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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第3話 「眞那<マナ>またはステレオタイプについて」
13/61

 体育館の一隅では、バトン部が準備運動中だった。教室での何事かで少し遅れて、ノアが入ってきたところ。

 部活の始まる前の、少しはやる感じと少しおっくうな感じとが入り混じっている時間だ。互いに声を掛け合って、今日の練習はトスのリリースに重点を置くことを部長の本宮が確認している。

 アムはひと足先に練習場に入り、鏡の前で自主練習をした後だったので、ちょっと休憩するつもりで校舎側の鉄のドアを開けて外に出た。

 蒸し暑い日だったのでそれほどクールダウンできるわけでもなかったが、風が通るだけ体育館の中よりはマシだ。

 辺りを見回して誰もいないことを確認する。中庭のどこにも人はいなかった。

 「ふうう~」

 ――最近、アムは時々独りになりたくなる時がある。それは練習の合間だったり、バトンの型を作るのに没入してる時だったり、わずかの時間で済んだが、誰からも声をかけられない瞬間が自分には必要だ、と思う時がやってくるのだ。

 理由はわかるようでわからない。

 バトンでレギュラーになれないことは悔しいが、自分が向いていないのも知ってる。

 うすうすわかってはいたが、ある日の練習後、部員のひとりを特別扱いしない神谷コーチにひとりだけ呼ばれて、無表情に、丁寧に、向いていない理由を教えてもらった――部活という意味ではもちろんすべきではないことだけれど、アムがバランスを崩しそうなほどバトンに入れ込むのを見かねて、迷ったあげく呼び出した、ということだった。

 彼女は経験豊富な人だったが、頂点には届かなかった人だ。だから、アムのこともよく理解してくれていた。アムは言葉の本当の意味で感謝している。

 まだ、好きだからしようがない、と割り切れるほどさとくないけれども。


 アムが座り込んで頭をドアにもたせかけていると、爆発音が聞こえた。

 卓球場のほうだ。中庭の反対側。

 驚いて顔を戻すと、背中を向けたままの人が空中を滑るように飛んでくる。空中でもがいているのだろうけども、なぜか下手なブレイクダンスを踊っているみたい。思わず眼で追うと、その人がちょうどアムの真上、体育館のひさしに落ちた。

 ぼうん、と間抜けな音がした後、ジャッキー的にひさしを突きぬけ細い金具の支柱にぶつかりながら、ポチがアムに覆いかぶさるように斜めに落ちてきた。

 「ポチくん!?」

 「ありーでべるちっ!」

 アムとポチは、ごろんごろんと絡まり合って、もろともに体育館の中に転がり込んだ。

 「てっててえ、わ、悪い朝かバッ!!」

 ……形状を説明すると、ポチがアムと絡み合って押し倒す形になっていた。

 アムの両足の間にポチの腰が入り込んでいる。

 一方で、ポチとしては童貞紳士らしく何とか押しつぶさないように両腕で床を押さえている。

 ……嗚呼。

 はたから見たら、突如正常位で高校生らしからぬ振る舞いを始めたようにしか見えない(それともいまどきの高校生らしいのか……)。

 巨大な悲鳴。

 バトン部には同級生にも下級生にも、アムの支持者は多い。穏やかで分け隔てなく優しく面倒見もよく、レギュラーにはなれてないが腐らないで練習に励み、自分にできることは惜しまない。

 そのアムが、突如衆目の面前で貞操の危機である。

 イケメンならまだしも、正直パッとしないヤツがそんな振る舞いをしていいわけがない(いや、イケメンでもよくないんだけども)。

 「おばあわわか、ちが、チガ、ちなうんですっ!?」

 ポチにしてみれば、これはラッキースケベと言っていい話であるがしかし、明らかにそれを許さなそうな人たち、というか、そもそもそんな状況ではない、殺されかけた直後で、問題は始まったばかりなのだ。

 アムはようやく眼を開け、自分の格好を理解した。

 そして、拒絶するでもなく頬を赤らめて呟いた。

 「痛いよ……」

 「あ、朝川!!?」

 愕然とするポチ。そのこめかみ、先ほど燕に蹴りこまれたのは逆のこめかみにすごい勢いでかかとが撃ち込まれた。

 「う”ぇのむっ!!」

 急所に撃ち込まれたとは思えないほどの手加減のなさである。あわれ、ポチは横に二回転して吹っ飛んだ。

 「何発情してんだゴミ犬っ」

 ほとんど無表情のハクであった。踵を撃ち込んだ姿勢からゆっくり左足を下ろす。

 ポチは打ちどころが悪かったのか、というか急所をセーフティなしで撃ち込まれればそれはそうだろう、泡を吹いて痙攣けいれんしていた。

 「ち、違うよっ! これは事故で」

 アムはハクをなだめようと慌てて立ち上がった。

 が、その眼の前を風のように通り過ぎて、ハクは加速しながらポチを蹴り飛ばした。今度は縦に二回転。もはやハクのキックの精度と破壊力は、日本ランキングレベルであろう。

 「そうね、事故だね。だから何?」

 アムに向き直って、半分棒読みでハクは応えた。

 「事故だよ、事故。たまたまポチがアムにぶつかって、たまたまやらしい格好になったところに、たまたま私が日課にしているローリングソバットの練習に巻き込まれて、慌てて走り寄ったらたまたま足がもつれて背骨折るような腹キックが入っちゃっただけなの。たまたまそういうToLOVEるがあっただけ」

 「え……ハク……」


 「あらら。痴話喧嘩?」

 体育館の入口、先ほどポチとアムが踊りこんできた少し脇、別の入口の前で、マナが鞠をついていた。

 ハクとアムが振り向く。

 鞠をつきながら、ゆっくりと静かになった体育館の中を歩いて来る。

 「私それ大好き。もっとやって」

 「……ハ、ハハハク。あれ、たいよう? って?」

 アムが口元を波打たせながらハクにささやく。

 マナは聞こえたようでニッコリと微笑んだ。

 「そう。マナって言うの。よろしくね」

 ハクは今日何度目かの半眼になっていた。

 「あ、私関係ないんで。どうぞご勝手に」

 「ハク!」

 「そうなの?」

 全員が無言で注目している中、冷たいハクと慌てるアムと意外そうなマナ。

 「あの、部活あるんで、出てってもらえます? そこのゴミ犬と一緒に」

 「ふーん?」

 「何でもいいけど、こっちに迷惑かけないで欲しいんですけどね」

 愉快そうに小首を傾げたマナは、鞠をつきながらゆっくりと体育館の中を移動していく。

 ポチがむぐぐ、と起き上がろうとしているところにしゃがみ込んだ。

 「そっかそっかー。なかなか可哀そうだね空賢。じゃなくてポチ君か」

 笑い出しそうな顔になったマナは、抱え込んだ鞠を片手で握った。

 「君よりブカツっていうのが大事みたいだね!」

 嬉しそうに言い放ち、鞠を勢いよく投げ打った。

 鞠は眼で追えるギリギリの速さで飛び、大音響と共に壁を打ち壊す。

 一撃が重い。

 勢いは止まらず、床、逆側の壁、天井、次々に打壊音が響き、木の割り裂ける音が続けざまに響く。

 鉄製のドアがひしゃげる鈍い音、天井の水銀灯が破裂するような音、そして一斉にあがる悲鳴。

 「きゃあああっ」

 マナは意図的に恐怖を与える目的だったらしく、その時点では誰も鞠に弾かれていなかったが、天井の照明を打ち壊した際にジョイントごと折り切ったのだろう、人ひとり分ほどもある照明が天井から落ちてきた。

 その下にノア。

 「ノアっ!」

 ハクが思わず声を上げた。

 だが、ノアの頭上三十cmほどのところで照明が弾かれた。

 間一髪である。

 「え……?」

 頭を抱えてしゃがみこんだノアだったが、おっかなびっくり顔を上げて不思議そうな顔をする。

 「ポチくん!」

 アムの声に反応して、ハクとマナがポチのほうを見る。

 ポチはうつ伏せで顔を上げ、鼻血を盛大に流しながら金剛杵を握っていた。

 ハクとアム、そしてマナを結ぶ線上の向こう側、生徒たちを保護する結界が張られていた。常ならず、薄く紅い色をしていて、能力がなくても見える。

 「あらあ。さすがね、こんなに大きな結界を張れるんだあ」

 嬉しそうにマナが笑う。

 「はぁはぁはぁ、って……げほっ……げほげほっ! ちょ、早く逃げてみんな……マジでキツイ……」

 「……逃げよう。みんな、逃げて! 早く外にっ! 早く!」

 いつもは穏やかなアムが血相を変えて声を上げたのをきっかけに、体育館で部活をしていた各部の生徒たちは、散り散りになって逃げだした。

 アムが下級生を誘導する。こんな時でも頼りになるお姉さん。


 わずかの間に人影の消えた体育館で、残ったのはマナと、ハクとポチ。

 ポチは鼻血をぬぐって立ち上がった。

 「ハク、お前も出ろ」

 カッコよく決めたセリフだったが、ハクは聞いていなかった。

 「あんたねぇ! いい加減にして!」

 ハクがマナに向かって怒鳴りつけた。

 笑いを残したままマナが肩をすくめた。

 ぼよよんと音がして巨大な胸が揺れる。

 一瞬、ポチだけでなくハクまで眼をとられるボリュームである。

 「あんたの狙いはポチでしょ! 他を巻き込まないでよっ!」

 よろけるポチ。

 「……自分で言うのはいいけど、他人に言われると割と傷つくな」

 ポチはぼそりと悲しげに呟いた。

 マナは笑いを収めて真顔になった。

 「あんね、別に私、封印とかどうでもいいし」

 「は?」

 「他にやることもなさそうだし。明らかに私のやるべきことがあるところじゃない」

 一瞬、マナの表情に迷子のような心細さがよぎる。

 「何よ、それ」

 「だからね、千年ぶりだし、街を見物しながら壊して回るのもおもしろそうかなって!」

 マナは一転して、人差し指を顎に当て楽しそうに笑った。

 一方のハクは、ギリギリと顔の半分くらいが食いしばった歯になっていた。

 「……つーか、な? 暇つぶしで、人の、部活の、邪魔、すんじゃねーよ!」

 「えー、こわあーい」

 マナは、わざとらしくぶるんぶるん胸を震わせてハクをあおっている。

 と、怒りのあまりヤンキーになったハクがポチを振り返った。

 「ポチ、これはずせ!」

 ドスの利いた口調で命令する。

 「いや、お前何言ってんの!?」

 「ヤミ呼んでよ。アイツマジで潰す」

 「違う違う違う! お前勘違いすんな! これそーゆう「限定解除」なノリじゃないから! そういうアレじゃないから!」

 半分我に返って慌てるハク。まさか自分までそっち側にっ!

 「そ、そんなこと思ってないって! 限定解除? ないわあ。ない。リミッターとかつけてる? 限定? 根本的になんでそんな制限つけてんの? 出し惜しみ? 最初っから全力でいけよ。まだ本気出してないだけ、って予防線張ってどうする。現実はそんなに甘くないのよ!」

 「そこに説得力持たすのがウデだろうがっ! これは違うの! お前はただ憑りつかれるだけで、何の能力もない、ただの女子!」

 ふたりの時々脇道にそれる応酬を、マナは面白そうに眺めている。

 「わかってるよっ! はぁ? いつ私が勘違いした? いつ何時何分何十秒? 能力? なにそれ? なんの設定?」

 「とにかくダメッ! ヤミだって大妖なんだからな! どっちも危ないヤツなの!」

 「そのへんはアンタがなんとかしてよ。霊能力少年ポチ」

 「霊能力少年言うなっ! なんとかってなんだ!」

 「うまいことやるのよっ! ポチのくせに口答えすんな!」

 あははは、と楽しそうにマナが笑い出した。

 戦闘中にしては三人ともすっかり毒気が抜かれている。

 「仲がいいのね?」

 「眼が節穴なの?」

 ハクが今日何度目かの食い気味の返事。

 「もう少し素直な方がかわいいと思うよ?」

 「十分素直だし、超かわいいんで問題ないし」

 「口が減らないなあ」

 苦笑しながら、マナがいきなり鞠を放った。

 床が震動するほどの勢いで、鞠は跳ね上がって天井を突き破って見えなくなった。

 「あっ! くっそ、やめろよバカバカバカ! 体育館がっ! ポチっ、何でもいいからあいつやっつけてよ!」

 「分かってるよっ、ちょ、でもな、あと」

 ポチは先ほども宿曜計を見たから分かっている。見直したところで十五分も経っていない。

 「あと……五時間」

 「ほんと役に立たねえなっ!」

 ハクが顔を口にして罵倒した。

 その顔の前を、マナの鞠が風を巻き起こして通った。驚き眼になるハク。

 鞠は再び壁を壊して、今度はマナの手に戻った。

 「ふう。で、どうするの?」

 ニヤニヤ笑いが止まらないマナを、震えながらハクは指差した。

 「しょ、しょぶ、勝負よ!」

 「勝負? なにそれ面白い。どうやって?」

 「あんたのお仲間のヤミってのがうちにいるわ! 暇つぶしなら、大妖同士でやりゃあいいじゃない!」

 「ヤミと? ふーん?」

 眼を上に向けてしばし思案するマナ。

 ポチはハクの袖を引っ張って囁く。

 「お前さ、何を根拠にそんな……」

 ふんが、と鼻息も荒くハクが断定した。

 「うるさい。後は何とかしろ」

 「何とかって、無茶ぶりにもお前……」

 マナが顔を向けて花のように笑った。

 「いいよ! 面白そうだし」

 「え? ……マジで?」

 昔っから、ハクが絡むと問題が問題を呼ぶ。解決が遠ざかる。この幼なじみは分かっていても退かないところがあるのだ。

 世の中それでは回らないというのに。

 ポチは情けなさそうな表情でため息をついた。






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