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幼なじみに首輪をつけるのもやむを得ない……っ!  作者: 真野英二
第3話 「眞那<マナ>またはステレオタイプについて」
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 何事もなかったように、燕はソファの対面に座った。

 ゆっくりと足を組んで、手に持った扇子をざっと広げる。ひらりひらりと振った後、少し斜めに顔を傾けた。

 あー……これルーティンなんだ……。

 ポチは口には出さず、生徒会長を観察している。既にハクは半眼になっていた。

 「さて、お前たちを呼んだのは他でもない。事の真偽を図るためだ」

 燕はふたりの葛藤など知る由もなく、楽しげに口を開いた。

 机の上にあったクリップボードを手繰り寄せ、二、三枚めくる。

 「はぁ」

 ハクが棒返事をする。

 「つい先日、ホームルーム中に突然早退したそうじゃないか。慌てふためいて」

 「早退……あー、まあそうなってんじゃないすかね?」

 再びハクの棒返事。

 「その時連れ出したのが、ポチ君、君だと聞いているが」

 ポチ君、のところで、燕はカキッと首を回してポチを見る。

 「あー、確かにそうですね、客観的に見れば」

 「主観的も客観的もないだろう」

 たのしそうに燕が笑う。

 と思いきや、ずいっとポチに向かって乗りだし、眼をむいて覗き込んだ。

 「いったい何があったのかな?」

 美人にいきなり顔を近づけられてどぎまぎしているポチを、燕は自分の言葉が衝撃を与えたと勝手に見定めて、満足そうに顔を引いた。

 「いえ、その……何と言われても……」

 「翌日から橘は首に何かつけているようだね?」

 橘、のところで、燕はカキッと首を回してハクを見る。

 「あ、いやこれは」

 蒸し暑い日なのにハクは首回りに薄い布を巻いていた。

 燕が軽く扇子を振る。

 「いやいいんだいいんだ、我らが湖緒音高校は男女交際にはだいぶゆるいからな。まあ、首輪というのはな、思春期の男女の独占欲がかなりなものだとはいえ、ちょっとやり過ぎな感はあるが」

 「違います」

 断乎だんことしてハクが否定する。

 その強い調子に燕はややひるんだが、気を取り直して続けた。

 「気にしなくていい。詮索などしない。幼馴染というものは当然のごとく、近いがゆえの相剋があるだろうとも。そしてやがては何も言わずとも『そっか』などと理解し合える時が来るものだ」

 「マジ違います」

 ハクの眼がわっている。

 ポチは慌てて割り込んだ。

 「あの、そっちは置いといて、どういうわけなんですか」

 「ん、お前たちも知っているだろう? その日商店街で連続爆発事故が起きたことを?」

 クリップボードをさらさらとめくり、こちらに返してみせた。

 大きくヒビが入ったパン屋のショーウインドー、半壊したクリーニング屋の写真が挟んである。

 「そして、その商店街の顛末てんまつの真ん中に、お前たちが目撃されているそうだ」

 クリップボードをゆっくりとソファの間のテーブルに置き……髪が乱れるほどの勢いで顔を上げた。

 「これは偶然だろうか!?」

 「すっげえ偶然ですね!」

 待ち構えていたのか、食い気味にハクが否定した。

 「え?」

 きょとんとする燕。

 「偶然です、思いっきり。たまたま。巡り合せ。ややもすれば。そういうことってありますよね」

 続けざまに否定を載せるハクに、燕は困った顔になった。

 「あの、いや、なんか関係があるだろ?」

 「ないですね。心当たりもないです!」

 「うそだぁ~! だって普通関係あるだろこーゆー場合。だって、普段変なことしないふたりが突如注目浴びる真似して、爆発して、首輪つけてきて」

 燕が口を尖らせて言いつのった。

 「ないですね。ぜんぜん関係ないです」

 もはやハクは眼を閉じている。無の境地である。

 「えーそんなぁ…………」

 燕はがっくりと肩を落としていた。

 新展開がスタートしたのに、十週打ち切りである。

 残念である。

 「会長さん、そんな落ち込まないでください」

 ポチがなんとなく取りなすように声をかけた。

 「あのさ、アタシ早く部活行きたいんだけど。ステップ直さないと。アタシのこの一週間はステップ直すためにあるんだよ」

 「うーん、もうちょっと柔らかく否定してやんなよ」

 「ア・ン・タにそんなこと言う権利はない」

 落ち込んでいた燕が、バッと首を上げた。ふたりを交互に見る。

 「……そうか。すまなかったな。私はてっきり、お前たちが町の平和を乱す悪と密かに戦いを始めたのだ、微力ながら助力をせねばならぬのだ、と思っていたんだが」

 「会長も中二なんですね」

 再びハクは半眼である。

 「やめろ中二ってゆーなただ生徒会に憧れてるだけだ!」

 「……でしょうね」

 「まあ、勘違いならしょうがない。行っていいぞ」

 燕が口をへの字にして軽く手を振った。

 バッとハクは駆け出して行った。

 ポチはその反射神経にちょっと感動しながら見送る。

 ……まあ無理もない。

 栢都という女の子は、地に足を着けた生き方を望んでいる。

 往々にして、今日の続きが明日ではないことがあり、その程度に応じて人は右往左往せざるを得ない。

 栢都は姉の円樹の影響か、自分で積み上げて達成することにこだわっている。自分で選び取った日常をことのほか大事にしているのだ。

 その彼女がよくわからないオカルトに巻き込まれている。自分の存在意義を否定されているに等しい。

 「ごめんな……」

 「いや謝る必要はないぞ? 気にする必要はない」

 燕の不思議そうな声でポチは我にかえった。

 「あー、いやその、あいつも悪い奴じゃないんですけど。部活ひと筋つーか、直情径行なところがありまして」

 「いいさ、好ましい性格だと思うぞ」

 穏やかに応える燕に、ポチは苦笑いした。

 会話が噛みあっていないようで、噛みあう感じ。

 燕は立ち上がって自分の机の向こう側に移動した。先ほどの女生徒が持ってきた書類を処理するのだろう。

 ポチも立ち上がって、挨拶して部屋を出ようとする。

 燕が書類から顔を上げて、微笑んだ。

 「ああ、それとな、ポチ君。何か困ったことがあるなら相談に乗るぞ。生徒会長として、生徒たちの助けにならねばな」

 話しながら燕はじっとポチを見つめる。視線をらさないタイプの人だ。

 ポチはドギマギして眼を逸らした。

 この人は自分の影響力を間違ったほうに認識してるみたいだ。

 「例えば右腕がうずくとか、片目だけ色が変わったりとかしたら、すぐに相談してくれ」

 「…………ええ。……ありがとうございます」

 うん、やっぱり正義の味方の生徒会なんだ。

 必要以上に腰を曲げて、ポチは生徒会室を出た。



          ☆



 今後のことを考えながら、生徒会室の階段をゆっくりとポチは降りていた。

 ヤミとメイ。

 どうあっても、結論としては、じじいに教えてもらって封縛するしかない。

 ヤミはメイに襲われたところを助けてくれた。メイも(最初は変態扱いで辟易へきえきしたが)いきなり街を壊すことはなかった。彼女たちはあまり語らないが、仕えていた「姫」の無念を晴らしたいだけのようだ。

 ――もちろん、巨大な力はそれ自体が「悪」だ。

 正確に言うと、「悪」に分類されざるを得ない。

 なぜなら、その力の持ち主は自分に都合のいいように使うはずだ、と「全員が思っている」からだ。

 知らないものは恐怖である。

 夜道でチンピラがアサルトライフルを抱えて走ってきたら、とりあえず悲鳴を上げるものだ(いや、逃げたほうがいいけども)。チンピラが実は天使のようにいい人であるかどうかは関係ない。

 力は、誰もが知っているアナロジーに落とし込まれ、しかも時間をかけて初めてそれはニュートラルになれる。

 夜道で自衛隊員がアサルトライフルを抱えて走ってきたら、何か事件でもあったのか? となるわけだ。彼がどんな人間であるかは関係ない。

 その意味で、ヤミとメイは知る人が知ったら……あまり考えたくない結末が生じる。温泉旅館「たちばな」には、想像を絶する鉄槌が下されるだろう。るいが及ぶ、という程度では済まない。

 ポチは頭を振って、今更ながら問題の大きさに顔をしかめた。

 まあ、封印するんだ。そのためにいるんだ、自分。


 思案に沈み込んでいて、ポチは無意識に階段を上がってきた人をよけた。

 ずいぶんと小さい人で、高校生ではないだろう、と頭の隅で思う。

 ポチは中庭まで下りて、ふと違和感から生徒会室を見上げた。

 「しかし、なんなんだろうな、あの人……まあ、悪い人じゃないんだろうけどな……アホそうだけど」

 呟いて、足を止めた。

 「今、すれ違ったのって……」

 高校生にしては小さい、ではない。

 明らかに子どもだった。

 湖緒音高校にはいないはずの幼女。

 ポチは振り返って、走り始めた。


 生徒会室では、燕が書類整理をしながら、眉をしかめてクリップボードを取り上げていた。

 「ふう。しかし、これはどういうことなのだろうな?」

 「教えてほしい?」

 突然、正面から声がした。小さな女の子が立っている。アイヌ風の衣装、魚皮衣チエプウルのようなまだらに茶色の衣装を着ている幼女だ。

 「なんだ君は? 校内は関係者以外立ち入り禁止だぞ? 御母堂はどこかにいるのか?」

 「うふふ。私はマ……」

 「ふんぬらば!!」

 生徒会室のドアを低い姿勢で駆け抜けてきたポチが、勢いのまま幼女に背中からタックルした。

 もろともにごろんごろんと転がる。

 燕の執務机にぶつかり、ポチと幼女は右側に飛び出た。ポチが幼女に馬乗りになっている。

 「いたたた……もう何よあなた!」

 「させるかこのやろうっ! 今すぐ縛り上げてやるっ!」

 幼女は先ほどまでのふてぶてしさから、突然動きを止めて、怯えたように瞳を潤ませた。

 「痛い……」

 「……えっ?」

 ひるんだポチの側頭部に、バネを利かせた燕の下段蹴りがめりこんだ。

 「何をしとるんだ君はぁっ!」

 「さべーじっ!」

 奇声を発して白目をむきながらポチが吹っ飛ぶ。

 心得があるのかないのか、こめかみにつま先がめり込んでいた。恐るべき足刀である。

 「こんな幼子に狼藉ろうぜきを働こうとは……正義の戦いが聞いてあきれる」

 ふんっ、と鼻を鳴らした燕に、白目のままのポチが泡を吹きながら応えた。

 「こ、これは、やむを得ないことで……」

 「ふう……」

 胸元の乱れを直しながら、幼女が燕を見上げた

 「まったくひどい目に遭ったわ」

 「大丈夫か」

 思わず燕が手を差し出し、幼女が一瞬にっこり笑ってその手を握り返した。

 「会長離れてっ! そいつ!」

 「さすが私の裔ね」

 ポチがわめくのも届かず、幼女は立ち上がり、そのまま空いた手で燕の胸に手を当てると、その手がほとんど抵抗なく燕の胸に吸い込まれた。

 燕が言葉にならない声を上げる。

 「えひゃっ!」

 遅れて、耳に痛い高音と共に光が溢れる。

 「くっ……!」

 ポチが呻く。止められない。

 ゆっくりと光が収まると、異装の美女が現れた。

 魚皮衣のようなまだらに茶色い衣装、手足と腰には、あるいはそびえ立つ山、あるいは切り立った崖、精緻な土の意匠を施した具足がついている。

 長身で黒髪ロング、濃い茶か濃い緑に見える髪飾りの布でまとめて、若干姫カット。睫毛バサバサの切れ長一重。

 驚くほど印象が燕に似ている(美人だ)が、違うところがあった。

 「ふう」

 美女は軽く息をついてポチに微笑んだ。

 「名乗れもしないとはね。マナよ、空賢。憶えてるでしょ?」

 言いながら、胸元をはだけさせた。

 「現世は暑いわね」

 軽く身をゆすると、ぼよよんという音と共に、燕にはない巨大な胸が揺れた。

 「……乳揺れ要員か。あざといな」

 「嫌い?」

 マナが小首を傾げた。

 「いいぞもっとやれ」

 「相変わらずスケベなんだね空賢は」

 「俺は空賢じゃないが、男はみんなおっぱいが好きだ。時代も国も人種も超えて、おっぱいはボーダレス」

 「そう。じゃあよく見た方がいいよ。最後なんだし」

 何か変なスイッチが入ったポチを、半ば呆れて笑ったマナは、明るい口調のまま不吉を宣告した。





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