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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第3話 「眞那<マナ>またはステレオタイプについて」
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 裏山のお堂は、もう夕暮れを過ぎて夜になろうとしている。

 わずかにお堂の脇、じじいが盗電ではないぞ? と言いつつ電線を引っ張ってきた灯りがついているだけ。

 お堂の前では毛布を二枚抱えたハクが仁王立ちしていた。

 マナが向かい側、少し離れたところで鞠をついている。体育館からお堂に連れてきたのはポチだが、その間ずっと面白げな笑顔を絶やさない。

 ハクの脇には、先ほど一緒に登ってきたヤミとメイがいて、得心とくしんが行かぬ顔で湖緒音大福を頬張っていた。

 「水」

 「お茶もありますよ」

 「用意がいいな。ではお茶」

 「はい」

 ヤミとメイが長年連れ添った夫婦のごとく、いい呼吸でお茶を注ぎあっている。

 ふたりとも見たことがある服、恐らくは栢都の母からあてがわれたハクのお下がりを着こんでいる。ヤミは赤いズボンと白地に動物柄のカットソー、長めの髪はパレッタで止め、メイは薄い緑のスカートにもふもふのカーディガン。

 夜間に幼女を連れ出し、あまつさえ決闘に巻き込もうという高校生なわけで、その姿だけ見るとポチは少々罪悪感をおぼえる。

 一体どうしてこんな成り行きなのだろう?

 「さて、と。こちらの準備はいいですよ?」

 マナが朗らかに声をかけた。

 ぼよよんという音と共に胸元が揺れる。

 「マナか。相変わらずいい身体をしてるな」

 「そういうヤミは随分とちんちくりんになっちゃったね」

 「ほっとけ。で、何の集まりなんだこれは。もう少し落ち着いて湖緒音大福を味わいたかったんだが」

 ハクがずい、と進み出た。

 「決闘よ!」

 「決闘と書いてデュエルと読むあれですか?」

 ハクはメイの半畳はんじょうを無視して、マナを決然と指差した。

 「こいつは体育館をぶっ壊した。それが許せない」

 ハクが全員を見渡すと、微笑んでいるマナを除いて全員が眼をらす。

 「バトン部は、月水金しかフロアを使えないの! 他の曜日はステージでちまちまやるしかない。ただでさえ時間がないのに、練習場所がないとかあり得ない! しかも全員が見ている中だからこれバトン部の責任になって、フロア使えなくなるかもっ!」

 ハクはマナを下から上へねめつける。ヤンキーが抜け切れていないようだ。

 「どう責任とるつもりだ? ああ?」

 意に介さず、しれっと応えるマナ。

 「さあ? ていうかバトンって何?」

 「ハラたつわぁ? ヤミ、あいつやっつけてもらうね」

 「……お前、なんていうか、大物かもしれんな……」

 湖緒音大福を食べる手を止めて、まじまじとハクを見るヤミ。

 「そういうこと言っていいのかな?」

 ハクは薄ら笑いで半眼になる。

 「あんたたち、ウチの空いてる部屋に住みついてるでしょ?」

 ヤミとメイがばつが悪そうに眼を逸らした。

 「断るってさ、あとで宿代請求していいってこと? だよね?」

 「お前、押し入れのドラえもんから金取るのか?」

 「じゃあ秘密道具出しなさいよ」

 メイがため息をつきながら肩をすくめた。

 「居候キャラを追い出すなんて鬼の所業ですね。ヒロイン失格です」

 「誰がヒロインだっ!」

 ヤミが片栗粉を落として、両手をぱんぱんと叩いた。

 「わかったよ。まあ、マナと遊ぶのも悪くないか」

 「よし」

 ハクは頷いて、ポチに向き直った。

 「ポチ、これはずして」

 「……なんで俺、押し切られてんだ?」

 ポチは口の中で呟きながら、首輪に手を触れて真言を唱えた。

 真言と共に首輪が外れ、光の奔流の中から本来のヤミが現れた。

 ヤミは両肩を回しながらニヤリと笑った。

 「ほんとに我が裔ながら、バカだなぁ」

 背筋に冷たいものが走って身体を引いたポチだったが、ヤミの右手が首に食い込んだ。そのまま、軽々と持ち上げる。

 「て、がっ、てめぇ!」

 空中でもがくポチだが、ヤミの腕は微動だにしない。

 「せっかくだから、この忌々しい封印を解くか。お前の胸の月縛を消せばいいんだろ?」

 「ふざっ、けんな!」

 「我らを呼んだからには、禁縛の時間が必要なのだろう? なに、運が良ければ死にはしない。封印を、ひゃぁんっ!」

 ヤミがいきなりかわいい声で叫び、ポチを離して自分の身体を抱きかかえる。

 「んんっ、ちょっ、ひゃあっ!」

 顔を真っ赤にして涙目で身もだえするヤミ。

 「……これは?」

 「これはエロい! じゃなくて、なんだ?」

 メイが訝しそうに、ポチが一瞬喜色満面になってから、いぶかしそうにヤミを見た。

 ヤミの身もだえが止まらない。

 「くそっ、なんだこれはっ、まさかひゃあっ!」

 ありていに言うと、その、敏感なところを責められているようなヤミである。

 ヤミの口から、明らかにハクがしゃべっているような口調が飛び出した。

 「なにやってんのよっあんたはっ! あいつと戦えって言ってるでしょっ!」

 「き、貴様っ! なんで意識があるっ!?」

 一方では叱責、もう一方では愕然とした応え、なかなか初めてとは思えない出来のひとり芝居だったが、どうやらヤミは真面目らしい。

 「知るかっ! さっさと私の言うとおりにしなさいっ! でないと」

 「やめっ! うわひゃぁんっ! ちょちょっ、ちょ、らめえ……」

 「み、みさくら語っ?」

 驚愕したポチがよくわからない知識を披露する。

 ヤミはもはや、地に伏せて腰だけ上げたまま、ひくひく痙攣している。

 阿呆らしげに(若干顔を赤らめて)見ていたメイが、つとめて冷静な口調で解説してくれた。

 「……これは思うに、一回霊穴をふさいでますから、調伏ちょうぶくされたってことですかね?」

 「ど、どういうこと……?」

 大妖に聞く術者も珍しい。

 「あなたの法輪によって、憑代の身体が一種の結界になった、ということです。本来なら強制的に眠らされるはずの憑代の魂が、法輪を着けたことで霊力が高められ、私たちと同等に意識を保っている、というか」

 「……ってことは、一回法輪を着ければ、次からは憑代が意識を保っていられるってことか?」

 「さあ? ヤミとあの子だけかもしれません。わかりません」

 と、ポチがじっと自分を見ているのに気づいて、メイが髪の毛を逆立てた。

 「私でやらないでくださいっっ変態! あんな目にあうのはごめんです変態!」

 「って、いや違う違う」

 「違うも違わないもありません変態。こちらを見ないでください変態。その眼は縫い合わせておいてください変態」

 「おおう……まだ俺はご褒美になるゾーンまで行ってないな……」

 ポチはちゃんとヤミの状況の意味合いを考えていたのだったが、メイの逆上を見て、内心密かにメイの機会を設けることを決めた。やぶへびである。

 「わかったから……もう、やめてくれい」

 「ふうっ。はい、じゃあちゃっちゃっとあいつ、ぶっとばして」

 ヤミはふらふらと立ち上がった。

 内股である。

 マナが半笑いで同情の言葉をかけた。

 「なんていうか、大変ね」

 「言うな。泣きたくなる」

 だが、ヤミは既に戦闘態勢だった。

 言葉と同時に髪が銀色になり、背中から先だっての時より長い五尺ほどの棒を、手首を返すだけで突き出した。

 マナは予期していた攻撃にニッコリ笑って鞠で受けると、弾かれるように飛んだ。

 瞬時にヤミも追う。

 一瞬の巨大な破壊音に瞠目どうもくしているポチからは、ふたりが眼前から消えたように思えた。


 薄暮では眼で追えないレベルのスピードで、空中を鞠が飛ぶ。

 ひとつではなく三つ。

 それを撃ち叩く轟音が響く。

 山全体に響くような音である。

 ふたりの姿は見えない。夕闇を斬り裂くスピードで互いに飛び回っている。

 どこを見たらいいのかわからない。

 時々、鞠を打ち返す音なのだろう、大きな打壊音が響くだけだ。

 「あらまあ」

 メイが呆れたように呟いた。

 「お、おい、これ」

 メイが横目でポチを見る。

 「なんですか変態」

 「うっぷす……アイツ大丈夫なのかよ」

 「マナは物理的な破壊で言ったら、私たちの中で最優秀ですからね。ヤミも苦戦するでしょう」

 「そしたらヤミは」

 「……我らはそれぞれ得手がありますが、ヤミはその頭です。オールマイティです。全力でなければマナの相手はできませんが」

 「そ、そうなのか?」

 メイは冷笑するように横目でポチを見て、鼻でわらうように言った。

 「あなたは他にやることがあるんでしょう変態?」



          ☆



 ヤミとマナの戦いも小一時間、夕闇はほとんど星空になっていた。

 山は辺りに光がないために星が降るような夜空の下、杉の木立のひときわ高い二本の木の天辺に、向かい合ってヤミとマナが立っている。

 ヤミは右足の甲に突端を置き、正中に棒を据えていた。

 「で、どうだよ? 気は晴れたか?」

 マナにではなく、中にいるハクに言った言葉だ。

 「何言ってんのよ! まだぶっとばしてないじゃない」

 同じ口から、違うテンションの言葉が返って来た。

 「ぶっとばすって……ジャンプじゃないんだからムリだ。仮にも身内だぞ?」

 「なんでよ。大妖でしょ? きらって星になるくらいぶっとばせ!」

 「あれは血を見せない、主人公に人を殺させないための表現だろうが。あれだ、少女もので本番シーンではお花畑になるのと一緒じゃろ」

 ふたりの会話、その実ちょっと気色の悪いひとり芝居のような会話に、マナが面白げに割り込んだ。

 「じゃんぷってなに?」

 ヤミがあらためて気がついたように、首を傾げて応える。

 「努力、友情、勝利がモットーの、日の本一の少年戯画集だの」

 「へー」

 「ただ最近は、才能、恋愛、覚醒に変わりつつあるが」

 「なんか都合がいいなー」

 ハク(ヤミ)が呟いた。

 「とても他人様のことを言えた義理じゃないけどね、あんた」

 「いいんだよ。サブカルハーレムバトル系日常モノなんだから」

 「千年前とか絶対ウソでしょ」

 「ネットぐらいしかやることないんだよ」

 ヤミがげんなりと肩をすくめた。

 「私、そろそろ飽きてきたかな」

 マナが両手を広げて鞠を三つ、腕の上で取回して見せる。どういう加減か、三つ共に違う動きをしている。

 (ハク)がそれを見ながら呟く。

 「うーん。そろそろだと思うけど」

 「ん? 何がだ?」

 呟いた途端に、ヤミが驚いた顔になった。

 「まさか、おい?」



          ☆



 「土行! 鎮星ちんしょうに命ず、伏怨ふくおんを封じて、歳は背き鎮は死し、金衝きんしょうへいに至る。以て畢宿ひっしゅくかせとして禁ずる!」






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