RIP
死には臭いがある。それはいつも違う。強烈だったり、透明だったり、いろいろだ。首つり自殺をした彼の死のにおいはとても爽やかだった。
地方都市の隅っこで彼は自宅で首をつって死んだ。センセーショナルに取り上げられ、全国各地で似たような死が見つかった。私の学校では話題にもならなかった。なったのかもしれない。だけどその話に私は巻き込まれなかった。きっと私に話すことをみんな遠慮していたのだろう。私が一番仲が良かったから。
けどみんな知らないのだ。あるいは信じたくはないのかもしれない。彼の遺書の内容に。彼は救われたのだ。この自分が自分でいられない世界から、解放された。それだけなのだ。だから私は泣かなかった。彼の生きた証がそこにあるのだから。
死ぬために生まれる。それは当たり前のことなのだ。十代がそんな風に言うのはよくないのかもしれない。だけどね、この世界の歴史は勝利者の歴史なんだ。
彼の透明な死も、無意味で悲惨で、ありきたりな死に変わったように。勝利者と権力者がこの世界を回しているんだ。
彼の死は、彼のものでしかない。彼の生も彼のものでしかない。それを利用する奴こそ、死んでしまえ。
他人と違うことに苦しんだ彼はもういない。いないのだ。
きっとこれから自殺者は現れる。世界が平和になっても現れる。理由は簡単だ。先が見えてしまうからだ。
絶望して、追いつめられて、そして死ぬ。恵まれて、満たされて、そして死ぬ。それは不幸なことじゃない。長寿が正しい時代も、終わろうとしているのかもしれないね。
そもそも人間は弱い。そのことに無自覚な奴が多すぎるのだ。
私じゃ君を守れない。だって私も子どもだから。君の手を引く力もない。
プロメテウスの火は、今どうなってる。リンゴを食べた彼らはどうなった。永遠を生きられない人は、死ぬんだよ。早いか遅いかしかないのだ。
そんな受験の役に立たない話が、私たちの青春だ。
きっと人間は、私と彼に二分できる。彼のように飛び立てる人と、私のように地に這いずる人に分けられる。
彼と約束した通りになっている。私は本当において行かれてしまったのだ。だから私は彼のために泣くのはこれっきりなのだ。君は遺書の最後にあんなことを書くから。
「どうかあなたは死なないでください」
そんな声が聞こえてしまいそうなことを残さないでほしかった。ホント呪いだよ。
生者が死者に変わるとき、関わった人から何かを奪っていく。彼が死んでから気づいた。自殺なんて、本当に関わるものじゃない。例えば、君と私が他人でも私の何かを奪っていった。そう確信するよ。
君はそんなこと教えてもくれなかったね。恨むよ。死んだことも、言わなかったことも。
彼はもう絶望の連鎖の中にあった。ホントこの国はよくできてるよ。憎らしいぐらい、サイクルしてたよ。死が口を開けて待っているのに、それを見ない奴ばかりだ。
死ななくてもよかったじゃん。けどそれは無価値な感情論で、運命を転覆させるほどの力はないことを私は知ってる。変えられたなら、賢い君は生きていたよね。
ごめんね。君のことを思うと悲しくなるし、悔しくなるよ。私はまだ成人してなくて、親の庇護なしでは生きていけなくて、無責任に君に手を伸ばせなかった。
君は救われた。そう信じさせてほしい。君の死は透明だった。弱い私がそうして泣くことを今だけ許してほしい。
君は解放されたんだ。この酷い世界に、さよならをしたんだ。
けど、私は、やっぱり君の声が聞きたい。もう一度君に会いたいよ。