
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 湖緒音商店街を抜けて、道の駅を超えたあたりに湖緒音中央公園がある。公園とは言うものの、緑地帯を指すものではない。

 “中央公園”と言えば地方の人にはよくわかるアレである。すなわち、巨大な敷地に近隣の中学高校の県予選をやる野球スタジアムを初めとして、サッカー場・ラグビー場、短距離からフィールド競技の陸上競技場(長距離はサイン付の外周だ)、サイクリングコースにスケボーフィールド、バレー・バスケ・体操の体育館と屋内ジム、剣道・柔道の講堂と付随する弓道場、サブグラウンドは草野球やソフトボールなら二面、片側にはアーチェリーができる施設(まだまだある)、運動という運動、競技という競技をつめ込んだアレ――まあ何と言うか、そんなに運動したいヤツはいないぞ? 県予選でもなければ、じいさまばあさまが土日にゲートボールしてるくらいしか利用者はいないアレである。

 なぜ施政者はあれほど立派な施設を作りたがるのだろうか。さらには、なぜ「スポーツ市民宣言都市」とか宣言しちゃうのであろうか。アーチェリー部なんか市内の学校にはないので、できてからこの方、一度たりとも使われてはいない有様なのに。いやホント不思議。


 さて、中央公園の端っこには児童公園があり、もう夕闇迫る時刻であるにもかかわらず、今は七つ、少し離れところにひとつ、小さな影が押し黙ったまま立っている。

 「ふむ……迷企羅までやられたそうだな」

 口火を切ったのはおかっぱの幼女である。名札には「あん」と。

 「奴は十二神将の中でも最弱。取るに足らぬことであろう」

 眼をつぶったままニヒルに受けたのはしんである。

 「慢心は死を招く。ゆめヤミという娘を侮るな」

 とがめるような口を開いたのはさん

 「臆したと見える。怖ければ隅で縮こまっておればよかろう」

 鼻で哂って勇猛な口をきくのはである。珊底羅が不満そうに何か言い返そうとした。

 「何にせよ、このまま捨ておくわけにはいかぬな」

 思慮深そうに呟いたのは

 「既に手は打ってある。細工は流々、仕上げをご覧じろ」

 笑ったような声で口を開いたのは

 「如何かな、?」

 ひとり離れて立っていた幼女に向かって、しょうが振り返る。

 夕闇の中、全員の表情がはっきりと見えない。ただスモックの黄色だけが残照の照り返しをうけて光を残している。

 何か不穏な気配を漂わせているその集団の中、宮毘羅と呼ばれた幼女がリーダーらしく、ゆらっと一歩踏み出した。

 「ふふふ。そう、明日は祭り。ここ中央公園をヤミという娘の墓場としてやろうぞ。我ら十二神将の真の力、とくと見せてくれるわ……」

 「ふふふ……」

 「ははははは……」

 誰ともなく始めた含み笑いは、次第に声を大きくし、ついには全員が大きく笑い始めた。

 「ふぁーはっはっはっはっは、ふぁーはっはっはっはっ!」

 夕陽に向かって哄笑する幼女たち。

 それを、掃除のおじいさんがうんうんと頷きながら見守っている。



          ☆



 ぽんぽんぽん、と花火があがる。

 土日の二日間に渡る「第二十三回湖緒音音楽祭」開催の合図だ。

 湖緒音町は前にも言った通り、スポーツの盛んな町なので、その応援としてマーチングバンドが盛んである。

 どれほどかというと、日本吹奏楽連盟が開催するマーチングバンドコンテストで、小学校から一般の部まで、すべてにおいて金賞の常連である。

 世の中で「団体行動」などがもてはやされる前から、この町ではとっくにマーチングバンドで実践されてきた。小学生が一分の隙もないシンクロをやってのけるのである。

 特に湖緒音高校は、西の「オレンジの悪魔」と称される有名な高校と比肩し得るチームとして(曰く「白銀の疾風」だそうな。誰だこの中二フレーバー)、パレードをするとなれば、その演技を見るために観光客が訪れるレベルだという。


 さて、音楽祭ではあるが、近隣の祭りも兼ねているので、中央公園正面入り口には、たこ焼きやきそばを初め、様々な出店が軒を連ねている。

 その中をきょろきょろしながらヤミ、メイ、マナのシチヨウーズ、そして後ろからはポチ、ハク、アム、ノア、燕が保護者然として歩いていた。

 幼女たちにはかなり珍しいものばかりのようだ。マナはもとより、冷静なメイまで匂いに引っ張られて店を覗き込んでいる。

 温泉旅館たちばなは、京都で修業した板前さんが料理を作っているので、まかないレベルさえも旨味に溢れているわけで、どぎつい甘辛さを中心とした出店のジャンクフードは見たことがないのである。

 そして子供たちは常にジャンクフードが好きである。

 「見て見てメイ、あれなに~」

 「あれはチョコバナナというものらしいです」

 「チョコバナナ? バナナ? バナナってナニ?」

 「果物らしいですね。甘いふき味噌のようだと聞きました」

 「じゃあチョコって」

 「甘い興奮剤です。覚醒作用もあるとか」

 「薬膳みたいなものかな?」

 「そうですね」

 「それにしては、やけにあまあい匂いがするの?」

 だいぶ的外れの会話にヤミが割り込む。

 ポチが重々しく頷いた。

 「……お前らには世話になってるから、俺が買ってやるよ」

 ヤミとマナが音がしそうなくらいに眼を輝かせ、メイはというと身を乗り出し気味に、

 「私はあの桃色とか緑色の粒を多くかけてもらってください!」

と間髪入れず注文をのせた。

 店のおっちゃんが、おお!嬢ちゃん大サービスだあっ!とカラフルなチョコチップをふんだんに盛りあげる。

 それを見たヤミとマナがすかさずアタシもアタシもおっ!というわけで、チョコバナナは本来の姿を離れた相当にカラフルなお菓子棒になった。

 幼女がチョコバナナを頬張る姿に密かに深く頷く、残念な主人公・ポチである。


 と、ポチにどこからか紙くずを丸めたものが飛んできた。

 「いてっ」

 頭をさするポチ。

 ハクは仏頂面である。湖緒音高校のバトン部は、インターハイ予選が近く音楽祭向けにものを作る余裕はないので、あまり参加しない。なので、単に祭りとして楽しめばいいのだが、メンバーがこれである。否応なく仏頂面になるわけである。

 「あー、人ごみうざー。人がゴミのようだー」

 「どこの大佐よ?」

 アムが受ける。一応アムも基礎教養がある。

 「言ってみなさい、私が誰か、その階級と役職を」

 「そっちの大佐?」

 「私を艦長と呼ぶな。この船は軍艦ではない」

 「艦長つながりだけじゃん」

 「ぜんぜんわかんないんだけど」

 ノアが苦笑した。

 燕が突然高笑いする。

 「はっはっはっ!まさに犇牛ほんぎゅう霞蛾うんかだな」

 「何すかそのオリジナル四文字熟語」

 ポチが興味なさそうに突っ込む。燕の相手をするのはサービス精神の無駄遣いである。

 ハクが声を潜めることもなくポチに聞いた。

 「あーゆー人って辞書でも持ってるわけ?」

 言いながら燕を指差す。

 「はしたないからやめなさい。それだと逆に頭悪そうだろ」

 「そっか。馬鹿にしてすいません先輩」

 結構な雑言ぞうごんをくらっているのに燕は嬉しそうである。

 「ジャブ、ジャブからのストレートとはなっ! この悪口インファイターめ!」

 最近の燕のお気に入りである。○○インファイター。「はじめの一歩」を既刊全部そろえたばかり。

 「右ストレートでぶっとばす」

 「まっすぐ行ってぶっとばす」

 ハクとポチ。

 「読めててもかわせないっっ!」

 再び燕が嬉しそうに受ける。

 「やっぱり幼なじみね、あんたたち……」

 アムが呆れたように言った。

 ポチに空き缶が飛んできて、再び頭にぶつかった。

 「いてっ」

 頭をさすりながら辺りを見まわすポチだったが、誰が投げたのかはわからない。

 ノアがしゃがみこんで、ヤミに声をかけた。

 「でもよかったね。ヤミちゃん」

 「ん? 何がだ?」

 「ほら、お祭り楽しいでしょ?」

 「あー? んん、まあ、でも、招待されただけだしなぁ」

 そう言ってヤミは懐から招待状を取り出した。ノアに表を見せる。

 「十二神将、一同より?」

 メイがチョコバナナを食べるのをやめ、口の周りをハンカチでたおやかに拭いた。

 「十二夜叉大将、十二神明王とも呼ばれる、薬師如来を守護する十二の武神のことです」

 「ターちゃんとかすももももももとかで出てたっ!」

 ポチが得意顔で言った。

 「私は妖星伝で覚えたっ! 喰らえっ、風術ふうじゅつ鎌鼬かまいたちっっ!」

 燕が得意顔で言った。

 ハクが半眼で呟く。

 「二十八宿と並んで中二病なりたての頃には憶えがちなヤツよね」

 「最近は『七つの大罪』がトレンドだなっ!」

 引き続き得意顔の燕。

 メイまで得意顔で悪乗りする。

 「私たちも危うく大罪名乗るところでしたからね」

 「もういっそ名乗るか。七曜って地味だよな」

 「うっすらセーラームーンって言われるのもツライよね」

 燕がはすに決めた顔をして片眼をつぶる。

 「今だ、うっすらセーラームーン!」

 「黙れ前だけタキシード仮面」


 「あ、ヤミちゃーん、ハクちゃーん!」

 屋台から乗り出して雫が手を振っている。

 どうやら「柚子乃葉」の出店を出しているようだ。心なしか男性客が多くたかっている。お客さんたちの間を、申し訳なさそうに頭を下げながらポチたちのほうへ向かってきた。身体がぶつかった男性客たちは、嬉しそうに眼を見交わしあっている……ん?

 「はい。いつもご贔屓にしてもらってるからね。湖緒音大福お祭りバージョン」

 雫が紙袋をヤミに手渡した。

 「悪いないつも。ありがたくいただこう」

 「なにあんた、雫さんと知り合い?」

 ハクが訝しそうにヤミと雫を見比べた。

 「まあな。部屋菓子の仕入れで世話になっているからな」

 「は?」

 「お前の母に頼まれてな。いくらか雑務を手伝ってるんだ」

 「じゃああんたがお礼言われる筋合いじゃなくない?」

 「旅館経営も大変なんだよ。バトンに入れあげてる娘にはわからんだろうが」

 「あたしだって手伝ってるんだからねっ」

 ポチは首をかしげていたが、ぽん、と手を打った。

 「なるほど、布石だ。おばさん、幼女仲居のいる温泉宿ってふれこみでまた売り出しをかけようってわけだ。うまくいけば中部の準キー局まで来る」

 ヤミ、メイとマナが首を傾げた。

 「こないだ寸法測られたの、それか……」

 「えー、テレビ局とかいいわ。片づけていかないし。どうせ姉さんとかあやちゃんいとちゃんしか撮らんし」

 その時、どこからか飛んできたペットボトルが、ポチの頭に命中する。

 どうん。

 中身入りである。

 「いてっ!」

 「あっ、おーい、みんなー!」

 元気よく走り寄ってくるお姉さん、若葉である。

 「あれ、トウマの憑代の方じゃないですか?」

 「トウマも来てるのかなー?」

 メイとマナが今更気づいたように声を上げた。

 「若葉っスよ。午後からコーネイザーショーやるから、見に来てくださいっス!」

 さわやかにサムズアップする若葉。

 若葉の動きに合わせて、きっちり半径十メートルを保ってカメラ小僧も移動する。統制の取れた動きである。

 「やー、やっぱりお祭りは盛況っスねー」

 若葉は慣れているのか、カメラ小僧を特に意識もしない。カメラ小僧も特にアテンションしない。あれはどういう暗黙の了解なのであろうか?

 その時、ポチに石が投げつけられた。山なりの放物線を描いて、少し遠くから投げられたようだ。

 ごん。

 「いだっ!? ちょっ、なに?」

 「あ? なによ?」

 ヤンキー見するハク。先ほどからポチに様々なものが飛んでくるのに気づいていない。

 「お? 橘?」

 「へ? ってコーチ?」

 振り向いたハクの前には神谷コーチがいた。

 「おお、雫もか」

 神谷コーチが同輩に声をかける。

 「珍しいね、夏輝がお祭りに来るなんて」

 「ど、どうしたんですかこんなところに」

 雫とアムが同時に不思議そうに応えた。

 「朝川と咲本もいるのか。って、なんだよそんな顔して。私は祭りに来るようなキャラじゃないってか?」

 「そ、そういうわけじゃ。ただ休みの日は上下スウェットで昼間から酒飲んで家でごろごろしてそうだと思っただけで」

 ノアのしどろもどろに神谷コーチが複雑そうな顔をする。

 「美人姉さんのだらしない残念ぷりにギャップ萌え! みんな好きだなっ!」

 空気を読まないのは燕。

 「や、まあ、普段ならそうだけどな、今日は十二神将が出るからな」

 「え? お前それ、知ってるのか……?」

 ヤミが驚いたように見上げた。

 「そりゃ十二神将と言えば」


 と、その時、ポチにブロックが投げつけられた。

 ごがっ!

 「いでえええっ! ちょっと!? さっきから明白な殺意を感じるんですがっ!!」

 ポチが振り返って誰にともなく叫んだ。

 「はぁ? あんた何言って……」

 迷惑そうに言ったハクの眼の前で、再びポチの頭に拳大の石が当たった。

 がんっ!

 「ホントだ……」

 ポチがくるりと一回転してばたりと倒れた。

 神谷コーチが軽くため息をつく。

 「そりゃそうだろうなぁ……」

 メイが冷静に頷いた。

 「そうですね」

 よくよく耳を澄ますと、読経のような低い声の唱和が聞こえてくる。

 「ハァレムカァエレェ……ハァレムカァエレェ……」

 見ると、暗いしゃがかかったような若い男たちの群れ、狒々のような姿になって眼だけを赤く光らせたギャラリーが、ポチを遠巻きにして口々に呟きながら、手当たり次第にものを投げつけている。


 ――なんというか湖緒音町、少なくとも男どもは正直な町ではある。






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