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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第3話 「眞那<マナ>またはステレオタイプについて」
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 陰行の黒い光と土行の黄色い光がひときわ発光して消え、ポチは自分の禁縛の結果に眼を見開いていた。

 例によって、ポチの眼の高さくらいのところで、マナが縛り上げられている。

 「こ、これは……」

 「あー、そうだったね。こんな術だったわ……」

 マナは眉を八の字に下げ呆れていた。

 両手首と両足首をひとくくりにされ、天井から吊るされているような姿だ。そしてその横にはやはり豪勢な筆文字で「空滴くうてき苞蕾ほうらい」と。

 それはまさに滴る雫のような、花咲かんとする閉じた蕾のようである。

 胸の前で交差した光の縄は双丘を搾り上げ、そもそもの巨乳がいよいよ突き出して、頂点がああもう、見えそで見えない、精密な計算にのっとったのではないかと思わせるほどのエロさである。

 マナがポチに首だけ向けて微笑んだ。

 「やっぱりスケベだね、ポチ君」

 ポチは顔を隠すように、顔の前で闇雲に手を振り回した。

 「いや、その、あれ、これはやむを得ないっていうか、その、とりあえずありがとうご先祖様」

 眼をつぶって深呼吸、ダメダメと口の中で呟きながらポチは法輪を取り出した。

 なるべく見ないようにして、マナの後ろから法輪を着ける。

 ふいっとマナの姿が消え、全裸の燕が地面に倒れ伏した。

 「か、会長さんっ!」

 よちよちとメイが毛布を持ってきてくれて、再びポチがあっちを向いたまま毛布をかけた。

 衝撃と感触で眼が覚めたのか、燕は眼をしばたかかせた。

 今起きたように背筋を張って、いきおい毛布がずり落ちる。

 「ん……? ポチ君?」

 ポチは一瞬胸元が(もう少し下まで)見えてしまい、そっぽを向いた。

 「と、とりあえず、隠してくださいっ!」

 燕が不穏ふおんげにポチを見て、我が身の感触に気づいた。

 「え? うわっ!」

 慌てて毛布で丸くなった燕は、ロングの黒髪をふわさっと広げたまま、珍しく頬を赤らめた。

 ところで、その傍らにヤミが空中観音縛りM字開脚で浮いている。なんというか、「旭日双葉」の文字が少しまぬけである。

 ヤミがぼそりと呟いた。

 「縛られた上に、気づかれもしないとか……哀しすぎる」

 メイがなぜかその下でうんうん、と頷いている。

 眼の幅にいたる滂沱ぼうだの涙を流すヤミであった。



          ☆



 温泉である。

 旅館たちばなのかけ流しは、美肌にいいのである。

 今日はお客さんが入る時間であったので、大浴場ふたつは使えず、もともと女湯のひとつとして使っていて、今は従業員用の岩風呂である。

 ハクと燕が唇の下まで使っていた。

 「憑代、大妖……」

 燕が眉間にしわを寄せて呟いた。

 「だそうです」

 ハクがさすがに燕の衝撃を気遣って、柔らかく説明したところであった。

 燕は拳を握ってぶるぶると震える。

 「会長……」

 「……それだよっ!」

 ハクのあごが落書きのごとくぼとんと落ちた。水音。

 燕は急に立ち上がって、浴場中央の岩に登り始める。頂上に至り、眼が爛々と輝いていた。

 「私はそういう展開を待っていたんだっ! キターッ!」

 「そういう人でしたね……そういう人でした。ええ、知ってました」

 ハクはそっぽを向いて恨み言のように呟いた。中島みゆきの初期の歌がかかっていればちょうどいい感じ。

 カラカラとしきみ戸を開ける音がして、幼女に戻ったヤミとメイ、そしてマナが入って来た。

 マナは眼を輝かせて、湯あみ湯あみ!と叫びながら飛び込む。

 ヤミは軽くかけ湯をし、メイはざっと身体を洗う。

 「……あ、あれが大妖なのか……?」

 なんとなく聞こえないように、燕がハクに囁いた。

 ハクが声をひそめずに応える。

 「ただのちびっこたちですよ」

 「ぶふー、ちびっこって言うな」

 ヤミが温泉に浸したタオルで、顔を洗いながらたしなめた。


 沈黙がちに全員が岩風呂に浸かる。

 ヤミがさりげなく、その実微妙な呼吸をはかったように声をかけた。

 「で、マナ。ポチを殺さないのか?」

 マナはヤミに顔を向けたが、ヤミが温泉に上気したようにとろんとしている(わざとらしく)のを見て、水面に眼を戻した。

 「うーん。確かに力は戻したいけどねぇ……もう敵はいないんでしょ? 姫様もいないんでしょ?」

 一瞬の緊張。

 マナが再度ヤミとメイを見たが、ふたりがマナを見返すことはなかった。

 「まあな」

 ヤミが沈んだ口調で応え、唇の下まで温泉に浸かった。

 マナは雰囲気を軽くするように微笑んだ。

 「……だったら、躍起やっきになって封印を解く必要もないかな」

 メイは黙っていた。マナの気が抜けた顔を見て、ヤミの沈んだ顔を見て、おもむろに湯船から上がり、縁石に座り直した。

 「……貴女は、姫様の無念を忘れたのですか?」


 マナはふいっとメイを見つめた。メイは岩風呂の頂点の向こう、天窓を見ている。ヤミを見ると、ヤミは水面を、というより自分の中の水面を眺めているようだった。ふたりとも、何かしらの言葉を待っているのだろうか。

 マナは水面を見つめた。

 湯気とゆらゆらと揺れる水面。湯出口からかけ流しの温泉が流れ出し続け、溢れた湯は少しずつ排水溝に流れていく。

 「もったいないな……」

 その言葉と裏腹に、マナはばしゃばしゃとお湯を叩いた。お湯が流れ出していく。

 何かを取り戻すようにマナは明るく応えた。

 「忘れたのかな? うん……そう言われても仕方ないね」

 「そうは言いません」

 メイが上を向いたまま優しく否定した。

 マナは嬉しそうに笑った。そのまま、右手を挙げる。

 「例えば、さ」

 マナは天窓を見つめた。

 「あの町を全部、吹き飛ばせばいいのかな?」

 ヤミとメイが、少し、身体を固くした。

 「そうやって壊して、いっぱい壊して。私は壊すのは得意だよ? 壊して、いっぱい殺して、この町を、この国を亡ぼせば……姫様は笑ってくれるかな?」

 訥々と、迷子のような表情でマナが話す。

 ヤミとメイはそのはかなげな表情を、痛々しい表情を見て、押し黙った。


 燕がチラチラと見て興奮気味にハクに囁いた。

 「……なんか深そうな話だな。やはり過去の大きな傷なのだな」

 「千年分のストックがある中二病なんですよ」

 ハクは静かにため息をついた。



          ☆



 その部屋には照明がついていない。

 が、奥のほうに大きなライトテーブルが煌々と光を放っていた。

 湖緒音町の地図が乗っていて、丸眼鏡をかけた痩せた男がその地図をじっと見ている。

 ユーモラスな印象をもたらす丸眼鏡も、その男の鋭く尖った相貌そうぼうを中和できていないようだ。鋭い眼のまま、不協和音がのったような低音で呟く。

 「七妖か……ふん、実に興味深い」

 反日武装組織「烈風」幹部、戦闘隊長の東条海吾とうじょうかいごである。

 東条は満足そうにライトテーブルのスイッチを切ったが、その消える刹那せつな、眼元に狡猾こうかつそうな笑みがよぎった。



          ☆



 温泉旅館たちばなの一室、ヤミとメイが起居ききょしている部屋に、今はポチ以下四人がいた。

 ポチをのぞいて、ヤミとメイ、マナは風呂上りである。

 菓子皿に乗っていた湖緒音大福をマナが目ざとく見つけて、大福と自分を交互に指しながら、ポチを見る。

 ポチが頷くと、フィルムごと食いつこうとしてヤミが止めて説明した。

 「なにこれおいしい。なにこれ。あずき? あずき? あずきってこんなんなるんだ! アマーイ!」

 両手に大福を持って、マナはマンガ的に交互にかぶりついている。

 それを見ながらポチが頭を抱えた。

 「やっぱなんかイメージ違うんだよな……」

 ポチの葛藤など知らず、マナに負けまいとヤミとメイが湖緒音大福に手を伸ばしている。

 「大福……いや確かに湖緒音大福は美味いんだけどもな。餅の部分は羽衣のごとく柔らかく、口に入れればしっとり存在感があり、あんこは甘すぎないのにこってりインパクトと根性がある。古今大福でこれほどの口福があったろうか」

 ポチの大福礼賛など知らず、三幼女はもぎゅもぎゅと大福に侵攻する。

 ヤミがふたつめを始末しつつ、ポチに声をかけた。

 「考えてみれば、もぐ、宿曜道とは恐ろしい術だなあ」

 「はい?」

 「宿曜道とは時の力、なのだろう。星回りに合った時に呼び出せる力は、他の何物も対抗できん、全てを押し流す、絶対の力だ。もぐ。前はわからなかったがな。どう戦ったところで全ての存在基盤をなす力をぶつけられたら、全て融解して時の力に変換されてしまう」

 「そうだねえ、もぐもぐ。まったく、空賢のやることはいやらしいね、もぐ」

 言葉にあまり意味が込められていないほどには、ヤミとマナは大福に夢中である。言ってること分かってないかも?

 ふすまが開いて、髪の毛を乾かしたハクと燕が入って来た。

 愉しげな燕が、ポチの肩を叩いた。

 「ポチ君は東大でも目指すつもりなんだなっ!」

 「へ? オレが? なんで?」

 「温泉で、旅館で、ハーレムだろう?」

 「それでなんで東大なんですか?」

 おお、と燕が手を叩いてハクに顔を向ける。

 「なるほど、さしづめ君はツンデレラというわけかっ! ははっ!」

 ハクがあからさまな三白眼になって、燕に顔を近づけた。恋人同士でしか成立しない距離だが、恋人同士ではあり得ない凶悪な顔である。

 「一度しか言わないんでよく聞いて下さい。二度と、私を、そう、呼ぶな……!」

 燕が一瞬にして半泣きになる。

 「そんなガチですごむのっ!?」

 「やめろよハク。会長さんかわいそうだろ」

 今日はヤンキーが抜け切れないハクが、凶悪な顔のままゆらりとポチに向き直る。

 思わず心得もないポチが身構える迫力である、

 燕はポチを盾にするように隠れる。

 「ポチ君優しいな。優しさだけが取り柄のハーレムマンガの主人公の資質があるな」

 「マジですか。ハーレムできますか俺」

 ハクが瞬きしないまま言い放つ。

 「そうね。あの世でならできるかもね」

 燕が嬉しそうにポチの影から顔を出した。

 「その冷たい目グッドだ橘っ! 今はツン期なんだな? あと五話くらいしたらデレるのか?」

 「ライターぶっ飛ばしてでもその展開はやめさせますけどね」

 「んー……甘い、甘いな君は。そういう甘い人間が、公開当日にごめんなさいしちゃうんだな。来場者にビデオ発送を約束するんだなっ!」

 「えー……頼むからめったなこと言わないでください。修正前ビデオ欲しい人の方が多かった、てのは公然の秘密なんですよ?」

 ポチが若干顔を蒼くする。

 ヤミが呆れ果てて割りこんだ。

 「で、何の用なんだ?」

 「……何の用? そうね、まさかそんな聞かれ方をするとは思いもしなかったわ……」

 ハクは怒りをおさめて、答えを探すように天井を見た。

 「色々あるんだけどさ、もう何て言うか、これ、ジャンルなんだろう……。根本的にさ」

 「は?」

 ポチが素っ頓狂な声を上げた。

 「お、あ、ジャンル? なに?」

 「ジャンル。これ、本屋さんのどのあたりに置かれたいわけ?」

 燕が心から嬉しそうに顔を出した。

 「そりゃ、ラノベコーナーだな。〇AかM〇文庫あたり? 最近ファンタジ〇も大概やばいからいけるだろ?」

 ハクがポチを睨みつける。

 「どうすんのよこれ。ねえ? あんたが何とかするしかないでしょ?」

 「え? ちょっと? ハク? あの?」

 「ねえ? 襲われて、逃げて、縛り上げて、温泉入って、それ何回やるの?」

 「ハク?」

 「温泉も引けるのは最初だけでしょ?」

 燕が握りしめた両手を振って賛同する。

 「そうそう。温泉がなければ日曜9時だって狙えるのになっ!」

 「会長?」

 「いや先輩、マジで黙っててもらえます?」

 ポチが納得できないままの顔で、聞こえないように呟いた。聞こえたらハクの回し蹴りが飛んでくるので。

 (ハクもそっち側へ?)


 湖緒音大福を満喫して幼女三人は番茶を啜っていた。

 ヤミが、ポチとハクと燕の噛みあっているようで噛みあっていないやり取りを横目で見ながら、肩をすくめた。

 「まあ、仲はいいんだろうな、仲は」

 「私、そういうまとめ方好きだなあ」

 マナが無邪気に微笑んだ。






「えっと、昨日見た夢の話なんですけどね。何故か学校の教師やってて、あ、うちの学校ブレザーだったんですけど、夢の中だと何故かセーラーで、で遅れるからって電車のなか自転車で走ってるっていう次回『キリの嘆き!姫の悲願!大妖の秘められた想いとは?』で、駅員さんが今時ボブサップっていうね」


それでは第4話、お楽しみに!

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