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臆病者の上手な慣らし方  作者: 田山
入門編
6/8

05 ハリネズミ姫と知恵熱

 侍従に詳しく事情を聞こうとしたテオだったが、フローラが倒れたと聞いた瞬間、侍従の首根っこを引き掴んでジグムントの元へと急いだ。侍従の話を自分が聞くより、そちらの方が手っ取り早いと思ったからだ。

 ジグムントに与えられた執務室へもつれ込むように入室した二人は、戸惑った表情のジグムントによって迎えられた。

 

「なんだテオ……とそこにいるのは我が家の侍従ではないか。こんなところで一体どうしたというのだ」

 

 仕事を妨げられたためか厳しい表情のジグムントに、侍従はおずおずと事情を説明する。その隙にテオは余計なジグムントの怒りを買わないよう、部屋の端に置かれた鎧のオブジェの物陰に隠れた。そっと息を潜める。ジグムントは激昂すると物を投げる癖があるので、とばっちりを受けたくなかったのだ。


「フロレンティアお嬢様が……ジグムント様とテオドール様がお出掛けになって以来、お食事をほとんど召し上がっておらず……」


「なんだと!?コックは何をしているのだ!」


 ジグムントが感情に任せてテーブルを強かに叩きつけたせいで、彼が取りまとめていたらしき羊皮紙の手紙たちが執務机から空へ舞った。

 ジグムントの執務室は扉のない続き間になっているため、何事かあったのかと他の宮人が覗きに来てしまった。テオは慌てて目隠し用の衝立を入口へ立てかけ、怪訝な表情の彼らを前に愛想笑いを浮かべてなんとか誤魔化した。

 他方、興奮したジグムントをなんとかなだめた侍従は、少し落ち着いた様子のジグムントを見て話を続けた。


「いっいえ!食事そのもののせいではなく、発熱されましたので呼んだ医者によると、どうやら知恵熱のようなものらしいと……」


「なに?知恵熱?」


 自分が思っていた理由と異なったためか、ジグムントは口を曲げてストンと椅子に腰を掛けた。落ち着こうとしてか、肘掛けに腕を置いて反対の手で髭を撫で付けているのが見えたので、テオはそうっと物陰から出て侍従のそばへ寄った。

 侍従が不安げにテオの方を振り向き目を合わせてきたので、テオは理由はよくわからなかったがそれに応じて頷いた。侍従はそれを確認するとジグムントに向き直り、慎重な言葉遣いでこう告げた。


「乳母の話ですと、フロレンツィア様は『どうしてテオ様が帰ってこないのか』と呟かれていたようでして……」


 執務室に、しばし無言の時間が流れる。テオも予想だにしていなかった理由だったので、驚きのあまり目を見開いてしまった。

 ジグムントは何を思っているのか目を閉じ何か思案し、少し後にテオの方を向くとゆっくりと口を開いた。

 

「テオ」

 

「は、はい」


(一体なにを言われるのだろう?)


 そう緊張するテオだったが、バンと机を叩いたジグムントの次に続く一言を聞いて、鞭が入った馬のような勢いで即座に駆け出した。

 

「侍従とともに今すぐ屋敷へ帰りなさい!」

 

「あ、は、ははははい!」


 侍従が来た道を引き返してイーゲル家の馬車へ乗り込んだテオは、やきもきしながら御者を急かして帰路を急いだ。

 ガタゴトと上下に揺れ動き、おおよそ会話が成り立たないほどの馬車のなか、侍従に無理やり話を聞いたところによれば、フローラは意識のあるあいだ医者にかかることが難しいという。ただでさえ体調を崩しやすいのに、処置や説明の際は乳母を経由する必要があるため、風邪が長引きやすいらしい。


「悪化していないといいが……」


 心配したテオがそう言うと、侍従は励ますようにテオの肩を叩いた。


「今回はそれほど深刻な状況ではないと聞いています。テオドール様が戻ればきっと大丈夫ですよ」


 屋敷へ到着したテオと侍従は、休憩もとらずに乳母のアンナの元へ向かった。

 フローラの寝室に続く前室で給仕の準備をしていたアンナは、こんなにも早くテオが戻って来たことに驚いた様子だったが、『フローラ様が喜ぶ』と笑顔になった。

 アンナが言うには、フローラは普段よりも食は細いものの食べることができていて、幸い容態もかなり安定してきているという。

 問題は、フローラは普段から食べつけないものは食べられない性格であるため、医師から渡された薬が飲めていないことだった。薬なしで熱が下がるにはもう少しかかるだろうというのが医者の見立てらしい。


「ホントに()()()()は朦朧としてるのか、薬も拒否なさらないんですけどねぇ」

 

 落ち着いたとはいえ発熱があり食欲不振と聞いて心配していたテオに反して、慣れた様子のアンナが呑気にそんなことを言うので、テオは少し苛ついた。

 食事とともにテオが帰ってきたことを伝えに行くからとアンナがフローラの部屋へ入ると、すぐにテオも中へ通された。

 フローラは発熱のためかこちらを一瞥するだけだったが、テオが入室したことを拒否することはなかったので部屋の中ほどまで進む。


「フロレンツィア嬢、貴女の体調が悪いと侍従から聞いたジグムント様の命を受けて帰城した。俺がいてもやれることは無いかもしれないが、出来る限り傍にいるようにする。どうかゆっくり養生して欲しい」

 

 ベッドに横たわるフローラの顔を遠目から見たテオは、顔色はあまり良くないようだと感じた。しかし、テオが声を掛けるとフローラが笑った気がして驚いた。

 小声でアンナに確認したところ彼女も笑顔で頷いたので、テオはなんともいえない嬉しさを噛み締めたのだった。

 

 帰城の挨拶をしたは良いものの、すぐに食事の時間であることからテオはフローラの食事の邪魔をしないよう部屋を離れることにした。 

 立ち上がり、あと数歩で部屋を出るところで何気なくふりかえったところ、フローラがテオを指差し何かをアンナに耳打ちしていた。

 アンナはフローラの様子に困惑しつつ「テオ様にはお願い出来ないですよ」と言ったので、


(もしや俺にも同じ部屋にいて欲しいということだろうか)


 テオはまさかそんなことを言って貰えるなどと思ってもいなかったため赤面した。

 アンナはフローラとしばらく押し問答を続けていたが、埒が明かない様子を見たテオは自分がいることで喜んで貰えるのならとフローラの願いを受け入れ部屋に留まることに決めた。


「……俺も君が食べ終わるまでいるから、ゆっくり食べてくれ」


 テオはそう声をかけ、手近にあった椅子をベッド脇へ持って行きフローラの横に腰掛けた。……もちろん、きちんと半径5歩圏外だ。 

 特に会話もなく、アンナが匙を掬う静かな音だけが部屋に響く穏やかな時間が過ぎていく。

 ゆっくりとしたペースだが、フローラは順調に粥を完食し、満足した様子でそのまますやすやと寝てしまった。寝息をたてているフローラを見て、テオはもう席を立っても良いだろうかと思案しつつひとまず手洗いのために部屋を出た。 

 そのまま自室へ帰るか迷ったテオは、念の為フローラの様子を見に彼女の部屋へ戻ることにした。すると、フローラが部屋の前でテオを待っているではないか。

 テオの姿を確認したフローラは床に毛布を引きずりながら静かにテオの元へと駆け寄ってきた……2人の距離は相変わらず5歩圏外ではあるが。


「また出掛けられたのかと……」


 彼女の出せる精一杯のか細い声で話しかけられ、フローラと直接話が出来ると思っていなかったテオは驚いた。


「手洗いに行っていただけだ。……安心してくれ。今日……いや、君の体調が良くなるまでは一緒にいるよ」

 

 そうしてテオはすぐに城のジグムントから課題として届けられた仕事もフローラの部屋でやると決め、フローラが寝込んでいる間はずっとそばで見守りながら課題をこなした。

 仕事などせずベッドサイドでじっとフローラの寝姿を眺めることも出来たのだが、同年代の少女とこんなに長時間同じ空間を共有したことなどないテオは気恥ずかしさから視線をフローラに向けることはほぼなかった。

 年頃の少年らしく、衣擦れの音が聞こえるたびにフローラがどうしているのか気になってはいたのだが、『不躾に何度もこちらを見て、テオ様とは一緒にいたくありません』などと言われてしまったら……架空のフローラからの叱責を恐れたテオに、それを実行にうつす勇気はなかった。

 一心不乱に進めたおかげで、ジグムントからの課題は1日のノルマを大きく超えて仕上がったため、テオは課題を受け取った侍従からの生ぬるい目線に耐えなければならなかった。

 幸いにも帰城から3日後、フローラの体調はほぼ快復した。結局、理由はよくわからないまま、フローラの主治医は今回の発熱はストレスによるものだろうと結論付けて屋敷を去っていった。テオは再発防止のため宮殿へは帰れないことになり、その代わりにジグムントから大量の課題を申し使った。

 

 フローラが自室から出歩けるようになったので、テオも自室に戻って仕事をするようになった。 

 問題はフローラがテオの5歩の距離で後ろをついてくるようになったことだった。もちろん、テオの仕事中はテオが自室としている客室に乳母とともにやってくる。

 はじめ困惑したテオだったが、もしかして仲良くなりたいのかもしれないと数歩フローラに歩み寄ってみても、少しでも5歩圏外から近付くとすぐに距離をあけられてしまった。


 (やはり距離はまだ縮めることは難しいようだ。いなくならないか監視しているのかもしれないな……)


 監視されているより子供から後追いをされているようなむず痒い感覚を覚えつつ、テオは彼女のペースを尊重し……つまるところ初心に帰ってただ見守ることにした。もとからそうだったのだから、こちらからなにか特別なアクションをするのは無理なのだ。諦めたと言ってもいい。 

 そんな調子で2週間ほど経った頃、様子を見ていたツェツィーリアから、「ふたりは随分と仲良しになったのね」とニコニコと微笑みかけられたテオは困惑した。

 

「……仲良く、なったのでしょうか……?」

 

 テオは未だに実感がなかった。フローラとは会話はほとんどなく、話したとしても天気の話題を一往復、世間話にも満たない程度だったからだ。

 特に2日前の朝方、テオが気分転換を兼ねて屋敷の庭園に誂えられた花畑までいこうと屋敷の外出る直前、テオについて後ろを歩いていたフローラへ勇気を出して「一緒にいかないか」と誘ったのに、予想に反して彼女が拒否したのでテオは傷心だった。

 さらにその日を境にフローラの後追いはなくなった。半月を超えてテオが遠くへは出掛けなかったことで、もう仕事には出かけないと思ったからだろうか。テオは雛鳥が巣立ってしまった時のような少し寂しさを覚えていた。


(なくなったらそれはそれで残念なのだな。特に何をするわけでないのについて回られて、正直鬱陶しいと思わなくもなかったが)


 ツェツィーリアに言われたことを改めて考えてみると、相変わらず朝食での座席は遠いが、フローラと視線が交わる頻度が上がったように思う。はじめは10歩も近付けなかった距離が、5歩までは近付いても嫌がられなくなったことは、たしかにテオにとって大きな進歩だった。そうしてやっと、仲良くなったという実感を持ったテオなのだった。

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